ヤマニンアピール(Yamanin Appeal)とは、1983年生まれの日本の競走馬である。芦毛の牡馬→騸馬。
主な勝鞍
1988年:中山大障害(秋)、京都大障害(春)、京都大障害(秋)、阪神障害ステークス(春)
概要
※当時は旧年齢表記だったためそれに伴った内容で記載。
父*ゼダーン、母*ヤマニンサムシング、母父Little Current(リトルカレント)という血統。
北海道の浦河町で1983年4月9日に生まれたヤマニンアピールは栗東の中村均厩舎に所属し、1985年の明け3歳(現2歳)の7月の札幌競馬場の3歳新馬ダート1000mでデビューし6着。このときの鞍上は後に調教師としてゴールドシップやジャスタウェイ、ソダシを手掛けることになる須貝尚介だった。
その後は2着を5回するなどするも勝ち上がりまで実に15戦を要し、1986年6月29日に札幌のダート1200m戦で初勝利を挙げる。
翌1987年は結局夏まで最高着順が5着と成績不振に陥り陣営は気性改善のため去勢を決断。
が、その後も成績は振るわず1987年秋に障害競走に転向。初戦からいきなり2着に入り、2戦目で勝ち上がる。
ちなみにこの際の勝ち馬はその年の京都大障害(秋)を勝利したカルストンファスト。
その後も条件戦(当時は障害競走にも400万下条件戦があった)とオープン戦を2戦で勝ち上がると、ヤマニンアピールの快進撃が始まった。
1988年の阪神障害ステークス(春)では逃げたカルストンイーデンを最終直線でかわして3馬身半差で重賞初制覇。
カルストンイーデンはその名のとおり障害未勝利戦でヤマニンアピールに土をつけたカルストンファストの全兄であたる。
オープン戦を挟んで京都大障害(春)では重馬場に苦戦をしながらも勝利。
夏をしっかり休養してオープン戦で叩いた後、京都大障害(秋)を制して春秋連覇を達成。
同じ芦毛で天皇賞(春)、宝塚記念、天皇賞(秋)を制したタマモクロスになぞらえて「障害界のタマモクロス」と呼ばれ始める。
そして障害の最高峰、中山大障害(秋)に挑む。
レース序盤、カルストンイーデンは後続を7~8馬身離して逃げ、ヤマニンアピールは2番手を進む。
襷コースに入って第一の難関大竹柵障害をクリアし、好位につけてチャンスを窺っていたヤマニンアピール。
しかし第二の難関、大生垣障害では着地の際バランスを崩してスタンドからはどよめきが起こる。
このアクシデントで順位を下げるもここまで障害戦線を共に戦ってきた岡富俊一の手綱さばきでポジションを押し上げていく。
最後のバンケットを登り、最終障害で逃げたカルストンイーデンとピッタリと馬体を合わせたヤマニンアピールは2頭並んだままダートを横切って第4コーナーを抜ける。
懸命に粘るカルストンイーデンを突き放し、1と3/4馬身差をつけて中山大障害を制覇。
1988年度の最優秀障害馬に選出された。
その後は屈腱炎を発症し引退。京都競馬場で誘導馬を務めた後、九州の牧場で乗馬となったとされているがその後の消息は不明。
障害競走での成績は12戦9勝2着3回、障害に限れば連対率100%と非常に安定した戦績だった。
血統表
| *ゼダーン 1965 芦毛 |
Grey Sovereign 1948 芦毛 |
Nasrullah | Nearco |
| Mumtaz Begum | |||
| Kong | Baytown | ||
| Clang | |||
| Vareta 1953 芦毛 |
Vilmorin | Gold Bridge | |
| Queen of the Meadows | |||
| Veronique | Mon Talisman | ||
| Volubilis | |||
| *ヤマニンサムシング 1976 栗毛 FNo.16-c |
Little Current 1971 栗毛 |
Sea-Bird | Dan Cupid |
| Sicalade | |||
| Luiana | My Babu | ||
| Banquet Bell | |||
| Lower Lights 1970 鹿毛 |
Sir Gaylord | Turn-to | |
| Somethingroyal | |||
| Luffing | Tom Fool | ||
| Sail Cloth |
- 父ゼダーンはフランスで13戦8勝、当時格付けなしのプール・デッセ・デ・プーラン(仏2000ギニー)やイスパーン賞のほか1000m~1200mのスプリントレースも複数勝っている快速馬。種牡馬としてはフランスでも複数のG1馬を出したが、日本に輸入されてからもキョウワサンダー(1984年エリザベス女王杯)などを出し活躍した。……という説明よりかは、日本では*トニービンの3代父と言った方がわかりやすいかもしれない。ちなみにヤマニンアピールとトニービンは同じ1983年生まれの同期にあたる。
- 母ヤマニンサムシングはアメリカで走り5戦0勝。この母も気性が荒く、負けても喧嘩をふっかけていたそうで生産者の廣田氏は「病気より怪我のほうが心配でした」と語っている。
- 母父リトルカレントはアメリカで16戦4勝、プリークネスS・ベルモントS優勝の二冠馬。種牡馬としてはG1馬2頭を含む35頭のステークスウィナーを出した並の種牡馬というところ。
- 半妹にサンスポ4歳牝馬特別(G2)を勝ったヤマニンマリーン(父カツラギエース)がいる。
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関連項目
親記事
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