ノーベル経済学賞とは、経済学の分野で国際的に優れた貢献をした人に授与される賞である。
なお、「ノーベル経済学賞」は日本で一般的に用いられている通称であり、正式名称は「アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞(スウェーデン語:Sveriges riksbanks pris i ekonomisk vetenskap till Alfred Nobels minne)」。他のノーベル賞と区別するため単に「経済学賞(スウェーデン語:ekonomipris」と呼ばれることも多い。
アルフレッド・ノーベルの遺言に記されていない賞であり、厳密にはノーベル賞ではない。しかし、世間では他のノーベル賞と同等の価値を持つ賞として認知されており、経済学における世界最高の賞と呼んで差し支えない権威を有する。
概要
ノーベル賞は、スウェーデンの化学者アルフレッド・ノーベルの遺志によって設立された、国際的な賞である。今日では、世界最高の権威性を備えた賞と見做されている。年に一度、物理学、化学、生理学・医学、文学、平和、そして経済学の6つの部門において、最も人類に貢献した人物・団体に贈られる。
このうち、経済学賞は、経済学の分野で国際的に優れた貢献をした人に授与される。初回の1969年以来毎年、存命の人物1~3名に授与されており、受賞者0の年がこれまでないことも経済学賞の特徴である。選考は、物理学賞・化学賞と同じくスウェーデン王立科学アカデミーが行っている。発表は10月上旬、授賞式はアルフレッド・ノーベルの命日である12月10日。
ノーベル賞のメダルの表側には、各賞共通でアルフレッド・ノーベルの横顔、名前、生没年が彫刻されている。ノーベル経済学賞のメダルの裏側には、スウェーデン王立科学アカデミーの紋章と「Sveriges Riksbank till Alfred Nobels Minne 1968」の文字が彫刻されている。
1969年から2019年までの50年間において、84名(うち女性2名)が受賞した。国籍別では、アメリカ合衆国の受賞者が最も多く58名、次いでイギリス10名、フランス4名、カナダ3名、ノルウェー3名となっている(二重国籍者含む)。
日本国籍の受賞者はこれまでなし。アジア出身の受賞者が選出されるケースは少なく、1998年のアマルティア・セン(インド)、2019年のアビジット・バナジー(インド出身・アメリカ国籍)の2名のみ。
他のノーベル賞との違い
創設
経済学賞は、アルフレッド・ノーベルが遺言で定めた5賞(物理学賞、化学賞、生理学・医学賞、文学賞、平和賞)に含まれておらず、スウェーデン国立銀行が創設した賞のため、公式にはノーベル賞として認められていない。
創設の切っ掛けは1968年、スウェーデン国立銀行が創立300周年を迎えた際、当時の総裁であるペール・オースプリングが「スウェーデン銀行300周年記念基金」を設立し、その基金で「経済学賞」という新たなノーベル賞を作れないかと考案したことが発端とされる。
遺言にない賞を新設する申し入れにノーベルの一族や財団からは難色の声が強かったものの、当時スウェーデン王立科学アカデミーに在籍していた経済学者たちが懸命に働きかけた甲斐もあり、1968年5月にノーベル財団と科学アカデミーはオースプリングの提案を受諾し賞の創設が認められた。翌年の1969年から他のノーベル賞と同時期に選考が行われ、以来受賞者が毎年発表されるようになった。
なお、経済学賞の創設を機に「他の分野でもノーベル賞を作れないか」という議論も活発に行われ多くの申し出がノーベル財団に届けられてきたが、現在まで財団はそれら全ての申し出を断っており、今後新たなノーベル賞が生まれる可能性は薄いとされている。
賞金
ノーベル賞の賞金はノーベル財団の基金が前年に生んだ利子から拠出されているが、ノーベル賞として認められていない経済学賞は、他の賞と同額の賞金をスウェーデン国立銀行が拠出する形式を取っている。
現在の日本の所得税法第9条では「ノーベル基金からノーベル賞として交付される金品」に関しては非課税対象と明記されているが、経済学賞はこの例に該当しない。つまり、ノーベル経済学賞の賞金は日本では課税対象と見做されている。仮に約1億円の賞金に所得税の最高税率45%が課された場合、手取りの賞金は5,500万円程で、残りの4,500万円は国に徴収される計算となり、他の税の対象にもなった際は更に手取りが減る可能性もある。
今日まで日本で受賞者が選出されていない経済学賞だが、将来受賞者が出た場合は賞金の授与を巡って税法の改正議論が起きるとも言われている。
経済学賞への批判
異例の後付けとして追加された経済学賞だが、今日まで様々な問題点を内包しているとされ批判の槍玉に挙げられることも多い。以下はその一部である。
