概要
名称
本車は九七式中戦車の車体を利用した、新型戦車向け大型砲搭及び新型戦車砲のテストベッドだったが、紆余曲折の末に九七式中戦車の改良型として急遽量産化がされることになった。
現代では一般的に｢新砲搭チハ｣、｢チハ改｣と呼ばれるが、便宜上での呼称であり正式名称は特にない。少なくとも、当時の搭乗員からは｢九七改｣や｢チハ車改｣、中には｢一式中戦車｣とも呼ばれることもあったという。また他部署からは｢97MTK/47｣や｢97MTK(47)｣、単に｢九七式中戦車｣と呼ばれた。
日本軍の軍用車両の呼称の一つとして、チハやカミなどといったカタカナ2文字が付いている。これは開発段階の偽名・仮名（もしくは裏の名前）であって、諸外国にみられる「チャーフィー」・「パンター」のような愛称や正式名の類いではない。
（日本軍では基本的に、戦車や装甲車が正式に採用されると開発段階に付けられたカタカナ二文字の呼称の使用はなるべく避ける。）
構造
| 全長 | 5.55m |
| 全幅 | 2.33m |
| 全高 | 2.38m |
| 重量 | 15.8t(全備)/14.8t(自重) |
| 武装(装弾数) | 一式47mm戦車砲×1(100発)/車載機関銃×2(4220発) |
| 装甲(部位) | 25mm(主要部) |
| 路上速度 | 約38km/h |
| エンジン | 空冷V型12気筒ディーゼル |
| 搭乗員 | ４名（前線で乗り換えた場合） |
武装
- 主武装
主武装の一式47mm戦車砲は、1.5kgの徹甲弾を砲口初速810m/sで発射し、1000mの距離にある約50mm厚の装甲板を貫通できた。また砲搭旋回によらずとも肩当てを方で押すことで、主砲の向きを左右上下に微調整でき、ハンドル操作との切り替えやロック機能もあった。
使用弾は一式徹甲弾・四式徹甲弾・九八式榴弾である。性能は火力・精度ともに45mm級戦車砲と比較してもそれほど劣ってはいなかったが、試作の段階で陸軍の仮想敵であるソ連は76mm級の戦車砲を完成させ、ドイツやアメリカでも長砲身の75mm級戦車砲開発に着手されつつあり、この段階で47mm砲は陳腐化しつつあった[1]
当時は国策上は航空機や艦艇にリソースが優先的に振り分けられており、特に火砲製造のノウハウや時間が不足していたため、75mm級の戦車砲の開発は構想そのものはあったが、絵に描いた餅同然だった。 - 副武装
一式47mm戦車砲以外には九七式車載重機関銃を二丁があり、車体正面と砲搭後部にそれぞれ一丁ずつ装備されていた。砲搭後部にあるものは、あまり役に立たなかったため、外して砲搭上に置いて敵航空機や肉薄する歩兵に用いる場合もあった。
防御面
九七式中戦車から変化はしておらず、天板や底面を除けば20~25mm厚の部分が多くを占めるが、7.7～12.7mm程度の銃弾であれば充分に防ぐことが出来た。この装甲厚は九七式中戦車が採用された当時は世界標準だった(優秀だとは言ってない)。
一方、前線部隊からは(37mm級の）対戦車砲を防げないと不評であり、日中戦争の段階ですでに正面装甲を50mmに強化してほしいという声が上がっている。
(そのため、現地改造か否かに関係なく装甲板を追加した車輌もそれなりに存在し、戦線では履帯を追加装甲の代わりにする車輌もあった。)
機動性
搭載されているエンジンは九七式中戦車と同じ、直噴式の空冷ディーゼルエンジンである。ディーゼルエンジンは燃費が良く、本来燃料油に向かないモノでも最低限度の動作が可能であり、火災事故のリスクがガソリンエンジンよりも低いなどの利点があったため、日本軍では広く利用されたが、ガソリンエンジンと比べて騒音が大きく、軽量コンパクトにまとめる事が難しく、大きさ・重さに対して低性能なりやすいという難点があった。
加えて直噴式は理論上は高性能になるが、当時の日本陸軍の技術力に見合わないほど製作難易度が高かったため、結果的にディーゼルの特性と合わさり、無駄に大きく重い割には低性能なものになってしまっており、そのため色々な問題を抱えていた。
別名 チハ機。
チハ機は、200馬力の最大出力を発揮できるように設計されていたが、試験では170馬力程度にとどまり、エンジンの耐久性も低かったため、実戦では140馬力に制限された。採用と同時期の戦車と比べてもトン辺りの出力は劣悪で、整地なら問題ないが不整地ではそれが顕著に現れたという。
