対戦車ミサイルとは、主力戦車(MBT)をはじめとする地上兵器を破壊するためのミサイル兵器である。
英語ではAnti-Tank missile(ATM)、Anti-Tank Guided Missile(ATGM)、Anti-Tank Guided Weapon(ATGW)等と呼称される。
概要
誘導装置と推進装置を備え、主力戦車の装甲を貫徹するのに十分な威力の弾頭をもつ。推進装置は固体燃料ロケット、弾頭はモンロー/ノイマン効果を利用した成型炸薬(HEAT)を用いるのが一般的。地上の対戦車ミサイル陣地に設置して使用されるほか、IFVや戦車駆逐車、ヘリコプターなどに搭載して運用される。
MBTだけではなく、他の装甲/非装甲車両、トーチカや敵陣地、舟艇などへの攻撃にも用いられる。
自衛隊では対戦車誘導弾とよび、MATの略称も使われる。陸上自衛隊が保有する対戦車ミサイルについては →対戦車誘導弾
誕生[1]
第二次世界大戦中、戦車から歩兵を守る手段として、成型炸薬弾頭を使ったバズーカやパンツァーファウストが開発された。しかし射程が短いため歩兵は戦車にかなり接近しなければならず、弾道が予測しにくいので当てるのも大変だった。
戦争末期にドイツはこの問題を解決するX7ロートクプヒェンを開発した。固体燃料ロケットに方向舵がついたミサイルで、射程は1200メートル。最も重要な特徴は発射後の弾道を制御できることで、後部にワイヤーを接続して操縦信号を送ることで砲手が目標までミサイルを誘導できた。
X7は1945年に製造を開始したが戦局に影響を与えるには遅かった。その後フランスが有線誘導システムの開発を続けて6年後にSS10を完成させ、続いてENTACやSS11も完成させた。
分類
主に誘導方式によって世代分類される。
第1世代
射手は眼鏡の十字線に目標を合わせ、ミサイルが十字線から外れないように操縦レバーを動かす。ミサイルは細い電線を繰り出しながら飛翔し、操舵信号はこの電線によってミサイルに送られる。ミサイルの尾部には射手が狙いやすいように火光を出すフレアが付いている。[2]
手動操作は習熟が難しく、命中するまで目視で目標を確認しつつ誘導しなければならないため操作員が危険にさらされるなど難点も多かったが、ジープやトラックで移動する歩兵部隊に有効な対戦車戦闘能力を与えた点で画期的である。とくにAT-3は第四次中東戦争でイスラエル戦車部隊に対し集中運用されて戦果を挙げ、戦車不要論の嚆矢となった。
第2世代
有線で誘導するのは変わりないが、SACLOS(半自動照準線指令誘導)と呼ばれる方式により手動操作なしに照準線に捉えるだけで自動的に誘導してくれるようになった。「半自動」なのは命中するまで目標を照準に捉え続ける作業が相変わらず必要になるため。
第2.5世代
有線誘導を廃し、レーザー照準によって目標に誘導する方式。ミサイルはレーザーが照射された地点に向かって飛翔する。レーザー照準装置は発射機本体と離して設置することが可能になり、発射要員の生残性が向上した。
ただし有線誘導を廃した関係上、煙幕や電子妨害などジャミングを受ける可能性も若干増した。対する戦車の側もレーザー照射を検知するセンサーなどを装備するようになっている。
第3世代
ジャベリン、01式軽対戦車誘導弾など。
赤外線画像シーカーに目標の形状を識別させることで、完全な撃ち放し(fire and forget)能力を得たタイプ。一度ロックオンして発射すればあとの誘導は必要なく、発射要員は速やかな離脱または再攻撃が可能。ただし赤外線シーカーの特性上、フレアや煙幕などの妨害手段の影響を受けやすく、また熱を持っていない目標のロックオンが困難である。
また、一部の設置/車載型対戦車ミサイルには赤外画像シーカーからの画像を有線で操作員に伝送、発射後のロックオンや誘導指令の更新を可能にしたものがある(96式多目的誘導弾、spike(ミサイル)など)。この種の有線誘導には従来の金属製ワイヤーに変えて光ファイバーが用いられるが、この光ファイバー誘導技術の実用化に成功したのは今のところ日本とイスラエルだけである。
その他のハッテン
誘導装置以外にも、閉じた場所でバックブラストなしの発射を可能にするカウンターマス、爆発反応装甲・空間装甲に対処するためのタンデムHEAT弾頭、戦車の脆弱な上部装甲を狙うためのトップアタックミサイルなど、改良が続けられている部分は多い。
また、HEATを使わずに高速のミサイル弾体を直接突入させて対象を破壊する「LOSAT」がアメリカで計画されたが、開発は中止されている。
MATという自衛隊用語
自衛隊では対戦車ミサイルを対戦車誘導弾と呼び、略称としてMAT(Missile Anti Tank)を用いている。
1950-60年代、アメリカから装備供与に頼りきりだった自衛隊が装備国産化の一環として開発したのが初の国産対戦車ミサイル(陸自では対戦車誘導弾)「64式対戦車誘導弾」(64式MAT)である。以来「重MAT」(79式対舟艇対戦車誘導弾)、「中MAT」(87式対戦車誘導弾)、「軽MAT」(01式軽対戦車誘導弾)等に「MAT」の略称が使用されているが、79式の直接の後継に当たる96式多目的誘導弾システムは戦車以外の目標に対する攻撃能力も主眼とされているため、MATではなくMPMS(Multi-Purpose Missile System)と略される。言いづらいので略称は「マルチ」。
英名の略称としては記述の通りATMのほうが自然なのだが、「ATM」が「核(Atomic)を連想させる」と騒いだプロ市民団体があったらしく、誤解を防ぐ為の配慮として「MAT」となる略称を用いるようになった、ということらしい。ただし開発名称や部内資料の中ではATMが用いられることがある。
まあ、車載クラスのミサイルであれば弾頭に小型の戦術核を搭載することも不可能ではないが、勿論日本はそのような核弾頭も核技術も保有していないし、そもそもそのような核搭載対戦車誘導ミサイル自体、付随的被害を考えれば軍事的に価値が薄く(無誘導の核無反動砲ならデイビー・クロケットがあるが)、真面目に実用化した国は冷戦華やかなりし頃でも存在しない。
ただ、近年ではATMというと金融機関の自動預払機がまず連想されるので、そこの混同を避けられた点は怪我の功名といえるかもしれない。
対戦車ミサイルの例
- コルネットE…ロシアが1994年に完成させ、世界中に輸出している。レーザー誘導式で射程が5kmもあり、アメリカのM1も擱座させられることが2003年のイラクで証明されている。発射機は19kg、飛翔体は8.2kgもあり、ゲリラが気軽に運用できるものではないが、イランがコピー品を量産しているので、闇ルートを通じていずれはヒズボラのような非政府系武装団体にも行き渡るだろう。[3]
関連動画
関連項目
脚注
- *「戦場の未来 兵器は戦争をいかに制するか」ジョージ・フリードマン レディス・フリードマン 関根一彦:訳 徳間書店 1997 p.113
- *「世界の最新兵器」関野秀夫・明地 力・筑土龍男・原田 稔 朝日ソノラマ 1975 p.97
- *「AI戦争論 進化する戦場で自衛隊は全滅する」兵頭二十八 2018 飛鳥新社 p.267
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