岩元市三 単語


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岩元市三とは、鹿児島県肝属町(現垂水市)出身の元騎手・元調教師である。

概要

岩元市三
いわもと いちぞう
基本情報
日本JPN
性別 男性
出身地 鹿児島県肝属
生年月日 1947年10月30日
騎手情報
所属団体 日本中央競馬会(JRA)
所属厩舎 栗東布施正
(1974.3-1989.2)
免許 1974年
免許区分 地・障害(1974)
引退 1989年2月28日
重賞勝利 29勝
GI勝利 1勝
通算成績 4,917戦580勝
調教師情報
所属団体 日本中央競馬会(JRA)
所属厩舎 栗東T.C.
(1989.11-2018.2)
免許 1989年
引退 2018年2月28日(定年)
重賞勝利 38勝
GI勝利 10勝
通算成績 7,093戦506勝
記録
JRA厩舎関係者表
優秀調教師賞(関西)
(1990-1991、1999-2000)
JRA賞
優秀技術調教師(1999)
最多賞金獲得調教師(2000)
中央競馬三冠達成調教師
秋古馬三冠(2000)
騎手・調教師テンプレート

1947年10月30日鹿児島県町(現垂水市)で競馬と関わりのない一般庭の4人兄妹長男として生まれた。小学6年生の時に一家の大柱であったを亡くしてからは庭となり、長男として代わりになり他の兄妹たちを世話していた。当時は今ほど進学の重要性が高くなかったこともあり、中学卒業後はを助けるため地元の高校に進学する幼馴染たちと別れ、かつて日本で多く行われていた集団就職の波に乗って鹿児島から大阪まで一人上京天六にあった花屋店員として働き始めた。

大阪で働き始めた後、岩元は中卒からの社会人という事情を鑑みても自身の背が他の人より低いことに気が付き、これを生かして他に旨味がある仕事はないだろうかと考えていた。そんな折大阪で新しくできた友人に誘われて尼崎園田競馬場へ訪れた時、に乗る騎手を見てあれが自分にとっての職なのではないかと考えるようになる。しかし当時はインターネットなども形もない時代で、どうすれば騎手になれるのかなどは分からなかった。しかし騎手という存在は岩元の中で次第に大きくなっていき、当時存在した競馬新聞社を訪ねて騎手になる方法を聞いたりして自分なりに情報を集めるようになっていった。

18歳になった頃、自身と同じ鹿児島出身の騎手がいるらしいという情報を手に入れた岩元は、当時阪神競馬場に厩舎を構えていた布施正調教師を訪問し、騎手になるため自分に子入りさせてほしいと頼み込んだ。自分も宮崎出身で九州に縁を持つ布施調教師突然訪ねてきた青年の話を聞くと「君は定職に就いているのだし、何より今までに乗ったこともない。やめておきなさい」と言い聞かせ、子入りを断った。何せ当時の日本競馬はまだハイセイコーが登場する前で、騎手という仕事は今ほどいいイメージを持たれていなかった。他に仕事があるのならその方がいいと布施調教師は若い岩元を気遣ったのだった。

しかし岩元は断られた後も騎手という職業に就くことを諦めることが出来ずにいた。日に日にその思いが大きくなった岩元は、一度子入りを断られた布施調教師の元を訪れ、再度子入りを頼み込んだ。布施調教師はその熱意を見て岩元の子入りを許し、厩舎で下乗り騎手として修業しながら短期講習生となった。この短期講習生という制度は名前から受けるイメージとは裏に受けるべき講習が短時間ずつしか受けられないということであり、集中して受けられる他の騎手より合格までの時間がかかるものだった。岩元も騎手免許の合格まで7年間の時間がかかり、騎手デビューを果たした1974年には27歳という通常18~20歳でデビューする騎手が多い中、騎手としてはかなり高齢でのキャリアスタートとなった。

騎手時代

1974年3月レイクジンに騎乗してデビュー7月末には重賞初騎乗も果たした。初年度から10勝を挙げることに成功している。その後も順調に勝利を重ね、2年後の1976年には布施調教師の次女との結婚を許された。「許された」と書くと何とも時代錯誤の感があるが、競馬の外からやってきた子を義理の息子として身内に迎えるということでもあり、それまでの努力が評価されていたことが伺える出来事でもあった。

1977年にはキングラナークで中日新聞杯を7馬身差で勝利重賞初制覇を達成。翌年には同とのコンビ中京記念サンケイ大阪杯勝利した。

同じく1978年には新馬戦からコンビを組んでいたスリーファイヤーとブービー人気から阪急杯勝利。最終的に重賞を4勝し、天才福永洋一が駆る同期二冠牝馬インターグロリアの前に度々立ち塞がった。この年初めて年間の勝利数が30勝をえている。

1979年にはネーハイジェットとクラシック路線に挑戦し東京優駿で4着に入った。またこの年デビューラフオンテースとは混合時代の阪神3歳ステークス勝利。初めて大レース勝利を経験した。ラフオンテースは80年のクラシックシーズンは未勝利に終わったものの81年には北九州記念から重賞を3連勝している。

1980年には小田切有一の初勝利として知られるマリージョーイの手綱を落事故により再起不能となった福永洋一騎手の後手にしていた山内研二騎手から引き継ぎ、金鯱賞勝利して小田切軍団に初めての重賞勝利を届けている。