おまけに機械的信頼性もお世辞に良いと言い難く、これ以前に採用された九五式軽戦車 ハ号のそれと比べて、むしろ悪化していた。そのため九七式中戦車の後継車両は、軽量化した上で、ハ号と共通のエンジンを使用する案があったが、最悪ガソリンエンジンを採用することも検討されていた。
チハ機はぶっちゃけ失敗作ギリギリといっても過言ではない代物だったが、ハ号のエンジンよりは出力が向上していることや九七式中戦車そのものが、「つなぎの車両」という立ち位置だったため、換装されることはなかった。。
変速装置も他国に比べて遅れており、操縦がやや複雑でクセが強く重量が増せば増すほど、レバー操作が重くなるという特性があった（チハ車改は重量が増えているためレバー操作が悪化していると思われる）。
改善のためには軽量化か油圧機器の補助が必要で、油圧機器が完成しない限りは大幅な装甲強化が簡単にできなかった。
足回りはシーソー式と呼ばれる、日本独特の懸架装置を採用している。これは大重量を支えるのに不向きで被弾時の耐久性に難があること以外は良好な性能を有していた。
その他
「日本陸軍戦車には換気扇がなく、戦車砲や機関銃を連続で撃ち続けていると、発砲の際に発生する一酸化炭素が車内に充満し、中毒により乗員が体調を崩し、戦車の機能が低下するリスクがある」とされる。
これに対し、九七式中戦車はエンジンの吸気口が車内にあり、エンジンの作動中は外気を取り入れられる構造になっていたため、換気扇による換気の必要はなかった。というような反論もある。
しかし実際のところは、車内の構造的な問題から、車体正面の機関銃手の席のあたりは、空気が滞留しやすく、銃や砲の連続射撃時に車長や砲手、操縦士は平気でも機関銃手だけ意識が混濁する可能性があり、少なくとも換気は完全とは言い切れなかった。
(どちらにせよ、第二次世界大戦の初期までは、戦闘外の状況でハッチを開いて、換気を行えば充分であるという考えが世界的な主流であった。そのため、換気扇のない戦車は当たり前であり、換気の問題は九七式中戦車特有の問題ではない。)
歴史
開発(？)
1940年末にはすでに存在していたともいわれるが、新型の47㎜砲を備えた試作砲塔を九七式中戦車に搭載した試験車両は1940年7月ごろには存在した。
その後試験や改修を繰り返し、約半年後の1941年6月に行われた戦車学校に委託した実用試験のの結果から、現用の中戦車であった九七式中戦車の改良案としてどうかと打診していたとされるが、
チハ車改はあくまでも新型砲搭(+新型砲)の試験用架台にすぎず、当の新型戦車への武装はどこか曖昧なところもあり、新型戦車砲搭はもちろんその搭載砲である47mm戦車砲の、1942年以降の量産計画はまだ存在していなかった。
この47mm戦車砲は、1939年6月頃に行われた戦車部隊関係者による会議において、｢将来的に戦車同士の戦闘が増える可能性が高い｣という予測から構想された火砲であったが、外れるかもしれない予想であったし、｢戦車同士の遭遇戦自体が希であり、極少数の自軍戦車を、敵の極少数の戦車に当てるのは効率が悪い｣という思想が多数派を占めていた当時、そこまで速急の要望ではなかった。
この懸念や構想の直後、久方ぶりの近代戦であるノモンハン事件の戦闘報告が流れてくると、戦車同士の戦い自体の増加が絵空事ではないことを理解し、同年9月から開発に取りかかることになった。
(ただし、ノモンハン事件は特殊例とみなされ、戦車同士の戦闘を積極的に行うのはよろしくない、という考えは多数派のままである。)
ちなみに、この47mm戦車砲が九七式中戦車の搭載砲に中々ならなかった理由は、九七式中戦車は戦闘面以外に問題を多数抱えていたため、早急に後継戦車とバトンタッチして、その量産を短期で終わらせる計画だったためである。
(後継戦車の計画は予算や開発経験の不足、世界情勢の変化に振り回され二転三転し、結局間に合っていない。)
量産化
チハ車改の量産化を決定付けた出来事は、1941年12月に勃発した太平洋戦争の序盤で起きた、アメリカ軍の使用するM3軽戦車との戦車戦である。日本軍側の戦車の主砲は砲身の短い57mm砲や37mm砲であり、土嚢で固めた機銃陣地の制圧を目的に作られた火砲で戦車相手に使うことはあまり考えられていなかった。一応、ソ連のBT戦車や装甲車には有効だったが、本格的な防御力と火力を備えたこのM3軽戦車には通用せず、苦戦を強いられた。
