本記事では、sm125732の投稿から1000万コメントに至るまで(2007/4/8~2008/10/14)の歴史を紹介する。
概要
自演動画の歴史一覧 |
2007年の記録 |
投稿と停滞・・・
2007年4月
2007年4月8日16時53分43秒、本動画投稿。全てはここから始まった。動画説明文は「ランキング1位を目指します」のみ。(当時のコメラン1位は陰陽師)
最初のコメントは「■」。その後も「1, 2, 3, 4, ・・・」など意味のないコメントをうp主自らコメントしまくっていく。
また、絶え間ないコメント投稿により、ニコニコTOPにある新着コメント動画枠(※現在は廃止)にほぼ常駐することとなり、そこからも多くのニコ厨が訪れた。そのまま彼らは、面白半分でコメント支援を行うようになる。当時の支援コメントは「まっがーれ」や「鈍痛」などの弾幕コメが中心だった。 |
1000コメントを突破。初のキリ番にニコ厨は盛り上がり、コメ欄を見て会話コメを打つ者も増えてくる。当時プレーヤー下にあった名前欄を利用し、2ch風にコテハン付きコメント投稿を行う者も増えた。これにより、コメントする者の名前をコメ欄で確認でき、彼らは支援者と呼ばれるようになる。 支援者達は名前欄でお互いのハンドルネームを理解できたことで、交流を深めていった。これを機に、自演動画はチャットルームと化していき、支援者達はチャットをしながらコメント支援と言うスタイルを身に着けた。 |
チャット支援と弾幕支援の盛り上がりで、19時には総コメント数3000コメを突破。増え続ける支援者達はコメントを打ちながら交流を深め合い、さらにコメントを打っていった。しかし支援者が盛り上がる中、うp主はバイトで既に離れていた。 |
4/8 23時~29時
23時09分にはコメント数が1万を突破。キリ番が近づくたびに争奪戦が行われ、支援者達は大いに盛り上がった。うp初日は、15,015コメを叩き出した。日間コメントランキング3位獲得。日間再生も43位。思いのほか好スタートを切った。 |
効率的なコメント支援の手法が確立。コメント連投すると規制される「コメント拒否」を回避するため、「はるぴったん」支援者のアドバイスを参考に、「5~6秒ごとにコメントする」支援手法を確立させた。2~4日目は流石にニコ厨は減ったが、支援手法の確立やタグ釣りのおかげで、デイリー約4000コメと好調をキープした。また、うp主は退屈を凌ぐために「一人しりとりコーナー」を行って盛り上がった。 1位の陰陽師との差は54万コメント。当時、陰陽師は「らきすたOP」とのランキング抗争があったことでコメ数増加(陰陽師らきすた抗争)。差を広げられる。 |
4/12~30
|
2007年5月~6月
4月からの不調から全く脱出できず、デイリーコメ数は1桁台まで落ち込んだ。
5/11
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5月中旬
タイピング動画の『一発変換出来たら死亡』が急速に勢いを伸ばし、陰陽師のコメラン1位が危ぶまれる。タイピング動画のほかに、アンケート動画が隆盛し、それまでコメラン上位を占めていたニコニコ人気動画が追いやられるようになる。 |
6/18
ニコニコ動画(γ)から(RC)にバージョンアップ。それまで支援者がチャット用に使っていた名前欄が廃止された。支援者はコテハン付きコメント投稿ができなくなり、以前よりチャットが難しくなった。これにより、離脱者が続出し、別れの言葉を告げる者も。 |
投稿~2007年06月23日のコメント記録
日付(午前5時集計) | 日間コメント数 | 合計コメント数 |
---|---|---|
2007年04月09日 | 15,015 | 15,015 |
2007年04月10日 | 4,174 | 19,189 |
2007年04月11日 | 4,494 | 23,683 |
2007年04月12日 | 4,822 | 28,505 |
2007年04月13日 | 200 | 28,705 |
2007年04月14日 | 43 | 28,748 |
2007年04月15日 | 725 | 29,473 |
2007年04月16日 | 73 | 29,546 |
2007年04月17日 | 60 | 29,606 |
2007年04月18日 | 55 | 29,661 |
2007年04月19日 | 69 | 29,730 |
2007年04月20日 | 588 | 30,318 |
