この項目ではギリシア神話の神について記述しています。
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ハデス (Hades) とは、ギリシア神話において冥府を支配する王である。弟にゼウス、ポセイドン、姉妹にヘラ、デメテル、ヘスティア。妻はゼウスとデメテルの娘・ペルセポネー。
象徴は豊穣の角(コルヌ・コピエ)、水仙、糸杉。二又の槍(バイデント)を持つ姿で表現される。
異名のプルートーン(富める者)は、地下の支配者にして鉱物資源の守護神としての呼び方。他にもクリュメノス(名高き者)、エウブレウス(良き忠告者)などと呼ばれる。またローマ神話においてはプルートと呼ばれた。
普段は冥界にいる為、オリュンポス十二神には入らないとされる場合が多い。
概要
父クロノスと母レアの間に生まれたが、「生まれた子供に権力を奪われる」という予言を信じたクロノスにより丸呑みにされ、父親の腹の中に幽閉されるという壮絶な生い立ちを持つ。
その後、弟のゼウスにより腹の中から救出され、更にその醜さからタルタロス(奈落)に追放されていた三人のキュクロプス(一つ目の巨人)およびヘカトンケイル(百の腕を持つ巨人)らの助力を得る事に成功。力を合わせてティターン神族との戦い「ティタノマキア」に挑み、勝利を収める。
戦いの後に三人はくじを引き、ゼウスは天空を、ポセイドンは海を、ハデスは地底と冥府を支配することになった。
冥府
冥府には大別して3つの領域があり、生前に善行功徳を積んだ者は永遠の楽園・エリュシオンに招かれた。エレボスと呼ばれるハデスのお膝元には、エリュシオンに入れないがさほど重い罪を持たない死者が静かに暮らしている。そして重い罪を犯した者はタルタロスにて厳しい罰を受ける事となる。
死者の生前の罪をあばき、行き先を決めるのはミノス、ラダマンティス、アイアコスの三人の裁判官である。いずれも元は人間の王で、その高潔さ・敬虔さから死後にハデスの部下として迎え入れられた。
ハデス自身は彼の宮殿に座しており、冬の間だけ共にあるペルセポネーは重罰を受けている死者の赦免について夫に願い出るという。即ちタルタロスに落とされた死者が十分に罪を償ったと見ればそこからエレボスへ、更にエリュシオンに迎え入れられる可能性は(どれほど小さくても)存在している。
また冥府の番犬・ケルベロスは三つ首の魔獣で、その凶暴さからいかなる死者の通過も許さなかった。……実際には2人ほど素通りさせ、1人に取っ捕まって地上まで引きずり出されたけど。
隠れ兜
ハデスの持つ有名な武具として「隠れ兜」がある。これはキュクロプスによって作り出された、かぶると姿が見えなくなるという代物。
全宇宙を焼き滅ぼすゼウスの雷霆、地を揺るがし海を荒れ狂わせるポセイドンの三又の槍(トライデント)と比べるといささか地味であるが、しかし実際に使われると厄介な道具である。事実、ティタノマキアにおいてはこれで姿を隠したハデスがティターン神族の武器を奪い、戦力を大きく削いでいる。
後に巨人との戦い「ギガントマキア」ではヘルメスに貸与されたほか、ペルセウスのメドゥーサ退治に際してはアテナの仲介により貸し出している。これなくしてメドゥーサに近づき、首を切り落として逃げる事は困難だった。
女性関係
女性関係が非常に派手なゼウスや、多数の女性との間に子供を作っているポセイドンとは違い、浮気の話はほとんどない。
しかし、妻のペルセポネーに関しては「地上から誘拐してきた」という神話が主流である。
ある時大地の裂け目から地上を見上げ、ニンフ達と一緒に花を摘むペルセポネーを見たハデスは一目で恋に落ちた。彼女を妻に迎えるべく、父親のゼウスに許可を貰いに行くが、ゼウスはデメテルに話をしないまま結婚を承諾した。
