赤十字社(せきじゅうじしゃ)および赤新月社(せきしんげつしゃ)とは、傷病者救護を目的とした国際的な人道団体である。国際組織の国際赤十字赤新月社連盟をはじめとして、各国に赤十字社や赤新月社が存在する。紛争地帯においては赤十字国際委員会が活動をしている。日本では「日本赤十字社」が該当する団体である。
概要
世界最大規模の国際的な人道支援団体である。主な任務として紛争や災害の被害者に対する救護活動や人道支援がある。
それぞれの組織は独立しているが、上記の通り国際機関や各国国内機関が連携して赤十字・赤新月運動を展開している。各機関は共通のシンボルとして赤十字や赤新月や赤水晶を用い、これはジュネーブ条約によって保護されている。紛争地帯においても人道活動を目的としているため、赤十字や赤新月や赤水晶を掲げた対象に対する攻撃は禁止されている。
シンボル
赤十字(Red Cross)
最初にシンボルとして使用されていたのはギリシャ十字を赤色で模した「赤十字」(Red Cross)のみである。これは公式には、赤十字運動発足の地であるスイスの国旗(白背景に赤十字)を元に、背景と十字の色を反転させたものだとされている。
ただし詳しくは後述するが、その理由が初めてアナウンスされたのは下記のように、「十字がキリスト教的だから、キリスト教徒じゃない俺らは他のシンボル使うわ」という勢力が現れた事が問題となっていた時期である。つまり後付けの可能性があるのだ。
「なぜ赤十字としたのか」というデザイン理由を示すような、創立当初の信頼できる資料は発見されていないようだ。
赤新月と赤獅子太陽
1860年代に始まった赤十字運動が急速に世界的に広まっていく中、1870年代にはイスラーム国家であるオスマン帝国でも赤十字運動に与する組織が創立されることになった。
しかしその際、赤十字の「十字」が受け入れがたいとされた。これは「キリスト教のシンボルである十字架を想起させる」ことが理由とされる。さらに、当時オスマン帝国と対立していたセルビア公国の国旗にある「セルビア十字」が「赤字に白の十字」というまさに赤十字と類似したデザインであったことも問題となったとみられる。
そして議論の結果、オスマン帝国の国旗にも用いられている三日月を赤色で模した「赤新月」(Red Crescent)を代わりに採用することが決定し、1877年に「赤新月社」として発足した。この「赤新月」のシンボルはジュネーブ条約で認可されてはいなかったものの、ジュネーブ条約に加盟する各国赤十字組織はこの赤新月社を現実的な妥協として受け入れた。
ちなみに、「新月」とは現在の一般的な日本語としては真っ暗になった「朔」の状態の月をさすが、オスマン帝国の旗や赤新月シンボルの「新月」は、朔の後に新たに見え始めた月、すなわち「三日月」の状態の月である。
その後、1899年の万国平和会議においてオスマン帝国は赤新月を正式に赤十字運動のシンボルに加えることを提案した。このとき、他にガージャール朝ペルシャ(イラン)からは同国の国旗にある「獅子と太陽」を元にした「赤獅子太陽」が、シャム(現在のタイ王国)からは「赤い炎」(詳細不明。仏教国なので仏教的な何か、例えば「光背」のようなデザインか?)が提案されている。
このような「新たなシンボル」を立てようとする動きを掣肘するためか、1906年には以下の条文が赤十字運動の会議の場で公式に提示された。
Art. 18. Out of respect to Switzerland the heraldic emblem of the red cross on a white ground, formed by the reversal of the federal colors, is continued as the emblem and distinctive sign of the sanitary service of armies.
