【速報】劇場版アイドルマスター【世界同時公開】
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31
ちひゃー
2010/08/08(日) 17:52:16 ID: yZOZ077QLN
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その姿を見て少年は吐き捨てるように呟く。
「応じなければ、僕らも、彼らも、
それまでだ。誰も助かりはしない。」
「ですなぁ。」
老紳士は穏やかな表情で少年の意見に同意しつつ
ゆっくりと頭を上げる。
その目には鋭い輝きがあった。
「ですが、坊ちゃん、水瀬家の男子たるもの、
いかなる窮地にも怯まぬ意思だけはお忘れなき様に。」
「そうだな。」
老紳士の意思が伝わったのか、少年の顔から不安の色が消え、
決意の色を帯びた。
再び計器に視線を戻しながら、艦長に指示を発し、
コンソールに向かう少年の背を眺めながら、
巨大地震によって崩壊していく造船所から息子を救い、
この新造潜水艦で海へと送り出す際に命を落とした、
先代である水瀬家総帥の代から
水瀬家の大家令を努めていたこの老執事は思う。
「旦那様、宗久様はご立派な跡継ぎになられますよ。」
と。 -
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32
ちひゃー
2010/08/08(日) 22:37:26 ID: yZOZ077QLN
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「畜生ぉ、今日も天気だけはいいなぁ。」
縒れた白衣を着た青年が雲ひとつない蒼空を見上げ呟いた。
しかし、そこには雲ではない何かが
人の目をしたような姿で横たわっている。
眼下には嘗て「麗しの天国」「豊富な平穏」と呼ばれた都市が、
今や瓦礫の塊と化した廃墟の姿で広がっている。
かつて「常夏の楽園」と呼ばれたその島は、
今や完全に孤立していた。
赤く砕け逝く月を見上げた「あの日」から、
大小の地震が連日続き、津波が市外を洗い流してなお、
高台に軍が保有していた研究施設は
その機能を何とか維持して緊急事態を発し続けてはいるが、
頼りとなってくれるはずの衛星網は、
「最初」の数時間、世界中の絶叫を伝えた後は
徐々に沈黙していき、
その後は情報を受ける事は出来ても
本国からの指示も他国からの要請もなく、
気象台は気圧の急激な高まりを観測し、
辛うじて島を飛び立つことができた飛行機も船も
そのほとんどが消息を絶ち、
音もなく襲い続ける自然の猛威になす術がなかった。 -
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33
ちひゃー
2010/08/08(日) 22:44:20 ID: yZOZ077QLN
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それでも彼らはデータを集め続け、一つの結論を導き出した。
「月の消失」
後に - ロストアルテミス - と呼ばれる終末の始まりである。
7360京トンにも及ぶ質量を持った月が突如崩壊し、
その質量によって保たれていた地球との重力均衡が崩れた結果、
全地球規模の超災害が今、地上にある全ての生命を
滅亡の淵へと叩き込もうとしている最中であると。
「月崩壊の原因は何か解ったかね?天海君。」
「いやぁ、さっぱりですよ教授。
外因的な要因、潮汐力やらなんやらでは
なんとも説明がつかんとですわ。」
潮に焼かれ、ボサボサになった頭を掻きながら、
「教授」と呼ばれた壮年の男に振り返った天海は、
屈託のない笑顔で
「物理の常識を超えちゃってますよ。あの一つ目野郎は。」
そう言い放つと、再び空を見上げ、自嘲気味に呟く。
「解ってるのは、僕らの先行きくらいですかネ。」 -
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34
ちひゃー
2010/08/08(日) 23:27:38 ID: yZOZ077QLN
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彼の言わんとしている事は「教授」にも理解できた。
月が持つ巨大な質量の喪失によって生じる脅威は、
その欠片が地球の引力に捕われる事によって引き起こされる
災害だけではない。
月には、その質量が生み出す重力によって
