マネタリーベース(monetary base)とは、中央銀行が世の中に向けて直接的に供給した通貨の総量を示す経済学用語である。頭文字を取ってMBと呼ばれることがある。
ベースマネー(base money)、ハイパワードマネー(high-powered money)といった別称も存在する。
概要
定義
マネタリーベースとは中央銀行が世の中に向けて直接的に供給した通貨の総量である。
日本においてマネタリーベースは、日銀当座預金の総額と、市中に出回っている日本銀行券(1万円札などのお札)の総額と、市中に出回っている硬貨(500円玉など)の総額を合計した金額になる。
日銀当座預金と日本銀行券と硬貨
日銀当座預金と日本銀行券と硬貨はマネタリーベースの3要素となっている。
日銀当座預金と日本銀行券は日本の中央銀行である日本銀行が発行して世の中に供給する。一方で硬貨は日本政府の一部である財務省が発行し、日本銀行が受け取り[1]、日本銀行が世の中に供給する。
日銀当座預金は帳簿上の数字という存在である。一方で日本銀行券と硬貨は現金通貨と呼ばれ、紙や金属という実体を持つ存在である。
以上のことをまとめると次の表のようになる。
マネタリーベース | |||
名称 | 日銀当座預金 | 日本銀行券 | 硬貨 |
単位 | 円 | ||
発行者 | 日本銀行 | 政府(財務省) | |
供給者 | 日本銀行 | ||
形態 | 帳簿上の数字 | 現金通貨 |
政府預金はマネタリーベースに含まれない
「マネタリーベースとは、日銀が供給した通貨の合計」という定義は間違いである。日銀は通貨を発行して政府が日銀に開設する口座の預金、すなわち政府預金の金額を増やすことがある。この政府預金はマネタリーベースの中に含まれない。また日銀は通貨を発行し、外国の中央銀行や国際機関が日銀に開設する口座の預金の金額を増やすことがあるが、この預金額もマネタリーベースの中に含まれない。
「マネタリーベースとは、日銀が世の中に向けて供給した通貨の合計」という定義の方が正しい。日銀当座預金とは日本の民間向けに活動する金融機関が日銀に開設する口座に収まっている通貨である。
資料
この項の資料・・・「マネタリーベース」とは何ですか?(日本銀行)、政府預金とは何ですか?(日本銀行)、日本銀行には誰が預金口座を開設していますか?(日本銀行)、国庫制度の概要(財務省)
日銀当座預金
日銀当座預金というのは略称で、正式には日本銀行当座預金と言う。更なる略称として「日銀当預(にちぎんとうよ)」という言葉も使われている。
定義と性質
定義
日銀当座預金とは、日銀に口座を開設している金融機関などに向けて日銀が発行する当座預金である。
日銀に口座を開設している金融機関などというのは、銀行・信用金庫といった預貯金取扱金融機関と、証券会社と、短資会社である。
生命保険などの保険企業は金融機関であるが日銀に口座を開設していない。GPIF(年金積立金運用団体)は世界最大級の機関投資家として知られるが日銀に口座を開設していない。
※この項の資料・・・日本銀行には誰が預金口座を開設していますか?(日本銀行)、当座預金取引の相手方一覧(日本銀行)
政府預金や「外国中央銀行・国際機関が日銀で保有する預金」は日銀当座預金ではない
中央銀行預金が「金融機関が日銀に開設する口座」に入ったら日銀当座預金と呼び、中央銀行預金が「政府が日銀に開設する口座」に入ったら政府預金と呼び、中央銀行預金が「外国中央銀行・国際機関が日銀に開設する口座」に入ったら「外国中央銀行・国際機関が保有する預金」と呼ぶ。
日銀当座預金も、政府預金も、「外国中央銀行・国際機関が保有する預金」も、すべて同じ中央銀行預金であり、性質がよく似ている。ただ単に名称が変わるだけである。
以上のことを表にまとめると次のようになる。
日銀当座預金 | 政府預金 | 「外国中央銀行・国際機関が保有する預金」 | |
名称 | 中央銀行預金 | ||
発行者 | 日本銀行 | ||
単位 | 円 | ||
置かれている場所 | 金融機関が日銀に開設する口座 | 政府が日銀に開設する口座 | 外国中央銀行・国際機関が日銀に開設する口座 |
日銀当座預金は日銀の負債であり市中銀行の資産
