阪神大笑点とは2012年3月18日に開催された第60回阪神大賞典のことである。
断然1番人気の超一流馬オルフェーヴルがとんでもない走りをしたことで知られる。
阪神大賞典は、阪神競馬場で毎年3月中旬に行われる芝3000mのGIIレースである。毎年5月上旬ごろに行われる天皇賞(春)に向けて有力馬が本番前の試走として出走してくる重要なレースである。
そして2012年の第60回阪神大賞典には、2011年の牡馬クラシック三冠と有馬記念を制して2011年の年度代表馬となり現役最強との評価を受けたオルフェーヴルが始動戦として出走してきた。
オルフェーヴルは3000m級の長距離レースに強いとみられる血統であり[1]、3000mの菊花賞で2馬身1/2の差を付けて優勝しており、3000mの阪神大賞典に対してまったく距離不安がなかった。
また、レース当日は雨が降るという予報が出ており、馬場が湿って滑りやすくなって荒れたレースになる可能性が出ていたが、オルフェーヴルは雨が降ってぬかるんだ不良馬場のダービーでも問題なく走りきって快勝しており、雨が降っても大丈夫とみられていた。
オルフェーヴルは関西・滋賀県の栗東トレセン所属であり、兵庫県にある阪神競馬場には短時間の輸送で済むので、輸送の苦労も考えづらい。
以上の要素から、2012年阪神大賞典のオルフェーヴルには人気が集まり、単勝1.1倍の圧倒的な1番人気となっていた。これは極めて低いオッズであり、断然の高人気であった。100万円でオルフェーヴル単勝馬券を買ってオルフェーヴルが1着になったとしても110万円にしかならない。このように人気馬に人気が集まるレースは銀行の利息のようにオッズが低く、かつそれだけの人気を背負う馬は他馬と比べて抜きんでて能力があり、高確率で勝つ、すなわち「銀行のように預けて戻ってくる」と思われることから、「銀行レース」という。
「オルフェーヴルが確実に1着になる!」と信じて、オルフェーヴル1着付けの馬単や三連単を買う競馬ファンも多かったといえる。そうした彼らの期待を背負い、オルフェーヴルと池添謙一騎手はレースに臨んだ。
「何かが起こるとしたら、レース中のオルフェーヴルが、レース途中にペースを上げる他の馬を見つけて興奮し、引っ掛かって、騎手の命令を無視する暴走状態になることぐらいだ」と競馬ファンは考えていた。2012年阪神大賞典は12頭立ての少ない馬で行われるレースであり、騎手にとって「馬を他の馬の直後で走らせて、馬の前に壁を作って、馬を落ち着かせる」ということを行いにくく、馬が引っ掛かりやすい。騎手の命令を無視して暴走してレース中盤までに体力を消耗したら、レース終盤になって他の馬に競り負けてしまう。しかし、「オルフェーヴルの長距離レースにおける能力はものすごく高いはずだし、引っ掛かって体力を消耗しても能力の差でそのまま押し切ってしまうだろう」という考えも有力だった。
「何かが起こるとしたら、レース中のオルフェーヴルに故障が発生することだけだ」というのが多くの競馬ファンの考えだったと言える。一流馬があまりに速く走ることにより脚元に負担が掛かって怪我をして故障が発生することが過去に繰り返されてきたからである[2]。
そして2012年3月18日の午後3時35分にゲートが開き、3分あまりのレースが始まった・・・
オルフェーヴルはゼッケン12番、池添謙一騎手はピンク色の帽子で赤色が目立つ勝負服を着ている。
オルフェーヴルの単勝や1着付け馬単や1着付け三連単を買った競馬ファンは地獄に叩き落とされることになった。オルフェーヴルは断然の1番人気だったのでオルフェーヴル絡みの馬券がいずれも低い倍率であり、お金を稼ぐには多めのお金を払って高額馬券を買うしかなかった。先に「銀行レース」と呼んだが、このようにその圧倒的1番人気が敗れると「~~銀行破綻」(~~のところは1番人気の馬の名前)と揶揄されることになる。
このレースのオルフェーヴルは、『みどりのマキバオー』の菊花賞におけるベアナックルの走りと似ていたのでリアル・ベアナックルと評された[3]。
「他の馬に気付いて追いかけた時の加速は化け物でした」:池添謙一
「(逸走[4]したはずなのに)戻ってきたー!?」:安藤勝己
「(半馬身差しのいだ後2着馬を確認して)エッ!?オルフェーヴルこんな所にいる!?」:福永祐一
「うちの馬(ジャパンカップ勝ち馬ローズキングダム)と斤量差5kgくらいあって丁度いいかな[5]」:橋口弘次郎
「流石我が息子」[6]:ステイゴールド
「俺なら勝ってた」[7]:マルゼンスキー
「勝ったの僕なんですけど…」:ギュスターヴクライ
「誰か僕のことにも触れてください…」:リッカロイヤル[8]
レースの前に、オルフェーヴルを管理する池江泰寿調教師は、池添謙一騎手に「普通の競馬をしよう。好位[9]につけて、レース終盤になったら普通に好位から抜け出す競馬をしよう」と注文を付けた。それまでのオルフェーヴルはゲートを出たあとダッシュをせず折り合いに専念し、後方を追走して脚を温存し、レース終盤の3~4コーナーや直線で一気にスパートを掛ける派手な競馬をしていたが、そういう競馬ばかりではダメで、シンボリルドルフのような本当に強い馬に育たないし、2012年秋に出走を予定している凱旋門賞で通用しない、と判断しての注文だった。
この注文を受けて、池添謙一騎手は「いつもは折り合いを重視した競馬にするが、調教師の注文もあることだし、好位を取りに行く競馬をしよう。ゲートを出た瞬間から手綱を緩めて、オルフェーヴルを先行させよう」と思った[10]。