2007年04月21日 | 84 | 30,402 |
2007年04月22日 | 22 | 30,424 |
2007年04月23日 | 11 | 30,435 |
2007年04月24日 | 27 | 30,462 |
2007年04月25日 | 14 | 30,476 |
2007年04月26日 | 83 | 30,559 |
2007年04月27日 | 294 | 30,853 |
2007年04月28日 | 85 | 30,938 |
2007年04月29日 | 25 | 30,963 |
2007年04月30日 | 30 | 30,993 |
2007年05月01日 | 392 | 31,385 |
2007年05月02日 | 172 | 31,557 |
2007年05月03日 | 192 | 31,749 |
2007年05月04日 | 30 | 31,779 |
2007年05月05日 | 70 | 31,849 |
2007年05月06日 | 25 | 31,874 |
2007年05月07日 | 351 | 32,225 |
2007年05月08日 | 1 | 32,226 |
2007年05月09日 | 66 | 32,292 |
2007年05月10日 | 18 | 32,310 |
2007年05月11日 | 0 | 32,310 |
2007年05月12日 | 109 | 32,419 |
2007年05月13日 | 176 | 32,595 |
2007年05月14日 | 0 | 32,595 |
2007年05月15日 | 1 | 32,595 |
2007年05月16日 | 1 | 32,596 |
2007年05月17日 | 1 | 32,597 |
2007年05月18日 | 3 | 32,600 |
2007年05月19日 | 1 | 32,601 |
2007年05月20日 | 0 | 32,601 |
2007年05月21日 | 7 | 32,608 |
2007年05月22日 | 28 | 32,636 |
2007年05月23日 | 0 | 32,636 |
2007年05月24日 | 5 | 32,641 |
2007年05月25日 | 0 | 32,641 |
2007年05月26日 | 2 | 32,643 |
2007年05月27日 | 3 | 32,646 |
2007年05月28日 | 0 | 32,646 |
2007年05月29日 | 0 | 32,646 |
2007年05月30日 | 0 | 32,646 |
2007年05月31日 | 0 | 32,646 |
2007年06月01日 | 0 | 32,646 |
2007年06月02日 | 0 | 32,646 |
2007年06月03日 | 0 | 32,646 |
2007年06月04日 | 10 | 32,656 |
2007年06月05日 | 0 | 32,656 |
2007年06月06日 | 0 | 32,656 |
2007年06月07日 | 27 | 32,683 |
2007年06月08日 | 5 | 32,688 |
2007年06月09日 | 11 | 32,699 |
2007年06月10日 | 460 | 33,159 |
2007年06月11日 | 53 | 33,212 |
2007年06月12日 | 491 | 33,703 |
2007年06月13日 | 67 | 33,770 |
2007年06月14日 | 0 | 33,770 |
2007年06月15日 | 0 | 33,770 |
2007年06月16日 | 1 | 33,771 |
2007年06月17日 | 85 | 33,856 |
2007年06月18日 | 183 | 34,039 |
2007年06月19日 | 135 | 34,174 |
2007年06月20日 | 10 | 34,184 |
2007年06月21日 | 33 | 34,217 |
2007年06月22日 | 36 | 34,253 |
2007年06月23日 | 2 | 34,255 |
コメラン1位へ、黄金期到来
2007年7月
小規模ながら彼らの間でチャットが行われた。中旬に彼らの交流が活発化し始め、チャットしながらコメント支援のスタイルが確立。
初旬
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7/10
