一文字則宗(刀剣乱舞)とは、刀剣乱舞-ONLINE-に登場するキャラクター(刀剣男士)である。
概要
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https://twitter.com/tkrb_ht/status/1355350119936258053
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福岡一文字派の作とされている太刀。
則宗は福岡一文字派の始祖であり、後鳥羽院番鍛冶の一人として名高い。
一文字一家の頭を山鳥毛に譲った後は気ままな隠居ライフを送る。
歪な存在を、それ故に可愛がる。
(公式Twitterの紹介文)
最後の特命調査となる、2021年1月19日~2月9日開催イベント「特命調査 慶応甲府」にて実装。
聚楽第ぶりとなる「監査官」に就く者。当初は黒いインバネスコートに赤いスカーフ姿で素性を隠している。
イベント中は加州清光と「くそじじい」「くそ坊主」の応酬をしてからかって振り回すも、彼を導くために来たことを匂わせる。主に愛されることに拘る加州清光に、人の愛こそ刀剣男士の力であり縛る鎖であると説き、「愛されるだけでは全ては叶わない」「愛に果てはないが、命も物語も永遠ではない」と語りつつ彼に自ら考えることを課す。その様は禅問答を授ける喰えない爺さん師匠のごとし。
イベント回想は監査官単独ver、加州清光同行ver、極の加州清光同行verで異なる部分もあり、全部見返してみることをお勧めする。
フィクションにおける自身の持ち主のことは物語の上でしか知らないそうだが、局長と一番隊隊長がボスに座す甲府城を目前にした監査官単独verイベ回想54『人の与えし』では独りで泣くことを告げて離れる。涙の理由については多くを語らないため我々の想像に委ねられるが、彼の哀愁と愛情深さが窺える一幕。
評定「優」獲得するとクリアとなり、監査官の様子が気にかかった加州清光は居残るが、今生の別れのような言葉とともに見送られる。
本丸に戻り、彼の地で出会った監査官の教えに想いを馳せる。もう二度と会えない彼の人から授かったものを胸に、考えることを続ける加州清光の精進の日々が今はじ——
「げっ! なんで来てんだよ、……くそじじい!」
「うははは、そう言うな。今日からは同僚だ。よろしくな」
「……くっ、俺の気持ちを返せー!」
……とまぁ、しんみりムードから一転、賑やかに〆られたのだった。
特命調査の恒例通り、本丸帰還時に「政府から『特命調査 慶応甲府』の調査報酬が贈られました」とのメッセージが表示され仲間になる。ここでついに名前が明かされ、一文字派の白を基調に赤が差し色の衣装に着替える。
色々と思うところが出来たために、なんと「私情」で本丸に配属。来ちゃった♡
一人称は「僕」。煌びやかな見目に反して「じじぃ」を自称する。
自称通りじじくさく、畑当番では腰をやると言い出す。先代組長らしく荒っぽい言動もちらほら。
刀剣男士は審神者の能力で初めて身体を得るのが基本であるが、キャラ設定文公開時には一文字は顕現以前に家督の引き継ぎがあったことが判明してざわついた。南泉一文字の言によると隠居により緩んだ疑惑があり、となると現役時代が気になるものである。
「一文字内のどうこう」からは隠居を理由に距離を置いており、見どころのある若者を鍛えることがセカンドライフの楽しみ。手合わせでも教える側に回り、答えは自分で考えて見つけるよう課す方針。「決して説明が面倒とかそういうわけではないぞ」
独自の「愛」と「美しさ」についての価値観を持っており、充分に有名で有力な刀剣でありながら荒唐無稽な作り話を付け加えられた自身についても人間の身勝手と恨まずに、それを「愛」によるものだと受け止める懐の大きい御仁。
歪な存在に美を見出し愛でる理由は「歪こそ、そこに人の意思が介在していることを感じるのさ。綺麗に整ってるばかりじゃつまらない。そこが面白い」とのこと。
通常マップの回想は、日光一文字、南泉一文字、大和守安定と発生。
一文字の二人からは祖として敬われ「御前(ごぜん)」と貴人に対する呼び方をされているが、ここでは自分は主のもとに集った一介の刀剣に過ぎないからとその敬称をやんわり拒んでいる。
審神者の呼び方は「主」「お前さん」。
「これから何があっても、自らの主こそを信じなさい」と刀剣男士を送り出したのち私情で本丸に来たことから、審神者は信頼に足ると見られたか親しく接してくれる。多くの刀剣男士に嫌がられるつつきすぎボイスも好意的。就任記念ボイスによると、彼が顕現して審神者の元に居るのは意味があるらしい。
来歴
一文字則宗とは、備前福岡一文字派の始祖である鎌倉時代初期の刀工。