(赤十字国際委員会公式サイト内
より引用)
これを和訳すると
「第18条 軍隊の衛生部門のエンブレム・識別章としては、スイスに敬意を表して、同国の国旗の色を反転させた「白地に赤い十字」の紋章の使用を継続する。」
という感じ。赤十字には宗教的性質がないんですよ、キリスト教の十字じゃなくてスイスの国旗を基にしてるんですよ、と主張しつつ、「この赤十字のみが統一シンボルだ」と主張するものである。だがこのアナウンスはさしたる効果を及ぼさず、その後も赤新月の使用は継続された。
1922年にはペルシャで「赤獅子太陽」(Red Lion with Sun)を標章として採用したペルシャ赤獅子太陽社が設立された。一方、シャム王国の「赤い炎」は取り下げられ、シャム王国はサヤーム赤十字社として赤十字を採用するに至った。
上記の条文は示されたものの、1929年には「赤新月」と「赤獅子太陽」の追加が正式に認められた。
オスマン帝国が消滅した現在においても、イスラーム諸国では赤十字ではなく赤新月が用いられている。
一方、1979年に起きたイラン革命で国旗から「獅子と太陽」が消えたこともあり、イラン赤獅子太陽社は1980年にイラン赤新月社へと改称。以後、赤獅子太陽をシンボルとして使う組織は無くなった。
赤水晶(Red Crystal)
また、1930年には、当時イギリス委任統治領だったテルアビブ(現在ではイスラエルにある都市)において、救護活動を目的とした組織「マーゲン・ダビド公社」(=ダビデの赤盾社)が発足した。
この組織はキリスト教的な赤十字、イスラーム的な赤新月の双方を避け、「ダビデの盾」をモデルとした「ダビデの赤盾」(Red Star of David)を使用した。元となった「ダビデの盾」とは、後にイスラエルの国旗にも使われることになるユダヤ教のシンボルであり「ダビデの星」とも呼ばれる。いわゆる六芒星、ヘキサグラムである。
しかしこの「ダビデの赤盾」は「赤十字」や「赤新月」と同等のものとは見なせないと拒絶され、「マーゲン・ダビド公社」は長年の間、正式な赤十字・赤新月運動の一員としては参加できていなかった。
だが2005年、「赤十字・赤新月のシンボルは使いたくないが、理念としては赤十字・赤新月と志を同じくする組織」を受け入れるため、赤十字・赤新月運動は「赤水晶」(Red Crystal)のシンボルを新たに採用した。これは斜めになった赤い四角、つまり「◇」が白地に描かれているものであり、宗教的含意が極力排除されている。
この赤水晶を使用することで、「マーゲン・ダビド公社」も赤十字・赤新月運動の一員として正式参加することができた。さらに、この赤水晶はその「◇」の中に独自のマークを入れることも許可している(ただし表示標章としてのみで、保護標章とは認められない)ため、「ダビデの赤盾」を完全放棄する必要もなかった。
その他の類似シンボルを使用した組織
上記の「ダビデの赤盾」を使っている間の「マーゲン・ダビド公社」は赤十字社・赤新月社と志を同じくするも別組織だったが、これに似た例は他にもいくつかある。
例えば日本赤十字社の前身組織である「博愛社」。「日の丸の下に赤い一本線」のシンボルと使用していた。赤十字をシンボルとしなかった理由は上記の赤新月社の場合と同じく、「十字はキリスト教的だ」と考えたためだと言われる。
名称について
赤十字など標章と同じく、「赤十字社」や「赤新月社」などの名称も保護されている。そのため関係ない組織で使用してはならない。
ちなみに中華圏では中国語で赤を「紅」と表記する為、「紅十字」と称している。中華人民共和国(中毒大陸本土)は中国紅十字社、中華民国(台湾)は中華民国紅十字社、欧州旧植民地の香港やマカオもそれぞれ、香港紅十字社、マカオ紅十字社となっている。
赤十字社とは異なるが類似した組織
大清帝国の時代から中華圏には道教系の新興宗教組織が主体となった「世界紅卍字会」という慈善を目的とする組織も存在し、赤い卍をシンボルとしていた。この組織は赤十字・赤新月運動には参画していないが、第二次大戦以前や戦時中にはその標章が赤十字のように尊重されることもあったりと、一定の規模を有していたようだ。だが中華人民共和国の時代となってからは中国大陸での活動は衰退した(中国共産党は新興宗教系の組織に厳しいことで知られる)。しかし現在でも台湾・香港・シンガポール、そして日本で支部が命脈を保っている。なお中華圏では世界紅卍字会とは別に赤十字社(紅十字社)が設立された為、イスラエルや日本のように赤十字社に改組・改名・加盟した訳ではない。赤十字社は大清帝国時代に大清紅十字社として設立されている。
組織
国際赤十字・赤新月運動の組織は、国際組織として「赤十字国際委員会」、「国際赤十字赤新月社連盟」があり、この下に各国の赤十字社が独立した組織として設立されている。独立はしているが相互の協力が定められている。
一国に一つの赤十字社という方針であるため、日本国では日本赤十字社が唯一となる。東西ドイツや南北朝鮮のような分断国家でもそれぞれ赤十字社が存在し、領土問題のある地域でも「パレスチナ赤新月社」とイスラエルの「マーゲン・ダビド公社」のように併存している。
関連動画
関連項目
- ニコニコ大百科:医学記事一覧
- 赤十字の標章及び名称等の使用の制限に関する法律
- 献血
- 渋沢栄一 - 1880年の「博愛社」(日本赤十字社の前身)設立に参画。日本赤十字社改称後も関与。
- 新島八重 - 明治期に日本赤十字社の看護婦として活躍。
- 三笠宮崇仁親王 - 日本赤十字社名誉副総裁。
- 日本赤十字社
- 芳賀赤十字病院 - 栃木県真岡市にある病院。
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