地球の自転速度に「ブレーキ」を掛ける作用がある。
それは潮を適度に攪拌し、地球の生態圏の「揺り篭」を
揺らし続ける力としても作用していた。
月の消失と、その力の分散によって、
既に地球の自転速度は少しづつ加速され始めている。
それが嵐を生み、更に破片の落下によって大気が掻き乱され、
まだ破片の落下による直接的な影響がない地域の気圧にまで
影響を与え始めている。
それも僅か数週間で。
地球の長い生命の歴史の中で、
それは一瞬と呼ぶにしてもあまりに短いものになるだろう。
しかし、その一瞬の間に、殆どの生命は滅亡する。
遠からず、この島にも大気の暴威はやってくるだろう。
そうなれば最早望みはない。
「何、それまで精々しぶとく生きてやるさ。」
空を見上げる天海の横に立ち、教授はそう嘯いた。
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35
ちひゃー
2010/08/08(日) 23:29:03 ID: yZOZ077QLN
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ちひゃー
2011/02/28(月) 14:28:14 ID: 025ydLa41N
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静寂に包まれた深い深海の底で、それは始まった。
水瀬宗久という極東の小さな島国の富豪の忘れ形見となった、
僅か12歳の少年の呼びかけに、世界が応じ始めていた。
衛星を経由したレーザー通信網の拡大によって、
21世紀半ばに忘れ去られていた
その海底ケーブル網に乗せられた情報は、
僅かに生き残った古い有線ネットワークに接続する
幸運を掴んだ人々に、まず一つの提案を持ちかけた。
海底に沈む少年の潜水艦と電脳を、
中継サーバー兼解析施設として、
島の半径1000kmを囲むように荒れ狂う
地球規模の暴風圏によって完全に孤立したハワイに
生き残っている天文台と通信施設を経由して
生き残っている衛星網をリンクさせ、
有線ネットワークが放置された頃に封印された、
旧時代の戦略級大量破壊兵器を使って、
砕け散った月の欠片の軌道計算を行いながら、
可能な限りの迎撃網を短期間で組み上げようというのだ。
「今の時点で取れる方法が他にありますか?」
宗久は静かに、
モニターの向こうにいるであろう大人たちに語りかけた。 -
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37
ちひゃー
2011/02/28(月) 14:30:23 ID: 025ydLa41N
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「だが、放棄された核兵器が安全に作動する保障も、
燃料を満載したミサイルが飛ぶ保証もない!」
「我々がいるこのサイロすら、
稼動するかどうかわかったものではないのだぞ!!」
「それより近くに艦はいないのか!?
通信を行える深度まで浮上してみたらどうだ!?」
大人達は矢継ぎ早に反論を繰り返す。
「途中で合流した艦が、それを試そうとして沈みました。
変温層の周辺はもちろん、上は既に地獄ですよ。
僕達もいつまでここで踏ん張れるかはわかりません。」
半分は真実であるが、半分はでまかせである。
宗久がいる深度5000mを超える深海には、
今のところそこまでの危機はない。
ワルター機関と小型のレクテナを複合した集電、
発電装置は艦内に酸素を十分に供給し、
食料さえ補給できれば
少なくとも数年間この深海にとどまり続ける事が出来る能力を、
少年の潜水艦は有していた。
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38
ちひゃー
2011/02/28(月) 14:36:22 ID: 025ydLa41N
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しかし、途中で合流し随伴した他国の艦が、
本国の状況を探る為に浮上を試みて、
見えない濁流と化した上層の海流に挽き潰されたのは事実だった。
12歳とは思えないあまりにも冷厳な少年の言葉に、
大人達は沈黙する。
「電磁投射砲も、レーザーも、
巨大な電力がなければただのガラクタでしかないでしょう?」
「そんな事はやってみないとわからない!!」
「・・・やってみたのでしょう?