一説には女性への接し方が解らないうぶなハデスに対し、ゼウスが「男は強引なくらいがちょうどいいって、ガンガン行きなよ」と焚きつけたとも。
かくしてペルセポネーはニューサの山に咲いていた水仙に気を惹かれ、摘もうと手を伸ばした所でにわかに大地は深く割れ、ハデスは落ちてきた彼女を抱えて冥府へと連れ去った。ところが母と地上を恋しがって泣くペルセポネーに対し、純情なハデスはそれ以上の事は出来ずにいた。紳士である。
一方でデメテルは娘がいなくなった事を哀しんでいた。太陽神ヘリオスは全てを見ており、ペルセポネーが連れ去られたのはゼウスとハデスの仕業だと彼女に教える。早速デメテルはゼウスに抗議に行くが、当初ゼウスは「だってハデスが勝手に……」と逃げ口上を打つも「あの心優しいハデスがそんな乱暴な事する訳がないでしょうが!」とバッサリ切り捨てられた。
結局ゼウスは自分が許可した事を認めるが、うっかり口を滑らせて「冥府の王のハデスとなら釣り合いが取れるでしょ」と言ってしまう。ブチ切れたデメテルは豊穣の女神の仕事を放棄、地上には実りが訪れなくなってしまった。
ようやく事の重大さに気づいたゼウスは、やむなくヘルメスを使者に立て、ペルセポネーを地上に返すようにハデスに命じた。母の許に帰れると聞かされ喜ぶペルセポネーにハデスはザクロの実をすすめ、4粒を彼女は口にする。しかし冥府の食物を口にした者は、如何なるものであれ冥府にいなければならないという決まりになっていた。一説にはハデスは飲食を取らず泣いていたペルセポネーを力づけようと食べさせた、掟を知りながら素知らぬ振りで食べさせたなどの理由が付け加えられている。
かくして母子は再会を果たすが、ザクロを食べてしまったペルセポネーは一年のうち3分の1を冥府で、3分の2を神々の世界で暮らす事になった。これが四季の始まりであるとされる。
こうしてペルセポネーはハデスの妻となったが、夫の優しさに絆されたのか、冥府にあって孤独のうちにある夫の身の上に共感してか、共にいる姿を他の神話で語られるようになった。ヘラクレスやオルフェウスが冥府にやってきた時も夫と共に玉座についており、名実ともに冥府の女王としての待遇を受けている。
なお妻一筋に見えるハデスだが、2人ほど例外がいる。
ある時ハデスは地上に住むニンフのメンテーの美しさに魅了されてしまい、それを知ったペルセポネーが嫉妬。彼女を踏みつけて「お前など雑草になってしまえ」と呪いをかけ、草に変えてしまった。これを知ったハデスはメンテーを哀れみ、草にかぐわしい香りを与えた。この草がミントであり、以来ハデスの神殿の庭に咲き、今でもその芳香で自分の居場所を知らせるのだという。
異説ではハデスに目をつけられたメンテーを哀れんだペルセポネーが彼女を草に変え、ハデスの目から隠してやったともある。
レウケーというオーケアニス(海、泉、地下水の女神)はハデスに見初められて冥府にやって来たが、完全なる不死ではない存在だった為に死んでしまった。彼女の死を悲しんだハデスはレウケーを白ポプラに変え、以来死後の楽園たるエリュシオンには白ポプラが繁っているのだという。
ヘラクレスが12の功業において冥府を訪れた際、このレウケーの木から冠を作ったという。
その他の神話
アポロンの息子にして賢者ケイローンに教育されたアスクレピオスは、類まれなる名医となった。
その腕に磨きをかけ、アテナから授かったメドゥーサの血を用い、遂には死者をも生き返らせる事が出来るようになる。
これにより様々な人々を死から救ったアスクレピオスだったが、ハデスは死が失われて世界の秩序が崩壊するとし、ゼウスに抗議した。これに同意したゼウスは雷霆でアスクレピオスを撃ち殺したが、死後彼はその偉大なる功績から天に上げられてへびつかい座となり、神々の一員となった。
ヘラクレスが十二の功業の為に冥府を訪れ、三つ首の番犬・ケルベロスをミュケナイ王に見せる事への許可をハデスに求めた。これに対しハデスは「絶対に傷つけないこと」を条件として許可。