1982年にはデビュー戦から全てで手綱を取り続けてきたバンブーアトラス日本ダービーレコード勝利。自身初、師匠である布施調教師も初めての八大競走勝利を達成し、ダービージョッキーとなった。岩元は中々結果が出せない時期もあった自分を辛抱強く乗せ続けてくれた布施調教師感謝した。更にダービーを勝った後に受けたインタビューを故郷の幼馴染である園正繼氏が撃し、後年馬主資格を得て再会した後は布施厩舎に多くの所有馬を預けるようになった。この年は初めて勝利数が40勝を上回っている。

1983年の上りシンブラウンと共に菊花賞に出走し三冠馬ミスターシービーの3着に入り、年末の阪神大賞典を芝3000mの日本レコード優勝した。同とは翌年の阪神大賞典勝利し連覇達成。勝ちもこれまでの記録を大きく上回る73勝を挙げてこの年の全リーディングで5位に食い込んでいる。85年はニューファンファン毎日杯勝利し77年の重賞勝利からの連続重賞勝利を8年連続まで伸ばした。

1986年重賞勝利に終わったが、87年には重賞3勝。88年にもプレジデントチー小倉記念勝利している。結局重賞での勝利はこれが最後になったものの、1989年調教師試験に合格して引退するまで2月末までとなった最終年を除く全てで二桁勝利を続けていた。通算成績は4,917戦580勝。重賞29勝。八大競走は1勝しか出来なかったものの、その1勝で得たダービージョッキー称号もが認める偉大な1勝でなった。引退後には直前まで跨っていたバンブーアトラスの子バンブービギンがその年の菊花賞勝利している。

調教師時代

免許を取った1989年11月に当時闘病生活を送っていた調教師死去による厩舎の解散を受け、その施設を受け継ぐ形で栗東トレセンに厩舎を開業した。開業当初は調教師が手掛けていたファンドポポや、幼馴染園正繼氏が率いる「テイエム軍団」が厩舎の力となり、重賞勝利もテイエムリズム小倉3歳ステークスであった。その後テイエムリズムクラシックに参戦し、岩元厩舎のGI初出走の記録をもたらしている。

1993年から厩舎に迎え入れたポレールは当初はなかなか勝てなかったものの、1995年から厩舎所属となった調教助手鈴木孝志(現調教師)が担当となった1996年に本格化。中山大障害を連覇して当年の最優秀障害を受賞し、翌年の中山大障害(春)勝利バローネターフ以来18年ぶりに中山大障害を3連覇した競走馬となった。

更に96年からは新人騎手和田竜二を厩舎に招き入れた。岩元はかつて師の布施調教師が自分を育ててくれた時と同じく和田騎手にあったを厩舎の中から選び出し、場から重賞、そしてGIへと導いていった。和田騎手デビュー年の1996年末に厩舎所属のサージュウェルズでステイヤーズステークスを勝ち重賞勝利。そして1998年からは園氏から預けられたテイエムオペラオー1999年皐月賞勝利し厩舎初のGI勝利を達成。テイエムオペラオーはその後のクラシック戦線では惜敗を繰り返し、馬主園氏から騎手の交代を要請されてしまった。しかし岩元はかつて布施調教師が自分を厩舎のに乗せ続けてもらったことでバンブーアトラスでのダービー勝利を成し遂げられたことを思い出し、和田騎手をかばって騎乗の続行を半ば泣き落としのような形で認めてもらうことに成功。和田騎手テイエムオペラオーはその翌年の2000年古馬王道全制覇を含む8戦全勝の大記録を達成し、岩元はこの年のJRA賞最多賞金獲得調教師を受賞している。

2004の佐賀記念を始めとして重賞を5勝したクーリンガーを手掛けた後は重賞勝利からは遠ざかったものの、それ以外ではどの年度で2桁勝利を続けていた。2010年には所属していた鈴木孝志調教助手を調教師として、和田竜二騎手を1人前のフリー騎手として厩舎から送り出した。

2011年にゴーイングパワーで勝った兵庫ジュニアグランプリが最後の重賞勝利となった。2018年2月いっぱいで定年により引退。通算成績7,093戦506勝。重賞38勝。うちGI級10勝。

人物・エピソード

主な騎乗馬

勝ちは本人騎乗時のみ。太字は記事のある

主な管理馬

勝ちは岩元厩舎所属時のみ。太字は記事のある

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関連項目

中央競馬三冠達成調教師
クラシック三冠 牡馬三冠 田中一郎 | 尾形藤吉 | 藤本 | 武田文吾 | 松山康久 | 野平祐二 | 布施正
大久保正陽 | 池江泰郎 | 居勝 | 長浜博之 | 池江泰寿 | 康夫 矢作芳人 | 
牝馬三冠 尾形藤吉
変則三冠 尾形藤吉
中央競馬牝馬三冠 稲葉幸夫 |  | 松田太郎 | 留明雄 | 松田博資 | 伊藤雄二 松本省一 
西浦勝一 | 松田 | 枝栄 | 石坂 | 杉山 | 内田充正
古馬三冠 春古馬 達成者
秋古馬 岩元市三 | 藤沢和雄
は同一による達成者。変則三冠、古三冠は同一年達成者のみ。
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