アドマイヤラクティ(Admire Rakti)とは、2008年生まれの日本の競走馬である。鹿毛の牡馬。
ハーツクライ初年度産駒、唯一のGI馬。
主な勝ち鞍
2013年:ダイヤモンドステークス(GIII)
2014年:コーフィールドカップ(
G1)
父は前述の通りハーツクライ、母はアドマイヤテレサ、母父*エリシオという血統。半弟に函館記念を勝ったアドマイヤジャスタ、半妹にOPまで上がったサトノジュピターがおり、なかなかのバックボーンを持った馬である。彼は第二子なので年の離れた彼らの活躍が大きな+となることはなかったが。
2009年セレクトセールの1歳市場において3200万円で近藤利一・佐々木主浩両氏の代理人に落札され、彼は近藤氏が所有しアドマイヤの冠名で走ることとなった。
ちなみに馬名はアドマイヤ+世界の名馬シリーズとなっており、彼はマイルチャンピオンシップに遠征するなどワールドワイドに活躍したラクティより名をいただいている。
同期にはアドマイヤサガスなんかがいる。ウイニングポストやってるだけでも名前のネタは尽きるんだから馬主はまあ大変である。
栗東の梅田智之厩舎に入厩し、デビューしたのは2010年秋の京都開催。11月14日の新馬戦に出走し、9頭中3番人気で2着。そこそこ良い滑り出しとなった。後の阪神大笑点賞典勝ち馬ギュスターヴクライには先着している(こっちは5番人気6着)。
その後12月の未勝利戦では後に主戦騎手となった時期もある岩田康誠騎乗で勝ち上がりを決めた。3着には後にステイヤーズステークス出走機会4回中3回2着のファタモルガーナがいた。
しかしその後は福寿草特別で京都の鬼トーセンラー共々ずっこけて大敗したり、若葉ステークスでは人気こそなかったものの、後のマイルチャンピオンシップ馬ダノンシャークと並ぶ上がり最速で突っ込むがポジションが後ろ過ぎてユニバーサルバンクや前述のダノンシャーク共々皐月賞優先出走権獲得に失敗し、ダービー出走のためトライアルに悠々チャレンジする権利を得るべく出走した500万条件でも8番人気・ヴァーミリアンの弟カーマインに敗れ、秋まで自重が決定した。
梅田厩舎は同い年でこちらは2歳時に萩ステークスを勝っていた期待馬・ショウナンマイティも弥生賞と青葉賞を連敗してクラシック出走を逃しており、苦い2011年春となった。
秋初戦となった9月の条件戦は優れた末脚を見せて前を差し切り、500万条件は突破を決めたが2着3着3着2着と年をまたぎながら4連続惜敗、なんか勝ちきれない馬感が漂ってきた。
しかし2012年3月の5戦目で1000万条件を突破すると4月には後の有馬記念2着馬オーシャンブルーを4着に破って1600万条件を突破したが、現在はなくなった制度である降級制度で1600万条件に再び舞い戻った。今回は2戦で1600万条件を突破してオープン馬となったが、もうこの頃にはギュスターヴクライは阪神大賞典勝ち馬になっていたし、ショウナンマイティも梅田厩舎に初重賞となる大阪杯(当時GII)を勝ち取って名実ともに厩舎のエースになっていた。
まあとにかくオープン馬となったわけであるが、アンドロメダステークス・当時有馬記念へのステップだった金鯱賞・AJCCを3連続3着してしまう。ナイスなネイチャとは言え金鯱賞で負けたオーシャンブルーは前述の通り直後の有馬で2着してるし、2敗したダノンバラードは後に宝塚記念2着と実力はあった。
秘めたる力が開花したのは2013年2月のダイヤモンドステークス。トップハンデが9歳ジャガーメイル58.5キロ、続くのが8歳エーシンジーライン58キロとはいえ、56キロを背負ってネコパンチの大逃げが3角で壊滅するのを見届けつつ中団から4角でじわっと押し上げつつ進出し直線でメイショウカドマツを競り落とし、ジャガーメイルの猛追を振り切り快勝。
1番人気に見事応えて重賞タイトルを獲得した。ちなみにこの時騎乗していたのはAJCCから継続騎乗していた内田博幸であった。このぐらいのグレードの馬だと当時トップジョッキーだった岩田はお手馬の中からなかなか優先してくれないのだ。