- ノーベル賞の中でも特に受賞者に偏りが見られる。先述した通りアメリカ・イギリスの経済学者が受賞者の大半を占め、米英以外の受賞者は滅多に選出されない。出身大学も絞られており、シカゴ大学を筆頭にハーバード、ケンブリッジ、MIT、イェール、プリンストン、スタンフォード、UCLAなどが顕著である。
- 受賞者の殆どが”新古典派”または”新ケインズ派”であり、その他の学派(特にマルクス系を始めとした社会主義派)からの受賞者は選出されにくい。仮にマルクスが現代に生きていても受賞は不可能であっただろうと揶揄されることもしばしば。(逆説的に言えば、1950年代〜60年代の経済学の基礎が発達した時期に、マルクス経済学が主流だった日本で受賞者がいない理由の1つといえる)
- 理論面の貢献が受賞において重視される傾向があり、現場的な研究者が軽視されるケースが散見される。社会貢献の要素も多く含まれる経済学において、理論重視は机上論の妄信と批判されることもある。
- 年代により選考基準が曖昧で一貫性がない。経済学と関わりのある、心理学・生物学・政治学・数学・社会学等で貢献をした、非経済学者が受賞するケースも見られる。ただし、裏を返せば幅広い分野の研究者から選出される可能性がある賞とも考えられている。
- 当時は結果が予測出来なかったとはいえ、経済を混乱させる可能性を含む理論を提示した学者が受賞するような例から、ノーベル賞の理念である「人類への貢献」に反していると批判されることもある。
ただし、これらはあくまで批判者の主張で一概に正しい訳ではない。国や年代毎に様々な賛否両論の意見があることを留意してもらいたい。また、他分野のノーベル賞においても受賞や偏向性について批判があることも記しておく。
受賞者一覧
※大百科に個別記事がある受賞者は太字で記載。
1960年代
1970年代
- 1970年:ポール・アンソニー・サミュエルソン
- 1971年:サイモン・スミス・クズネッツ
- 1972年:ジョン・リチャード・ヒックス、ケネス・ジョセフ・アロー
- 1973年:ワシリー・ワシーリエヴィチ・レオンチェフ
- 1974年:カール・グンナー・ミュルダール、フリードリヒ・アウグスト・フォン・ハイエク
- 1975年:レオニート・ヴィタリエヴィチ・カントロヴィチ、チャリング・チャールズ・クープマンズ
- 1976年:ミルトン・フリードマン
- 1977年:ベルティル・ゴットハード・オリーン、ジェイムズ・エドワード・ミード
- 1978年:ハーバート・アレクサンダー・サイモン
- 1979年:セオドア・ウィリアム・シュルツ、ウィリアム・アーサー・ルイス
1980年代
- 1980年:ローレンス・ロバート・クライン
- 1981年:ジェームズ・トービン
- 1982年:ジョージ・ジョセフ・スティグラー
- 1983年:ジェラール・ドブリュー
- 1984年:リチャード・ストーン
- 1985年:フランコ・モディリアーニ
- 1986年:ジェームズ・マギル・ブキャナン・ジュニア
- 1987年:ロバート・ソロー
- 1988年:モーリス・アレ
- 1989年:トリグヴェ・ホーヴェルモ
1990年代
- 1990年:ハリー・マックス・マーコウィッツ、マートン・ハワード・ミラー、ウィリアム・フォーサイス・シャープ
- 1991年:ロナルド・ハリー・コース
- 1992年:ゲーリー・スタンリー・ベッカー
- 1993年:ロバート・ウィリアム・フォーゲル、ダグラス・セシル・ノース
- 1994年:ラインハルト・ゼルテン、ジョン・フォーブス・ナッシュ・ジュニア、ジョン・チャールズ・ハーサニ
- 1995年:ロバート・エマーソン・ボブ・ルーカス・ジュニア
- 1996年:ジェームズ・アレキサンダー・マーリーズ、ウィリアム・ヴィックリー
- 1997年:ロバート・コックス・マートン、マイロン・ショールズ
- 1998年:アマルティア・セン
- 1999年:ロバート・アレクサンダー・マンデル
2000年代
- 2000年:ジェームズ・ジョセフ・ヘックマン、ダニエル・リトル・マクファデン
- 2001年:ジョージ・アーサー・アカロフ、アンドリュー・マイケル・スペンス、ジョセフ・ユージン・スティグリッツ
- 2002年:ダニエル・カーネマン、ヴァーノン・ロマックス・スミス
- 2003年:ロバート・フライ・エングル、クライヴ・ウィリアム・ジョン・グレンジャー
- 2004年:フィン・エルリング・キドランド、エドワード・クリスチャン・プレスコット
- 2005年:ロバート・ジョン・オーマン、トーマス・シェリング
- 2006年:エドマンド・ストロザー・フェルプス
- 2007年:レオニード・ハーヴィッツ、エリック・スターク・マスキン、ロジャー・ブルース・マイヤーソン
- 2008年:ポール・クルーグマン
- 2009年:エリノア・オストロム、オリヴァー・イートン・ウィリアムソン
2010年代
- 2010年:ピーター・アーサー・ダイアモンド、デール・トーマス・モーテンセン、クリストファー・アントニオ・ピサリデス
