無期拘禁刑(むきこうきんけい)とは、日本における拘禁刑(刑事施設に収容する刑罰)の一種で、刑期に上限を設けないものを指す。
2025年6月1日に施行された改正刑法により、従来の「無期懲役刑」と「無期禁錮刑」が一本化され、新たに設けられた。死刑に次いで重い刑罰であるが、「死刑よりは軽い」というイメージが先行し、その実態が国民に十分に理解されていない側面もある。
※なお、法改正以前に無期懲役・無期禁錮の判決を受けた者については、恩赦などがない限り、引き続き旧法の規定が適用される。
無期拘禁刑の概要
「拘禁刑」とは、受刑者を刑事施設内に収容する刑罰である。旧法の懲役刑とは異なり、刑務作業(工場での労働など)を行うかどうかは、本人の希望や適性を考慮して刑事施設が判断する。
そして「無期」とは、文字通り「期限を定めない」という意味であるが、これは「刑期の満了が存在しない」ことを意味する。そのため、無期拘禁刑の判決を受けた場合、満期での釈放はありえない。社会復帰の道は「仮釈放」のみとなる。
仮に仮釈放されたとしても、その後の生涯にわたって保護観察下に置かれ、刑が終わりを迎えることはない。この点が、よくある「無期停学(いつか解除される)」とは根本的に異なる。ちなみに、学校の「無期停学」のように、期間は決まっていないがいつかは終わりが来る刑罰のことは「不定期刑」と呼び、無期刑とは区別される。
未成年者への適用
- 日本では、刑事責任を問える14歳以上であれば、無期拘禁刑が言い渡される可能性がある。
- 少年法により、犯行時に18歳未満の者に対しては死刑を科すことができない。そのため、18歳未満の者が死刑に相当する罪を犯した場合(例えば、法定刑が死刑のみの外患誘致罪など)は、代わりに無期拘禁刑が科される。
- 18歳未満の者に対しては、裁判官の裁量により、無期拘禁刑ではなく有期刑(期限のある拘禁刑)を言い渡すことも可能である。
コラム:無期拘禁刑は「終身刑」と同じか?
世界では死刑を廃止し、「終身刑」を導入する国が増えている。「日本にも終身刑を導入すべき」という意見も聞かれるが、実は法学上、日本の無期拘禁刑はすでに終身刑の一種とされている。
終身刑には、以下の2種類が存在する。
日本の無期拘禁刑は、仮釈放の可能性が残されているため、「相対的終身刑」に該当する。つまり、議論で登場する「終身刑」は、多くの場合「絶対的終身刑」を指していると言える。
他国との比較
日本の無期刑の運用は、諸外国と比較するとその特殊性が浮かび上がる。
- アメリカ:州によって制度が大きく異なるが、「仮釈放の可能性のない終身刑(Life Without Parole, LWOP)」を導入している州が多い。これは「絶対的終身刑」にあたり、受刑者は死ぬまで刑務所から出られない。一方で、仮釈放の可能性がある終身刑を運用する州も存在する。
- ヨーロッパ諸国:多くの国で死刑が廃止されており、最高刑として終身刑が置かれている。しかし、ドイツやフランスなどでは、終身刑の判決を受けても一定期間(15年~25年程度)が経過すれば、仮釈放の審査を受ける権利が保障されている。
- 韓国:死刑制度は存置しているが、1997年を最後に執行しておらず、「事実上の死刑廃止国」とされる。無期刑の受刑者は、20年が経過すれば仮釈放の対象となるが、近年は日本と同様に運用が厳格化する傾向にある。
- 中国:死刑制度を維持し、執行数も多いとされる。無期懲役は、服役態度が良好であれば、数年後に有期刑(25年など)に減刑され、その後、刑期の一部を終えれば仮釈放の対象となるという、日本とは異なる多段階のプロセスを経る。
- 台湾:死刑制度を存置している。無期刑の受刑者は、25年が経過すれば仮釈放の対象となる。
- 日本の特徴:日本の制度は法律上「相対的終身刑」でありながら、近年の運用は仮釈放が極めて困難で、「絶対的終身刑」に近い状態となっている。制度と運用の乖離という点で、他国とは異なる状況にあると言える。