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7/12
19時頃、居ついた2人の間で初めてチャットが行われる。彼らはコメント1位を目指すこととで協調し合い、その後もコメントを打ち続けた。これによりコメ数が上昇。2788コメント/日を記録し、久しぶりの4桁コメを達成。 |
7/12~
12日以降新しい支援者が定着し、コメ数は安定的に伸びていった。自演動画がチャットルームとなった(チャット化)ことにより、コメ数が継続的に増えた。これにより訪問した者は、チャットを通じて続々自演動画に定着していった。 居ついた支援者2人がコメ数上げのため協調し「弾幕コメ」を動画上に打ち続け、お祭り状態となったことがチャット化のきっかけだった。このお祭り状態により、新参は支援者とコメントしているという一体感を感じることができ、楽しむことができた。⊂二(^ิ౪^ิ)二二二⊃ブーン など、オリジナルの弾幕コメだったことも動画を賑わせた。支援者のオリジナルコメが動画上に溢れたことで、何でもありの自由な空間を創り上げることができた。訪れた人は「どんな内容でも自由にコメントしても良い」という空気の中で、田中弾幕や顔文字などのオリジナルコメで支援するようになった。オリジナルのコメントは自身の個性を発揮できるため、支援者と新参は双方の個性を理解することができ、お互いの交流が進んだ。 このようにして、自演動画はチャットルームとしての魅力を発揮した。4月でも支援者の間でチャットが行われていたものの、当時は「名前欄」に名前を入れれば誰なのか把握できたため、支援者はオリジナルコメで個性を発揮させる必要がなくお互いの交流は薄かった。チャットの話題もコメントに関するものがほとんどとなり、コメ数の停滞に乗じて多くの支援者が離脱していった。しかし、7月は名前欄が廃止されたことで、コメント内容で誰かを判別する必要が生じたためオリジナルコメが普及し、支援者それぞれが十分に個性を発揮することができた。 新規支援者の流入を更に加速させたのは、「新着コメ動画がTOPに掲載されるという仕様」であった。「コメント投稿」→「ニコニコTOPの新着コメ枠に本動画サムネ掲載」→「ニコ厨訪問」>→「チャット」→「支援者加入」→「コメント投稿」→・・・という流れがうまれ、コメントするたびにニコ厨が自演動画に訪れ支援者獲得につながる好循環ができあがった。チャットでこの好循環を活発化させ、自演動画は持続的なコメ数拡大を実現することができた。 |
7/15
11,209コメを記録。投稿日以来の1万コメ超え。(総コメランキング248位)全く来ていなかったうp主も、チャット化して以降初めてのコメント。 |
7/18
カテゴリータグに「チャット」が新設される。以前はゲームタグだったが、うp主も即刻チャットタグをロックした。カテゴリ変更により、ランキングや注目のタグからチャット目的で動画を探すニコ厨を容易に取り込むことができ、支援者確保につなげていった。増え続ける支援者との交流を深めるため、mixiコミュニティも創設される。ここでは、雑談の他に支援勧誘動画作成の情報交換も行われ、8月にかけて支援者交流の場として利用された。 |
7/19
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7/20
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7/21
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7/24
週刊ニコニコランキング#11で週刊31位(初登場)。ランキング初登場により、多くのニコ厨に動画の存在が知れ渡った。 |
7/25
うp主がニコニコ市場で購入した浜口庫ノ助『自作自演集』が届き、動画を投稿。この無駄な行為は後年語り継がれる伝説となり、「2650円の無駄遣い」タグがロックされる。 |
7/27
『【ゴム】ロックマン2 おっくせんまん!(Version ゴム)』の総コメ数を抜く。ニコニコの有名動画のコメ数を抜き支援者内でも大きく盛り上がる。(総合コメラン17位) |
7/30
週刊ニコニコランキング#12 24位で映像初放映。週刊2位。 |
2007年8月
支援者は月間1位も目標とし、「ひぐらしのなく頃に打」と月間首位争いを繰り広げる。
8/1
