天冥の標(てんめいのしるべ)とは、小川一水の大長編SF小説である。ハヤカワ文庫JA刊。全10巻。
2009年9月に第1巻『天冥の標I メニー・メニー・シープ』上下巻が刊行されて開始。2018年12月から2019年2月にかけて第10巻『天冥の標X 青葉よ、豊かなれ』全3巻が3ヶ月連続刊行されて完結した。
概要
それは早川書房の近所の中華料理屋で、当時のSFマガジンの編集長と著者・小川一水がみそナッツか何かを食べながらのことであった。
「小川さん、次の話、できること全部やっちゃってください」
「あ、はい」
「十巻くらいで」
「おお、すごいですね」ひとごとか俺。
―――『天冥の標I メニー・メニー・シープ 下』あとがきより
ということで、小川一水ができることを全部やったSF小説である。
巻が進むごとに年代や舞台が大きく変わるのが特徴であり、そのバラエティ豊かな内容はまさに「全部」やっている。
気になる人はとりあえず最寄の書店で1巻を手に取ろう。1巻のあと2~7巻が過去編で8巻で再び1巻の時代に戻る構成なので、特にSFに不慣れな人は現代が舞台の2巻から読むのもアリかもしれない。
ちなみに全10巻ではあるが分冊された巻もあるので全10冊ではなく、最終巻『X Part3』までで全17冊となっている。
『I メニー・メニー・シープ』
西暦2803年、入植300年を迎えようとしていた植民星メニー・メニー・シープでは、独裁を振るう臨時総督の配電制限による不満の声が上がり始めていた。
そんな折、港町セナーセー市の医師セアキ・カドムと「海の一統《アンチヨークス》」航海長アクリラ・アウレーリアは突如村を襲った疫病と共に、石模様の怪物・イサリと出会う……。
記念すべき第1巻。上下巻構成。
遠未来を舞台にしたSF活劇かと思いきや、「メニー・メニー・シープ」、「咀嚼者《フェロシアン》」、「地球」など、多くの謎を残したまま終幕を迎え、かつ終盤のどんでん返しによって読者を「ちょ、おいィ!?」の渦に叩き落した。
『II 救世群』
西暦201X年、ミクロネシアの島国パラオで謎の疫病が発生。日本・国立感染症研究所の児玉圭伍と矢来華奈子が現地で目にしたものは、肌が赤く腫れ、目の周りに黒班をもつリゾート客の無残な姿であった。治療の甲斐虚しく次々と患者が死んでいく中、日本人観光客の檜沢千茅だけが、ウイルスを保持していながら回復、死の淵から生還する。
「冥王斑」と名づけられたその感染症はやがて世界中で猛威を振るい、パンデミックの恐怖が人類の運命を大きく変えていく……。
第2巻は前巻から大きく時代を遡った「現代」を舞台にしており、シリーズの中では最も古い時代の人類を描く、シリーズ全体のプロローグともいえる物語である。1巻でも登場した「仮面熱」改め「冥王斑」の発生とパンデミック、そしてそれに関わりながら生きる人々の奮闘と苦悩を克明に描いている。
『III アウレーリア一統』
西暦2310年、宇宙進出を果たした人類は小惑星帯を中心にその生活圏を内太陽系にまで拡大していた。
小惑星国家のひとつ、肉体改造を施した人類「酸素いらず《アンチ・オックス》」を民とする、ノイジーラント大主教国の強襲砲艦「エスレル」艦長サー・アダムス・アウレーリアは、海賊狩りの任にあたっている途中「救世群《プラクティス》」――冥王斑回復者によって構成される難民国家――と出会う。彼らはアダムスに、海賊組織「エルゴゾーン」に奪われた伝説の動力炉「ドロテア」に関する報告書の奪還を依頼、 アダムスらは「医師団《リェゾン・ドクター》」の調査員・瀬秋樹野と共に、海賊の行方を追うのだったが……。
第3巻は前巻から300年後が舞台。上に長々と書いたあらすじを要約するなら、男の娘が宇宙海賊を相手にスペースオペラを繰り広げる話である(実際はちょっと違う)。第1巻の主人公達の祖先ともいえるキャラクターの登場により、どことなく感慨深いものがあるのも本巻の特徴のひとつかも。
