バーミリオン星域会戦とは、「銀河英雄伝説」の戦闘の一つである。
宇宙暦799年/帝国暦490年、ゴールデンバウム朝銀河帝国軍と自由惑星同盟軍との間に生起した戦闘。帝国軍による“神々の黄昏”作戦における最終決戦であり、最終的に帝国軍の勝利に終わった。
いつの時点をもって「バーミリオン星域会戦」の開始とするかは確定していないが、最広義においては同盟軍ヤン艦隊による帝国軍三個艦隊の連続撃破をその緒戦として同年2月、バーミリオン星域での最終的な戦闘にむけた帝国軍による作戦の発動が4月4日、これに対する同盟軍ヤン艦隊側の出動命令は4月6日であり、バーミリオン星域における最終的な戦闘の開始、すなわち最も狭義のバーミリオン星域会戦の開始は4月24日のこととなる。
当記事では、同盟軍ヤン艦隊による帝国軍三個艦隊の連続撃破(ライガール、トリプラ両星系間の戦い、タッシリ星域付近における戦闘)に始まる一連の戦闘(最広義のバーミリオン星域会戦)を総括して記述するとともに、バーミリオン星域において行われた最終戦(最狭義のバーミリオン星域会戦)についても別項を立てて詳述する。
銀河英雄伝説の戦闘 | |
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“神々の黄昏”作戦 バーミリオン星域会戦 |
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基本情報 | |
作戦 : “神々の黄昏”作戦 | |
時期 : 宇宙暦799年/帝国暦490年 3月~5月5日 | |
地点 : 自由惑星同盟全域 | |
結果 : ゴールデンバウム朝銀河帝国軍の勝利 | |
詳細情報 | |
交戦勢力 | |
ゴールデンバウム朝銀河帝国軍 | 自由惑星同盟軍 |
総指揮官 | |
帝国軍最高司令官 ラインハルト・フォン・ローエングラム元帥 |
イゼルローン要塞駐留艦隊司令官 ヤン・ウェンリー元帥 |
戦力 | |
ローエングラム直属部隊 ロイエンタール艦隊 ミッターマイヤー艦隊 黒色槍騎兵艦隊 シュタインメッツ艦隊 ワーレン艦隊 レンネンカンプ艦隊 ファーレンハイト艦隊 ミュラー艦隊 |
イゼルローン要塞駐留艦隊 (ヤン艦隊) |
“神々の黄昏”作戦 |
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第九次イゼルローン要塞攻防戦 - フェザーン侵攻 - ランテマリオ星域会戦 - 帝国軍輸送船団の壊滅 - バーミリオン星域会戦 (ライガール、トリプラ両星系間の戦い - タッシリ星域付近における戦闘 - バーミリオン星域会戦 - バーラト星系攻略) |
前の戦闘 | 次の戦闘 |
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帝国軍輸送船団の壊滅 | キュンメル事件 |
宇宙暦799年/帝国暦490年3月から5月5日にかけて行われた、自由惑星同盟全域を戦域とするゴールデンバウム朝銀河帝国軍と自由惑星同盟軍の交戦。
この戦闘の結果、160年間に渡って銀河帝国に抵抗を続けた自由惑星同盟は敗北し、バーラトの和約によって事実上帝国の属国下におかれることとなる。
この年2月上旬に行われたランテマリオ星域会戦ののち、戦況は半月ほどのあいだ小康状態を保つこととなった。
当時、ガンダルヴァ恒星系の第二惑星ウルヴァシーを軍事拠点として駐留していた帝国軍は、中期的戦略の立案において、全力をもって同盟首都ハイネセンに進撃する積極論をとるか、帝国本土からの補給ルートを確立しつつ同盟領全体の制圧にとりかかる持久論をとるべきか結論に至らず、活動を停滞させていた。遠征の本義である同盟の征服を一挙に片付けてしまうべきという意見の一方で、ハイネセンの攻略が同盟の瓦解に繋がるのか、瓦解したとして地域的に抵抗運動が発生し統治を困難にするのではないかといった懸念もあり、容易に判断を下せずにいたのである。