この勝利の余勢をかって春の天皇賞に挑む。2013年の出走馬は前年の二冠+有馬記念を勝った不沈艦・当時はまだマックイーンの再来レベルで圧倒的にまともに強くなるのでは?と期待されていたゴールドシップ、ダービー秋天2着のフェノーメノ、京都向きだからワンチャンあるかも知れねえと距離不適を承知でやってきたトーセンラー、ジャガーメイル(9歳、2010春天勝ち)・マイネルキッツ(10歳、2009春天勝ち)・トウカイトリック(11歳、7年連続出走)の後期高齢者ステイヤー軍団が顔を揃え、更に海外から世界を駆けるステイヤー・レッドカドーが来訪。
結構な豪華メンバーで迎えたこのレース、若さ(相対的)と当時トップジョッキー岩田効果で4番人気とゴルシ・フェノーメノ・トーセンラーに続く人気を背負った彼であったが、道中かなり後ろにつけてしまう。
4角10番手から2番手の上がりで追い込むが、まくり失敗してガス欠した5着ゴルシと6着ジャガーメイルを捉えるのが精一杯の4着に敗れた。なおすぐ前の3着はレッドカドーであり、春天で初の馬券内に突っ込んだ外国馬となった。
とはいえまあそこそこ長距離戦線でやれるところは見せたのだが、続くダービーの日開催になって久しい伝統の目黒記念ではトップハンデタイだったとはいえ10着惨敗。白いアレ扱いになったゴルシが捲土重来を果たした宝塚記念は諦めて休養に入った。
秋初戦は京都大賞典。秋からは岩田が乗らなくなったので小牧太を迎えた。ゴルシが一本かぶりレベルで人気を背負ったこのレースはそのゴルシがぶっ飛んで京都が阿鼻叫喚となったのだが、彼は先行策を試すがあんまり伸びず4着。ゴルシと3番人気(といっても21.7倍)ヴィルシーナには先着したがいいスタートとはいえなかった。
その後はステイヤー系のレースであるアルゼンチン共和国杯に向かい、短期免許で来ていたイオリッツ・メンディザバルの手綱でトップハンデながら末脚を発揮し2着に入る。勝ち馬はダートのスプリンター・アフリート-スターリングローズの系譜なのになぜか芝の中長距離で活躍したアスカクリチャンであった。ちなみに母父も芝も走ったが主にダートで活躍し、2000mがぎりぎりだったノーザンテースト産駒ダイナレター。たまにわかんないことするから血統はわかんない。
閑話休題、彼はこの2着を自信にジャパンカップに駒を進め再びGIチャレンジを果たす。今回はオーストラリアの名手でこの当時短期免許の常連だったクレイグ・ウィリアムズを迎えやはり末脚勝負に出たがゴリウージェンティルドンナと思い出したように2着に突っ込んでくるガール・デニムアンドルビーの戦いに加わることは出来ず、前粘りを図った3着トーセンジョーダンも捉えきれず4着となった。世界を渡るカタールレーシング総帥の愛した馬ドゥーナデンには先着した。
続く有馬記念にウィリアムズ継続騎乗で向かったが、先行して沈んでいく一方の11着。金細工師が怪我に悩まされたかつてのライバルと紡いだ最後の芸術に加わることは出来なかった。
2014年は阪神大賞典から始動するが、このレースでは2番手からスタミナ任せに逃げ馬をすりつぶすように4角先頭を敢行、そのまま押切勝ちというマックイーンじみたつよーい勝ち方を見せたゴルシに及ばず2着。
春の天皇賞に2年連続で向かうがかなり離された10番人気と軽視されるが13着と元気がなく、フェノーメノの連覇を止めることは出来なかったし、出遅れて道中最後方のゴルシにも完敗した。
この後、陣営は秋にオーストラリアの国民的行事であるメルボルンカップを大目標とし遠征することを決定。そこに備えて日本でのレースは春天で切り上げることとなった。
そうして万全の体制で迎えた遠征初戦はコーフィールドカップ。オーストラリア馬も前回メルボルンカップ遠征したトウカイトリックも使ったステップレースとして使われやすいレースである。
このオーストラリア遠征の鞍上にオーストラリア生まれの香港トップジョッキーであるザカリ・パートンを指名し迎えたこのレース、メルボルンカップ同様にハンデ戦のGIであったため、彼は容赦なくトップハンデ58キロを背負わされたが豪脚一閃、大外を突き抜け快勝。GI馬の称号と300万豪州ドル(大体2億4000万前後、レート次第で変動)を獲得した。
