1984年(Nineteen Eighty-Four)とは、イギリスの小説である。
概要
著者はジョージ・オーウェル、刊行は1949年。ディストピア社会を舞台としている。
作品背景
オーウェルは晩年の闘病中にこの作品を執筆し1948年12月4日に最終稿を出版社に投稿。1949年に出版された。
あらすじ
時に1984年。「党」によって自由、人権、性の全てが抑圧された全体主義国家オセアニアに住む党外局員ウィンストン・スミスは、ふとしたことで買い求めた白紙の本に「日記」をつけ始める。過去の改竄を国是としているオセアニアにおいて、「記録すること」は重罪であった。政府の強固な支配に反感を抱くウィンストンには、それを打開する微かな希望があった。ウィンストンに共感したらしい党内局員のオブライエンと噂の反党組織「兄弟同盟」である。やがて彼と彼女のジュリアは、オブライエンの導きで兄弟同盟に入ることとなるが……。
登場人物
- ウィンストン・スミス(Winston Smith)
- 本編の主人公。39歳。真理省記録局で新聞などの改竄作業に従事。ひざを悪くしている。部屋のテレスクリーンから隠れて「日記」 を書き始めるが……。
- ジュリア(Julia)
- 26歳、本編のヒロイン。真理省の創作局でプロレ向け小説の作成機械の操作作業に従事している他、人工授精を推進する「反セックス連盟」に所属している。しかし実際は党員たちと性交渉を繰り返していて、党内局の事情にも詳しい。第2部でウィンストンと接触し、彼に告白。その後はたびたび逢瀬を重ね、セックスが抑圧されたオセアニアの中で愛の喜びを感じあう。肉体以外のことには全くと言っていいほど興味が無く、ウィンストンの体制に対する反発とは対照的に、政治のことにも無頓着である。
- キャサリン(Katharine)
- ウィンストンの妻。「性本能の圧殺」いう党の方針に忠実な女性で、「党のために子供を産む」ためだけにウィンストンと義務的なセックスをする。結局ウィンストンとの間に子供は産まれず、現在は別居中。
- オブライエン(O'Brien)
- 真理省勤務の党内局員。ウィンストンは彼を「党に対して懐疑的な人間」と目していたが実際は……。
- トム・パーソンズ(Tom Parsons)
- ウィンストンの友人。子供がそのまま大きくなったような人物で党に献身的だが学は無く、とうてい逮捕されて蒸発するようなタイプには見えなかったのだが……。真理省に勤務。
- パーソンズ夫人(Mrs. Parsons)
- トムの妻。年齢は30歳くらいだが外見は実年齢よりも老けている。「哀れ」 を絵に描いたような人物。トムとの間に2人の子供がいるが、いずれも父親と同じく党を狂信的に支持しており、いつも「反逆者」を探している。
- サイム(Syme)
- ウィンストンの友人。真理省調査局で「新語法辞典」第11版の「形容詞」の編纂を担当する。頭がよく回り、ニュースピークの今後の展望を見通し作業に打ち込んでいたが、ある日突然蒸発して非実在者となる。サイムは最初から存在していなかった。
- チロットソン(Tillotson)
- 真理省記録局に勤務。ウィンストンとは面識がない。
- ウィザーズ(Withers)
- 慰問品を届ける組織FFCCに所属する党内局員。ビッグ・ブラザーにも新聞で激賞されていた。しかしある日突然FFCCは廃止され、ウィザーズ同志は非実在者となった。ウィザーズ同志は最初から存在していなかった。
- オーグルヴィ(Ogilvy)
- 党に熱烈な忠誠を誓う党員の鑑。自分の為に楽しむことを知らず、24時間365日の全てを党に捧げてきた。ヘリコプターで公文書を運ぶ任務の途上、敵機の追跡を受け、重要書類もろとも海に身を投じる。享年23。その正体はウィンストンが新聞記事の変造作業で作り上げた架空の人物。オーグルヴィ同志は歴史上の偉人と同様に最初から存在していた。
- チャリントン(Charrington)
- 古物屋の店主の老人。「オレンジとレモン」の歌を知っていたりと、旧時代を知る数少ない生き残りであると思われたが、その正体は……。
- ジョーンズ(Jones)、エアロンソン(Aaronson)、ラザーフォード(Rutherford)
- 革命初期の指導者の最後の生き残り組。1960年代半ばに捕まり反党行為を「自白」する。
- ビッグ・ブラザー(Big Brother)