受刑者の生活:無期拘禁刑と死刑囚の比較
同じく社会から隔離される重い刑罰であるが、無期拘禁刑の受刑者と死刑囚の生活は、その性質において全く異なる。
無期拘禁刑の受刑者
死刑囚
要するに、無期拘禁刑が「終わりの見えない生の継続」であるのに対し、死刑は「いつ来るか分からない確実な死を待つ日々」であり、両者が受ける精神的苦痛の種類は根本的に異なると言える。
仮釈放までの流れ
仮釈放の審理開始まで
法律(刑法28条)上、無期拘禁刑の受刑者は「10年」が経過すれば仮釈放の審理対象となる。審理が始まるきっかけは、主に以下の2つのケースがある。
- 刑事施設の長からの申出:刑務所の所長が「この受刑者は改善更生が進み、仮釈放が相当だ」と判断して、地方更生保護委員会に審理を申し出る。
- 30年経過による自動リストアップ:服役期間が30年を経過した受刑者を、地方更生保護委員会が職権でリストアップし、審理の対象とする。
そして、実質的に審理が本格化するきっかけとしては、後者の「30年経過」が圧倒的に多いのが現状である。これは、法務省の通達によって「服役30年」が事実上のスタートラインとされているためである。
仮釈放の厳しい条件
仮釈放が認められるには、以下の条件をすべて満たす必要がある。
- 本人の内面:心から反省し(改悛の状)、更生の意欲があること。
- 再犯の危険性:再び犯罪をするおそれがないと判断されること。
- 社会の感情:被害者遺族の処罰感情や、検察官の意見を含め、社会が仮釈放を是認すること。
- 受け入れ先:身元引受人や帰る場所が確保されていること。
特に「社会の感情」は大きな壁となり、検察官が「仮釈放を絶対に認めない」という強い意見を持つ事件の受刑者は、俗に「マル特無期」と呼ばれ、事実上、生涯にわたって刑務所から出られないケースも少なくない。
仮釈放が不許可となった場合
一度仮釈放が不許可になると、次の審理までの道のりはさらに険しくなる。法律で明確なルールが定められているわけではないが、実運用上、次の審理まで5年、10年と長い期間が空くことが多く、再度のチャンスを得ること自体が極めて困難となっている。
「マル特無期」という運用の問題点
法律に明確な根拠がないにもかかわらず、「マル特無期」という実務上の運用が存在することは、法治国家の原則に照らして大きな問題をはらんでいると指摘されている。
- 法の支配と透明性の欠如:法律にはない「事実上の絶対的終身刑」を、検察官の意見という非公開のプロセスによって作り出しており、法の支配の根幹である透明性を損なう。
- 更生の機会の否定:仮釈放という社会復帰の可能性は、受刑者が更生の意欲を維持する上で大きな支えとなるが、「マル特無期」に指定されると、その希望が事実上奪われてしまう。
- 恣意的な運用の危険性:明確な法律上の基準がないため、担当検察官の個人的な考えやその時々の世論など、曖昧な要因に判断が左右される危険性がある。
これらの問題から、「凶悪な犯罪者を社会に戻すべきではない」という意見があるのであれば、不透明な運用で対応するのではなく、「仮釈放のない終身刑」を導入すべきか否かを社会全体で議論し、導入するなら明確な基準とともに法律で定めるべきだ、という意見が強く主張されている (重無期刑) 。
恩赦というもう一つの道
仮釈放以外に、受刑者が刑事施設から出る可能性として「恩赦」がある。無期刑受刑者に関わるのは主に「減刑」であるが、これは極めて例外的な措置である。
例えば、昭和から平成、平成から令和への改元に伴う恩赦では、多くの人が選挙違反などで失った公民権を回復するなどの「復権」の対象となったが、殺人などの重大犯罪で服役する無期刑受刑者が減刑の対象になることはなかった。このように、恩赦は多くの無期刑受刑者にとって、現実的な希望とはなっていないのが実情である。
