スーパーペガサス 単語


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スーパーペガサス

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スーパーペガサスとは、

  1. 1996年生まれの日本競走馬栗毛ばんえい競馬に所属。本稿にて記述。
  2. 2003年生まれの日本競走馬鹿毛。中央および兵庫県競馬に所属。

スーパーペガサスとは、1996年生まれの日本競走馬である。栗毛

世紀末北海道に現れ、新世紀の最強として4年間にわたって君臨し、史上初のばんえい記念4連覇やばんえい史上7頭の獲得賞金1億円越え、日本競馬記録となる重賞20勝達成など数々の記録を残した、ばんえい競馬の名である。

な勝
1999年: ばんえい大賞典
2001年: 王冠
2002年: チャンピオンカップ北斗賞、北見記念、岩見沢記念
2003年: チャンピオンカップばんえい記念王冠(BG1)、岩見沢記念(BG1)、北見記念(BG1)、北斗(BG3)
2004年: ばんえい記念(BG1)、ばんえいグランプリ(BG2)、北斗(BG3)
2005年: 帯広記念(BG1)、ばんえい記念(BG1)、王冠(BG1)、ばんえいグランプリ(BG2)
2006年: ばんえい記念(BG1)

【受賞】
2002年: NARグランプリばんえい最優秀
2003年: NARグランプリばんえい最優秀
2004年: NARグランプリばんえい最優秀
2005年: NARグランプリばんえい最優秀

※当記事では活躍した当時に合わせて本文中の一部に旧馬齢表記(現在の表記+1歳)を使用しています。

概要

出生

1996年5月3日生まれ。ヒカルテンユウアサヒシヤルダンルゼンストロンホースという血統。北海道帯広市三井氏によって生産された。

ヒカルテンユウ現在ばんえい競馬流と言えるロツシーニの直系で、マツコトブキは未出走ながら多くの活躍を輩出したばんえい界の大種雄。現役時には1991年ばんえい記念を始め重賞を8勝し、タカラフジ以来史上3頭となる獲得賞金1億円の突破を達成した。種雄としてもスーパーペガサス以外に5頭の重賞を送り出し成功を収めた。

アサヒシヤルダンは未出走の繁殖牝馬

ルゼンストロンホース70年代にばんえいの品種改良のためにアメリカから輸入された。輸入したのはその名前から察せられる通りマルゼンスキー馬主として有名な橋本善吉氏で、橋本氏は長くばんえいの生産者としても活躍していたのである。代表産駒は史上5頭の1億円ルゼバージ。としても多くの活躍を送り出してその血統表名前を刻んでいる。

現役時代

1999~2000年度

3歳になったスーパーペガサスは、かつてヒカルテンユウも管理した大友調教師に預けられた。

1998年5月大友調教師息子大友栄人騎手コンビを組んで旭川開催の新馬戦デビュー(2着)し、7戦岩見沢開催で初勝利を挙げた。そこからは2着3着はあるもののなかなか勝てず、その間に大友栄人が騎手から調教師になったため栄人調教師の厩舎へ移籍し、今度は調教師調教の関係でのコンビとなった。騎手には岩本騎手が招聘された。

99年の4歳初戦で2勝を挙げた後は戦績が安定してくるようになり、4歳オープン戦を2連続2着とした後、ばんえい大賞典重賞に初挑戦。初重賞ということもあり軽ハンデとなり1番人気。本番でもハンデ差を生かして2着に4差をつけて逃げ切り勝ち、重賞勝利を達成した。

その後は、ばんえい競馬三冠のばんえいダービーなどの世代別重賞を戦ったが、以降4歳時は同世代の強に阻まれて一般戦を1勝することしかできなかった。

5歳時の2000年は1年通してタフに走ったが、現在のばんえい4歳三冠に含まれる銀河賞などの重賞ではやはり通用せず、特別競走オープン競走で5勝を挙げるにとどまった。

