ナチュラルの捕虜なんか要るかよ! 略して「ナ捕い」とは、悲しくも救いがたい戦争犯罪宣言である。
概要
『機動戦士ガンダムSEED』第37話(HDリマスター版35話)『神のいかずち』において、名も無きザフトのジン・パイロット(担当声優不明)が言い放ったセリフ。
……聡明なるニコ厨の諸兄ならこのセリフが放たれた状況を容易に推察できるだろうが、要は、完全に武装解除して無防備になり、降伏して捕虜になりたがっている地球軍の兵隊を皆殺しにする宣言である。
ナチュラルが主体の地球連合軍と、コーディネイターが組織したザフトの戦争が始まって1年3か月。農業コロニーへの核攻撃と、核システムの機能停止という非戦闘員への攻撃から始まった2つの陣営の争いは、いつしか単なる国家間の利害戦争から逸脱し、敵の民族そのものを根絶やしにしようとするかのような、絶滅戦争の様子を呈し始めていた。
ガンダムシリーズでも特に荒んだ世界観(倫理観)で有名なコズミック・イラ世界。物語が後半戦に入り、最前線の憎しみが深刻化してきたことを示すこの台詞は、「やめてよね」だの「目の色が違うわ!」だの「YATTAAAAA!」だのと並んで、『SEED』ファンが作品の名セリフ・名シーンを語る際に話題に上ることが多い。特に反コーディネイター政治団体・ブルーコスモスのスローガン「青き清浄なる世界のために(コーディネイターをぶっ殺そう)」や、名も無き地球軍兵士の「死ね!宇宙の化け物!」とは対を成すセリフとして有名。イヤな対比だなぁ…
作中の流れ
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この節は、『ガンダムSEED』第37/35話を 鑑賞後に閲覧することを推奨します。 |
――守備隊は最後の一兵まで勇敢に戦った! 我々はこのJOSH-A崩壊の日を、大いなる悲しみと共に歴史に刻まねばならない。が、我等は決して屈しない。我々が生きる平和な大地を、安全な空を奪う権利は、一体コーディネイターのどこにあるというのか!
この犠牲は大きい。が、我々はそれを乗り越え、立ち向かわなければならない! 地球の安全と平和、そして未来を守る為に、今こそ力を結集させ、思い上がったコーディネイターらと戦うのだ――
地球軍がアラスカ本部「JOSH-A」を自爆させ、侵攻したザフト戦力の8割を(用無しと判断した味方ごと)葬ってから数日。捨て駒にされ、間一髪で逃亡し、脱走艦となった地球軍艦アークエンジェルは、中立国オーブのアスハ家を頼った。
アスハ家当主のウズミ・ナラと会談するアークエンジェルのクルー。地球軍のプロパガンダ放送を見た後、ウズミとムウ・ラ・フラガは「ナチュラルとコーディネイターの憎しみ合い」について意見を交わす。
(ナチュラルもコーディネイターも差別しないオーブの理念に対して)
失礼ですが……それはただの、理想論に過ぎないのではありませんか? それが理想とは思っていても、やはりコーディネイターはナチュラルを見下すし、ナチュラルはコーディネイターを妬みます。それが現実です。解っておる。無論我が国とて、全てが上手くいっているわけではない。
が、「だから」と諦めては、やがて我等は、本当にお互いを滅ぼし合うしかなくなるぞ。そうなってから悔やんだとて、既に遅い。それとも! 「それが世界」と言うのならば、黙って従うか?
更に数日後、ザフトはアラスカの弔い合戦と言わんばかりに、地球軍パナマ基地のマスドライバーを破壊すべく進撃する。ラウ・ル・クルーゼらが指揮するザフト部隊は、地球軍の新型・ストライクダガーに苦戦しつつも、軌道上から新兵器・グングニールの投入に成功した。
虎の子のモビルスーツ、共にグングニールの餌食にして差し上げよう。
EMP対策が施してあるといっても、程度は知れたものですから……。
ザフト兵がその身を犠牲に死守したグングニールは、電磁パルス(EMP)を戦場全域に発信。地球軍の兵器は機能停止し、マスドライバーも基線の超伝導体が反応し崩壊する。追い撃ちのミサイル爆撃で総司令部も壊滅し、戦闘は終了した。
……だが、ザフト兵は戦闘能力を失った敵兵を容赦なく殺戮した。指一本動かせぬまま、コクピットをジンの76mm弾で蜂の巣にされるストライクダガー。両手を上げてハッチから出た所を射殺される戦車兵。トーチカから出て投降した所を複数のジンに囲まれ、そのまま76mm弾を浴びる歩兵小隊……。
ハッハッハッハッ! いいザマだな、ナチュラルのモビルスーツ共!
