インディカー(Indycar)とは、アメリカを中心に開催される、アメリカ大陸最大のオープンホイールカー(フォーミュラカー)レースである。
ヨーロッパ中心のF1、アジア中心のスーパーフォーミュラとよく対比される。
概要
インディカーの起源はチャンピオンシップカー(Championship Car)やビッグカー(Big Car)とも呼ばれるオープンホイールカーであり、後にF1世界選手権で使用されるフォーミュラワンカーと区別する目的でインディカー(メインレースのインディアナポリス500マイルレースを走るマシン)と呼ぶようにした。混同されがちであるが、インディアナポリス500マイルレースを開催しない1997~2008年のチャンプカーはインディカーと完全に区別される。当記事ではインディカーレースと呼ばれるレースシリーズについて述べる。
インディカーはオーバル・ロード・ストリートの三様のコースがバランスよく楽しめるのが最大の魅力で、特にオープンホイールカーがオーバルをハイスピードで駆け回る様は、他のフォーミュラカーレースにはない味である。
マシンについては、シャシーはダラーラ社のワンメイク。車両は2011年最終戦で事故死し、自身もテストを務めたダン・ウェルドンのイニシャルを冠したDW12。高速オーバルでは小さめのウィングに加え、普通に走ると左に曲がるようにセッティングされる。エンジンはシボレーとホンダが2.2L以下6気筒以下のツインターボを供給している。プッシュ・トゥ・パスと呼ばれるオーバーテイクボタンが1レースにつき12分間分使用可能。タイヤはファイアストンのワンメイク。最高時速は340kmに達する。パワーステアリングは依然として導入されていない。
予選方式はレースによっていくつかの形式があり、ダブルヘッダーの場合も1日目と2日目で異なる。
ポイントシステムはF1よりは同じアメリカのNASCARに近い。完走すれば必ずポイントがもらえる。また、リードラップを一度でも取れば1ポイント、最多リードラップにはさらに2ポイント。予選でPPを取っても1ポイント。500マイルレースではポイントが2倍になる。
スタート方式はローリングとスタンディングの両方が、各レースによって使い分けられている。ローリングスタートはスタート時のみ2~3列、再スタート時は1列となる。
インディアナポリス500マイル(インディ500)
初開催は100年以上前の1909年という、他の追随を許さない歴史を持つ(空白期間があるため、開催自体は2020年で104回)。世界三大レースの一つであり、アメリカを代表するビッグイベントでもある。5月末の戦没者追悼記念日直前の日曜日に開催されるのが伝統。F1モナコGPと日が被るため、モナコGPをみて数時間後にインディ500を観るという、世界三大レースを二度観れるリッチな週末となる。
普段インディカーを見ない人でも、インディ500だけは見るという人は大勢いる。いつもは空席も見える観客席も、インディ500の時だけは超満員になる。国家の歴史が浅いアメリカでは、歴史や伝統は重要な意味を持つとされているが、それはインディ500も例外ではない。そのため運営の力の入れ方も並々ならぬものがある。
観客数や視聴率はもちろん賞金額、賞金や表彰の種類の数、参加ドライバー人数、開催日数全てが他のレースを圧倒する。予選方式や優勝者に与えられる飲み物まで他のレースと違う。これらのような注目度やイベント性、格の違いから、インディ500の1勝は、シリーズチャンピオンと同じくらい価値があるとされる。
2014年にはインディアナポリスのインフィールドを用いたロードコースでもレースが開催される。ただしこちらは他のロードレースと同じ扱いであり、インディ500とは明確に区別される。
予選方式などについては当該記事を参照→インディ500
日本との関わり
F1ファンの多い日本ではあまり知られていないが、以前より日本人レーサーも多数参戦している。過去には高木虎之介がインディ500のルーキー・オブ・ザ・イヤー、松浦孝亮がインディ500&シーズンのルーキー・オブ・ザ・イヤーを獲得、武藤英紀が2位を獲得している。
現在では佐藤琢磨が参戦中。2011年に日本人初PPを獲得。さらに2013年にロングビーチで日本人初優勝をあげており、次戦のサンパウロで2位になると日本人初ポイントリーダーとしてインディ500に挑むこととなった。ニコニコでインディカーが有料配信されるきっかけを作ったのもこの時である。また、2012年のインディ500での佐藤の追い上げは、多くのアメリカ人の目に焼き付ける活躍となり、リタイアながらも今も語り草になっている。そして2017年には日本人初となるインディ500制覇という偉業を成し遂げている
日系企業ではトヨタ、ホンダ、インフィニティがエンジン供給をしていたことがある。このうちトヨタとホンダはインディカーのタイトルとインディ500を制した経験を持つ。現在はホンダのみがエンジンを供給しているが、トヨタもロングビーチでの市街地レースのタイトルスポンサーを勤めるなど関わりを保っている。また、下位カテゴリではマツダが長きにわたってロータリーエンジンを供給しているプロ・マツダ・チャンピオンシップはじめとする「ロード・トゥ・インディ」に多大な貢献をしている。
インディジャパンと呼ばれる日本開催もあり、ツインリングもてぎで開催された。2003~2010年までオーバル、最終年の2011年のみ東日本大震災による影響でロードコースでの開催となった。2008年のインディジャパンではダニカ・パトリックが女性としてインディカー史上初優勝をあげている。
インディカーレースの歴史
- AAAナショナル・サーキット・チャンピオンシップ - 1902年~1915年、1917年~1919年(年はシーズン)
- AAAナショナル・チャンピオンシップ - 1916年、1920年~1941年、1946年~1955年
- 統括団体はアメリカン・オートモビル・アソシエーション(AAA、トリプルA)。1942年から1945年は第二次世界大戦中であったため開催されていない。
- SCCA/CARTインディ・カー・シリーズ - 1979年
- PPGインディ・カー・ワールド・シリーズ - 1980年~1995年(1996年はこちらを参照→チャンプカー)
- 統括団体は、USACから分離独立したチャンピオンシップ・オート・レーシング・チームズ(CART、カート)。
- チャンピオンシップ・レーシング・リーグ - 1980年
- USACゴールド・クラウン・チャンピオンシップ - 1981年~1995年。
- 統括団体はユナイテッド・ステイツ・オート・クラブ(USAC)。インディカー・ワールド・シリーズと比べると、シーズン中に数回のレースしか無いマイナーなシリーズだが、インディ500をシーズン中に2回開催する事もあった。
- インディ・レーシング・リーグ - 1996年~2002年
- IZODインディカー・シリーズ - 2003年~2013年。
- 統括団体は、CARTから分離独立したインディ・レーシング・リーグ(IRL)。今日でのインディカーはこのレースシリーズを走るマシンの事である。CARTはチャンプカーと称して1997年シーズンから新たにレースシリーズを始めたが、2008年シーズンの1レースのみを最後に再度インディカーへ統合される事となった。
- Verizonインディカー・シリーズ - 2014年~2018年
- NTTインディカー・シリーズ - 2019年~
- 統括団体は2011年にIRLから呼称を変更したINDYCAR。2014年現在、オーバル:ロード:ストリートの比率は6:4:5となっている(ダブルヘッダーを1として換算)。チャンプカーとの分裂以来人気は減少し、集客とオーバルサーキットの多くをNASCARへと取られてしまった。さらに2012年にアメリカでは絶大な人気を持つ女性ドライバー、ダニカ・パトリックがNASCARへ転身したことも大きな痛手となった。
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関連項目
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