しかし年が明けて2001年馬齢表記変更ので「おかわり」となった二度5歳向きが変わってきた。2月に開催された然別賞(4歳以上オープン戦)で、翌々週にばんえい記念を勝つサカノタイソンの2着に入る大健闘を見せたのである。

2001年度 (2001年4月~2002年3月)

スーパーペガサスは着実に力をつけはじめていた。さすがに以降いきなり連戦連勝とまではいかなかったものの、成績が徐々に上向き、古混合戦での1着2着が増え始めた。

10月には旭川競馬場で最も権威ある重賞である王冠(現旭川記念)を勝利して重賞を初勝利。年が明けて6歳となってからは年度末の2002年2月[1]にばんえい記念の前戦の1つチャンピオンカップ勝利し、初挑戦したばんえい記念でも連覇したサカノタイソンに1.6差まで迫る2着に善戦した。

その後、持病により休養に入ったサカノタイソンと入れ替わるようにしてスーパーペガサスが力をつけていき、ばんえい界のトップへと登り詰めていく。

2002年度 (2002年4月~2003年3月)

2002年度は、5月北斗6月北見記念と大競走を立て続けに勝利8月のばんえいグランプリこそ同じヒカルテンユウ産駒ヒカルセンプーに敗れたが、9月には岩見沢記念も制覇した。連覇をした10月王冠賞はばんえい三冠馬ウンカイに阻まれるも年度末のチャンピオンカップ連覇を達成。

そして2回の挑戦となる2003年ばんえい記念、ただ1頭楽々と第2障害を越えると圧倒的な速さゴールまでそりを引き、2着ヒカルセンプ―に57.6差というとてつもない大差で勝利し、7歳でばんえい界の頂点に立った。

この年、スーパーペガサスはNARグランプリばんえい最優秀を受賞している[2]

2003年度 (2003年4月~2004年3月)

2003年度からは、ばんえい競馬に「ばんえいグレード」が導入された。

スーパーペガサスは手始めにBG1に格付けされた6月王冠を楽勝し、BG3になった7月北斗ヒカルセンプ―を破り連覇達成8月のばんえいグランプリではヒカルセンプ―に辱を許したが、BG1岩見沢記念北見記念勝利。年度末はチャンピオンカップこそ2着と連覇を逃すも、BG1ばんえい記念は見事に連覇

また、この年もスーパーペガサスがNARグランプリばんえい最優秀に選ばれている。

2004年度 (2004年4月~2005年3月)

8歳の2004年度からは藤野俊一騎手と新しくコンビを組んだ。スーパーペガサスは、この年ますますその強さに磨きがかかる。

今年も7月北斗に勝ち3連覇達成。これまで相性の悪かった8月のBG2ばんえいグランプリヒカルセンプ―を破り初勝利

年明けの9歳には遂に帯広記念(BG1)も勝利し、タカラフジ以来史上2頭となるばんえい競馬開催4競馬場の名を冠した記念競走の全制覇を達成。ばんえい記念では第2障害ミサキスーパーに先頭を奪われたが、障害を越えたところからぐんぐん差を詰めて10メートル手前で捉えて勝利史上初となる3連覇を達成した。ばんえい記念3連覇は、ばんえい最強補筆頭として名前が挙がるキンタローですら達成できなかった大記録である。勝利を決めたとき、帯広競馬場では歓が上がり、新たな伝説の誕生を祝福した。

この年もNARグランプリばんえい最優秀を受賞。史上初めて3年連続で受賞したばんえいになった。

2005年度 (2005年4月~2006年3月)

9歳の2005年度は5月オープン戦を2勝し、6月王冠勝利。4連覇をした7月北斗賞は名サダエリコ阻止されたが、8月のばんえいグランプリでサダエリコリベンジしてばんえいグランプリ連覇。しかしになるにつれ1000kgをえる体重を支えてきた脚が故障しがちになり、ばんえい記念の出走も危ぶまれるようになった。何とか体勢を立て直して出走までこぎつけると、4連覇に期待する観衆の前で第2障害を先頭でえ、最終直線を々と一人旅。後続からはミサキスーパーがただ1頭追いかけてきていたが、31.5の大差を付けて史上初の快挙となる4連覇達成。更にこの勝利で獲得賞金は1億円をえ、ばんえい競馬では史上7頭の1億円となった。ヒカルテンユウも1億円なので、子での達成にもなった。