しかし、2012年阪神大賞典は、池江泰寿調教師や池添謙一騎手の思うようなレースにならなかった。
ゲートが開いた後、オルフェーヴルはとても上手にゲートを飛びだし、きっちりとダッシュを決めて、軽々と好位に進出した。しかし、そこからが問題だった。
2012年阪神大賞典は12頭立ての少ない頭数で行われた。こうした少頭数レースはスローペースになりやすい[11]。そして2012年阪神大賞典は稍重で芝が湿って滑りやすい馬場状態で行われた。こうした稍重馬場はスローペースになりやすい。
少頭数と稍重馬場という2つの条件が重なって最初の1000m通過が64.9秒という超スローの展開となり、馬が我慢しきれずに引っ掛かる危険の高いレースだった。オルフェーヴルにとって、スタート直後からダッシュして好位に付けたあと、スローペースに耐えきれず、騎手からの「ダッシュするのをやめろ」という指示に従わずに暴走する危険が高いレースだった。
オルフェーヴル陣営がレース前の枠順抽選で内枠を引いていれば、スタート直後に他の馬が内に切れ込みつつ先行しようとすることを利用できるので、池添謙一騎手もオルフェーヴルを他の馬の直後で走らせてオルフェーヴルを落ち着かせることができたかもしれない。ところがオルフェーヴル陣営が引き当てた枠は大外の12番であり、騎手にとって馬を他の馬の直後に入れることが非常に難しい枠だった。先行争いする馬が外に膨らんでくることは距離を損してしまうのでほとんど発生しない。
1周目の3コーナーにさしかかるころのオルフェーヴルは好位についていたが、すでに口を割っており、騎手の手綱に反抗して暴走しようという気配を漂わせており、要するに引っ掛かっていた。
そして6番のナムラクレセント[12]が1周目の3~4コーナーにおいて超スローペースに耐えきれずペースアップして、8番手の位置から先頭にまで一気に躍り出た[13]。3番手を走行中にナムラクレセントに追い越されたオルフェーヴルは、ナムラクレセントに思いっきり釣られてしまう形となり、ナムラクレセントを猛然と追いかける形でどうしようもない暴走となった。
2コーナーを過ぎて向こう正面に入ったところで1番手ナムラクレセント、2番手オルフェーヴルだった。このときオルフェーヴルは内側に走るナムラクレセントよりも少し離れた外目を走っている[14]。少し離れた外目を爆走することで、3コーナーをそのまま直進して逸走となってしまった。
逸走して外を大きく回すと距離を損する。池添謙一騎手は「100メートルは余分に走っていた」と語っており[15]、つまり他の馬よりも41馬身ほど余分に走っていたと語っている[16]。ただし、この池添発言はややオーバーなところがあるようで、Googleマップで「距離を測定」の機能を使って「3コーナーを逸走した場合の経路」と「3コーナーを内ラチ沿いに走る場合の経路」の差を比べると前者と後者の差は24メートルぐらいであり、10馬身ぐらいである。
オルフェーヴルが逸走したのを見た他の騎手たちは、2周目の3コーナーで我も我もという感じで一斉に仕掛けてペースアップしていった。騎手心理として、人気馬が失速するような事態が起こるとどうしても仕掛けていってしまうという。
ところが福永祐一が騎乗する1番のギュスターヴクライ[17]はイン側を走っていて馬群の中におり、仕掛けようとしてもペースアップできない状況だった。結果として各騎手が焦って早めに仕掛けている状況でもギュスターヴクライはじっくりと脚を溜めることができ、急激な坂がある最後の直線でしっかり脚を伸ばすことができた[18]。
逸走して3コーナーで外埒(そとらち コース外側の柵)付近まで走ったオルフェーヴルは失速した。普通の馬なら失速した時点で戦意を失うのだが、オルフェーヴルは他の馬の群れを見たとたんに猛加速して他の馬たちを追いかけていった。池添謙一騎手は「追いかけるのかい!」と心の中でツッコミを入れたという。
2周目の3~4コーナーで凄い勢いで加速してくるオルフェーヴルを見て、11番のオウケンブルースリに乗る安藤勝己騎手は「戻ってきた!」と大きな声で叫んだという。安藤勝己といえば職人肌の騎手であり、勝ってもガッツポーズをしないような冷静な人である。池添謙一は「安藤さんがレース中にあんな大きな声を出すのを見たのは初めてだった」と語った。
直線に入ってきたオルフェーヴルに乗る池添謙一騎手はさすがに焦っており、オルフェーヴルが右にササる傾向があることを忘れていて、つい左ムチを振るってしまった[19]。オルフェーヴルは右に斜行し、2番のヒルノダムールの進路を妨害してしまった。オルフェーヴルに対して降着の裁定は下らなかったが、池添謙一に対して過怠金10万円の制裁が課された。
ギュスターヴクライに乗って最後の直線でムチを振るって馬のクビを押す福永祐一は、外から迫りくる馬がどの馬なのか見る余裕がなかった。ゴール板を過ぎて優勝がほぼ確実になったところで左を見たらなんと逸走したはずのオルフェーヴルがいる。思わず二度見して笑ってしまい、「えっ?オルフェーヴルがこんなところにおる」と思ったという。
レースを終えて検量室前に戻ってきた福永祐一騎手は「すごいな~ もうやめてると思ってたあの馬」と喋っており、その声がテレビ中継に拾われている。
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最終更新:2024/12/12(木) 10:00
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