仮釈放の長期化・獄死が増加する理由
仮釈放の運用が厳格化し、期間が長期化している大きな理由は、国民や被害者遺族の厳しい処罰感情にある。特に、2005年に有期刑の上限が30年に引き上げられたことが転機となった。
しかし、無期刑の「仮釈放」と有期刑の「満期釈放」は、その性質が全く異なる点を理解する必要がある。
- 満期釈放(有期刑):刑期を完全に終え、一切の制約がない自由の身となる。
- 仮釈放(無期刑):生涯にわたって保護観察下に置かれ、「遵守事項」と呼ばれる厳しいルールを守る義務を負う。ルール違反や軽微な再犯でも仮釈放は取り消され、刑務所に戻される。
この本質的な違いがあるにもかかわらず、単純な「年数」の比較による感情論が先行し、「事実上の終身刑化」が進んでいるのが現状である。
経済的な側面:生涯収容のコスト
無期刑の厳格化は、社会が負担する経済的コストの増大という問題も引き起こしている。受刑者一人を収容するための費用は年間で数百万円に上り、高齢化に伴う医療・介護費はさらにその額を押し上げる。これらの費用はすべて税金で賄われている。
このコストの問題は、死刑制度の存廃に関する議論とも深く結びついている。
コストを理由に死刑を支持する意見
コストを理由とする死刑支持への批判
弁護士会などからの意見
現在の無期刑の運用、特に仮釈放のあり方については、日本弁護士連合会(日弁連)などを中心に、長年にわたり強い懸念と批判的な意見が表明されている。
これらの問題に対し、日弁連は仮釈放基準の明確化、弁護士が関与できる透明な審理手続きの保障などを求める具体的な改善策を提言している。
無期拘禁刑が適用される可能性のある罪
(太字は、法定刑に死刑も含まれる罪)
主な刑法犯
主な特別法犯
死刑との境界線
死刑と無期刑の選択は、日本の刑事司法における最も重い判断の一つである。その判断基準として、過去の判例(特に「永山基準」)が参考にされることが多いが、絶対的な基準ではなく、類似の事件でも結論が分かれることがある。
また、死刑制度の存廃に関する議論の中で、無期刑は常に代替案として言及される。死刑を廃止する場合、それに代わる最高刑として「仮釈放のない終身刑(絶対的終身刑)」を新たに創設すべきだという意見は根強く、無期刑のあり方は、日本の死刑制度の将来とも密接に関わっている。
無期拘禁刑の歴史
無期拘禁刑は2025年6月1日に施行された改正刑法により生まれた歴史の浅い刑罰であり、無期拘禁刑の歴史は無期懲役刑の歴史とほぼ同義である。なお、無期禁錮刑は内乱罪、爆発物使用罪、およびその未遂罪にのみ適用される刑であり、戦後適用された例はない。
2000年代以前の運用
日本の無期懲役刑は、かつては服役開始から比較的短期間で仮釈放が認められる刑罰として運用されていた。1960年代には平均15年程度、1990年代でも20年程度で仮釈放となるケースが一般的であり、「死刑よりはるかに軽い刑」という認識が広まっていた。
厳罰化への転換点と2005年刑法改正
しかし、2000年代に入ると状況は一変する。1990年代後半から2000年代初頭にかけて凶悪犯罪が相次ぎ、「厳罰化」を求める世論が急速に高まった。この国民的な要請に応え、2005年に有期刑の上限が20年(加重の場合は30年)へと大幅に引き上げられた。この改正が、無期刑の運用に決定的な影響を与え、「有期刑の最長より短い期間で無期刑が仮釈放されるのは不合理だ」という考え方が広まり、運用が著しく厳格化された。
現在の運用と「事実上の終身刑化」
この結果、無期受刑者の高齢化が進み、現在では仮釈放される人数よりも獄死する人数の方が多くなっており、「事実上の絶対的終身刑」となりつつあるのが実情である。
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