コメ欄固定機能が追加。以前は動画を視聴すると、コメントに合わせてコメ欄が自動スクロールしていたが、「自動スクロールしない」ボタンが追加され、コメ欄が固定することができるようになった。支援者にとってはチャットを見直すことができ、最適な機能であった。 |
8/2
『あいつこそがテニスの王子様(sm27)』の総コメ数を抜く(総コメランキング9位)。目標であるコメラン1位の期待も高まり、 日間コメ数は約2万コメに達した。 |
8/20
「組曲『ニコニコ動画』」を抜き総合コメントランキング3位に。 |
8/25
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8/26
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8/28
週刊ニコニコランキング#16 11位(自己最高位)、コメント週間1位。 |
8/31
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止まらぬコメント、愛されキャラとの競合
2007年9月
9/2
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9/4
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9/8
19時30分ごろ『一発変換できたら死亡』を抜き総合コメントランキング1位達成。動画投稿以来無謀と思われた目標を見事に達成。コメ欄は歓喜に湧いた。 目標達成もつかの間、うp主が目標を「1000万コメント」に変更。しかし、支援者同士の交流も依然として活発であり、その後も多くの新規支援者が流入してきたため、1位達成後も平均2万コメ/日の水準を維持しながらコメ数を伸ばしていった。 |
週刊ニコニコランキング#18 コメント週間1位、週間3連覇。4週連続映像放映。 |
9/12
ニコニコ愛されキャラ選手権開始。この大会では、キャラを巡る熱いコメントバトルを楽しむことができた。しかし、当時は期限が無くマクロ・宣伝行為も多発し、参加者や外部者からの不満が増大、17日に終了した。この選手権には自演支援者も一部参加していたため、彼らは勇士を集い、選手権を再興しようと努める。彼らは前回の反省から、「期限の規定、マクロ禁止、宣伝禁止」、といったルールを定め選手権を変革させた。 |
9/30
第6回愛されキャラ選手権が開催。健全なルールの元で進行したため前回に比べ不満が減少。特に1位を巡る争いが白熱し、印象に残る選手権となり企画は成功。自演支援者の協力もあって選手権は再興し、その後ブームを築く程に成長した。 |
2007年10月
総合コメラン1位は安泰だったため、支援者達は月刊コメラン1位も目標として伸ばしていった。
10/6
ニコニコランキングSP公開。総合7位、コメント2位。 |
10/10
18時 ニコニコ動画がRC2にバージョンアップ。しかし、コメントの自動更新ができない不具合が発生。自動更新でチャットを見ていた支援者もいた(主に拒否時)ため動揺したが、22時には復旧する。 |
10/14
14日から/hidden動画の『無修正エロアニメ北米版『BibleBlack』高画質 再うp(北米)』が急速に迫ってくる。北米動画は/hiddenブームの火付け役となった動画でもあり、この頃を境に/hidden動画が増加。自演は月間1位を巡って、/hidden動画に対抗することに。北米はR-18画像を巡ってコメ数を稼ぐ「zip動画」ブームも引き起こし、新たなライバル動画も生まれてきた。 |
10/18
コメントフィルター機能が実装される。この動画でも『支援』『w』などにフィルターがつけられ、20日には『コメント』『フィルター』『&』『自作自演集』『セミ』『q』『全裸』『もずく』『sage』など10個以上にフィルターがうp主によってつけられる。それぞれ長門弾幕に変換されていた。それに対し、手探りでフィルターコメを探す遊びが支援者内で流行った。 |
10/20
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2007年11月
11/1
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11/17