これに対し、同盟軍はイゼルローン要塞駐留艦隊司令官ヤン・ウェンリー元帥に実質的な艦隊運用の全権を委ね、帝国軍の迎撃にあたらせることとなった。そして2月末、戦略的なフリーハンドを得たヤン元帥と同盟軍ヤン艦隊は、政府と軍部の全面協力のもと、同盟領全域を舞台に活動を開始する。
華麗な戦術的成功において著名であり、戦略構想においても画期的であることから”軍事活動上の芸術”と称される同盟軍総指揮官ヤン・ウェンリー元帥の作戦の本来の目的は、圧倒的に優勢な戦力を有する帝国軍に対抗するにあたって、その指導者である帝国宰相・帝国軍最高司令官ラインハルト・フォン・ローエングラム元帥を戦場において打倒することによって帝国軍の統一指揮を瓦解させ、国防体制再興のための時間を稼ぎ出すことにあった。
つまり、帝国軍諸艦隊の各個撃破はあくまで最終目的達成のための陽動作戦にすぎず、もってヤン元帥はローエングラム元帥を精神的に刺激し、可能な限り同盟軍に有利な条件でヤン元帥との直接対決を志向するように誘導しようとしたのである。
同盟軍による第一撃は、帝国本土からの輸送船団への襲撃であった。これを受けて帝国軍ローエングラム元帥は、同盟の征服を永久確実のものとするべく、同盟の持つ組織的戦力を完全に排除することを優先する戦略を策定。同盟軍ヤン艦隊を捜索・捕捉し撃滅すべく、カール・ロベルト・シュタインメッツ大将の率いる艦隊を派遣した。
3月1日、シュタインメッツ艦隊はライガール星系とトリプラ星系の中間宙域でヤン艦隊を捕捉、交戦に突入したが、ブラック・ホールを利用した陥穽により壊滅的な損害を受け敗北。通報を受けて急派されたヘルムート・レンネンカンプ大将の艦隊も続けて撃破される(ライガール、トリプラ両星系間の戦い)。さらに物資接収のためタッシリ星域の同盟軍補給基地へと向かったアウグスト・ザムエル・ワーレン大将の艦隊もその途上でヤン艦隊に遭遇し、敗退を余儀なくされた(タッシリ星域付近における戦闘)。
部下の立て続け三度の敗北により、ローエングラム元帥と帝国軍の体面は大きく傷つくこととなった。ここに至って、ローエングラム元帥は自身が直接出馬してのヤン元帥との直接対決を決意。自身の持つ戦力を一個艦隊相当の直属部隊(帝国軍本隊)にまで手薄にすることで神出鬼没のヤン艦隊を誘出することを企図し、麾下の艦隊に対しそれぞれ各方面へと進発するよう命令を下した。むろんローエングラム元帥ももとより同等の戦力による直接対決の場を作り出させるのがヤン元帥の意図であることを洞察しており、その上でヤン艦隊を確実に撃滅するため、各方面に分散した各艦隊は時期を図って一挙反転、戦場に駆けつけヤン艦隊を包囲殲滅することとされていた。
かくして4月4日、ミッターマイヤー艦隊がエリューセラ星域へと進発。ロイエンタール艦隊(リオヴェルデ星域)、ミュラー艦隊(リューカス星域)など諸艦隊もそれに続いた。いっぽう同盟軍のヤン元帥も、帝国軍進発の通報を受けて4月6日にはガンダルヴァ星域への出撃を下令する。
しかし、帝国軍が本隊の孤立を偽装した罠を仕掛けてくることをすでに予測し、分散した帝国軍諸艦隊が本隊からもっとも離れたタイミングで本隊との戦闘に突入、反転した諸艦隊の到着までに撃破するプランを組んでいたヤン元帥ですら、ローエングラム元帥の率いる直属部隊までもがガンダルヴァを出撃して同盟首都ハイネセンの位置するバーラト星系を目指すことは想定のうちになかった。そしてその進撃コースは、諸艦隊と本隊との距離が最大になるその時にハイネセンを指呼の間に捉えるよう計算されていたのである。このためヤン元帥は、首都周辺宙域での戦闘を避けるため、本来の想定に比べより早く帝国軍本隊と接触し、より速く撃破せねばならないことになった。
4月12日、ヤン艦隊は最後の根拠地としていた小惑星ルドミラを進発、同盟首都ハイネセンより3.6光年の距離に位置するバーミリオン星域を決戦地と目して移動を開始した。いっぽう帝国軍本隊もバーミリオン星域を決戦の地と予測して進撃を続け、4月24日14時20分、バーミリオン星域会戦の本戦が開始される。