『IV 機械じかけの子息たち』
西暦2313年、軌道娼界「ハニカム」―――。
少年はどこともしらぬ場所で目を覚ます。そのかたわらには少女。
羞恥に顔をそむける少年を見て、「恋人たち《ラヴァーズ》」の少女は微笑む。
「服は、着ないの。ごめんね、恥ずかしいね」
第4巻は前巻より3年後、小惑星を改造した「ハニカム」という場所が舞台なのだが、
エロい。全編に渡ってエロい。すわ官能小説かと思うようなエロさである。
舞台からして「軌道娼界」である。小惑星丸ごと売春宿である。
プレイの幅も相当幅広い。初っ端からロリショタである。かと思えば間髪入れずにSM陵辱プレイが入り、他人の羞恥プレイを見学したのちにその場でヤったり、自分の姉(と思いきや恋人の姉だった。な… 何を言っているのか(ry)とヤっちゃったりもする。
ストーリイとしては第1巻や、特に時代が近いこともあって第3巻との関連性が深く、これまでの物語を思い返しながら読むとより楽しめるだろう。
『V 羊と猿と百掬の銀河』
西暦2349年、小惑星パラス。
この地で農業を営む者たちにとって、最近の悩みの種は環境制御装置の不調と大手食料チェーンの台頭で商品が売れなくなっていることだったが、農夫タック・ヴァンディにはもう一つ、一人娘のザリーカという最大の悩みがあった。反抗期を迎えた娘との関係は、突如現れた女性、アニー・ロングイヤーによって微妙な変化を迎える。しかし彼らには大いなる脅威が待ち構えていた。
その6000万年前。地球から遠く離れた惑星の海底、原始サンゴ虫の中で、一つの知性が誕生した。
本巻では今までの既刊とは異なり、2つの物語が並行して進行する。ひとつは、農夫タック・ヴァンディと彼に関わる人々の物語、もうひとつは、シリーズの中で度々その存在を誇示してきた謎の知性体「ノルルスカイン」と「ミスチフ」がいかにしてこの太陽系世界にやってきたか、途方もない時間と空間を辿る「断章」と題された物語である。この二つの物語が想像だにしない交わりを見せて結末を迎えるのと時を同じくして、物語は太陽系世界の新たなる変化を予感させつつ幕を下ろす。
『VI 宿怨』
「おめでとう。もう、やめていいのです。皆さんは」
全太陽系、応答なし。
「さようなら、みんな」
『VII 新世界ハーブC』
男性24905名。
成人1029名。
残存人類、52244名。
「滅ぼしはしない、決して」
『VIII ジャイアント・アーク』
「起きて、イサリ。奴らは撃ってきた。静かにさせましょう」
舞台は再び、「植民星」メニー・メニー・シープ。
物語は異なる視点から、再び紡がれ、そして―――。
「人間の生き残りが、まだいるかもしれないのです」
『IX ヒトであるヒトとないヒトと』
ホモ・サピエンス MMS人 倫理兵器 二惑星天体連合軍 フェオドール 《酸素いらず》
《恋人たち》 カルミアン 被展開体ダダー ミスン族総女王 ミスチフ 万能植生 《救世群》
誰を討ち、何と結び、何処を救う。
『X 青葉よ、豊かなれ』
メニー・メニー・シープという人類の箱舟を舞台にした、
“救世群”たちとアウレーリア一統の末裔、
そして機械じかけの子息たちの物語は、
ここに大団円を迎える。
羊と猿と百掬の銀河の彼方より伝わる因縁、
人類史上最悪の宿怨を乗り越え、
かろうじて新世界ハーブCより再興した地で、
絶望的なジャイアント・アークの下、
ヒトであるヒトとないヒトとともに私たちは願う、
青葉よ、豊かなれと。
関連項目
親記事
子記事
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兄弟記事
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