第9回ニコニコ愛されキャラ選手権開催。当時の選手権人気に便乗し、自演支援者達が「自演チーム」として参戦。キャラ名は(╬☉д⊙)。何人かの自演支援者は協力してくれたが結果は19位。その後、12回・13回大会にも出場する。 |
11/19
11月上旬の時点で、自演は堂々の月間コメ数1位だったが、『/hiddenコマンド使い方講座 コピペで簡単!』が投稿。急速に月間1位に迫った。 |
11/24
『アニメ&ゲーム525曲サビメドレー(400曲以上知ってたら人生やり直し)』(アニソンメドレー)が投稿。/hidden動画とアンケート動画がコメ数を急増させ、急速に月間1位に迫る。 |
11/26
ニコスクリプトがプレミアム会員(と投稿主)のみに開放される。投稿者コメントを通じてニコスクリプトが使えるようになった。しかし、投稿者コメント付きの動画はなぜかプレミアム会員と投稿主にコメント拒否機能が無く、コメント連打しても全く規制がかからなかった。この仕様は後々自演を大いに苦しめることになる。 |
11/27
週刊ニコニコランキング#29 30位。#18以来の映像放映。 |
11/28
300万達成のめでたい日だったものの、18時に組曲「ニコニコ動画」が削除。支援者にとっても衝撃的なニュースとなり、うp主が「組曲削除」をタグロックするほどであった。20時には復活。 |
2007年12月
12/1
第10回愛されキャラ選手権(~23日)選手権初のトーナメント戦となり、強豪動画が何日もわたりコメされることとなった。そのため強豪動画が自演月間コメ数に匹敵する可能性が出て、12月月間バトルは愛され強豪動画との闘いとなる。 |
12/3
週刊ニコニコランキング#30 27位。2週連続映像放映。 |
12/12
ニコニコTOPリニューアル。TOP画面で新着コメ動画サムネ枠が無くなり、代わりにニコニコニュース枠が設置される。 これにより、TOPに自演サムネが映らなくなり、ニコ厨は「チャット」タブを開かないと自演を見つけることができなくなった。この影響で、自演の注目度が減少。2~3千再生/日だった再生数も、1~1.5千再生となった。直近のコメ数への影響はなかったが、支援者数の長期的な減少を引き起こしたと思われる。 |
12/18
投コメ付き動画の『コマンドテスト』において、拒否無し機能を活かして投稿主がマクロコメ。拒否無し機能を利用した投コメ動画が、自演に迫る恐れも出てきた。 |
12/25
ニコスクリプトが一般会員に開放。一般会員には拒否機能があり、同時にマクロコメを打っていた「コマンドテスト」投稿主(一般会員)は拒否される。これにより『コマンドテスト』は停滞、自演が投コメ動画に抜かされる懸念がひとまず無くなった。詳しくは、動画記事『コマンドテスト(sm1651506)』を参照。 |
12/27
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12/30
ニコニコランキングSP2~2007年の思い出は億千万スペシャル 初めてのコメント数1位。総合では4位(過去最高) |
2008年1月
年が明けても12月27日からのデイリー2万コメ超え記録が続き、驚異的なコメ数を叩き出した。
1月も支援者の奮闘でデイリー2万台を連続して叩き出し、高水準のコメ数を維持した。しかし『「卑怯戦隊うろたんだー」をKAITO,MEIKO,初音ミクにry【オリジナル】修正版』も同様にコメ数を伸ばし、月間バトルではうろたんだーと自演の一騎打ちとなった。
投稿当初から、うろたんだーは動画の卑怯性がヒットし、視聴者(卑怯隊員)が勝手にコメ支援してボカランに乗せようとする風潮があった。そのコメ数の多さにより、ボカランでコメ数補正値が導入された。それに憤慨した卑怯隊員が逆に補正値を下げようと積極的にコメ支援を行うようになった結果、さらにコメ数が激増した。
1/10
朝からマイリス工作を受ける。当時、みくみくを中心に行われていたマイリス工作が自演にも及び、前日491あったマイリストが1000へと倍増する。支援者も実況しながら状況を見守った。しかし昼には収まり、マイリス数も元に戻る。この影響でニコニコランキングに入り、3500再生を記録。 |
1/18
支援タイマーのNicotimerが愛されキャラ選手権にて配布。コメントするタイミングを教えてくれるタイマーを利用することで、効率的に大量コメが可能となった。元々は愛され民が選手権用に開発したものだったが、徐々に自演支援者にも浸透し、6月にはほとんどの常連支援者が利用するようになる。 |
1/19