いっぽう、エリューセラ星域へと派遣されていたミッターマイヤー艦隊は、バーミリオン星域へと反転するのではなく、ロイエンタール艦隊と共同で同盟首都ハイネセンへと向かっていた(バーラト星系攻略)。戦闘開始を受けて独断で急行した帝国宰相首席秘書官ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフ伯爵令嬢による、エリューセラ星域からバーミリオン星域へと向かうより約48時間はやく到着できるバーラト星系に進攻して同盟政府を降伏させ、ヤン元帥および同盟軍へと停戦を命令させるべきであるという提案を容れてのものであった。
5月4日、両艦隊はバーラト星系に進入、翌日にはハイネセンの衛星軌道に入った。ミッターマイヤー上級大将は無差別攻撃を示唆して同盟政府を恫喝するとともに、統合作戦本部ビルの地上部分を完全破壊した。これを受けた同盟最高評議会議長ヨブ・トリューニヒトは国防委員長ウォルター・アイランズ、宇宙艦隊司令長官アレクサンドル・ビュコック元帥などの反対を押し切って全面講和を受け入れ、無条件停戦を命令した。
当時バーミリオン星域では、幾度とない激突の末、圧倒的に同盟軍が優位な戦況にあった。帝国軍にもミュラー艦隊が急行軍で数を半減させながらも増援に駆けつけていたが、幾度も戦況が変転する激戦の末、ヤン艦隊はローエングラム元帥の座乗する帝国軍総旗艦<ブリュンヒルト>を破壊する直前にまで到達していた。しかし、そのさなかの5月5日22時40分、無条件停戦命令がバーミリオン星域のヤン艦隊司令部に届く。ヤン元帥はこれに従い、バーミリオン星域会戦はこの時点で終結した。
自由惑星同盟の全面講和受け入れによるバーミリオン星域会戦の終結をもって、帝国による“神々の黄昏”作戦は事実上終了した。5月12日にはローエングラム元帥が惑星ハイネセンに到着、25日のバーラトの和約締結により、両者の戦争状態は完全に終結した。
銀河英雄伝説の戦闘 | |
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バーミリオン星域会戦 バーミリオン星域会戦(本戦) |
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基本情報 | |
作戦 : “神々の黄昏”作戦 | |
時期 : 宇宙暦799年/帝国暦490年 4月24日14時20分~5月5日22時40分 |
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地点 : 自由惑星同盟・バーミリオン星域 | |
詳細情報 | |
交戦勢力 | |
ゴールデンバウム朝銀河帝国軍 | 自由惑星同盟軍 銀河帝国正統政府軍 |
総指揮官 | |
帝国軍最高司令官 ラインハルト・フォン・ローエングラム元帥 |
イゼルローン要塞駐留艦隊司令官 ヤン・ウェンリー元帥 |
戦力 | |
ローエングラム直属部隊 (艦艇1万8860隻、 兵員229万5400名) ミュラー艦隊 (艦艇8080隻、 兵員96万7700名) 艦艇総数2万6940隻 兵員総数326万3100名 |
イゼルローン要塞駐留艦隊 (ヤン艦隊) モートン艦隊 カールセン艦隊 艦艇総数1万6420隻 兵員190万7600名 |
損害 | |
艦艇損傷率87.2% (完全破壊1万4820隻、 損傷8660隻) 兵員死傷率72.0% (戦死159万4400名、 戦傷75万3700名) |
艦艇損傷率81.6% (完全破壊7140隻、 損傷6260隻) 兵員死傷率73.7% (戦死89万8200名、 戦傷50万6900名) |
“神々の黄昏”作戦 - バーミリオン星域会戦 |