暴れ狂うケルベロスを素手で捕獲したヘラクレスは約束を果たし、青銅の甕に隠れて震えている王に魔獣を見せてから、無事に返還している。この時太陽に驚いたケルベロスのよだれが地面にしたたり、トリカブトになったという。
アルゴナウタイにも参加したペイリトオスという男がいた。
妻の死後に新しい結婚相手を探すうち、ゼウスの娘で絶世の美女の誉れ高きヘレネーを連れ去ろうと画策、マブダチにして同じく最近妻を失ったアテナイ王テセウスに相談を持ち掛けた。二人はくじを引き、買った方がヘレネーを貰う事、そして負けた方の為にもう一人ゼウスの娘を攫ってくる事を誓い合う。勝ったのはテセウスだった。
スパルタに潜入してうまいことヘレネーの誘拐に成功した二人だったが、ヘレネーはまだ12歳、当時の基準からしてもあまりに若すぎた。おまわりさんこいつです。
更にヘレネーの兄弟であるディオスクロイことカストルとポリュデウケースの怒りは尋常ではなく、彼らの復讐は充分に予測された。結局この婚礼は自国の民の支持を得られないと考えたテセウスは、ひとまずヘレネーを母に保護してもらう事にした。
一方でペイリトオスは妻とするべきゼウスの娘について、当のゼウスに神託を伺う。するとゼウスからは「何故我が娘の中で最も高貴なペルセポネーを選ばないのだ?」と返された。「やれるもんならやってみな」という意味合いの神託を真に受けたペイリトオスは、テセウスと共に冥府の女王の誘拐を計画する。テセウス的には気が乗らなかったが、先のくじの誓いに縛られる形で彼に同行せざるを得なかった。
早速ハデスに面会した二人だったが、ハデスは事情をとうに察知していた。にこやかに客人を迎え、椅子に座るように促す。しかしそれは座った者の記憶を全て失わせる「忘却の椅子」だった。
それから4年後にヘラクレスがやって来るまで、二人はあっぱらぱーになって椅子に座り続けていた。顔見知りだったヘラクレスはハデスの許可を得た上で二人を救出したが、ヘレネーはとっくに彼女の兄弟によって奪還され、テセウスも不在の間に王座を追放されていた。
異説ではペイリトオスだけは椅子から動かす事が出来ず、そのまま置き去りにされたともいう。
信仰
死者の国たる冥府の王であり、死への恐怖ゆえに畏敬はされども大々的に信仰される事はなかった。
軍神アレスによって引き起こされた戦争により、戦死者の魂を迎えた冥府はより巨大になるとされ、次第にハデスにも冷酷で無慈悲な「死神」のイメージがついて回るようになる。
この為後世の娯楽作品ではゼウスに対する「悪」として描かれる事が非常に多い。
というかだいたいこいつらのせい。特にキリスト教は死を原罪と定義する上に、異教の神を手当り次第悪魔や魔王に仕立て上げながら勢力拡大してきたもんだからどうしようもない。
他方、神話にもあるようにハデスは慈悲深い神であるともされていた。人は必ず死んで彼の国に迎えられる事が決まっており、そこでハデスはいかなる者も差別せずに受け入れるという。
またペルセポネーに対する紳士的な対応や、オルフェウスの竪琴の音色に涙し、彼の妻を連れ戻す事を条件つきで許可するなど、心優しい一面が見て取れるエピソードもある。
日本神話との共通点
ハデスに関連する神話の中には『冥界の食べ物を食べたらもうこの世には戻れない』『夫が死んだ妻を冥界から連れ戻しに来るが、帰る途中で決して振り返ってはいけないという言いつけを破り永遠に妻を失ってしまう』という、日本のイザナギ・イザナミ神話にみられるようなエピソードが残されている。
ともに冥界という死を司る神であるため、死に対する人類共通のイメージなどが重なっているせいかもしれない。
関連項目
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