日銀当座預金は、日銀の負債である。つまり、日銀以外の全ての存在にとって、日銀当座預金は資産となる。
負債と資産は対義語である。「ある人の負債が、それ以外の人の資産になる」という考え方は簿記や貸借対照表(バランスシート)の知識が少しでもあると理解できる。
日銀の貸借対照表を見てみると(資料3ページ)、負債の部に預金の項目があり、そのなかに当座預金という項目がある。これが日銀当座預金である。
市中銀行(中央銀行以外の銀行)の貸借対照表を見てみると(資料5ページ)、資産の部に現金預け金の項目があり、そのなかに預け金という項目がある。これが日銀当座預金である。
「不換銀行預金」というべき預金で、負債としての厳しさが極度に薄まっている
後述するように、日銀当座預金は日本銀行券と即座に交換できる。
日銀当座預金も日本銀行券も日銀が負債として発行している。ただし日本銀行券は不換銀行券であり、何らかの資産と交換する期日が無期限に延期されている負債であり、負債としての厳しさが極度に薄まった負債であり、発行する日銀にとってまったく財務を圧迫しないものである。
日銀当座預金も日本銀行券と同じ性質を持っている。日銀当座預金を持っている金融機関が日銀に対して「これと引き換えに資産を差し出してほしい」と要求しても、日銀がその要求に応じる期日が無期限に延期されている。
ゆえに日銀当座預金は「不換銀行預金」と表現すべき性質を持っている。
日銀当座預金と現金通貨の交換
市中銀行は、日銀当座預金を現金通貨に交換できる
市中銀行は、いつでも日銀当座預金を取り崩して、日本銀行券(紙幣)や硬貨といった現金通貨に交換することができる。
市中銀行にとって、日銀当座預金は資産であり、硬貨や日本銀行券も資産である。市中銀行の貸借対照表を見てみると(資料5ページ)、資産の部に現金預け金の項目があり、そのなかに現金という項目がある。これが、市中銀行のもつ日本銀行券と硬貨である。
日銀にとって、日銀当座預金は負債であり、日本銀行券も負債である。日銀の貸借対照表を見てみると(資料3ページ)、負債の部に発行銀行券の項目がある。これが日本銀行券である。
日銀にとって、硬貨というのは資産である。硬貨は政府が資産として発行し、日銀に渡される。日銀は硬貨を資産として受け取り、その代償として政府預金という負債を発行して政府の口座に入れる(詳しくはお金の記事を参照のこと)。日銀の貸借対照表を見てみると(資料3ページ)、資産の部に現金の項目がある。これが硬貨である。
市中銀行が10000円の日銀当座預金を10000円のお札にしたとする。その場合、日銀は、日銀当座預金10000円分を削除し、10000円の日本銀行券を新たに発行する。負債が10000円減った直後に、負債が10000円増えて、負債の名前が変わっただけである。
市中銀行が500円の日銀当座預金を500円硬貨1枚にしたとする。その場合、日銀は、日銀当座預金500円円分を削除し、硬貨500円硬貨1枚を市中銀行に渡す。負債500円が削除されて資産500円が削除されるのだから、差し引きゼロとなる。
「日銀当座預金10500円を日本銀行券10000円と硬貨500円に変換したい」と日銀に申し込んだときの市中銀行の貸借対照表(バランスシート)は次のように変化する。
現金10500円をもらう前の市中銀行 | 現金10500円をもらった後の市中銀行 | |||
資産の部 | 負債の部 | 資産の部 | 負債の部 | |
日銀当座預金 10000円 |
日本銀行券 10000円 |
|||
日銀当座預金 500円 |
硬貨 500円 |
市中銀行から「日銀当座預金10500円を日本銀行券10000円と硬貨500円に変換したい」と申し込まれたときの日銀の貸借対照表(バランスシート)は次のように変化する。
現金10500円を渡す前の日銀 | 現金10500円を渡した後の日銀 | |||
資産の部 | 負債の部 | 資産の部 | 負債の部 | |
日銀当座預金 10000円 |
日本銀行券 10000円 |
|||
硬貨 500円 |
日銀当座預金 500円 |
市中銀行は、現金通貨を日銀当座預金に交換できる
市中銀行は、休日をまたぐと、現金通貨をより多く獲得することが多い。