- オセアニアの最高指導者とされている人物。立党時代からの指導者であると党は主張しているが、ウィンストンのおぼろげな記憶ではジョーンズ、エアロンソン、ラザーフォードの3人の名前よりも前に聞いたことは無い。 本編中では一度も姿を表わさず、実在の人物であるかどうかも定かでは無い。オセアニアの街中にはビッグ・ブラザーの顔が映ったポスターが至るところに貼られており、ポスターには「ビッグ・ブラザーがあなたを見ている (Big Brother is watching you)」と書かれている。
- エマニュエル・ゴールドスタイン(Emmanuel Goldstein)
- 革命時代初期の「同志」であり党の裏切り者、反党組織「兄弟同盟」の盟主とされている男。ビッグ・ブラザーと同様に実在する人物であるかは定かではない。「二分間憎悪」などのあらゆる催し、ありとあらゆる印刷物 ・放送にてオセアニア中の憎悪を集めている。
3つの超大国
「1984年」の世界は「オセアニア」「ユーラシア」「イースタシア」の3つの超大国に分けられていて、互いに敵対や同盟を繰り返しつつも恒久的な戦争状態にある。戦争の実の目的は「産業の回転によって生み出される富を民に分配させずに消耗させ、支配構造を維持すること」である。3つの超大国の領土外にあるタンジール、ブラザヴィル、ポート・ダーウィン、香港を頂点とした赤道周辺の四辺形の地域は恒久戦争の戦闘地域で、領有が三国間でコロコロ変わるが住民や産業は残っているようだ。
- オセアニア (Oceania)
- 南北アメリカ、イギリス、オーストラリア、アフリカ南部などから成る。支配的イデオロギーは「イングソック(INGSOC)」。領土の大部分が海に囲まれているため侵攻しづらく、滅ぼすことが出来ない。本編の主人公であるウィンストン・スミスは、この国の旧イギリス部分(エアストリップ・ワン)に住んでいる。
- ユーラシア(Eurasia)
- ヨーロッパからロシア極東にかけて広がる国。支配的イデオロギーは「ネオ・ボルシェヴィズム(Neo-Bolshevism)」。広大な領土ゆえに滅ぼすことができない。オセアニアと長きに渡り戦争を続けているが……。
- イースタシア(Eastasia)
- 3つの超大国の中で最も遅く成立したとされる国。中国、日本を中心とした東アジアを支配している。支配的イデオロギーは中国名で、一般的には「死の崇拝(Death-Worship)」と訳され、あるいは「自己滅却(Obliteration of the Self)」と言い換えるべきものである。多数の勤勉な国民によって支えられているため、滅ぼすことができない。オセアニアとは同盟関係にあったが……。
用語集
- 平和省(The Ministry of Peace、新語法ではMinipax)
- オセアニアの統治機構の1つ。「平和」という名前とは反対に戦争を担当している。
- 愛情省(The Ministry of Love、新語法ではMiniluv)
- オセアニアの統治機構の1つ。「愛情」という名前とは反対に反逆者に対する拷問、尋問を担当する。ただ最終的に反逆者は最終的に党を「愛する」ようになるので皮肉にも名前通りであるとも言える。エアストリップ・ワンの愛情省の庁舎には窓が一切なく、収容者は自分がどこにいるのか見当もつかない。
- 豊富省(The Ministry of Plenty、新語法ではMiniplenty)
- オセアニアの統治機構の1つ。物資の配給を担当する。「豊富」という名前とは反対に配給される食料や生活用品は絶えず不足しているが、生産量は伸び続けている「ことになっている」。作中ではウィンストン達党外局員が剃刀の刃の不足に悩まされたり、チョコレートの配給量が減ったり(「増えた」ことにされたが)と深刻な状況が語られている。
- 真理省(The Ministry of Truth、新語法ではMinitrue)
- オセアニアの統治機構の1つ。「真理」という名前とは反対に、ビッグブラザーと党が常に「正しくある」ように、タイムスを始めとする新聞や雑誌の記録を改竄し続けている。他にも、オセアニアに各種の印刷物や音楽、映像などを供給する役割も担っている。もっとも創作物は党にとって「都合のよい」ものしか作られず、設計の大部分も万華鏡などの機械を用いるため、ワンパターンで芸術的価値や面白みには欠けるようである。ポルノ映画の制作も手掛けているが、ストーリーは6つのパターンしかないらしい。作品名は「おしりペンペン物語」「女学校の一日」など。意外と今時のAVと変わらないかもしれない。
- テレスクリーン(Telescreen)