でなければ、そもそも僕の言葉に耳を傾けている理由がない。」
その通りだった。
前時代に核を放棄した人類は、
それでも兵器を手放すことはできなかった。
理由はいくらでもあった。
思想のため、社会のため、国の為、人のため。
そうして核の代わりに用いられたのが大質量兵器や、
衛星粒子ビームといった現代科学の生み出した怪物だった。 -
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ちひゃー
2011/02/28(月) 14:39:57 ID: 025ydLa41N
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それを可能ならしめたのは
衛星軌道上に浮かぶ太陽光発電所と送電を受ける、
超広域電磁受電システム都市「レクテナ」群だったが、
月崩壊による地球の自転の急激な変化は、
その生命線とも言えるレクテナの受電層を
地球規模の地震による地殻変動で歪ませ、嵐によって破壊し、
太陽光発電所の姿勢制御や、送電停止命令よりも早く、
彼らの国を受電都市ごと真っ先に機能不全に陥れていったのだ。
そして今や、その発電所すら、失われた月との重力均衡と、
飛来した無数の月の破片によってその機能を完全に喪失していた。
逆に都市機能を維持できたのは、
時代に取り残された前時代の都市群だった。
炭化水素燃料で火をおこし、発電まで行える施設は少なかったが、
そうした設備を保存していた場所に
生き延びた人々は集まり始めていたのである。
そうした都市群の中には、限りある電力で
「マス・ドライバー」と呼ばれる、
電磁力を用いた質量兵器を稼動させ、
落下してくる巨大な月の欠片の迎撃を試み、
成功した地域も確かにあった。
しかし、そうして砕かれてなお、
その破壊力は想像を絶するレベルだった。 -
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40
ちひゃー
2011/02/28(月) 14:40:59 ID: 025ydLa41N
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限られた範囲と限られた能力で出来ることは、
また、限られてしまう。
その上、分厚い雲に阻まれ、衛星の位置どころか、
自分達が本当は今「どちらの方向に向いているか」すら、
完全には把握できない状態なのだ。
「・・・それで、君達の条件はなんだ?」
回線の向こうから重い声が届く。
宗久は答えた。
「僕らが望む条件は、あなた方が出来ることを、
今まで通りやっていただく事です。この先もずっと。
そのために必要な情報を
この回線につないでいる全ての人へ送ります。
可能であれば、それに協力していただきたい。」
「つまり今我々が持つ全力を、隕石対処に振り向けろと。」
「そうです。レクテナからの電力供給がなくなった今、
僕らは今残された全てを賭けるしかない。
大型の衛星や軌道基地はもう使えないでしょう。
しかし、あなた方は互いの軌道施設を監視している
マイクロ衛星を保有している。
その全ての管制コードと軌道データを
こちらに送信していただきたい。」 -
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ちひゃー
2011/02/28(月) 14:42:04 ID: 025ydLa41N
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ちひゃー
2011/02/28(月) 14:44:32 ID: 025ydLa41N
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「僕らがここで回線につないでいる以上、
あなた方が僕らの先にある施設へ
データを送信してもどの道同じですよ。
既にロストした軌道データも、
変化していく地球の自転情報が無ければ
宝の持ち腐れでしょう。
それに莫大なデータをリアルタイムに照合し、
迎撃ポイントを割り出す為の電脳は不可欠です。
少なくとも初動に関して
それは可能な限り安全が維持できる場所で
行う必要がある。
あなた方のデータがなければ
あなた方に送る情報も限られる。
僕の掌握している施設と衛星だけでは
あなた方のほとんどを救うことはできない。
そして、あなた方の中で対立が起きた時、
その情報に不信が起きれば、
どうなるかはお分かりのはず。」
その全てが正しく思われた。
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ちひゃー
2011/02/28(月) 14:46:57 ID: 025ydLa41N
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ちひゃー
2011/02/28(月) 14:48:07 ID: 025ydLa41N
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それは、この期に乗じて
世界の主導権を取りたい者がいたということ意味する。
世界が滅んでしまえばどの道主導権など意味を成さない。
今は可能な限り正確な情報を掴み、
少なくとも自分達の命を守る事を優先したほうが良い。