そして今年もNARグランプリばんえい最優秀を受賞。4年連続での受賞は現在でもスーパーペガサスのみである

2006年度 (2006年4月~2007年3月)

2006年度は、4月5月に1戦ずつした後、裂蹄ので長期休養に入る。2006年度のばんえい記念を視野に入れて調整が続けられていたが、怪が癒えず、また当時存在していたばんえいの11歳定年制による引退が近づいていたため、出走はせずそのまま引退することになった。5月28日ポテト特別6着が最後の出走となった。

通算成績は155戦42勝、うち重賞20勝。重賞20勝は当時のばんえい競馬記録であるだけでなく、中央・地方地・障害を含めた日本競馬重賞最多勝記録だった。

スーパーペガサスは体重が1100キロえるパワーファイターで、のマルゼンストロンホースにより、ばんえい重量が大きくなる大レースで特に強さを発揮するだった。

獲得賞金は1億73万9千円に上った。

引退後

引退後は、デビュー時に所属していた大友調教師が所有する牧場に迎え入れられ、そこで種雄入りをして裂蹄の治療を開始した。しかし療養中に蹄葉炎を発症してしまい、最後の出走から1年後の2007年5月1日に死去。11歳。種雄となって次代に血を繋ぐことは出来なかった。

スーパーペガサスが去った後のばんえい競馬は、文字通りのの時代を迎えてしまう。当時存在した旭川競馬場岩見沢競馬場北見競馬場の開催がなくなり、財政が傾いたことでレースの賞金も大幅に減額されてしまった。そのもあり後にスーパーペガサスの重賞記録更新したカネサブラックやオレノココロですら賞金額が1億円に届かなかったのである。

だが近年はネット販売の好調により、ばんえい競馬の売り上げは過去最高記録更新するまでになり、ばんえい記念の賞金額も数十年ぶりに1000万円に戻ってきた。そして2025年現在まで古戦線を牽引する絶対王者・メムロボブサップがそのばんえい記念を制し、史上8頭の1億円ホースが誕生するのである。

血統表

半血
ヒカルテンユウ
1983 鹿毛
半血
マツコトブキ
1979 鹿毛
ペル
二世ロツシー
ペル  ロツシー
ペル  明
半血
半血  アンリュー
半血  
半血
第二太陽
1976 鹿毛
半血
バンツバメ
ブル  マジョル
半血  
半血
太陽
半血  来進
半血  小
半血
アサヒシヤルダン
1989 鹿毛
ベルジ
ルゼンストロンホース
1971 栗毛
ベルジ
Contributor
ベルジ  Penn State Conqueror
ベルジ  Tripsees Roscoe Jane
ベルジ
Jannette Supreme de Farceur
ベルジ  Sunny Lane Marquis
ベルジ  Lady Funette Supreme
半血
アサヒルビー
1981 芦毛
半血
タカラコマ
ブル  ケルネヴエーズ
半血  宝
ペル
南山
ペル  エドガ
ペル  北太
ばんえい馬の4代血統表

クロス:5代内アウトブリード

関連リンク

関連項目

ばんえい競馬の1億円
キンタロー - タカラフジ - ヒカルテンユウ - アサギリ - マルゼバージ - フクイチ - スーパーペガサス - メムロボブサップ
競馬テンプレート

脚注

  1. *ばんえい競馬4月から翌3月までが事業年度になっているため2002年3月末までが2001年度の競走として扱われる。
  2. *ばんえい競馬3月までを1年度とするがNARグランプリ年ごとに表が行われる。すなわち2002年の評価対には2001年度の競走(2002年1~3月の競走)は含まれているが、2003年2月に行われたばんえい記念での勝利は含まれていない。
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