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第九次イゼルローン要塞攻防戦 - フェザーン侵攻 - ランテマリオ星域会戦 - 帝国軍輸送船団の壊滅 - バーミリオン星域会戦 (ライガール、トリプラ両星系間の戦い - タッシリ星域付近における戦闘 - バーミリオン星域会戦 - バーラト星系攻略) |
前の戦闘 | 次の戦闘 |
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タッシリ星域付近における戦闘 | バーラト星系攻略 |
宇宙暦799年/帝国暦490年4月24日~5月5日、同盟領バーミリオン星域においてゴールデンバウム朝銀河帝国軍と自由惑星同盟軍とのあいだで発生した戦闘。
戦場においては同盟軍がほぼ完全に帝国軍を撃破したものの、決着寸前に同盟首都ハイネセンより無条件停戦命令を受信したため、その時点で戦闘が終結した。
”常勝の天才”ラインハルト・フォン・ローエングラムと、”不敗の魔術師”ヤン・ウェンリーが同格の立場において対決した最初の戦いであり、同等の戦力によって対決した唯一の戦いである。その決着は、後世に多くの議論を呼ぶこととなった。
戦闘開始時における帝国軍の戦力は帝国軍最高司令官ラインハルト・フォン・ローエングラム元帥の指揮する直属部隊によって構成され、総参謀長にパウル・フォン・オーベルシュタイン上級大将、中級指揮官としてイザーク・フェルナンド・フォン・トゥルナイゼン中将、ロルフ・オットー・ブラウヒッチ中将、ウェルナー・アルトリンゲン中将、カルナップ中将、グリューネマン中将を配置。麾下の艦艇は帝国軍総旗艦<ブリュンヒルト>以下1万8860隻、将兵229万5400名にのぼった。
いっぽう同盟軍は、イゼルローン要塞駐留艦隊司令官ヤン・ウェンリー元帥(旗艦<ヒューベリオン>)の指揮するイゼルローン要塞駐留艦隊(ヤン艦隊)を中核とし、ランテマリオ星域会戦において消耗した第14艦隊(司令官ライオネル・モートン中将)および第15艦隊(司令官ラルフ・カールセン中将)の残存部隊がそれぞれ再編の上で合流。さらにはヤン元帥の招請を受け顧問として加わった銀河帝国正統政府軍務尚書ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ以下、正統政府軍将兵総数7名がその麾下に入っている。以上、ヤン元帥の指揮下にある兵力は艦艇総数にして1万6420隻、将兵190万7600名を擁した。これは同盟軍が当時動員できる最大戦力であり、他の機動戦力がもはや払底している以上、自由惑星同盟を守護する唯一最後の盾であった。
4月下旬、バーミリオン星域での決戦を予期して前進していた両軍は、ともに偵察戦を展開して相手の捕捉を試みた。同盟軍は参謀長ムライ中将の指揮により2000組の先遣偵察隊を展開して情報を収集・分析した一方、帝国軍も先行偵察衛星と哨戒小集団からなる索敵網によって進路の偵察を実施した。
両軍の索敵行動が30時間に及んだころ、同盟軍FO2先遣偵察隊(指揮官チェイス大尉)が帝国軍主力部隊を発見。帝国軍も時を同じくしてFO2先遣偵察隊を探知し、迂回航路をとって帰投するFO2先遣偵察隊の進路から同盟軍主力の位置を解析。対応にあたったブラウヒッチ艦隊司令部を通じて総旗艦に通報された。
両軍はそのまま接近を続け、ついに正面決戦に突入する。
この会戦において、帝国軍の勝利は、同盟軍を包囲殲滅すべく反転した帝国軍諸艦隊が到着するまでの間、ヤン艦隊の攻勢を帝国軍本隊が迎え撃ち戦線を維持し続けることができるかどうかにかかっていた。そのためにローエングラム元帥が発案した戦術が、”機動的縦深防御”と称される、戦史上にも類例のない遅滞防御戦法である。
その内容は、部隊を分割して複数の横列陣を形成し、本隊の前方左右に展開するもの。これによって前面の戦況を直接把握しつつ、必要に応じて左右の横列陣をスライドさせ迎撃陣として運用、迎撃陣との交戦を繰り返させることで攻勢に出る同盟軍に物的・心理的に圧力を加えてその勢いと戦力を次第に減衰させ、帝国軍諸艦隊の到着までその鋭鋒を押しとどめることを目的としていた。加えて、突破された迎撃陣が統率を保ったまま帝国軍両翼の外側を迂回し、陣形を再編しつつ横列陣の最後尾につくことで再度迎撃陣として運用することができるようになっており、用意された迎撃陣24段に留まらない無数の迎撃陣が同盟軍ヤン艦隊の前に立ちはだかることとなった。
