オートバックス M-1グランプリとは、2001年~2010年の10年間、吉本興業と朝日放送が主催、オートバックスの後援で開催された新人漫才師発掘コンテスト、またはそれを生放送するテレビ朝日系のテレビ番組。
概要
2001年にスタート。島田紳助が発起人となって始まった、若手漫才師の日本一を決めるコンテストである。
紳助は「単純におもろい奴を決めるコンテストがしたい」と発言した一方、「なかなか芽の出ない若手漫才師に、芸人の道を諦めるきっかけを作るために始めた」とも発言しており、漫才で立身出世したという紳助の恩返しの意味と、若手芸人に対する才能の見極めを測る場としてM-1を創設したようである。
後輩の松本人志(ダウンタウン)に審査員をテレビ番組内で依頼したのがきっかけでこの構想が明らかになり、後援としてカー用品小売の大手チェーン「オートバックス」が付いたことによって実現した。
出場資格はコンビ(グループ)結成10年以内であること。
たとえ別のコンビやピン芸人として長いキャリアがある芸人であっても新しいコンビを組めば出場できるため、ベテラン芸人同士が即興コンビを作って出場するなど珍しい組み合わせが見られることもある。
優勝賞金は1000万円という破格の金額。
また、M-1王者には1年間「オートバックス」のCMキャラクターとして起用されることも確約されている。
そして何より、この大会をお笑い関係者やテレビ業界人も注目しており、王者になったとたんに出演依頼の電話が鳴り響くとまで言われている。
まさに「日本最大の新人漫才師発掘コンテスト」「若手漫才師の登竜門」である。
毎年夏頃から予選が始まり、12月末に決勝進出者が生放送の大舞台でしのぎを削る。
また、準決勝敗退者にも「敗者復活枠」が用意されている。
決勝進出者と敗者復活の合計9組のうち、師匠格の審査員が持ち点(100点満点)から点数を点け、合計点数の上位3組が最終決戦に進出。
最終決戦では3組のうち一番面白いと思ったグループに投票し、最も票を集めたグループが王者となる。
近年のお笑いブームから注目が集まっており、特に第6回(2006年大会)以降は、それ以前と比べて視聴率が飛躍的に向上している。関東地区でも平均視聴率が20%前後、関西地区では脅威の30%台という「年末の風物詩」として定着した。
しかし、「漫才を全国に広め、若い才能を発掘する目標を達成できた」として2010年の第10回大会をもって終了。島田紳助は「漫才を目指す若者が増え、漫才のレベルも上がった。ほんの少し漫才に恩返しできた」と、この大会の意義を述べている。
2011年からは、漫才日本一決定戦はフジテレビ系の「THE MANZAI」が、また朝日放送制作のコンクール番組としては世界一の諸芸決定戦「神芸」が、それぞれ後継イベントとして企画・放送されている。
M-1グランプリ
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第1回M-1グランプリ 現在のM-1とは採点方式が異なり、審査員7人に100点ずつ、東京、大阪、福岡会場の客それぞれ100人に1点ずつ持ち点を与え、合計1000点を用いて審査を行った。 会場によって同じ芸人に対する審査得点が大きく異なったことから疑問の声もあがったものの、結果的には中川家が他芸人に大差をつけて勝利した。 決勝戦のテレビ中継は東京・砧にあるレモンスタジオから生放送で行われ、他に客席審査員が居る札幌・大阪・福岡の吉本直営劇場からの中継が挟まれた。 |
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第2回M-1グランプリ 放送前は前年二位のハリガネロックが優位と思われたが、トップでの登場が仇となり最終決戦進出も叶わなかった。 決勝では新進気鋭の漫才師『笑い飯』が会場を沸かすものの、最終決戦では当時芸歴10年目のますだおかだ、同じく8年目のフットボールアワーにはおよばず、二組の一騎打ちとなった。 前年の採点方式が見直され、一般客の採点方式がなくなり、審査員7人に100点ずつ計700点を用いる方式に変更された。 審査員の立川談志がテツandトモに対し「お前らはこんなところに出るべきではない」と発言し、スタジオの空気が凍った。しかしその真相は、「お前ら(の芸は立ってる=もう完成されているから)、こんな(コンクールのような)ところに出るべきではない」という裏返しの言葉であった、という後日談がある。 この回より、決勝戦の場をパナソニック有明センターに移動。東京ビッグサイトの目と鼻の先にある国際展示場駅前の広場で敗者復活戦が行われ、さらに第2回と第4回はコミックマーケットの日程と重なったこともあり、多くの見物客が足を止めて立ち見する光景が見られた。 |
