戦争はヒーローごっこじゃない!とは、アスランの不器用な叱責であり、そして彼に突き刺さるビームブーメランである。
概要
『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』第16話『インド洋の死闘』における、アスラン・ザラのセリフ。彼の命令を無視し、戦闘力を失った地球軍基地への破壊行動を続けたシン・アスカに対する叱責である。
『DESTINY』本編どころか『FREEDOM』に至るまで続くアスランとシンの不和の始まり、そしてアスランの不器用さを描くと共に、人の叱り方の難しさを視聴者に伝える名シーンである。『DESTINY』のアスランのセリフの中では番組紹介やゲームなどでの登場も多く、「<お前が欲しかったのは、本当にそんな力か!?」や「この、馬鹿野郎!」ほどではないにせよ、なんとな~く馴染みがあるガノタも多いことだろう(EXTREME VS.のトゥ!ヘァー!ネタの一部とか)。ただむしろ、シンがアスランにビンタされるカットを使ったMADの元ネタとしての方が有名かもしれないが……。
シンの行動は、指揮官の命令無視にほかならず、自分、ひいては所属するザフト全体の立場を顧みない、衝動的なものであった。アスランからビンタを喰らっても悪びれることなく自己正当化を行い、もう一発ビンタを喰らった挙句「ヒーローごっこ」と怒鳴られたのも至極当然と言える(むしろよくこの程度で済んだものである)。
だが一方でシンの側にも、地球軍に徴用され基地建設に従事させられていた挙句、戦闘から逃走するところを地球軍兵士に銃撃されていた現地民を助けるためという、倫理的には至極もっともな理由もあった。だからと言ってシンの罪状がどうこうするわけではないのだが、アスランはその辺をガン無視して一方的に叱責したため、シン(と彼の同僚達)の不興を買い、後に組織内で孤立する遠因になる。
ただし、第17話『戦士の条件』において、アスランは改めてシンと向き合い、この件に関してより詳細な指導を行っている。アスランの口下手さを如実に表すセリフとして有名ではあるが、実際にはこの2話を観ることでアスランの本心が伝わる演出が行われていることは忘れられがちである。
それとは別に、この叱責が放たれるまでの流れを見返すと、アスランもアスランで「ヒーローごっこ」呼ばわりされても仕方がない、勝手な行動をとってきていることが分かる。アスラン自身も気づいていないこの自己矛盾は後に表面化し、彼を孤立させることになる。
作中の流れ
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ここから先は『SEED DESTINY』第16話以降の ネタバレが記載されています。 |
オーストラリア・カーペンタリア基地を出港したミネルバ隊は、およそ30機のウィンダムを率いるファントムペイン隊の待ち伏せ攻撃を受けた。ミネルバのタリア・グラディス艦長は、カーペンタリアで合流したアスランにMS隊の指揮を任せる。急な人事に戸惑うシン。
シン! 出過ぎだぞ! 何をやってる!
へっ! 文句言うだけなら、誰だって!
カオスガンダムにかかりきりで援護してくれないアスランを置いて敵の隊長機らしきウィンダムを追うシンは、ウィンダムの救援に来たガイアガンダムとかち合う。アスランの警告を無視して交戦するシンだが、そこに地球軍の地上部隊が横槍を入れてきた。ここにはカーペンタリア攻撃のため建設中の前線基地があったのだ(実はファントムペインのウィンダムの大半はこの基地から無理やり借りたもので、ガイアはその代わりの護衛として配置されていた)。
地球軍に徴用され、基地建設を強いられていた民間人の男達は、フェンスと塹壕の向こうに待つ家族の元へ逃亡するが、戦闘配置に付いたはずがいつの間にか戻ってきた地球軍兵士に容赦なく銃撃される。射殺される父や兄弟を見て、己の家族の死がフラッシュバックするシン。
そうこうしているうちに前線基地から借りたウィンダムがいつの間にか全滅し、ファントムペインは撤退を開始する。せめてもの仕返しとばかりに、アウル・ニーダのアビスガンダムが、ミネルバの僚艦ニーラゴンゴを撃沈した。
シン! 何をやってるんだ、やめろ! もう彼らに戦闘力はない!
ちなみに「モゥヤメルンダッ!」と言ったのはSEED最終話だ!
ブチ切れたシンは前線基地の戦車と砲台を破壊するが、それには飽き足らず基地に侵入し、アスランの制止を無視して地球軍の残存部隊を蹂躙する。バルカン・サーベル・ライフル、インパルスガンダムの兵装を全部使う徹底ぶり。最後にフェンスも引っこ抜き、家族と再会した民間人たちは涙して喜ぶのだった。
ミネルバへの帰投後、アスランはシンをぶった。シンはアスランを睨みつけて言い放つ。
殴りたいのなら別に構いやしませんけどね。
けど! 俺は間違ったことはしてませんよ!
あそこの人たちだって、あれで助かったんだ!戦争はヒーローごっこじゃない!
自分だけで勝手な判断をするな!
力を持つ者なら、その力を自覚しろ!