4月24日14時20分、同盟軍による一斉射撃をその幕開けとして両軍は戦闘を開始した。開始時点では両軍の司令官はともに相手に先制させてその出方を見るという方針で一致しており、開戦は極めて正統的な形のものとなった。しかし、開戦後30分程度のうちに前線は両司令官どちらにとっても不本意な形で無秩序な激戦へと雪崩込み、両軍はその収拾に精力を傾けざるをえなくなってゆく。
激戦が続いた後、帝国軍では指揮の不徹底から第一陣の突出に第二陣のトゥルナイゼン艦隊が後続する形となり、秩序を失った両部隊には大きな混乱が生じた。帝国軍ローエングラム元帥は指揮統制の再復に努めたが、これに乗じたヤン元帥は巧妙な指揮によって凹形陣の焦点にトゥルナイゼン艦隊以外の帝国軍前方部隊を誘引、一斉砲撃をくわえて大打撃を与えた。しかし最終的には、なし崩し的に消耗戦へと落ち込むことを避けるため、両者ともに戦線の収拾に努めることとなった。
4月27日にはいると、同盟軍は混沌としていた前線を整理して艦隊を再編成し、円錐陣をもって正面からの速攻に打って出た。迎撃の命を受けた帝国軍前線部隊はヤン艦隊が得意とする火力の一点集中により一挙に撃ち崩され、帝国軍前線は同盟軍によって完全に突破されることとなった。しかし、前述したように帝国軍は複層的な防御陣を用意しており、突進する同盟軍は30分足らずの間に帝国軍第二陣の迎撃を受けた。同盟軍はマリノ准将の部隊を最先陣として突破に成功したが、間をおかずして帝国軍第三陣が出現。以後、帝国軍防御陣の出現と同盟軍による突破が繰り返され、4月29日には第九陣の迎撃を受けることとなった。
これら帝国軍の重層的な防御陣の厚みと深みは、帝国軍の縦深陣を予測していたヤン元帥さえ賞賛するほどのもので、同盟軍はいまだ全容の見えない帝国軍防御陣への対応に苦慮せざるをえなかった。同盟軍は帝国軍第九陣をも突破したが、このとき航空戦においては同盟軍スパルタニアン部隊が艦砲と連携した帝国軍ワルキューレ部隊の前に編成以来の大損害を受けている。そして突破の直後、ヤン元帥はユリアン・ミンツ中尉による指摘をもとに、さらなる前進を避けるため作戦を変更する。
4月30日、同盟軍は進撃を中止し、そのまま80万km後退して小惑星群の蔭に入ると、隕石を牽引した2000隻程度の兵力を自軍右翼方向へと振り向けた。帝国軍艦艇のレーダーは牽引されている隕石のためにこの部隊を1万隻弱の艦艇と誤認したため、帝国軍はこの兵力が主力であるか囮であるかを確定できず困惑することとなった。しかし最終的にローエングラム元帥はこれを囮と見せかけた実兵力であると判断した。
帝国軍は、戦力の分散を避けつつこの兵力を撃滅するため、本営直属を除く主力部隊を再編成し左翼方向へと前進を開始。同盟軍主力はその隙をみて小惑星群を出て突撃を開始し、帝国軍主力の後方を帝国軍本営めがけて猛進する。一方接近したことで囮に気づいた帝国軍主力も、本営を護るべく同盟軍囮部隊からの攻撃を無視して急遽反転し、同盟軍主力右側面に迫った。これを予測していたヤン元帥は、帝国軍の攻撃に合わせて同盟軍主力中央部を左側に湾曲させることで艦列の崩壊を擬装、同盟軍主力を横撃したという帝国軍諸提督の錯覚を利用し、変形凹形陣を形成して帝国軍主力をその内側へと引きずり込んだ。
この結果、帝国軍主力は囮部隊と合流した同盟軍の完全な包囲下に置かれて本営から切り離され、全方位からの攻撃により掃滅の危機に瀕することとなった。帝国軍本営にも同盟軍の砲火が迫り、5月2日にはローエングラム元帥に旗艦<ブリュンヒルト>からの退艦が進言されるほどの危機的な戦況に至ったが、そこに帝国軍にミュラー艦隊が来援して同盟軍横面に猛砲撃を加えたため、帝国軍本営は一度危地を脱することができた。