第十二代天皇・後鳥羽天皇は源氏と平氏の争乱により、史上初の皇位継承の象徴である神器を揃わぬまま治世を過ごす天皇となる。これにより生まれたのが「後鳥羽天皇と御番鍛冶」の逸話であり、『銘尽(観智院本)』には、『後鳥羽院御宇被召抜鍛冶十二月結番次第』と題して正月から十二月まで各二ヵ月ごとに作刀を取り仕切る奉行の公家と、作刀を鍛刀する鍛冶の名前が列記されている。
刀剣にいたく関心のあった後鳥羽天皇が、山城国・備前国・備中国の刀工から十二人選抜し、月番性で作刀にあたらせたものと解釈されている。則宗はその御番鍛冶では正月番を務めた。(イベント内で「いつでも正月の監査官」と自称したのはこれが由来だろう)
御番鍛冶の中では第一位の位を与えられ、後鳥羽上皇が定めた皇位の紋章である十六弁の菊紋を彫ることを許されたことから、通称「菊一文字」と呼ばれる。ただし、あくまで称したのであって「菊一文字」という銘の刀は存在せず、則宗作のもので菊紋に「一」文字を彫ったものは現存しない。
後世の人々が御番鍛冶の筆頭を務めていた則宗だから菊文を切ったに違いないと考えた為に則宗の刀が菊一文字と呼ばれるようになったのではないかと考えられている。
古剣書には則宗のことを「菊一文字」あるいは「大一文字」と記されている。
著名作には足利将軍家の重宝の三振りの一つであった愛宕神社蔵の「二ツ銘則宗」、日枝神社蔵の国宝「太刀 銘 則宗」などが存在する。
フィクションにおいては
「……昔、新選組に天才肌の少年剣士がいた。
その少年が持っていた刀に、金一万両の名刀があった」
数ある沖田総司の伝説の一つに、名刀・菊一文字則宗を愛刀を巡るエピソードが存在する。
沖田総司の愛刀が菊一文字であったというのは、司馬遼太郎の作品『新選組血風録』で一躍有名になった話だが、フィクションだから事実無根というわけではなく、これには由来がある。[1]
沖田総司研究家・作家の森満喜子の著書『定本 沖田総司おもかげ抄』によると、昭和三十八年夏に立川の沖田家の当主勝芳氏に尋ねた際、「菊一文字細身の作りであったと父(要)からきいています。その刀は総司の死後、どこかのお寺に奉納したということですが、そのお宮の名前も場所も聞き漏らしましたので分かりません」と言われる。[2]
森氏はこれを『新選組血風録』を執筆中の司馬氏にすぐさま伝え、「せめて小説の上だけでも沖田の佩刀は神韻渺々とした七百年昔の鎌倉時代の則宗在銘のものにしていただきたい。沖田ほどの剣士にはそれが最もふさわしいから」とお願いした。
今でこそ人気者の新撰組であるが、明治維新後は賊軍扱いであり、加担した者や子孫すら誹謗中傷を浴びる時代だった。昨今では司馬遼太郎の作品により彼らの生き様が認められるようになったが、経緯を踏まえると切なる願いと救済が込められていたのである。
「うははは。一万両の名刀が馬の世話かぁ。講談でもそうそうない脚色だろうな」
江戸時代から存在する講談『天保水滸伝』の登場人物、平手造酒(ひらてみき)の愛刀として登場する。『天保水滸伝』とはヤクザ同士の抗争の話で、平手造酒は北辰一刀流・千葉周作の門下の四天王と称された俊英であったが酒乱のため破門され、胸の病におかされながら博徒の用心棒となった。
講談によって平手の愛刀が異なる場合もあるが、作品内でも屈指の人気キャラクターであるため、なんと愛刀・福岡一文字則宗目線の歌謡曲まで存在する。
下級武士が持てるはずもない貴重な古刀なため、どちらも荒唐無稽な俗説に過ぎない。
それでも人々は、ありえないだろうけど彼がこの名刀を持っていたらいいなと浪漫を夢見たのだろう。
……作り話であろうと、その話を付け加えたかった者がいたのだ。
それが愛、なのだろうな。
もう行け。
僕は少し泣く。
関連動画
関連項目
- 刀剣乱舞
- 刀剣男士
- 一文字一家
- 沖田組
- 加州清光(刀剣乱舞) ー 特命調査で交流。以降は見どころのある若いのとして面白おかしく相手しながら鍛えるつもりの模様。
- 大和守安定(刀剣乱舞) - 回想発生。沖田の愛刀として啖呵を切られるが、受け止めて逆にその心意気と真面目な性格を気に入る。
山姥切長義 | |
特命調査文久土佐藩 | 肥前忠広 |
南海太郎朝尊 | |
特命調査天保江戸 | 水心子正秀 |
源清麿 | |
特命調査慶長熊本 | 地蔵行平 |
古今伝授の太刀 | |
一文字則宗 |
脚注
- *子母澤寛の作品『新選組始末記』に沖田総司の刀は「菊一文字細身のつくり」と記載されていたことから広まったという説もあるが、実際には作品内には菊一文字の話は出てこない。
- *ちなみに、菊紋と一文字銘が確認できる刀には古刀では島田助宗、新刀では丹後守兼道に山城守国清、新々刀では横山祐永、等と少なからず存在する。菊花紋章は誰もが自由に切ることは許されていなかったが、則宗のみの特権ではなかった。だから菊一文字=則宗という断定は必ずしも出来ない。
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