ナチュラルの捕虜なんか要るかよ!
至る所で鳴り響く銃声と断末魔の悲鳴。それを制止しないザフト司令部。無数に転がる無残な亡骸……。
イザーク・ジュールのデュエルガンダムは、その虐殺には加わらなかった。かつて無抵抗で逃走する敵を撃ったイザークだが、先日のJOSH-A戦でフリーダムガンダムのパイロットに助けられたことで、その心境に変化が生じたのだろうか。この時の彼は苦々しげに一人ごちるのみだった。
そしてクルーゼもまた、意味深に呟く――
動けない敵を撃って何が面白い……
――さて、新たな舞台の幕開けとなるか?
お話の補足
『神のいかずち』は、JOSH-A消滅が描かれる第35話(リマスター33話)『舞い降りる剣』と同じく、SEED屈指の陰惨な戦場の回としてファンの間では有名である。
特に『舞い降りる剣』では、あの悪名高い人間電子レンジ「サイクロプス」が起動し、風船のように膨れ上がって爆死するザフトパイロットや、血煙と化す地球軍兵士がこれでもかと描かれている。この非現実的なゴア描写が、『神のいかずち』前半の「ザフトへの敵愾心」を「コーディネイター全体への憎悪」にすり替えようとする連合のプロパガンダと合わせて、パナマ戦におけるザフト兵の常軌を逸した、しかし現実の歴史でもたびたび行われてきた蛮行に嫌な説得力を持たせている。
ウズミの不安は的中し、世界はクルーゼが望む「新たな舞台」――憎しみの連鎖の果ての終末の日へ向かっていく。後のオーブ解放作戦に繋がり、そしてザフトの正義に凝り固まっていたイザークの価値観を揺るがす、終盤戦に向けた重要な描写である。
また、第41話(リマスター39話)『ゆれる世界』では、ザフトが占領していた地球軍ビクトリア基地が地球軍に奪還される(第三次ビクトリア攻防戦)。その際、墜落したディンの傍で呻いているザフトパイロットが、残敵を探す地球軍兵士に発見され、そのまま銃殺されてしまうシーンが描かれている(小説版では、捕虜条約が地球軍に黙殺されていたと記されてしまっている)。アラスカ、パナマから続く蛮行は、しっかりここでも繰り広げられてしまうのだった。
余談
- 本放送版とスペシャルエディション版(及びそちらを基にしたリマスター版)では担当声優が異なっている。本放送版の方がちょっと下種めの演技
- 言うまでもないことだが、近代国際法では「捕虜の安全を脅かす行為」は明確に禁止されている。仮に「敵の捕虜は取らない。やむを得ず取った場合も無碍に扱う」姿勢を明確にしてしまうと、「戦って死ぬか捕まって死ぬか」の二択しかなくなった敵兵は死に物狂いで戦うため、結果として自軍にも大きな被害を出してしまうのだ。当然ながら投降した自軍兵士がどう扱われるか、言うまでもないだろう。
- 実は、ザフトが降伏した敵兵を殺害する描写は『神のいかずち』が初めてではない。第17話(リマスター16話)『カガリ再び』でビクトリア基地の陥落(第二次ビクトリア攻防戦)が語られるのだが、その際に目隠し+後ろ手に縛られて整列させられた地球軍の捕虜が銃殺刑を受けている。流れるように処される様子は最早、悪趣味なギャグである。
- 続編の『SEED DESTINY』においても、やっぱり地球軍兵士が現地徴用した民間人を射殺するわ、レジスタンスが地球軍兵士を裁判なしで処刑するわ、『SEED C.E.73 -STARGAZER-』では無関係の難民キャンプごとテロリストが殲滅されるわ、『SEED FREEDOM』ではとうとう無辜の市民に核ミサイルが撃ち込まれるわと、シャレにならない虐殺描写が続いている。
関連動画
関連項目
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