田代まさしとは、元アーティスト・タレント・Vシネマ監督である。
度重なる不祥事と逮捕による騒動は、2ちゃんねるで大きな話題となった。
盗撮事件発覚後の「ミニにタコ」発言などが人気を呼び、ネット上では「ネ申」として親しまれている。
芸能人としての輝かしい成功と麻薬に溺れ全てを失ってしまった後半生の落差から、まさに波乱万丈の人生を生き続ける男と言える。
輝かしい経歴と転落人生
シャネルズとして芸能界デビュー
1956年8月31日、佐賀県に生まれ東京都で育つ。A型。
両親の離婚や再婚から非行に走ったものの、不良仲間だった鈴木雅之との出会いを経て徐々に黒人音楽へと傾倒していく。
1980年、鈴木雅之・桑野信義らとドゥーアップグループ『シャネルズ』(後に『ラッツ&スター』に改名)としてデビュー。田代はバリトン→テナーボーカルを担当。
プロデビュー曲の「ランナウェイ」はパイオニアから発売されていた同名のラジカセのTVCMに使用され、いきなりオリコンチャート最高1位・100万枚近い売上を記録する大ヒットとなった。
その後も「街角トワイライト」「ハリケーン」「め組のひと」などをヒットさせる。
バラエティタレントに転身
1980年代半ばよりタレントとして活動を始める。「スターどっきり㊙報告」では寝起きドッキリのレポーターとしてアイドルの寝起きを襲う役回りで登場し、アイドルの脱いだ服の匂いを嗅いだり使用済みの歯ブラシを口に入れるなどの変態的行為で笑いを取る一連のお約束を完成させた第一人者の一人となった。
また、この頃にザ・ドリフターズの志村けんよりお笑いのセンスを見出され、「志村けんのバカ殿様」「志村けんのだいじょうぶだぁ」では志村の相棒としてサポート役を見事に務める。この流れでラッツ時代の仲間である桑野信義をバラエティの世界に誘い、共にお笑いタレントとして活躍するようになった。
田代と志村の出会いのきっかけは、シャネルズ時代のマネージャーが元々ドリフターズの付き人をやっていた縁で志村と知人であったため、ライブハウスに出演していたシャネルズのライブを志村がこっそり見に行ったことに始まる。そのライブのMCの余興で衣装の蝶ネクタイをヒゲに見立てて当時流行していたヒゲダンスを演じたのを志村が見て興味を持ち楽屋に挨拶に行ったという。
その後、偶然地方の仕事の移動の際に飛行機で田代と志村が臨席で乗り合わせ、会話の中からお互いにアメリカのコメディアンであるジェリー・ルイスのファンで現地からビデオを取り寄せているという共通点があったことを知り意気投合。ちょうど「バカ殿」を独立番組として立ち上げる時期だったので志村が番組に誘い、仕事上でも深い関係が生まれることとなる。
タレントとしての活躍の一方で、1980年代末に訪れたタレントショップブームの波に乗り、自身をキャラクター化した絵をプリントしたグッズを売る「マーシーズ」という店を開き、サイドビジネスでも成功を収める。
小道具を予め用意してダジャレを披露するなどの独自のお笑いセンスから「ダジャレの帝王」、「ギャグの王様」、「小道具の天才」と呼ばれ、民放大手TV局のバラエティ番組MCを始めとしたレギュラー番組を何本も抱え、大企業のテレビCMにも多数出演。中でも「ますます世間をお騒がせ!」と後の自身を予言するような発言をしている森永パックンチョのTVCMは後年評価されることとなった。絶頂期には年収1億円以上を稼ぐ成功者となった。
しかし、この成功の一方で常にギャグを求められるプレッシャーに押しつぶされそうになっていったという。そして...世紀末、彼の転落人生は始まった。
ミニにタコ事件、覗き・覚醒剤事件
2000年9月、東急東横線都立大学駅構内において帽子、サングラス、マスクという姿で女性の下着を盗撮しようとしている様子を目撃者が通報。不審人物として警察が任意同行し事情聴取、東京都迷惑防止条例違反で書類送検された。
これがいわゆる「ミニにタコ事件」である。この時は書類送検で済み逮捕はされておらず、2001年夏ごろにはテレビ復帰を果たし、バカ殿では師匠・志村けんに盗撮騒動を弄られ、めちゃイケではカメラを持ってメンバーの足を撮影するという、セルフパロディなボケをするなど、完全復活を果たした。が...そのわずか数カ月後
2001年12月9日、今度は近所の男性宅風呂を覗いたとして軽犯罪法違反容疑で現行犯逮捕された。さらに自宅から覚醒剤が発見され、覚醒剤所持・使用容疑で12月11日、再逮捕された。これが初めての逮捕である。
2004年秋には覚せい剤所持が発覚しまた逮捕(2度目)、栃木県の黒羽刑務所にて服役していたが、刑期の3年6カ月から未決拘留日数を引き、2008年6月26日午前8時半に満期出所した。
活動再開
