HRP-4Cとは、独立行政法人・産業技術総合研究所(産総研)が製作した美少女ロボである。
HRPは「Humanoid Robotics Project」の略。4は産総研4番目のヒューマノイドを表し、最後のCは「Cybernetic Human」から。
概要
2009年3月16日、産業技術総合研究所のシステム研究部門ヒューマノイド研究グループにより発表された。
身長158cm、体重43kg(バッテリー含む)、自由度は全43ヶ所。歩行稼働時間は20分(HRP-2の1/3)
体の動作や音声認識によるインタラクションの他に顔の表情を作る事ができ、ただ歩くだけでなく専用ソフトウェアによって歌やダンスを披露する事が可能である。
人に求められるヒューマノイドを目指して ~HRP-4Cが目指したもの
産総研の研究プログラム「ユーザー指向ロボットオープンアーキテクチャの開発(UCROA)」の3プロジェクトのうちの一つとしてHRP-4Cの本格的開発が始まったは2007年。
それまでの商品化されたヒューマノイド(大人型ロボット)が研究開発用か広報広告、ホビー用に用途が限定されたものしかなく、市場規模を広げるには用途(出来ること)が限定され過ぎていた。
そこでヒューマノイドの産業化の舞台として今ある技術で出来ることを模索し、結果見出した分野は
であった。
そのために求められた『サイバネティックヒューマン』の要件は3つ。
これらを実現するためにHRP-3までのメカメカしい設計から「人間らしさ」を与えるにはどうすれば良いのか模索する研究がスタートした。
骨格
まず全ての基礎となる骨格構造から検討を開始。
体型は「人体寸法データベース1997-98」を参考に19〜29歳の日本人女性をイメージして作られている。
なお何故そこをイメージの基点にしたかというと「見栄えを考えれば”小さい子供“より”大きい成人“。その上で改修する時“大きい男性→小さい女性”より“小さい女性→大きい男性”の方が楽だから」という理由。なお見栄え重視なスーパーモデル体型は当時の技術的に難しく断念。
これによりそれまでのHRP-3以前に比べ「肩幅が狭く、腰の位置は高く細く、脚は太腿・脛がそれぞれ伸びて総じて長く」非常に人間らしい骨格設計となった。
稼働
続いて動作について検討。
女性的でしなやかで優雅な動作を追求すべくウォーキングを専門にする女性モデルに[歩行][ターン][着席][各種ポージング]など基本動作からファッションショーで必要となる動作を演じてもらい、それをモーションキャプチャーで計測。このデータとコンピュータシミュレーションの結果から負荷強度及び稼働範囲の適切な関節構造を検討・設計した。
特徴的な構造としては
- より淑やかな歩行や仕草を実現するために腰と首が3つの軸(ピッチ・ロール・ヨー)で構成
- より人間(女の子)らしく見せるため前腕がハの字、大腿逆ハの字になるようやや傾斜させる
- マイク保持やHRP-2では断念せざるをえなっかた会津磐梯山踊りに必要な指のしなりが実現できるように設計。そのせいで実際の人間女性より大きい手に…
仕草の表現力は先代のHRP-2と比べ格段に向上し、その違いは分かりづらい例えで申し訳ないのだがガンプラでいうところの最初期1/144モデル(1980年)とエントリーグレード1/144モデル(2021年)ほどの違いがある。(少々可動軸数の差や可動域を盛った表現であるが、やろうとした事はそういうこと)
なお当初は「肩を窄めて両腕を組む」「肩を引いて胸を張り出す」といったファッションモデルのあの独特なポーズを実現するために肩甲骨も設計することを考えていたが必要なスペース不足や重量問題、対費用効果などのデメリットを解消できず断念している。ちょっと残念…
これにより「人間にきわめて近い動作を実現した」と産総研は発表しているが、どうにもちょっとだけ機械的な動きである。まあ基本技術は2002年製のHRP-2譲りだから仕方ないね。けどちょっとずつマイナーチェンジで動きは良くなってるよ!