この増援は、バーミリオン星域に近いリューカス星域の物流基地の占領に派遣されていたミュラー艦隊が、民需物資への損害を避けた基地責任者オーブリー・コクラン大佐の無抵抗降伏により予定より早く駆けつけることが出来たものであった。しかしミュラー艦隊は強行軍によって多くの戦力を脱落させており、当時司令官ナイトハルト・ミュラー大将の指揮下にあったのは一個艦隊に大きく足りない8000隻前後(最終的なミュラー艦隊の戦闘参加艦艇は8080隻、兵員96万7700名)に過ぎなかった。
ヤン元帥の予測では、最初に来援するのは”疾風ウォルフ”の異名をとるミッターマイヤー上級大将の艦隊であり、それまでにローエングラム元帥を打倒する計算であった。それより早くミュラー艦隊が来援することはヤン元帥にとって計算外のことであり、同盟軍は作戦の再編を余儀なくされることとなる。加えて、長く続く激戦によりビーム用エネルギーやミサイルの残存量にも限界が見えつつあった。
いっぽう帝国軍は、ミュラー艦隊の来援に勢いを得て解囲攻勢へと打って出た。同盟軍モートン艦隊(残存兵力3690隻)がミュラー艦隊の苛烈な攻勢の矢面に立ったが、わずか一時間の交戦で2130隻(57.7%)の艦艇を失う凄烈な損耗にさらされモートン中将は戦死。残存兵力はかろうじてヤン元帥の直属部隊へ合流している。
帝国軍本営と同盟軍主力のあいだに割り入ったミュラー艦隊の攻勢は勢いを増し、同盟軍に対し明らかに優位に立ちつつあった。しかし依然同盟軍による包囲下にある帝国軍主力の戦況は対照的で、まる一日以上の包囲攻撃により完全に潰乱しつつあった。ブラウヒッチ中将、アルトリンゲン中将の部隊はもはや原型をほとんど留めず、かろうじて戦線を維持していたトゥルナイゼン中将、カルナップ中将、グリューネマン中将(負傷のため参謀長が指揮を代行)の部隊もミュラー艦隊の攻勢に呼応するだけの余力を失っていた。
この状況下で、カルナップ中将が一点集中攻勢によって内側から包囲網突破の賭けに出る。これを感知したヤン元帥は、一挙に戦局を転回させるべく、包囲網の内外から圧力を受ける一角にあえて穴を空けさせた。そして、これを脱出の機と欣喜雀躍して解囲部に殺到した帝国軍主力と、包囲下にある味方を救援すべく解囲部への突入を図るミュラー艦隊が集中したところに、同盟軍による一点集中砲火が襲い掛かったのである。
帝国軍の戦線は同盟軍の驚異的なまでに強大苛烈な火力を前にして瞬く間に崩壊し、カルナップ中将は戦死した。ミュラー大将も激戦のさなかで被弾した旗艦の放棄を余儀なくされる状況となり、直近の戦艦<ノイシュタット>へと移乗。直後に<ノイシュタット>も航行不能となると戦艦<オッフェンブルフ>に移り、さらに二時間後には戦艦<ヘルテン>へと指揮座を移しながらも、総旗艦<ブリュンヒルト>の盾として勇猛果敢に戦闘を指揮し続けた。
しかし、このようなミュラー大将の勇戦をもってしても戦況はもはや覆しようのない段階にあった。こうした状況下の5月5日22時40分、<ブリュンヒルト>を射程におさめる直近にまで迫った同盟軍は、ヨブ・トリューニヒト最高評議会議長からの無条件停戦命令を受信する。ヤン元帥はこれを受けて全軍に後退を指令し、ここに12日間にわたってつづいたバーミリオン星域会戦は終結した。
12日間に及んだバーミリオン星域会戦における両軍の損害は、一個から一個半艦隊程度の戦力同士による交戦にすぎないにもかかわらず、軍事上の常識を超越する極めて凄惨なものとなった。
帝国軍は総数2万6940隻を数えた艦艇のうち半数以上となる1万4820隻を喪失、損傷艦艇も8660隻におよび、あわせた艦艇損傷率は87.2%に達した。参加兵員ベースでも総数326万3100名に対して半数近い159万4400名の戦死者を出しており、戦傷者も75万3700名、死傷率72.0%という有様であった。一方、戦場では比較的優位を保っていた同盟軍も、四割強にのぼる7140隻の艦艇を喪い、損傷艦艇6240隻とあわせた艦艇損傷率は81.6%、参加兵員ベースの死傷率では帝国軍のそれを越える73.7%(戦死者89万8200名、負傷者50万6900名)に達している。