ちなみにこの金額、日本で稼いできた金額(約2億8000万)の大半を占めるほどであった。
それはともかくとしてこれで向こうにも名前を売り、メルボルンカップではなんと1番人気を背負って迎えた。
陣営も自信たっぷり、好勝負出来るというコメントを出すほど調整もうまくいき、レースでも不利を避けるべく前に出し道中2番手をリズム良く走っており、またもトップハンデ58.5キロを背負ったが鞍上はこれなら十分勝ち負けになるとワクワクするような手応えを感じていたという。
しかし4コーナー付近、ラスト800mあたりで「急に手応えがなくなった」と鞍上が、「前に行くタイプじゃなかったので、抜かれて集中を切らしたかと思った」と調教師が後に語ったようにズルズル後退。なんとか完走こそ果たしたが先頭からは40~50馬身ほど離された最下位22着に敗れた。
すわ怪我かと厩務員が完走後に駆け寄ったが、外傷や骨折などの所見はなく安堵させた。しかしクールダウンを拒絶するかのように暴走したためすぐに馬房に戻すことになったのだが、戻った途端崩れ落ち、それっきり目を覚ますことはなかった。後の病理解剖では死因は心臓麻痺と診断された。レース中から心臓がおかしかったのだろうか。今となっては憶測しか出来ない。
海外遠征中の客死は1997年ドバイワールドカップで予後不良となったホクトベガ以来2頭目となってしまった。
解剖の後オーナーの意向で現地で荼毘に付され、遺灰はオーストラリアを代表する功労馬繋用施設であるリヴィングレジェンドファームの霊園、初GIを獲得した南十字星が輝き、カノープスがよく見える大地に眠っている。
| ハーツクライ 2001 鹿毛 |
*サンデーサイレンス 1986 青鹿毛 |
Halo | Hail to Reason |
| Cosmah | |||
| Wishing Well | Understanding | ||
| Mountain Flower | |||
| アイリッシュダンス 1990 鹿毛 |
*トニービン | *カンパラ | |
| Severn Bridge | |||
| *ビューパーダンス | Lyphard | ||
| My Bupers | |||
| アドマイヤテレサ 2000 鹿毛 FNo.8-f |
*エリシオ 1993 鹿毛 |
Fairy King | Northern Dancer |
| Fairy Bridge | |||
| Helice | Slewpy | ||
| Hirondelle | |||
| *ヒード 1989 鹿毛 |
Caveat | Cannonade | |
| Cold Hearted | |||
| Swan | Nijinsky II | ||
| Her Demon | |||
| 競走馬の4代血統表 | |||
クロス:Northern Dancer 5×4×5(12.50%)
掲示板
2 V8を称えよ
2022/10/03(月) 22:14:17 ID: szInqhRMEr
忘れないよ…ラクティ…
3 ななしのよっしん
2025/04/29(火) 17:25:41 ID: 6vQePXIWLj
海外で亡くなると関係者が持ち帰れるものも少ないし、ファンがお墓参りをすることも難しいです
ラクティ以降、豪州遠征の日本馬は全頭帰国できています
「豪州」と限定したくはありませんでしたが…
後継種牡馬や母父としてハーツクライを受け継いだ血脈がメルボルンカップを制する日を待っています
4 ななしのよっしん
2025/05/27(火) 06:15:26 ID: +KpGCi4v3d
ラクティのお墓なら社台SSにもあります
アドマイヤベガの隣りです
お参りもできますよ
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最終更新:2025/12/11(木) 14:00
最終更新:2025/12/11(木) 14:00
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