休日の前には小売業者が銀行にやってきて、釣り銭の準備のため預金を取り崩して現金を引き出していくのだが、休日の後になると小売業者がまた銀行にやってきて、稼ぎ出した紙幣を預金する。休日の前に小売業者が引き出す現金の総額よりも、休日の後に小売業者が銀行に預ける現金の総額の方が多いのが普通である。
銀行にとって、現金通貨を金庫にしまっておくのは、警備費用などのコストがかかる。また、銀行の貸し出しにおいては現金を必要としない(信用創造の記事で解説されている)。このため、余分な現金通貨を日銀に預けることになる。
日銀は、市中銀行から日本銀行券1万円を受け取った場合、日本銀行券1万円を倉庫に入れて日銀当座預金1万円を発行する。負債が1万円減った直後に1万円増えるので、負債の名前が変わっただけである。
日銀は、市中銀行から硬貨500円を受け取った場合、日銀当座預金500円を発行する。資産が500円増えたと同時に負債が500円増えるので、差し引きゼロとなる。
日本銀行券10000円と硬貨500円を日銀に差し出して日銀当座預金10500円を得たときの市中銀行の貸借対照表(バランスシート)は次のように変化する。
現金10500円を渡す前の市中銀行 | 現金10500円を渡した後の市中銀行 | |||
資産の部 | 負債の部 | 資産の部 | 負債の部 | |
日本銀行券 10000円 |
日銀当座預金 10000円 |
|||
硬貨 500円 |
日銀当座預金 500円 |
市中銀行から日本銀行券10000円と硬貨500円を受け取ったときの日銀の貸借対照表(バランスシート)は次のように変化する。
現金10500円を受け取る前の日銀 | 現金10500円を受け取った後の日銀 | |||
資産の部 | 負債の部 | 資産の部 | 負債の部 | |
日本銀行券 10000円 |
日銀当座預金 10000円 |
|||
硬貨 500円 |
日銀当座預金 500円 |
送金
市中銀行間の送金に使われる
市中銀行同士のお金のやりとりには、日銀当座預金が使われる。
ニコニコ銀行に預金するAさんの口座から、ドワンゴ銀行に預金するBさんの口座に向けて100万円の銀行振り込みをする場合、ニコニコ銀行からドワンゴ銀行へ日銀当座預金100万円が送金され、ニコニコ銀行の日銀当座預金が100万円減って、ドワンゴ銀行の日銀当座預金が100万円増える。それと同時に、ニコニコ銀行がAさんの銀行預金を100万円減らし、ドワンゴ銀行がBさんの銀行預金を100万円増やす。
ニコニコ銀行がドワンゴ銀行の所有する国債を日銀当座預金1億円で購入する場合、ニコニコ銀行からドワンゴ銀行へ日銀当座預金1億円が送金され、ニコニコ銀行の日銀当座預金が1億円減って、ドワンゴ銀行の日銀当座預金が1億円増える。
全国津々浦々の銀行は日銀に口座を開設しているので、日銀を使って便利に銀行間決済することができる。
※この項の資料・・・中央銀行当座預金が使われる背景(日本銀行)
政府と市中銀行の間の送金に使われる
政府と市中銀行のお金のやりとりには、日銀が使われる。政府は市中銀行に口座を持っておらず、日銀にしか口座を開いていない。
ただし、政府の開設する口座に入っているものは政府預金と呼ばれている(名前が違うだけで、日銀当座預金と性質はほぼ同じである)。
政府が100億円の国債を発行して市中銀行に買い取らせる場合、市中銀行から政府へ中央銀行預金の送金が行われ、政府預金が100億円増えて、市中銀行の日銀当座預金が100億円減る。
民間人が納税をする場合、市中銀行に開設した口座の預金を使うことが多い(国税庁)。民間人Aが1万円の納税をするとき、市中銀行は民間人Aの銀行預金1万円分を消滅させ、それと同時に市中銀行は政府に向けて1万円分の中央銀行預金を送金する。市中銀行は日銀当座預金を1万円減らし、政府は政府預金を1万円増やす。
日銀による増殖と削減
国債を対価にして日銀当座預金を新規発行する
日銀は、国債を対価にして日銀当座預金を発行することができる。市中銀行が保有する国債を日銀が買い取ると(買いオペレーション)、市中銀行の国債が減って日銀当座預金が増える。