アスランの方を見ようともしないシン。そのまま歩き去るアスラン。呆然とするミネルバクルー、ため息をつくタリア。
廃墟と化した前線基地から立ち去る民間人たち。彼らを置いてミネルバは単艦、ジブラルタルへ向かう。
それぞれの問題点
シン
- アスラン機が援護できない状態にも関わらず前に出過ぎ、敵隊長機を深追いした
- ミネルバとニーラゴンゴの防衛を半ば放棄し、アスランの制止を無視してガイア撃破を優先した
- 前線基地の兵器を無力化した後も、基地内に突入し、アスランの制止を無視して基地を破壊した
1と2は戦力状況的に仕方のない面もあるが、3はマズいなんてもんではない。流石に降伏した敵兵を虐殺するということはやっていないとはいえ、一歩間違えれば2年前に「ナチュラルの捕虜なんか要るかよ!」とか言ってた連中と同レベルになってしまう所であった。人道上の問題を別にしても、「既に敵主力が後退した後にも関わらず、敵の待ち伏せを警戒せずに敵基地内に入り、友軍に連絡せずに独断で攻撃していた」わけである。
また、これまでの話でもたびたび言及された通り、ザフトの地上侵攻はあくまでも積極的自衛権の行使のためである。基地建設に駆り出されていたのは敵軍の勢力圏内の現地民であり、ここに下手に介入すると「やはり領土的野心があるのではないか」などと難癖をつけられる恐れもあった。
そして、当然ながらザフトがこのまま駐留して現地民を守ることも出来ない以上、また別の地球軍部隊がやってきて、腹いせにもっと酷い徴用が行われる恐れもあるのだ。
アスラン
まず、アスランはタリアからMS隊の指揮を委ねられた1特務隊員に過ぎず、厳密にはシンの直属の上司ではない。シン(というかミネルバクルー全員)から見たこの時のアスランは「腕は確かだが、この間までオーブでアスハの護衛をしていたのに、ザフトに出戻っていきなり特務だ上官だと言いだした、やってることが滅茶苦茶な男」に過ぎない。
ぶっちゃけ、アスランも「自分だけで勝手に判断して」「ヒーローごっこ」をしている……と言われてもあながち的外れではない。
今回のケースはシンに明確な非があるわけだが、それならそれで、まがりなりにも指揮官に任ぜられたアスランには「シンがなぜこのような行動に及んだのか一応の事情聴取を行った上で、何がいけなかったのかをちゃんと指摘し、シンの更生を促す」義務があった。「問答無用でビンタ→反論に対してもう一発ビンタ」まではまだいいが「→抽象的過ぎる叱責をするだけで立ち去る」のは論外である。
何より、民間人たちはシンの目前で命の危険に晒されていたわけで、その緊急性を考慮しないのもまた問題である。そして生き残った民間人たちが涙を流して喜んだのもまた事実であり、シンが(あの人たちは確かに喜んでいたのに、アスランはどうして俺を全否定するんだ!?)と反発するのも無理もない。シンの対応が幼稚なのは確かだが、アスランも自分の立場を意識した上で、もう少し根気強く、突っ込んだ指摘をするべきだったのだ。
身もふたもないメタな話をすれば、次話に引っ張る脚本だからこんな叱責になったのだが……
その後
シンはこの後数日間、アスランと一言も口を利かなかった。流石にアスランもマズいと思ったか、ペルシャ湾・マハムール基地に入港後、ミネルバ甲板で黄昏れるシンと一対一で話す場を持った。
アスランはシンの「やってること滅茶苦茶じゃないですか。貴方は」という指摘に「認めるよ」と答えつつ、自らの経験も踏まえて、改めてシンに説教をした。
(シンが、誰かを守れる力を欲していることを察して)
自分の非力さに泣いたことのある者は、誰でもそう思うさ。……たぶん。
けど、その力を手にしたその時から、今度は自分が誰かを泣かせる者となる。
それだけは忘れるなよ。
俺達はやがてまたすぐに戦場に出る。
その時にそれを忘れて、勝手な理屈と正義で、
ただ闇雲に力を振るえば、それはただの破壊者だ。
そうじゃないんだろ? 君は。
俺達は軍としての任務で出るんだ。喧嘩に行くわけじゃない。そんなことは……分かってます!
……最後にいらんことを言うのは相変わらずだが、この真摯な説教はシンの心に響いたようで(ちょっとムッとしていたが)、以降はアスランへの態度を軟化させることになった。元々シンは、アスランのことは本心から嫌いと言うわけではないのだ。
だが更にこの後、オーブ軍の反乱勢力との戦闘で、アスラン自身が余裕をなくして少し錯乱し、自分だけで勝手な判断を行ってしまう。アスランとミネルバクルーの関係は再び悪化し、シンの精神はかき乱される。
そして最終局面、限界まで追い詰められたシンは、アスランがマハムールで言った「ただの馬鹿」になってしまうのである。余りに長い、長すぎるロングパスである。
余談
- 小説版では、地球軍が民間人を徴用したのは「大規模な工兵部隊を動かすとザフトにバレるため」であり、現場の地球軍人も結構後ろめたく感じていた。が、それはそれとして逃亡阻止の命令に従わざるをえなかった、という描写がされている。その中で銃撃に加担せず、むしろ周りを諫めて民間人を逃がしてやろうとしていたルーカ曹長は、シンの攻撃によって戦死してしまうのだった。
- ちなみに『インド洋の死闘』は、アウルの連ザⅡでお馴染みの名台詞「ゴメンねぇ!強くてさぁ!」の出典でもある(ニーラゴンゴのグーン3機をボコボコにしながら言い放った)。
- あれだけの数を投入しておいて雑に処理されてしまうウィンダム。ウィンダム不遇伝説のピークとして『インド洋の死闘』を苦々しく思う地球連合ファンもいることだろう。流石にファントムペインも自前の機体を用意しており、全滅したのはあくまで「前線基地から借りた連中だけ」と思いたいところである。
関連項目
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