送信情報を手がかりに、
自分達の生存に問題のない施設を破壊したり、
奪取して譲歩を迫る手もある。
その上で、
後々都合が悪い者を処分する方が合理的だと思われた。
その為には必要最低限の情報を与え、
最大限の譲歩を引き出す。大人達はそう考えた。
「・・・では、我々が君達に対して持つ不信はどう処理する?」
「あなた方の情報と引き換えに、
それを要求される方へはこの艦の自爆コードを送信します。
定期的に更新させてはいただきますが、
その都度連絡させていただきます。」
ひどく単純なブラフである。
そのコードが本当に機能するかどうか証明する手段は無く、
それが本当であろうと無かろうと、
生死を分ける情報の糸は切れるのだ。 -
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45
ちひゃー
2011/02/28(月) 14:55:21 ID: 025ydLa41N
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相手が大人であればブラフとして処理したかもしれない、
だが、相手は子供である。
回りに狡猾な大人たちがいて、
彼らに操られているだけかもしれない。
しかし、今のところ、
金や分を弁えぬ権力を要求している訳ではない。
互いに不信を抱えながら、
それを許容し、信頼できる部分で共闘する。
その中で落伍する者は容赦なく切り捨てる。
政治的な駆け引きは常にそうした側面を持っていた。
全てのカードを切る必要は無いのだ。
「わかった。手を組もう。」
「感謝します。」
しかし、宗久もまた、
全てのカードを切って見せた訳ではない。
スパイ衛星には
おそらく軌道上で相互に連携を保つ為の
ネットワークがあるはずだった。
一つのスパイ衛星を特定できれば
周辺の衛星情報を走査する事も出来る。 -
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46
ちひゃー
2011/02/28(月) 15:00:14 ID: 025ydLa41N
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そこから明らかに誤った情報だとわかれば、
そうした相手への情報提供は「加工」する事になるだろう。
仮に自爆コードを送りつけてきた場合は、
その回線を切るだけの話だった。
逆に初めから正確な情報を開示する人間は、
自爆コードを送りつけてこない限り、
この危機の中で最も警戒しながらも
「守るべき友人」としていくべきだ。
互いが生き残る為に、全力で守り抜かなければならない。
そんな政治的な駆け引きが
12歳の子供に行えるはずがないと高を括った者は、
後日自身の観察眼の無さを、
自身の血と骨と肉の痛みを味わう中で呪う事になる。
しかし、そうした「淀み」の中に、
回線で繋がった人々全ての中で、
かすかな希望を感じはじめたのも事実だった。 -
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47
ちひゃー
2011/02/28(月) 15:43:39 ID: 025ydLa41N
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ロ・ウ教授は静かに眼を閉じ、こう言った。
「なるほど。わかったよ。少年。」
そこはマウナケア中腹にある
国際共有研究施設の地下だった。
ハワイ島の火山脈は
前世紀の後期にバイパス工事が成功し、
海底に侵食防護アンカーが設置され、
最新科学の研究拠点となっていたが、
それでもなお高地は地震によって、
低地は津波による被災を免れなかった。
ハワイ付近のジェット気流が大きく北へと逸れ、
大気の大変動に巻き込まれていないのは
最早奇跡といってよかった。
それでもなお旧時代の地下施設は
いつ崩落してもおかしくは無い。
逃げ延びた人々や研究者によって
急ピッチで補強工事が行われており、
屋外の静寂と打って変わって
あわただしい事この上ない。
日本を含めた環太平洋共同体の人間も多く、
水瀬財閥の人間も参加していた。
少年は、その水瀬の後継者を名乗った。 -
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48
ちひゃー
2011/02/28(月) 15:45:01 ID: 025ydLa41N
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「申し訳ありません。
先生方の安全を最大限保障する為の措置として
仕方なかったのです。」
宗久は謝罪した。
彼は先だって教授に説明した提案を、数時間掛けて忍耐強く、
他所の場所にいる多様な大人達に説いて聞かせたところだった。
教授との対談は数分で終わったが。
「ああ、いいさ」
教授は笑い飛ばした。
「それで我々は具体的に何をすればよいのかな?水瀬君。」
「各国から寄せられる衛星データと
制御コードを全てそちらにお預けします。
現在の自転のズレを星座と太陽の位置から補正して、
衛星データと照合し、
可能な限り衛星を掌握してください。その上で・・・」
「うーむ、人間が生み出した馬鹿げた花火を大盤振る舞いして、
落っこちてくる隕石をはじき返すってのは判った。
しかしだ、」