日銀は口座の中の数字を書き換えるだけで日銀当座預金を作り出すことができる。日銀は通貨発行権を持っているのだが、それを正しく言うと「日銀当座預金・発行権」である。
経済の議論で「日銀はもっとお金を作り出すべき」というが、それを正しく言うと「日銀はもっと日銀当座預金を作り出すべき」となる。日銀が直接的に作り出すお金は、日銀当座預金なのである。
国債というのは政府の負債であり、政府以外の全ての存在にとって資産となる。日銀にとっても、市中銀行にとっても、国債は資産である。日銀の貸借対照表(資料3ページ)にも資産の部に国債があり、市中銀行の貸借対照表(資料5ページ)にも資産の部に有価証券という項目があり、その中に国債がある。
国債を売り飛ばして日銀当座預金を削減する
日銀は、手持ちの国債を売り飛ばし、増えすぎた日銀当座預金を削減することができる。日銀が保有する国債を市中銀行に売り渡すと(売りオペレーション)、市中銀行の国債が増えて日銀当座預金が減る。
国債は必ず日銀当座預金より多い利回りで発行されるので、国債売りオペが成功しやすい
基本的に、日銀当座預金には一切利子が付かない。2008年11月以前はすべての日銀当座預金に全く利子が付かなかった。
2008年11月になって日銀当座預金の一部に+0.10%の金利が付くようになり、2016年2月になって日銀当座預金の一部に+0.10%の利子が付いて一部に-0.1%の利子が付くようになり、それが2021年11月の時点でも続いているが(詳しくは短期金利の記事やマイナス金利政策の記事を参照のこと)、本来は利子が一切付かない種類の預金である。
市中銀行が民間人に対して提供する預金口座の中には、当座預金というものがあり、小切手や手形の決済のために使われる。その当座預金には利子が付かない。臨時金利調整法第2条で、政府・日銀の指示で各銀行の最大金利を定めることができると決まっているのだが、その条文に基づき、当座預金の金利を0%にする制度が維持されている。
「日銀当座預金は当座預金の一種なので利子が付かない」と説明されることがある。
2008年10月以前の感覚で言うと、日銀当座預金は基本的に利子が付かず国債には基本的に利子が付く。2008年11月以降の感覚で言うと、国債は必ず日銀当座預金の利率よりも多い利回りで発行される。国債とは政府が市中銀行から日銀当座預金を吸収するために発行するので、必然的に日銀当座預金よりも多い利回りにする。
いずれにせよ、日銀が売りオペレーションで保有する国債を売却するとき、日銀当座預金を余らせている銀行たちは、魚がエサに飛びつくかのごとく、大喜びで国債を買おうとする。
銀行が日銀当座預金を余らせたとき、株式(どこかの会社の所有権の一部。値下がりのリスクがある)を購入するという選択肢もあるのだが、銀行というのはリスクを踏むのを非常に嫌がる業種なので、株式投資をあまりやりたがらない。
ここら辺の事情は、西田昌司参議院議員が2019年6月3日の決算委員会で論じていることである(議事録五ページ、動画)。
日銀当座預金を増減させ、市中銀行の信用創造に影響を与える
市中銀行は貸し出しによって預金通貨を増殖させることができるのだが(信用創造)、そのときに重視するのは短期金融市場の銀行間取引市場のコール市場で形成される無担保コール翌日物金利である。無担保コール翌日物金利は短期金利の代表格とされる。
市中銀行が貸し出しを行うとき、無担保コール翌日物金利よりも必ず大きい利率にして、利鞘(りざや)を稼いでいる。
このため日本銀行は、買いオペレーションをして短期金融市場の銀行間取引市場のコール市場に出回る日銀当座預金を増やして無担保コール翌日物金利を下げることで、世の中の市中銀行の貸出利率に対して引き下げの圧力を掛けることができる。
また日本銀行は、売りオペレーションをして短期金融市場の銀行間取引市場のコール市場に出回る日銀当座預金を減らして無担保コール翌日物金利を上げることで、世の中の市中銀行の貸出利率に対して引き上げの圧力を掛けることができる。
このように日本銀行による日銀当座預金の増減で、世の中の貸出利率に大きく影響を与えることができる。
その他の性質
市中銀行は、日銀当座預金を現金通貨に換えてその現金通貨を貸し出しているわけではない