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第3回M-1グランプリ 千鳥などそれまであまり知られていなかった芸人が登場したことや、敗者復活から最終決戦進出を果たしたアンタッチャブルなどにより多いに盛り上がった。 最終決戦では前年敗れた笑い飯がフットボールアワーとしのぎを削るが、わずかの差で敗れる。 アンタッチャブルについては、最終決戦では一切ポイントが入らなかったものの、島田紳助から「来年の本命」と言われたことが有名である。 |
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第4回M-1グランプリ まったく知名度のなかったダークホース南海キャンディーズの登場により波乱の展開を迎えた第4回。 連続出場の笑い飯は最終決戦にも残れず、去年と同じく敗者復活から勝ちあがってきた麒麟が最終決戦に進出した。 |
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第5回M-1グランプリ 連続出場の笑い飯、麒麟、千鳥、南海キャンディーズなど誰が優勝してもおかしくない第5回。 番狂わせは5番手ブラックマヨネーズだった。南海キャンディーズはキャリアの浅さが出たのか最下位で終わる。 第5回大会は大阪で知名度のある芸人が多く、大阪に限定して言えば目新しい芸人はいなかったとされている。 |
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第6回M-1グランプリ 本命無しの第6回。第3回優勝者のフットボールアワーがまたもや出場した。 中盤まで大きな笑いのないまま進行するが、6番手チュートリアルで爆発する。最終決戦までチュートリアルの勢いが落ちることはなく、審査員全員一致で優勝した。 |
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第7回M-1グランプリ またもや本命無しの第7回。第1回以降六年ぶりにキングコングが決勝に舞い戻ってくる。 トータルテンボスやキングコングが会場を盛り上げるもののはっきりとした決定打がないまま9組目サンドウィッチマンが登場。それが功を奏したのか、それまでのたまった笑いをすべてかっさらうように大爆笑を誘った。その勢いは決勝でも衰えることなく、敗者復活枠による初めてのM-1優勝となった。 |
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第8回M-1グランプリ ナイツやキングコングなど世間での下馬評が高かったコンビはいたもの本命がいななかった第8回。 NON STYLE優勝で決まりかと思われたが、最後に登場した敗者復活枠のオードリーが高得点を獲得し決勝一位に。前年のサンドウィッチマンの様に、この勢いのまま最終決戦でもオードリーの一人勝ちかと思われたが、ネタ選びがよくなかったためか爆笑とはならず。安定してネタを披露したNON STYLEの優勝となった。 ただ決勝での功績が認められたためか、その後仕事が爆発的に増えたのはオードリーであった。 また、一部で失笑ネタの代名詞として引用された、キングコングの「お口チャックマン」が飛び出しスタジオを凍りつかせたのもこの年。 |
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第9回M-1グランプリ またもや下馬評が高かったコンビはいたもの本命がいななかった第8回。 笑い飯が決勝で披露した「鳥人」ネタで、審査委員長の島田紳助が大会史上初の100点満点を付けるなど、審査員が軒並み高得点付けた。 |
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第10回M-1グランプリ ついに最後の開催となった第10回。第2回から連続出場を続けていた無冠の帝王・笑い飯に期待がかかっていた。 そんな中、大きな衝撃を与えたのがスリムクラブ。朴訥とした奇人のボケに冷静なツッコミで返すというスタイルに、島田紳助ですら「こいつらが本物かどうか1回目だけでは判断しかねる」と評し、3位に食い込んで最終決戦に進出した。 そして、本命視された笑い飯と前年の優勝者で敗者復活から登場したパンクブーブーが668点の同点を獲得するという珍事も発生。審査員が最高点を付けた人数の差から、パンクブーブー1位、笑い飯2位として決勝を通過した。 |
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関連項目
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初版作成日: 08/12/22 11:21 ◆ 最終更新日: 12/02/27 00:16
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