外見
骨格メカニズムの設計が固まると外装のデザイン検討を開始。
まず全体的なデザインとして
- 女性的なラインを持つメタリックなロボットのイメージ
(スペースコブラのアーマロイドレディっぽいの) - 極力人間に近づけた、衣装の工夫で骨格メカニズムの突出部(でっぱり)を目立たなくしたもの
(The ジャパニーズサブカルチャーっぽいの) - 骨格構造をそのまま生かしたロボット的なデザインのもの
(AIBOが二足歩行してるっぽいの) - マネキンをイメージしたもの
(外装分割線のあるのっぺらぼうマネキンっぽいの)
の4案が提出。これらの案を基に検討を重ね、「エンターテイメント用ロボットとしてのインパクト」と「不気味の谷への考慮」に配慮し1.案の曲線的メカニックボディと2.案の人間らしい顔を持つ形に決定する。上司「人型なんだから美少女ロボにしろ」研究員「(趣味じゃないんだけどなぁ…)」
また人間的な顔を持たせたことで表情による感情表現も可能となり、重量制限から8つの動作軸で“眉上下(左右連動)”“まぶた開閉(左右連動)”“眼球左右(左右連動)”“眼球上下(左右連動)”“口開閉”“上唇突出”“下唇突出”“頬上下”の動作をソフトウェアツールで管理操作することで表情を作り出している。
顔の造形は産総研の女性職員5名の平均顔をモデルに、(株)ココロがシリコンで作成した(外装全般もココロが製作)。
電装
基本的にはHRP-2の技術を継承しているが、HRP-4Cの独特な開発要件を満たすために
が新規搭載/改良搭載されている。
追加改良
2009年3月に一応の完成を見たHRP-4Cであるが、その後もより人間らしい表現とエンターテイメント性を持ったサイバネティックヒューマンとなる為に、ソフトウェアアップデートを重ねている。
VOCALOID DB「CV-4C(β)」
2009年10月に歌手として人間らしく歌うためにヤマハ(株)とクリプトン・フューチャー・メディア(株)の協力で、ヤマハからはVOCALOID2とNetぼかりすの技術提供、クリプトンからは音声データベース(DB)「CV-4C」が提供された。
「CV-4C」のCVはクリプトンの初音ミクから続くキャラクター・ボーカル・シリーズを指し、そのバリエーション用に考案されテスト収録されたデータベースのひとつでCVシリーズの試作。4CはHRP-4Cから。なので巡音ルカ(CV-3)の続きという意味は無いし製品化も考えてないよ。中の人(CV)は中村繪里子。俗称「HALC@LOID」。
CEATEC2009のヤマハブースについて産総研の中の人とヤマハの中の人の打ち合わせにクリプトンの中の人が同席し、そこで突然「HRP-4C」とのコラボを打ち明けられ、総産研とヤマハの馴れ初めや最先端技術に携わっている方々が企業の枠を超えてコラボする熱いノリに中てられたクリプトンが「じゃあ我々も秘蔵の未発表DBを・・・」と、これまたノリでお話しした結果がこれだよ!!!クリプトン代表「( ゚д゚)ポカーン」
動作作成総合ソフトウェア「コレオノイド」
産総研のロボット研究者である中岡慎一郎によって2006年より開発が始まり、東京大学IRT研究機構の石川勝氏とダンスクリエイターでTRFメンバーのSAM氏のプロデュースを得て2010年10月に公開されたオープンソースのロボット用統合GUIソフトウェア。
ロボット用の動力学シミュレータとして使用するための機能を備えており、標準で動作振り付け機能や追加実装可能な機能を用いて簡単にロボットの全身動作を作成する事ができるようになる。
2019年4月からは、(株)コレオノイドによる事業化活動が開始。現在はコレオノイドが主体となって開発が進められている。
スポットライトを浴びて ~HRP-4Cのデモンストレーションの歴史
初登場は2009年3月23日に開幕すされた第8回『東京発 日本ファッション・ウィーク』。
この催しのイベントのひとつである「シンマイ クリエイターズ コレクション」での開会式に登場。舞台上に歩いて登場し開会挨拶をしてお辞儀をして歩いて退場する2分ちょっとのデモンストレーションだった。
これをきっかけに色んなショーや展示会に出演依頼か来るようになる。
2009年7月22日には「2009年ユミカツラ パリ グランドコレクション in 大阪」に出演。デザイナーの桂由美がデザインした“人間用の”ウェディングドレスをピッタリと着こなし見事に舞台を歩ききってみせた。
このイベントから『未夢(ミーム)』という愛称で呼ばれるようになる。