2008年7月16日には、阿佐ヶ谷ロフトにて雑誌『創』主催のトークイベントが行われ、赤のアロハとハンチング帽にサングラス姿で本人が登場。イベントでは覚せい剤断絶を誓っていたものの、終始ろれつが回っておらず、また時折手の震えを見せるなど、生き生きと活躍していた頃の面影は感じられなかった。
2008年10月、まさかの公式サイトとブログ開設で、誰もが目を疑った。
さらに2009年3月より、動画共有サイトzoomeにて、独自番組「田代まさしのお久しブリーフ」の動画配信を開始。一時はもう二度と彼の姿を見ることはできないとさえ思われていたが、トークイベントの頃とは比にならないほどろれつも良くなって活き活きとしており、かなり元気を取り戻した姿を見せた。
2009年11月05日には、「あいつは最低な事をしたのだから芸能界から消えてもらいたい」としていた志村けんとのツーショット写真がブログに掲載される。これにより、お笑いタレントになるきっかけとなった恩師と和解した形となった。
2009年4月1日には、ニコニコ生放送に出演し、ひろゆきと対談1。
視聴者からメールを募集していたが、雑談や告知がほとんどで、読まれることは少なかった。
この生放送では田代本人が「タシロスと田代砲を見たことがある。」と発言。
また、この放送の市場欄では、田代まさしの着ボイスや待受が紹介された。
2009年5月8日には、新宿ロフトプラス1にて、復帰ライブを開催。
そして2009年8月28日22時22分16秒、2ちゃんねるの芸能スポーツ+板にまさかの本人降臨。「【田代】田代だけど何か質問ある?【まさし】」というスレを立て、およそ1時間10分にわたって2ちゃんねらーの質問に答え続けた。
2010年春には、月1回のレギュラー出演番組「ありがとうございマーシー」を引っ提げてニコニコ生放送に再登場し、4500人もの視聴者を集めた。
しかし...3度目の逮捕
2010年9月16日、薬物であるコカインを所持していたとして、麻薬取締法違反の現行犯で逮捕された。
連行された時に映った、まるで骸骨のようにガリガリと痩せこけた姿に、改めて薬物の恐ろしさを認識した人も多かったのではないだろうか。
仏の顔も三度。たくさんの人達を裏切った彼を、芸能界で見ることはもうないだろう。
…そう思われていた。
またまた活動再開
2014年7月に出所。
2015年2月25日に自身のツイッター、ブログを再開し、リハビリの手記を出版。薬物依存症の更生施設に通いつつ、同施設のスタッフとして働いたり薬物中毒の講演をしたりなどといった活動を行うようになる。
2015年7月6日、東京都世田谷区の東急電鉄二子玉川駅で女性のスカートの中を携帯電話で盗撮しているとの通報があり、書類送検および事情聴取を受けていた事が発覚した。
なお、 出所後の田代と交流が深い月刊『創』編集長の篠田博之によると、「サイフか何かを落として拾おうとしていたので、盗撮と見間違われても仕方ない状況は認めた」が、盗撮行為はしていないそうである (現時点で話が解決していないため、詳細な話は伏せられている)。これが各メディアで「容疑を認めた」と報じられたが、盗撮されたとされる女性は気づかずにその場から立ち去ってしまい、実際のところ押収した携帯電話からも盗撮と思わしき写真は発見されなかったため、書類送検どまりとなっている。
なお後日、田代は自身のブログで本件についての事情を述べている。
2016年2月には元プロ野球選手の清原和博が覚醒剤取締法違反の容疑で逮捕された件でなんと地上波のニュース番組に出演。(恐らく逮捕後初の地上波テレビ番組出演と思われる。)もちろんニュースされる側としての出演ではなく、元薬物使用者としての経験から薬物中毒者の心理を解説した。
この頃から薬物使用の恐ろしさを啓蒙する側としての活動が目立つようになり、全国各地での講演活動と並行してYouTubeやAbemaTVなどのネットメディアへの露出が増えていく。2019年7月には「バリバラ」(NHK Eテレ)に講師として出演し、薬物依存症の体験談を語り話題となった。
5度目の逮捕と出所
2019年、8月23日に宮城県塩釜市の宿泊施設での所持及び11月6日杉並区にて覚醒剤を所持した疑いで、5度目の逮捕となった。罪状は覚せい剤取締法違反。翌2020年に仙台地方裁判所にて懲役2年6ヶ月の実刑が確定したが、収監の2日前になって危篤状態となり、治療を行った後に収監された。アルコール依存症も併発しており、糖尿病の悪化により健康状態が悪化しているという。
この逮捕に関して、ショックを受けるという反応よりも「1度でもクスリに手を出したらオシマイだな」という反応がネットを中心に見られた。
またこの逮捕に関する初公判前に志村けんが新型コロナウイルスにより亡くなった事を受け、自身のyoutubeチャンネルを通して追悼した。
出所後にSMARTFLASHのインタビュー記事が掲載され、記事中で離婚と再婚を公表。
関連動画
関連商品
関連項目
関連リンク
脚注
- 31
- 0pt