第11回愛されキャラ選手権開幕。うろたんだーは出場しなかったものの、勝手に卑怯隊員が動画で祭りを開催。大いに盛り上がったほか、隊員同士の交流が深まってコテハンの導入、そしてチャット化へとつながり、うろたんだーはさらに勢いを増すことに。 |
1/27
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コメ禁・@ボタンとの闘い
2008年2月
2/4
投コメ動画の『wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww』が拒否無し機能を活かし急速にコメ数を伸ばす。投コメ動画の拒否無し機能は一般会員には無かったものの、依然としてプレミアム会員にはあったため、彼らによる連投が急速にコメ数を拡大させた。 |
2/5
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2/9
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2/11
日間コメントランキング1位。投稿週刊ニコニコランキング#40で26位。映像放映されるはずが作成者のミスにより放映されず。 |
2/15
運営によるコメ禁が開始され、動画に大量コメントしていると、一定期間コメント禁止されるようになる。コメ禁によるコメント削除率は4割に上り、支援者のアカウントは壊滅状態となった。以降もコメ禁になる支援者続出。支援者は複垢を作って対抗し、不憫な環境の中で支援を続ける。 うろたんだーも同様にコメ禁地獄(削除率2割)。また、チャットを行う卑怯隊員に対し、一部の隊員は彼らによる動画の私物化に反発し離脱していった。コメ禁&内部対立により、うろたんだーは不振に見舞われた。 |
2/23
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2/24
50万再生突破。 |
2008年3月
3/10
週刊ニコニコランキング#44で34週連続100位以内達成。 |
3/13
ニコニコ動画SP1にバージョンアップ。@ボタンが実装され、さらに「投稿者コメント」の拒否無し機能が一般会員にも開放される。投稿者が投稿者コメントで@ボタンを付けることで、視聴者はボタン連打でコメント連投ができるようになった。つまり、クリック連打すればコメントが激増した。これによりコメ数の超インフレ動画が出現。 |
3/14~
『ボタン連打で全裸の女の子を助けよう!』『【エロ注意】ウッーウッーアウアウ⊂ミ⊃^ω^)⊃【ハルヒ】(エロウマ)』『wwwwwwwwwwwwww』などを筆頭に、@ボタン動画は瞬く間にコメントを激増させ、14日,15日には1日100万コメント近くを記録する動画も出てくる。@ボタン動画が隆盛し、ニコニコ全体のコメ数が超インフレする事態に。16日のニコニコ全体コメ数は1200万コメ/日と実装前の4倍に激増。また、動画検索ページでは@ボタン動画が占領。ニコ厨の不満が増大し、サーバーは過負荷となり運営は手を焼くことに。 一方の自演は総コメ数首位陥落の可能性が出始め、支援者は通報を行うなどして運営の@ボタン規制を祈ることに。またこの頃から自演のコメ禁騒動が収束。運営が@ボタンへの対応により、自演へのマークが薄れたと考えられる。 |
3/18
うp主が「@ボタンが倒せない」を投稿。また週刊ニコニコランキングではコメ数補正値が導入されるなど、自演のランクインが厳しくなる。@ボタンのせいで自演は思わぬとばっちりを受けることに。運営が動き、@ボタン動画の「新着コメ順での検索ページ一時非表示」と、「1つのボタンは1再生中につき1回しか叩けない」など@ボタンへの規制をかける。これにより、@ボタン動画の多くは急速に衰え、ニコニコ全体コメ数のインフレも収まり元の水準近くまで戻った。 しかし投稿者コメントの拒否無し仕様は残る。そのため一部の投コメ付き動画は、マクロの使用とニコ厨からのボタンコメでコメ数上昇を継続し、依然として自演を脅かす存在となる。 |
3/23
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2008年4月
新生活で忙しいのか07年度を支えた支援者の多くが離脱。しかし同時に新規支援者の定着も進んだ。