日銀当座預金は非常に特殊なお金で、「市中銀行が日銀当座預金を取り崩して現金通貨にするのは、多くの市中銀行預金者が市中銀行に向かって日本銀行券(紙幣)や硬貨を要求するときぐらいである」と言われる。
「市中銀行は日銀当座預金を引きだして現金通貨に換えて、現金通貨を貸し出している」というイメージがあるが、誤解である。市中銀行は現金を使わずに貸し出しすることができる(信用創造)。貸し出しのためにわざわざ日銀当座預金を引き出す必要がない。
市中銀行が日銀当座預金を取り崩して日銀から現金を受け取ってその現金を貸し出すことは、やろうとおもえば可能である。しかし、現金輸送をすることになり、盗難の危険が大きく高まってしまう。現実にはそういう方法で貸し出しをする市中銀行など存在しない。
市中銀行が日銀当座預金で買い物するとき、自行に口座を開設させてそこに銀行預金を書き込む
100万円の日銀当座預金を資産として所有する市中銀行があるとする。その市中銀行は「日銀当座預金100万円を使ってパソコンをいっぱい買おう」と思い、日銀当座預金100万円をパソコンに変えようと思ったとする。
そのとき、わざわざ日銀当座預金100万円を取り崩して現金に換えて100万円の札束を業者に払うわけではない。それは現金輸送をすることになり、盗難の危険性が増えてしまう。
市中銀行は、業者に口座を開設させ、その口座に100万円の銀行預金を書き入れるだけで済ませてしまい、それと引き換えにパソコンを獲得する。市中銀行にとって、日銀当座預金100万円を資産として所有したまま、100万円分のパソコンが資産になり、銀行預金100万円を負債として発行したことになる。
市中銀行の貸借対照表(バランスシート)の変化は次のようになる。
パソコンを買う前の市中銀行 | パソコンを買った後の市中銀行 | |||
資産の部 | 負債の部 | 資産の部 | 負債の部 | |
日銀当座預金 100万円 |
日銀当座預金 100万円 |
|||
パソコン 100万円 |
業者の銀行預金 100万円 |
業者がよその銀行の口座へ100万円を振り込むとき、市中銀行は銀行預金100万円を消滅させると同時に日銀当座預金100万円をよその銀行へ送金するので、手元には100万円分のパソコンだけが残る。
以上のように、銀行が日銀当座預金を使って買い物するときも、日銀当座預金を取り崩して現金化するわけではない。
市中銀行が日銀当座預金で買い物するとき、他行に日銀当座預金を送金して他行に対して「銀行預金を書き込んであげてください」と依頼する
100万円の日銀当座預金を資産として所有する市中銀行が日銀当座預金100万円をパソコンに変えようと思ったとする。
業者が他行(他の銀行)に口座を開設している場合、次のような行動を取ることができる。他行に日銀当座預金100万円を送金し、他行に対して「そちらに預金している業者の銀行預金を100万円分だけ増やしてあげて下さい」と依頼する。依頼された市中銀行は、資産として100万円の日銀当座預金が増えて負債として100万円の銀行預金が増えるので差し引きゼロであり、財務体質がまったくといっていいほど悪化も良化もしないので、依頼をすんなりと実行する。
パソコンを買った市中銀行の貸借対照表(バランスシート)の変化は次のようになる。
パソコンを買う前の市中銀行 | パソコンを買った後の市中銀行 | |||
資産の部 | 負債の部 | 資産の部 | 負債の部 | |
日銀当座預金 100万円 |
パソコン 100万円 |
やはり、銀行が日銀当座預金を使って買い物するときは、日銀当座預金を取り崩して現金化するわけではない。
マネタリーベースとマネーストックの関係性
マネタリーベースは市中に出回る現金通貨と日銀当座預金を合計した数値で、日銀が世の中に向けて直接的に供給した通貨の総量である。
一方、マネーストックは「『金融機関と中央政府を除いた国内の経済主体』が保有する通貨の合計」で、簡単に言うと世の中に出回っているお金である。「企業・家計が保有する通貨の総額」とイメージしておけばだいたい合ってる。マネーストックの大部分を占めるのは、市中銀行が発行する銀行預金である。