高級士官では、帝国軍はカルナップ中将が戦死し、グリューネマン中将が瀕死の重傷を負った。同盟軍ではライオネル・モートン中将とスパルタニアン隊の戦隊長のひとりイワン・コーネフ中佐が戦死している。また、ヤン元帥の指示により戦場を離脱(後述)したウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツや、それに帯同した「薔薇の騎士」連隊長カスパー・リンツ大佐、空戦隊長オリビエ・ポプラン中佐らも、公式には戦死として報告された。
5月4日22時40分の戦闘終結後、翌5日夜までに、ミッターマイヤー艦隊、ロイエンタール艦隊をのぞく帝国軍諸艦隊は続々とバーミリオン星域に駆けつけ、19時時点で4万隻におよぶ無傷の帝国軍艦艇が同盟軍ヤン艦隊を取り囲むに至った。同日23時、ヤン・ウェンリー元帥は帝国軍総旗艦<ブリュンヒルト>を訪問し、ラインハルト・フォン・ローエングラム元帥と会見した。この会見は、同時代最高とされる名将ふたりの、最初にして最後の対面となった。
これに先んじて、同盟軍より艦艇60隻からなる一隊がウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツの指揮のもと戦場を離脱し、帝国軍に気取られること無く姿を消している。メルカッツ独立艦隊と称されるこの一隊は、銀河帝国正統政府の閣僚であるメルカッツ軍務尚書が帝国軍の追捕を受けることを避けるとともに、将来的に帝国に対しふたたび反抗することを想定し、その核とするべく一部の艦艇と軍人とを隠匿することを目的として編成されたもので、ロビン・フッドの伝説にちなみ”動くシャーウッドの森”とたとえられる一団であった。この部隊は、のちにヤン・ウェンリーが同盟政府と袂を分かった際に合流し、エル・ファシル革命予備軍の中核を成している。
戦後、帝国軍ではローエングラム元帥麾下の大将10名が揃って上級大将に昇進したが、なかでもナイトハルト・ミュラー大将が、バーミリオン星域会戦中盤の危急に駆けつけ最終局面においては僅かな時間に三度乗艦をうつしながらも力戦奮闘して戦線を支え続けた功により、最年少ながら同格中の首席たるの栄誉に浴している。ミュラー大将はこの戦いぶりから”鉄壁ミュラー(ミユラー・デア・エイゼルン・ウオンド)”の異名を受け、堅固にして粘り強い戦いぶりを見せる帝国軍随一の守勢の良将と讃えられることとなった。喪った旗艦についても、のちにローエングラム王朝成立後はじめて建造された戦艦である<パーツィバル>の下賜を受けている。
4月27日の戦闘において、ヤン元帥はきわめて積極的な正面攻撃を選択し、艦隊に円錐陣をとらせて帝国軍の防御陣を次々と打ち破った。いっぽうで、相対する帝国軍ローエングラム元帥は大きく動くこと無く、予定通り何重にも防御陣を重ねた縦深陣を一段ずつ同盟軍に対抗させる、消極的・受動的な迎撃に徹した。
これは、本来、会戦後半に示したような相手の動きに対応した巧妙な艦隊運動や奇策奇襲による柔軟な戦術指揮を得意とするヤン・ウェンリーには珍しく、またアスターテ会戦のようにダイナミックで積極的な用兵を特長とするラインハルト・フォン・ローエングラムらしくない指揮であったといえる。これは、バーミリオン星域会戦の特殊な戦略的事情、つまり同盟軍が可能な限り速く帝国軍を撃破することが唯一の勝利条件であるのに対し、帝国軍は味方の艦隊が駆けつけるまで持久することさえできれば実質的に勝利である、という方向性の違いによるものが大きかった。