投コメ付き@ボタン動画は依然として勢いを伸ばし特にエロウマ、きらきー、妹盗撮が筆頭となった。エロウマは当時のウマウマブームが味方し総コメ数2位につけ、徐々に自演に迫ることに。きらきーはローゼン連載再開に伴い注目も集まったことで勢いを伸ばす。妹盗撮はマクロや釣りタグにより勢いを伸ばした。この危機に対し、自演支援者内でも投コメをつけるか否かで揉めることに。
4/1
エイプリルフールの冗談かうp主により投稿者コメントが付く。これにより拒否無し無制限連投が可能に。結果は85,860コメと当時最高日間コメ数を記録。しかし支援者には大不評となったため、拒否無し無制限連投はこの1日だけとなった。やはり、支援者総意としては投コメ不要であり、陥落危機に際してもこの意志を貫くことに。 |
4/8
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4/11
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4/13
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4/17
ローゼン連載が週刊誌で再開され、きらきーも200万コメ達成するなど勢い拡大。@ボタン動画は依然として勢いを伸ばす。自演は投コメを付けずに立ち向かうが、首位陥落は時間の問題となった。しかし・・・ |
4/18
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4/20
支援者記念動画が15日に週刊ニコランピックアップで取り上げられたことによりニコ厨が訪問。応援コメで溢れかえるが、それを見た工作犯によるマイリス工作を20日朝、自演動画・記念動画共に受ける(コメントは工作されなかった)。 自演は9,521再生・348マイリスト。マイリスト1,000越え。これによりランキングに上がり、再びニコ厨が急増。>51,483コメを記録。5月にも小規模なマイリス工作が相次ぐ。 |
4/21
11時頃エロウマが管理者削除。自演コメ数まで残り128万コメというところだった。性的表現、著作権侵害などが削除理由として考えられる。エロウマについての詳しい歴史は、動画記事『sm2591174』を参照。きらきーもコメ禁激化が起こったことで21日を境に下火に。 |
2008年5月
4月25日から投コメ付き@ボタン動画『頭がパーン ┗(^o^ )┓三』のコメント数が急増。原因は「春のパーン祭り」と称する再生・コメント・マイリス工作などが考えられる。祭りは30日まで続き、この間に総コメ数は110万→240万に倍増。5月1日以降は、運営によるマクロへのコメ禁が効いたのかパーンの勢いは落ち着いた。
5/1,2
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5/9
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5/10
支援コメのコマンドに「invisible」をつけることが推奨されるようになる。このコマンドをつけることで、動画が多少軽くなることが信じられたため、以後支援者は「invisible」をつけることが定着した。 |
5/14
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5/16
マイリス工作によりマイリスト1000達成。3191再生も記録。パーンでマクロコメが再発。7万/日を叩き出す。再生数も上昇しニコ厨からのボタンコメも増加。 |
5/17
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5/24
パーンがうろたんだーを抜いて総合コメラン2位に。自演のデイリー1万台に対し、パーンは連日デイリー15万台を叩き出し急速にその差を縮めた。勢いに乗るパーンにより自演は4月の陥落危機も束の間、再び陥落危機が訪れることになる。 |
2008年6月
6/4
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6/11
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6/15
頭がパーン、総コメント数700万突破。自演との差は51万。パーンは頻繁にタグを変えて再生数を増加させることでニコ厨によるボタンコメも増やした。これにより自演支援者内でも2位転落が確実視され、支援者の様子は、諦める者、抗う者、1000万コメだけを目指す者など様々だった。 |