「マネタリーベースを増やせば、マネーストックが増える」と主張する外生説の論者たちと、「マネタリーベースを増やしても、マネーストックが増えるとは限らない。実際はその逆で、マネーストックが増えたときにマネタリーベースが新規発行されて増えていく」と主張する内生説の論者たちがあり、長いこと論争になっていた。
マネタリーベースを増やせばマネーストックが増えるという外生説
マネタリーベースを増やすと銀行の貸し出しが増えて銀行預金の額が増え、マネーストックが増える、という考え方がある。
この考え方を外生的貨幣供給理論とか、外生説という。
この考えに基づき、日銀は2001年から2006年まで量的金融緩和を行い、さらには2013年から2021年現在まで量的金融緩和の一種である量的・質的金融緩和(異次元金融緩和)を行っている。どちらも、継続的な買いオペレーションを実行して日銀当座預金を増やし、マネタリーベースを増やす金融政策である。
この考え方を支持するのをマネタリストという。マネタリストとは貨幣数量説の信奉者のことで、「インフレやデフレは貨幣現象である。中央銀行のマネタリーベース操作のみで完璧に制御できる」というのが口癖である。
日本において「リフレ派」と自称する論者たちがいる。そのリフレ派は、だいたいこの考えを支持しており、量的金融緩和を強く支持することになる。白川方明第30代日銀総裁は量的金融緩和の効果に対して懐疑的で、2008年から2013年の任期中は大規模な量的金融緩和を採用しなかったが、そのときリフレ派は白川総裁を徹底的に批判していた。
マネーストックが増えるとそれに応じてマネタリーベースが増えるという内生説
銀行が貸し出しをして信用創造を行って銀行預金を増やしマネーストックを増やすと、それに応じて中央銀行がマネタリーベースを新規発行することになり、マネタリーベースが増えていく、という考え方がある。
この考え方を内生的貨幣供給理論とか、内生説という。
銀行が金銭債権と金銭債務を同時に発生させるという形式で貸し出しを行って、貸し出しのたびに銀行預金を増やしてマネーストックを増やす。マネーストックが増えるとそれに応じて「銀行預金を引きだして現金にしよう」と思ったり「他の銀行に預金する人に向けて銀行預金を振り込もう」と思ったりする預金者も増えることになり、短期金融市場の銀行間取引市場のコール市場で日銀当座預金を借りようとする銀行が増えることになり、短期金利の代表格である無担保コール翌日物金利が上昇していく。
そのうちに日銀が「短期金利の代表格である無担保コール翌日物金利が過度に上昇するのは望ましくない」と考えるようになり、短期金融市場や長期金融市場で資金供給オペレーションをして日銀当座預金の総量を増やしてマネタリーベースを増やすことで無担保コール翌日物金利を引き下げるようになる。
以上のように、内生説とは「銀行の貸し出しがすべての出発点である」という考え方である。
量的金融緩和の効果がなかった
しかしながら、内生説の方が、どうやら正しいことが分かってきた。
2013年3月に第31代日銀総裁となった黒田東彦は、量的・質的金融緩和(異次元金融緩和)と称して大規模な量的金融緩和を進めた。その結果、日銀当座預金が膨れあがりマネタリーベースが大きくなったが、銀行の貸し出しが一向に増えず、マネーストックは期待通りに増えておらず、インフレ率が上がらず、2%のインフレ目標が達成できていない。
日銀が提供する資料のグラフを見てみると、大規模な量的金融緩和を開始した2013年以降、マネタリーベースの上昇が急激であるが、銀行の貸し出しがまったく伸びていない。
マネーストックは緩やかに増えている。保険企業・年金基金・投資信託ファンドの国債などを買いオペしているのでその分だけマネーストックが増えていると解釈できる。
関連リンク
Wikipedia記事
コトバンク記事
その他
関連項目
- 長期金融市場
- 短期金融市場
- 国債
- 利子(利息)
- 利回り
- 資金吸収オペレーション
- 資金供給オペレーション
- お金(通貨)(貨幣)
- インフレーション
- デフレーション
- 量的金融緩和(量的緩和)
- ゼロ金利政策
- マイナス金利政策
- 経済に関する記事の一覧
脚注
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