「バーミリオン星域会戦」において、勝利したのは帝国軍だったのか、同盟軍だったのか――あるいはラインハルト・フォン・ローエングラムであるか、ヤン・ウェンリーであるか――は、とても明確とはいえないものであった。両軍の損害はどちらも「極めて甚大」という点で同等といってよく、その差は艦艇損傷率で5.6%、兵員死傷率に至っては1.7%という程度でしかなかったため、損害比をして勝敗を判断する秤とするのはあまりに無意味である。
この点については、しばしば戦史家の激しい議論の焦点となるところであり、無数の著作物によって様々な見解が展開されている。同盟軍勝利派の主張は、会戦中盤以降の主導権は常に同盟軍が握り、帝国軍に脅迫された政府からの停戦命令がなければ完全な勝利をおさめていたであろうことを理由とするものであるが、これに対し、帝国軍の勝利とする立場では、バーミリオン星域での戦闘は戦略的には一局面にすぎないとし、帝国軍が戦争目的を達成した点を重視する。さらにそのどちらとも異なる視点として、戦場では同盟軍の勝利・それ以外では帝国軍の勝利、あるいは戦略面での勝者は帝国軍・戦術面での勝者は同盟軍、といったような折衷的主張も存在する。そしていずれの主張にせよ、同等の説得力を有する反論が存在し得たため、議論の決着はついていない。
当事者であるラインハルト・フォン・ローエングラム元帥とヤン・ウェンリー元帥にしても、前者から見れば勝利は譲られたか盗んだものにすぎず、後者から見れば戦術的な勝利など戦略的勝利と比べれば軽視されるものでしかなかった。つまり、両者とも自分が勝利したとはまったく考えていなかったのである。
掲示板
98 ななしのよっしん
2022/05/26(木) 10:08:01 ID: Mv0l+sVwjF
>>97続き
原作やOVAでのヒルダの対応は「自分で勝手にやっておきながらその態度は何だ?」というものだったし、ラインハルトに対する謝罪の意思も感じられないから約束を破ったりしないラインハルトの性格を見抜いた上での計算ずくだったようにも見える。
オーベルシュタインですらヴェスターラントの件で遺族から糾弾された時には提案者&共犯者として自分の罪を認めているのにヒルダはそこら辺を有耶無耶にしてしまって責任逃れをしてるようにしか見えない。
はっきり言ってヒルダのやり口はかなり汚いし、その後の対応もあまりにも無責任すぎる。
だからこそ、フジリュー版でちゃんと自分なりに責任を取ろうとしたのは素晴らしいものだった。
99 ななしのよっしん
2022/10/31(月) 22:50:22 ID: FNb94f8ITZ
>>85
遅レスだが、その方法はヤンには絶対にできない。なぜなら自由惑星同盟は民主主義国家だから。
自国民から物資を取り上げ、敢えて飢えさせる選択肢はヤンの信条以前に民主主義国家の軍隊にはない。原作でも焦土作戦の際に自分には決してできないと戦慄している。
ヤンがとった、国土防衛を放棄してのゲリラ戦術でさえ国防軍としてはかなりイレギュラーで、実際それで首都を抑えられているわけだから、その時点で戦略的には敗北している。
100 ななしのよっしん
2023/08/30(水) 17:39:23 ID: /SRjZ4uM/o
この戦いを最後に決定づけた、地球教団を動員してのトリューニヒトの逆クーデターだけど、これを命じた側と応じた側が逆だった、つまり地球教団がトリューニヒトに「帝国軍に降伏するためにアイランズやビュコックら抗戦派高官を拘束させろ」と要求していた、という可能性はないだろうか。
この段階でハイネセンの地球教団は新銀河帝国乗っ取り計画を前提に動いていた。
そして、帝国本土浸透要員としてトリューニヒトを再活用しようとしたけど、地球教団から解放されたいトリューニヒトは先手を打って教団をケスラーに売った。
その結果がキュンメル事件だった、というところまでは想像したんだけど、さてどうかな。
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最終更新:2024/05/11(土) 02:00
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