- オセアニアで用いられているテレビのような監視装置。プロパガンダを24時間流し続けるスクリーンであると同時に、テレスクリーンの前の映像や音声を拾う監視カメラの役割も持っている。基本的にテレスクリーンをオフにすることは出来ない。放映する内容は、物資の生産高や戦況の報告、二分間憎悪などの政治宣伝の他に、党員向けの体操番組もある(動きが悪いとインストラクターから注意される)。下層階級であるプロレは監視対象とは見なされていないため、大半のプロレの家にはテレスクリーン装置は設置されていない。
- 党内局(Inner Party)
- 党の上層部。作中ではオブライエンが該当する。党内局員は広い住居が与えられるほか配給される物資も豊富で、紅茶やコーヒー、ワインなどの嗜好品も行き届いている。テレスクリーンを消して監視の目を逃れてしまうことも許されているが、あまり長時間消し続けることは彼らと言えど危険なようである。
- 党外局(Outer Party)
- 党の一般党員。ウィンストン、ジューリア、サイム、パーソンズが該当する。オセアニアの中層階級であり、上層階級(党内局)を脅かす恐れがあるとして厳重な監視対象下に置かれている。通常の党の職務の他、終業後は地域住民とのレクリエーションへ参加しなくてはならないなど、あらゆる義務が課せられている。そのくせ生活環境は一応の保障がされている程度で、老朽化した宿舎や物資やエネルギーの欠乏などに常に悩まされている。恐らくは国民の中で一番体制の割を食っている層である。
- プロレ(the proles)
- 党員ではない下層階級。オセアニアの人口の八割以上を占める。プロレ(プロレタリアの略称)の名が示す通り、貧困が蔓延していて教育や福祉も行き届いておらず、党員からは人間扱いされないことも多々ある。彼ら単独では上層階級への脅威とはならないと見なされており、特に監視対象とはなっておらずテレスクリーンも普及していない(無論脅威となりそうな人物は消去される)。それでもウィンストンは、オセアニア国民の大多数である彼らに期待を感じており、「もし希望あるなら、それはプロレの中にある」と評している。
- 2009年の新訳版では「プロール」と表記されている。
- 思想犯罪(Thoughtcrime、新語法ではCrimethink)
- 「1984年」の世界では自由、民主主義、人権などの思想は「思想犯罪」の一言で集約される。思想犯罪は「死に値する犯罪」ではなく、「死」そのものである。
- 二重思考(Doublethink)
- 矛盾した2つの意見を同時に持ち、その矛盾を認識しつつ同時に2つともに信じること。そして二重思考の原理により「矛盾を信じたこと」を認識しつつ「矛盾を信じたこと」を忘却し、さらにそれ自体も忘却し……と忘却行為を無限に繰り返す。これにより虚構は真実に常に一歩先行することとなる。この二重思考の原理によって「歴史を改竄している」と認識しつつ「書き換えられた歴史は正しい」と認識することが出来、改竄作業を滞りなく行うことが可能となる。
- 犯罪中止(Crimestop)
- 異端の思想を思い浮かべる前に、それを自然に阻止する能力。簡単な誤謬を見抜けない能力、異端の思想に関係する言葉に退屈してしまう能力などもこれに含まれる。
- 新語法(Newspeak)
- オセアニアの公用語となるべく考案された言語。語彙の削減、略語の多用が特徴で、人間の思考の範囲を縮小させ党による支配を恒久的なものにせしめることを目的とする。日常用語に用いられるA語彙群、政治的意味を以て用いられるB語彙群、技術的用語に用いられるC語彙群(ただし「科学」という言葉は最早存在しない)の3つに分けられる。2050年までにはすべての古い文献が新語法に「翻訳」され、旧語法とそれに関する知識は完全に廃棄される予定となっている。ちなみに党の教義である「イングソック(INGSOC)」は「イギリス社会主義(English Socialism)」を新語法化したものである。
- 文法は動詞・名詞の区別がなくなり両用することができる(例えばspeakで話す・話すこと/言葉、など,よってlanguageは廃止)。また他の品詞は形容詞を示す-fulや副詞を示す-wiseなど接尾語を名詞/動詞に付属することで表す一種の膠着語(日本語のように「てにおは」を用いて品詞を示す言語) のような表現が用いられる。例えばspeed,速さ,の形容詞形はspeedful,速い,で従来の形容詞rapidは廃止。同様にspeedwiseで速く、したがって副詞quicklyも廃止。また前置詞的な接頭語(否定/意味反転の接頭語un-や強調のplus-,doubleplusなど)を用いることで意味を大きく変化させることが可能になっている。
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