2009年10月6日から開催された最先端技術総合展「シーテックジャパン2009」では初音ミクやメグッポイドのコスプレ(HRP-4C用オーダーメイド品2着で13万円。ヤマハ剣持氏の自腹)をしつつ、「初音ミク」「めぐっぽいど」「CV-4C(β)」の声色で歌を披露。iphoneのカメラと新技術のエアタグを利用したリクエスト機能を介して「メルト」「ワールドイズマイン」「みくみくにしてあげる」(初音ミク)「見上げてごらん夜の星を」「異邦人」(CV-4C)などを歌い、歌い終わりには「〇〇(リクエストした人の名前)さん、ありがとー!」とその場で自動生成したセリフでお礼を返してくれた。
2010年10月16日に行われた「デジタルコンテンツEXPO2010」では4人のバックダンサーと共に動作編集ソフト「コレオノイド」によるダンスと歌を披露した。
ステージを降りて ~HRP-4C『未夢』、その後
ショーステージに華々しい活躍の場を得たHRP-4C『未夢』。
2010年9月にはHRP-4Cの外装や軸自由度を簡素化した弟と言うべき働く人間型ロボット研究開発用プラットフォーム「HRP-4」を発表(翌年1月に市場供給開始)。全ては順風満帆のように見えた。
だがしかし、2011年3月11日。日本を襲った東日本大震災は『未夢』の存在意義という足場も揺るがし崩してしまった…。
震災を境にロボットに求められる役割は災害等で瓦礫を乗り越えて捜索や救助を行うことにシフトし、エンターテイメント性を追求しカスタマイズされた『未夢』に向けられた世間の声は「何で現場に出せないんだ」「役立たず」という冷たいもの…。
そういった声もあって、産総研のヒューマノイド研究も「HRP-2」をベース機として災害用に転換。HRPシリーズの次世代機「HRP-5P」もその方針を引き継いで大型構造物組立現場内での人間型ロボットの実用化に向けた研究開発プラットフォームとしての要件を満たす設計がされ、ソフトウェアの分野も製造現場などでのロボットの自律的な作業を実現(自分で効率的な作業方法を最適化・実行制御)するAI技術にシフトしていった。
さらに『未夢』に悲劇が重なる。開発研究員の主要メンバーの一人で2012年10月からマサチューセッツ工科大に派遣されていた三浦郁奈子主任研究員が渡米先のボストンで事故死。
『未夢』にエンタメ出演の依頼はその後も時折入ってはいるものの、付き添い可能な研究員不足などにより辞退。電源が落とされ研究室で眠っていることも多い。
…が、そんな中でも人間に近い体型や動作性能を活かして時折実証実験などに協力する日々を過ごしている。
2009~2010年には新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「課題解決型福祉用具実用化開発支援事業」として(株)スマートサポートと北海道大学 田中孝之准教授が研究開発を進める介護用スマートスーツの実験に協力。
2022年にはJANUS(産業技術総合研究所(AIST)と欧州で唯一HRP-4Cを所有するフランスの国立科学研究センター(CNRS)による共同ロボット工学研究所(JRL)とモンペリエのLIRMM(Interactive Digital Human研究所)から専門知識を集めた二拠点体制で活動しているチーム)がHRP-4Cを実験素体としてヒューマノイドの遠隔フィードバック操作の研究を行なっている。
今の世の中にHRP-4Cが立つべきステージは無くなってしまったかもしれない。
だがしかし、空想作品の中で「人に似せた姿を装いながら人の暮らしに寄り添い、歌や踊りといったエンターテイメントを介して人に歓びを伝え、インタラクティブ性を用いて人と心を通わすヒューマノイド」は今も数多く生まれ続けていることをみれば、『未夢』に求め目指したものが未だ求められ続けていると言えるのではないだろうか。
技術的な進展は停止したHRP-4Cではあるが、HRP-4Cが発展させてきた人間的な動作制御技術は自身が協力した研究やのちに続くHRPシリーズをはじめとするヒューマノイドに確かに引き継がれ、新たな道を拓いてきた。
そしてその後に続いた彼らが拓いた道は、HRP-4Cの目指した道の先にまた交差する日がきっと来るだろう。
いつか彼女、もしくは彼女の跡を継ぐものが再びステージに立つ日が来る日を夢見て──
関連動画
関連項目
- ロボット
- 公式が病気
- 中村繪里子
- HALC@LOID
- コレオノイド
- BEATLESS
劇中登場するヒューマノイド「hIE」の始祖的存在として総産研の許諾のもとHRP-4C『未夢』が登場する。(アニメでは#7の冒頭に登場) - ロボットの一覧
関連リンク
- 産総研:プレス・リリース(人間に近い外観と動作性能を備えたロボットの開発に成功)
- 歌声合成パラメーター推定技術 VocaListener(ボーカリスナー)を実現 - 産総研公式HP記事
- 人間型ロボットの動作を簡単に作成できる統合ソフトウエアを開発
- 産総研の女性型ロボ「HRP-4C」開発者座談会(その1)/(その2)
- 7
- 0pt