1980年代とは、1980年から1989年のこと、またその時期を代表する事柄である。
概要
世界的に見ると、第二次世界大戦終結後に始まったアメリカとソ連を軸にした東西冷戦が1980年代後半に収束に向かっていった。1991年のソ連消滅によって冷戦は幕を閉じることとなる。
日本においては、ちょうど昭和50年代後半から末期に当たる。
それぞれの年の記事も参照。1980年 - 1981年 - 1982年 - 1983年 - 1984年 - 1985年 - 1986年 - 1987年 - 1988年 - 1989年。
日本における1980年代
経済面では、第二次オイルショック(1980年)で幕を開け、1980年代前半は決して好景気ではなかった。
しかし、プラザ合意(1985年)で急速な円高が進行し、それまでの輸出中心の経済活動から内需主導型へのシフトが始まる。
そして未曾有の好景気であったバブル景気(1987年~1991年)へ突入。「日本一国でアメリカ全土が買える」とまで言われるほどの強力な経済大国となっていた。1989年12月30日(1989年大納会)には日経平均株価が3万8915円と史上最高値を記録した。
しかし、この時のツケが1990年代以降日本を苦しめているのはご存知の通り。
文化面では、『ニューウェイブ』と呼ばれた時代の旗手たちが80年代初頭に現れ、その後『サブカル』と呼ばれた特有の大衆文化に結実されていく。
音楽ではYMOの登場、漫画では大友克洋の登場あたりがニューウェイブの始まり。また、漫才~お笑い第三世代ブームでお笑いが、スペースインベーダー~ファミコンブームでテレビゲームが、ヤマト~ガンダムブームでアニメが、それぞれ若者文化の一部として確立し認知されていった。
いわば、現在のサブカルチャー全般はこの80年代に確立された各ジャンルがベースとなって発展していったといっても過言ではない。重要な時代である。
テレビ業界では、70年代に覇権を握っていたTBSからトップの座をフジテレビが奪った。フジテレビは『楽しくなければテレビじゃない』というキャッチコ ピーを標榜し、「オレたちひょうきん族」「笑っていいとも!」など数々のヒット番組を連発して一躍人気を得た。現在に至るまでこの基本方針は変わっていない。
音楽業界では、1980年代前半と後半で様相が異なる。
80年代前半はアイドル歌謡全盛期。1980年の山口百恵の引退と松田聖子のデビューに始まり、1982年デビュー組である中森明菜ら「花の82年組」の活躍で「ザ・ベストテン」「夜のヒットスタジオ」など歌番組も活況を呈した。しかしこれらの音楽を嫌った層も少なからず居り、その受け皿として、ミュージッククリップの登場により注目された洋楽の人気も高まった。「ベストヒットUSA」など洋楽ミュージッククリップ紹介番組も数多く生まれている。
80年代後半になるといわゆる「バンドブーム」が到来する。70年代末から細々とではあるがインディーズで活動するロックバンドが現れ、80年代中頃からメジャーデビューするバンドも登場し始める。その頃から東京・原宿で当時行われていた歩行者天国で機材を持ち込んで演奏するバンドも登場し始め、「ホコ天バンド」と呼ばれるようになる。これらの流れに目をつけ、TBSの深夜番組「三宅裕司のイカすバンド天国」で勝ち抜きバンド合戦を行ったところこれが大人気となり、「イカ天」は流行語にまでなった。
「イカ天」と同じくTBSの深夜に放送された、アニメ「けいおん!」で再びバンド活動に注目が集まる20年前の話である。
なお、80年代最後の年・1989年に昭和天皇が崩御。62年と2週間に渡って続いた昭和が終わり、平成へ改元されている。
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関連項目
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読み:センキュウヒャクハチジュウネンダイ
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