そこで、新型砲搭のテストベッドとして使用されていたチハ車改に白羽の矢が立ち、急遽量産化が決まりその作業が急ピッチで行われ、1942年3月20日に10両のチハ車改が前線に送られた。
同年3月29日、チハ車改はフィリピンのリンガエン湾東岸マビラオに上陸、4月1日にバターン半島にいた戦車七連隊と合流する。翌日鹵獲したM3軽戦車対し、調整のための射撃試験を行い充分な結果を得た。これまでの国産戦車では装甲を貫くことが出来ず、榴弾を多数命中させなければ撃破できなかったのが、チハ車改は1000mの距離でその装甲を貫くことができたのである。
チハ車改の初陣となったのは4月7日のフィリピン攻略戦であり、この戦闘で友軍航空部隊との共同下、M3軽戦車3両を撃破する戦果を上げた。以降、チハ車改は日本陸軍戦車部隊の主力戦車として量産が進められ従来の九七式中戦車とともに運用が進められることになるが、1943年末以降から投入されたM4中戦車の対処に苦慮し、各地で破れていく。
具体的には、チハ車改が搭載する一式47mm戦車砲ではM4中戦車の正面装甲を貫くことが出来ず、常に側面からの奇襲に頼らざるを得なかった。
例えば、大規模な戦車戦が発生した1945年のフィリピンの戦いでは、70m以内に接近しなければ有効弾を与えられなかったといわれている。
ただし、同時期に発生したビルマの戦いにおいて、2両のチハ車改が400m程度の距離にいるM4中戦車部隊対して側面から攻撃し、二両炎上させた戦闘の例もあるため単純な砲性能の不足だけが原因ではない。
（例えば大戦末期のドイツ軍では、戦車戦の際に普段なら遠距離戦に徹することが多かったが、天敵の航空機による攻撃や砲撃支援を防ぐため、あえて敵との距離を詰めることもあった。そもそも、日本軍戦車砲は37㎜~57㎜程度の小口径砲がほとんどで、遠距離での命中率は低かったし、南方戦線は場所によっては起伏が多く、接近しないと射線が通らないということもあった。)
泥縄的ながらも対戦車兵器として量産が決まったチハ車改だったが、皮肉なことに本兵器が活躍したのは占守島の戦いや中国戦線といった歩兵中心の敵部隊との戦いであった。
余談
- 日本陸軍の仮想的はソ連であり、兵器開発の方針も対ソ連が中心である。
- 日本陸軍の兵器は南方の風土や地形、熱帯気候を想定していなかったが、設計や運用の見直しや検討が放置された状態で、太平洋戦争に至ってしまった。
- 太平洋戦争直後の段階でT-34やKVといったソ連軍戦車の情報は掴んでいたが、戦況の楽観視や戦車&対戦車兵器に対する予算が不足していたため、情報を生かすことが出来なかったとされる。
- ソロモン諸島の戦いでチハ車改を鹵獲した米軍による調査・性能試験記録が残っている。それによると、「1940年型としては標準的な性能の戦車で、主砲の貫徹力と悪路走行性能には見るべきものがあり、装甲防御も特に不足はなし。ただし、エンジンやトランスミッション周辺の機械的信頼性の低さが運用上の弱点となっているであろう」という評価であった。
- 太平洋戦争末期の日本陸軍はM4中戦車の対処に頭を抱えていたが、一応ある程度の情報はつかんでいた。
日本側 実際 重さ 31t 30.3~34.8t 搭載砲 75mmL40 75mmL40 速度 40km/h 38km/h 防盾 85mm+35mm 76~88.9mm 砲搭正面 85mm 76mm 砲搭側面 65~60mm 50mm 車体正面 65mm 50mm 車体側面 44mm 38mm 車体後面 39~30mm 38mm
- 一部のチハ車改は、終戦後に中国共産党政府に接収され国民党政府との内戦に投入されることになるが、その活躍ぶりをたたえられて「功臣号」の名が与えられている。(当時の中国は二つの政府に分裂していた)
- ロシアには、唯一稼働状態のチハ車改が存在する。これは旧ソ連時代に占守島の戦いで鹵獲した本車をレストアしたものである。
関連動画
関連静画
関連項目
脚注
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