- 2011年:トーマス・ジョン・サージェント、クリストファー・アルバート・シムズ
- 2012年:アルヴィン・エリオット・ロス、ロイド・ストウェル・シャープレー
- 2013年:ユージン・ファーマ、ラース・ピーター・ハンセン、ロバート・ジェームズ・シラー
- 2014年:ジャン・マルセル・ティロール
- 2015年:アンガス・ステュワート・ディートン
- 2016年:オリバー・サイモン・ダーシー・ハート、ベント・ロバート・ホルムストローム
- 2017年:リチャード・セイラー
- 2018年:ウィリアム・ダブニー・ノードハウス、ポール・マイケル・ローマー
- 2019年:アビジット・ヴィナヤック・バナジー、エスター・デュフロ、マイケル・ロバート・クレーマー
2020年代
- 2020年:ポール・ロバート・ミルグロム、ロバート・バトラー・ウィルソン
- 2021年:デービッド・カード、ヨシュア・アングリスト、グイド・インベンス
- 2022年:ベン・バーナンキ、ダグラス・W・ダイアモンド、フィリップ・H・ディビグ
- 2023年:クラウディア・ゴルディン
- 2024年:ダロン・アセモグル、サイモン・ジョンソン、ジェームズ・ロビンソン
記録
- 1969年に受賞したヤン・ティンバーゲンの弟、ニコ・ティンバーゲンは1973年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。
- 経済学賞の最年少受賞者は、2019年受賞のエスター・デュフロ(46歳)。
- 経済学賞の最年長受賞者は、2007年受賞のレオニード・ハーヴィッツ(90歳)。
- 経済学賞を2度受賞した人物は現在までいない。
- 経済学賞を受賞した女性は3名のみで、6賞の中で最も少ない。初の受賞者は創設から41年経った2009年受賞のエリノア・オストロム。
日本人の候補者
先述の通り、現在のところ日本人の受賞者はいないが、候補とされる人物は数名いるので挙げておく。
- 清滝信宏(Kiyotaki Nobuhiro) プリンストン大学教授
専門はマクロ経済学。経済における小さなショックが大きな影響を与えることを示した「清滝=ムーアモデル」をつくった。このモデルは、リーマンショック後の非伝統的な金融政策にも影響を与えた。他にも独占的競争を元にしたマクロ経済モデルの構築などが業績としてあげられる。目下、最有力候補とされている。 - 神取道宏(Kandori Michihiro) 東京大学特別教授
専門はゲーム理論。東大でも数少ない特別教授の称号を持つ教員(現在12名)。ゲーム理論の中でも特に繰り返しゲームの研究で先駆的な業績をあげて、経済学だけでなく生物学などにも影響をあたえた。最近では、ミクロ経済学の教科書も執筆し、この類の本としては異例のヒット作となり多くの大学教員が「おすすめの参考書」として挙げている。 - 市村英彦(Ichimura Hidehiko) アリゾナ大学教授/東京大学教授
専門は理論計量経済学。計量的な手法における、汎用性のある政策評価手法を開発した。2018年からアリゾナ大学と東大を兼任している。 - 林文夫(Hayashi Fumio) 政策研究大学院大学教授
専門はマクロ経済学と応用計量経済学。トービンのqにおける、限界のqと平均のqが(ある仮定のもとで)一致すると証明した。ほかにも、バブル崩壊後の日本経済の低迷に関する研究も業績としてあげられる。ちなみに、彼の書いた計量経済学の教科書は世界中の大学院で使用されている。日本人の書いた経済学の教科書が海外の大学院でも多く使用されている例は、この本と雨宮健スタンフォード大学名誉教授の書いたものくらいである(なお、雨宮氏も2000年にノーベル賞を受賞できた可能性があったといわれている)。余談だが、個人HPではたまにブログや推薦状に関する話を書いたりしている。ブログで政策提言も行うが最近プチ炎上した。 - その他にも、すでに鬼籍に入っている人物の中では、宇沢弘文氏(数理経済学)や青木昌彦氏(比較制度分析)、森嶋通夫氏(数理経済学)も受賞の可能性が高かったとされている。
関連動画
関連生放送
関連リンク
- The Sveriges Riksbank Prize in Economic Sciences in Memory of Alfred Nobel - 経済学賞公式サイト
- 「ノーベル経済学賞」は「ノーベル賞」ではない!? - ことばマガジン
- なぜ「ノーベル経済学賞のみ」賞金に税金がかかるのか? - Zuu onlineアーカイブ
- ノーベル経済学賞 日本人が受賞できない理由を教えます ~経済学界が抱える謎と闇~ ニコニコニュース
- ノーベル経済学賞ってなんだろう (安田洋祐) note
関連項目
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