6/18
15時03分、283日守り続けてきた総コメント数1位の座を「頭がパーン」に明け渡す。 17時45分頃、うp主が対抗して5分間だけ投コメをつける。自演では2位祭りも開かれたが、ランキング厨からの同情コメも多く見られた。パーンはこの日だけでも33万コメ増え、19日5時には既に17万コメも差が広がっていた。もはや1位復帰は絶望的と誰もが思ったが・・・ |
6/19
7時頃、運営により@ボタンと投稿者コメント動画の仕様が変更される。「ボタンコメはコメ数に反映されない」「投稿者コメ付き動画では一般もプレ垢も無制限連投ができない」という仕様となり、パーンは@ボタンによるコメ稼ぎと無制限連投ができなくなり急減速。 この仕様変更を受け、自演は一転して反撃ムードに。離脱支援者が復帰するなど1位奪還に向け一致団結。また、水銀党からの応援支援も来るなど、コメ乞食動画の応援も一身に受けた。 19~22日まで連続日間コメント3万越え達成。 |
6/26
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6/27
自演の反撃がすさまじい一方、パーンは20~21日までコメントサーバーの不具合が発生し2日間コメントできず。しかし、25日から再びパーンが勢いを伸ばし接戦となる。 |
6/29
0時53分、頭がパーンを抜き十日ぶりに総合コメントランキング1位復帰。 投コメをつけずに@ボタンと立ち向かった自演に対し祝福の声も多数。今度は、運営からの仕様変更という神風が吹いたことで、投コメをつけずに闘った支援者の努力が報われる形となった。この日だけで68,646コメ、日間コメントランキング1位。自身初の二日連続1位。 |
目標の1000万コメへ
2008年7月
1位を奪還した後は、復帰していた支援者も離脱、支援者も平常モードとなりコメ数は落ち着いた。
7月末から、うろたん支援者との交流が増える。うろたんだーは、2月から暗黒期に入っていたが、4月初旬から再生工作で補正値が上昇した。補正値をコメ数で下げる方針だった卑怯隊員は憤慨し、コメ数を伸ばして補正値下げに奔走。7月中旬に再生工作が終わった時には月間60万台まで回復。チャットも活性化していたため、自演支援者も頻繁にチャットに参加。交流が深まったことで、両者は協調ムードに。
7/5
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7/19
ニコニコランキングSP3 コメント数2位、総合152位。コメントに対し補正値が追加され、総合順位は前回に比べ大きく落とす。 |
2008年8月~9月
8月初旬
うろたんとの協調ムードの高まりからか、8月初旬に「うろたん×自演連合8/8~8/18米祭り」との企画が持ち上がる。自演はあまり気にしなかったが、うろたんでは本当に10日間祭りが開かれコメ数が上昇。その後もうろたん×自演間で相互に宣伝や支援を行うなど交流が続いた。 |
8/20
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8/20
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再びコメ禁圧力が強まるが、コメント消去率は5%と、2月に比べると弱い圧力だった。水銀党・うろたんも同様に発生。夏野氏が就任し黒字化が叫ばれコメ鯖負担額を減らすため、コメ禁が増加したと思われる。 |
2008年10月
10/14未明
1000万コメントの宣伝のため、支援者が手動マイリス工作。他の支援者も追随してマイリス登録を行う。これにより、14日は528マイリス数/日を記録(50位)。毎時マイリスも1位に載るなど、その後もランキング上位に躍り出て、ニコ厨の注目が一気に集まった。 |
10/14
18時34分、総コメント数1000万達成! 日間10,723再生。ランキング上昇を通じて多くのニコ厨が殺到し、18時の毎時コメは18,436コメ。多くのニコ厨から偉業達成を祝福される。達成時付近の分速は約1200コメ。物凄い勢いでコメントされていたことが分かる。 1000万コメント目は「さあどうなる!!!!!!!!!!!!」。自演の今後の激動の展開を予言するかのような意味深なコメントに。 |
1000万コメント記念絵
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