自力救済(英:Self-help)とは、力こそ正義の概念である。
概要
法的手続きに拠らず、実力を持って自らの権利回復を目指すことを指す。いわゆるリンチとも重なる言葉である。
民法ではそのまま自力救済、刑法では自救行為として一部の例外を除いて固く禁止されている。
だが自力救済が禁止されるようになったのは近代的な法典が整備されるようになってからの話であり、古代や中世に整備された法典ではむしろ基本的な形として容認されていた。例えば6世紀に成立したサリカ法典と呼ばれるゲルマン民族の法典は自力救済を原則としており、近世に至るまでこの基本原則が成立したフランク(フランス)だけでなくヨーロッパ各国で広まっていった。しかもただ容認するだけでなく「第一の徳行は(受けた損害に対する)復讐である」「不法行為に対しての報復は人間の最も重要な義務」と裁判を受けるうえでの重要な前提になるほどの推奨された行為であった。
近世に入って少しずつ常備軍や警察が整備されるようになると、このような私人による制裁はむしろ国家統制の上で大きな支障となっていった。当たり前の話だが、こんなことがまかり通ればより自力救済を叶えやすい暴力装置を有する集団(早い話が暴力団とかマフィアみたいな存在が幅を利かせてしまう)が力を持つようになり、持たざるその他大勢の大衆はかえって虐げられてしまう結果を生んでしまうからである。そのため、近代法典においては自力救済を厳しく禁じるようになった。
もちろんこれは西洋だけでなく我が国も例外ではなく、その典型的な例は仇討ち制度があげられるだろう。仇討ち制度以外にも、切腹が自身の名誉を守るための自裁行為としてみなされ、その家族の名誉が回復したことなども事例としては知られている。
また、他にも鎌倉時代に成立した御成敗式目や、戦国時代に各地の大名の領内で成立した分国法などを見ると、ほとんど”自力救済”が大前提になっている。例えば、伊達氏の分国法とされている『塵芥集』には裁判の大前提としてまず被害者が生き証人をつれてきて犯罪事実があったことを証明しなければならないと書かれている。いわゆる”当事者主義”と呼ばれる考え方で、体制側の役人が犯罪を認知して引っ捕らえることはしなかった(ちなみにこちらは対比して職権主義とよばれる)わけである。このことは「獄前死人、無レ訴者、無ニ検断(たとえ役所の前で死人が倒れていようと、訴えがなければ捜査は行わない)」という法諺にありありと表れている。
それらについても江戸時代に入って官僚機構が整備されると共に徐々に職権主義に移行するようになり、1873年の太政官布告で仇討ちが禁止された事で国家機関による刑罰へと完全に移行していくことになった。だが実は大正末期に自力救済を復活させるべきではないかという議論が持ち上がり、1940年の改正刑法仮案の第15条に一般的自力救済を違法性阻却事由として認めるというところまでこぎつけている。もちろんこれは戦後の刑法改正をめぐる議論で削除され現在は存在していないが、それだけ根強く自力救済、即ち名誉を自力で守る事を重んじる風潮が続いたことを示唆している。
国際法における自力救済
これは国内の内政問題だけでなく、国と国との関係を規定する国際法においても存在する概念で自助・復仇ともよばれる。
この場合はある国が他の国から国際法上保護されている権益を侵害してきた(代表例が軍事侵攻)場合に、権利回復や制裁として行う強制的な手段を指す。国家の下にある個人と異なり、国家間においては基本的に保護する存在が居ないため、このようなことが慣習上認められてきたとされている。
しかし国際連合という国際機関が存在する現在においては、その”合法性”という体裁を得るためにまずは国際連合に諮ることを原則としており、行わなかった場合は厳しい非難に晒されることになる。
現代日本における自力救済
自力救済は民法では直接禁止する条文はないものの、民法200条1項の占有回収の訴えや、民法414条1項の債務不履行における債権者による裁判所への請求が自力救済を禁止している間接的な根拠としてあげられている。
しかし、これは原則であって1988年2月4日に横浜地裁が下した判決によれば、マンションの違法駐車が再三の要求にも関わらず継続した際、痺れを切らした所有者が車を処分したことについては「やむを得ない特別の事情がある」ものとして認め、車の所有者による損害賠償請求を棄却した例がある。
また”司法”による判決によらなければ自力救済であると考えるならば、国税の強制徴収や、行政代執行なども一種の容認されている自力救済といえる。
刑法において自力救済にあたる概念は自救行為と呼ばれる。これは民法におけるそれと同じく原則では禁止されているものの、侵害の緊急性・行為の必要性・程度の相当性、自救の意思の四要件が揃えば違法性が阻却されると考えられている。
これはまさに正当防衛とほぼ同じような考え方である。しかし、正当防衛とは異なり、すでに行われた行為に対して行う事後的な行為であることが区別するポイントになっている。これは概念としては存在するものの、2024年現在において認められた最高裁判例は存在しない。ある種では正当防衛以上に判定が厳しい概念なのである。
また自救行為として違法性が阻却されない場合においては、それがそのまま違法になるわけではなく、やった行為に応じて刑法が適用される。例えば盗まれたものを勝手に取り返した場合は窃盗罪または占有離脱物横領罪に問われるし、放置自転車や自動車を勝手に処分すれば器物損壊罪に問われることになる。また、行為そのものだけでなく行為を行うにあたって犯した罪も該当し、取り返した場合に暴力を用いていれば暴行や傷害、最悪の場合は強盗罪に問われるし、脅迫を用いれば脅迫罪や恐喝罪に問われる。
もし身の回りでなにか自身や近しい人にとって不利益になるようなことが起きた場合は、すぐに自力で取り返そうとするのではなく、弁護士や警察など相応の機関に相談ないし通報して対応を仰ぐことが重要である。
例
- アパートを借りた住人が賃料を滞納するので入れないように賃貸人が鍵を無断で交換した。賃借人は返済するまでのあいだ家から締め出された為その間の損害賠償請求を行った。
→権利の違法な行使に該当するため賃貸人の行為は不法行為である。損害賠償は認容(大阪簡判平成21年5月22日)。判例上は自力救済禁止とはしていないが、関連する問題である。 - アパートを借りた住人が賃料を滞納するので、契約を解除し、部屋の中の家具や私物をすべて放りだした
→これも自力救済に該当するので不法行為が成立する。なお、これについて入居前にその旨を契約書に書いてあったとしてもそもそも当該条項は、公序良俗違反に該当するので契約自体が無効になる(東京地判平成18年5月30日)。
なお、このように自力救済は原則として禁止されているものの、一方で判例では法律による手続きによったのでは、権利に対する違法な侵害に対抗して現状を維持することが不可能又は著しく困難であると認められる場合のみ、その必要な限度を超えない範囲内で例外的に許されるものと解することを妨げない(最判昭和40年12月7日)としていることは留意が必要である。
関連項目
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