眉間によった縦皺を指で揉みながら
教授は言葉尻を折る。
「スマンが私の専門はもっぱら生物学でな。
そっち方面に強いのを出すから、しばらく待ってくれ。」 -
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ちひゃー
2011/02/28(月) 15:46:07 ID: 025ydLa41N
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ちひゃー
2011/03/09(水) 03:50:37 ID: 025ydLa41N
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しばらくして声の主が入れ替わった。
何かを頬張るようなくぐもった声が響く。
「もごもど・・・どーも」
何かを飲み込んだような音の後、
東洋系だが陽気な声が宗久の耳に届く。
「はじめまして、環太平洋天文台、ハワイ研究所の天海です。」
「水瀬財閥当主、水瀬宗久といいます。」
宗久が応じる。
「ほぉ~『むねひさ』たぁ、また、古風な名前ですねっ。」
教授といいこの男といい、
ハワイの人材に危機意識があるのかどうか、
宗久は若干不安になった。
「亡き父と母がつけてくれた名前です。僕は気に入ってます。」
「いぃ名前だと思いますよ。とっても。」
軽快な調子で天海が返す。
名前の事をからかわれた様で、
宗久は天海に苛立ちを感じそうだったが、
それが子供じみた感情の様な気になって少し照れくさくなった。
歳相応の子供らしい感情ではあるのだが、
それを今は忘れたい気持ちだった。 -
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ちひゃー
2011/03/09(水) 03:52:13 ID: 025ydLa41N
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「早速ですが、話を始めさせていただいていいでしょうか?」
そう話を切り出す。冷静さを意識しながら。
しかし、次の言葉を発する前に天海はこう切り替えした。
「いやぁ、あらかたの話はスピーカーで聞かせてもらいました。
ウチの研究所は政治だとかナイショ話が嫌いでしてね。」
陽気さは変らないが意志の強さを感じさせる
しっかりした声音だった。天海は続ける。
「教授も言ってた通り、結論から言えば協力しますよ。
ここが持つ限りね。」
天海がそう言い終えるより早く艦内電脳にアクセスアラートが点り、
宗久がいるコントロールルームの艦内モニター上におびただしいデータコードが流れ始め、
凄まじい勢いでデータがやり取りされ始めていく。
「なっ!?」
「軌道計算ログの書き換えとアップと・・・
自転速度のピコ秒単位以下のスクリーニング過程は省略して・・・
お、あったあった。これとこれとこれと、
レーザー通信コードはこれかな?
お、成功~、マイクロ衛星の掌握完了。っと。」
あっけに取られる宗久の向こうで、
天海は見る見るうちに衛星を支配下に治め、
宗久の艦のモニターにその位置データを表示させていく。 -
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52
ちひゃー
2011/03/09(水) 03:53:15 ID: 025ydLa41N
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やがて地球とその周辺の衛星情報が
ネットワーク情報つきで全て映し出された。
続いて月の破片の軌道情報が次々と書き込まれていく。
「さすが軍用電脳、ボクの処理速度にバッチリついてきますね。」
と言う声と同時に宗久の目の前のモニターに
日焼けした活発そうな青年の顔が映し出される。
「ブレインシンクロニティ・・・ですか。」
驚きからつぶやくように宗久が話しかける。
それはこの時代のサイバネクスが生んだ
生物の脳そのものを情報処理装置とする技術だった。
ただ、倫理上の建前と、
政治的な問題から生身の人間に
これを施す事は国際的に禁止されている。
「世の中こうなっちまった以上、
カタいことはいいっこナシですよっ、御曹司。
うちのロ・ウ教授は『そっち』の方に強い方でね。
脳幹神経端末は外頸静脈からの術式だったんで
肩につけてもらってますが、
っと、ややこしい話はともかくも、
この通り、元気なものです。」 -
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ちひゃー
2011/03/09(水) 03:54:28 ID: 025ydLa41N
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モニターに写る天海の言葉も表情も溌剌としているが、
切開をせず血管からナノカテーテルを挿入し、
脳幹にチップを取り付けると言うのは、
返って危険な手術と言えた。
しかし、成功すれば比較的短時間で意識を取り戻し、
-コツ-さえ掴めば
すぐにでも端末を行使する事が出来るメリットもあった。
それでも、本来ないはずの
脳領域への情報伝送や伝達の負荷の為、
精神崩壊を誘発したり、生命維持機能に不調をきたしたりと、
脳の方が過剰な処理に耐え切れなくなることも多いと言われる。
だが、この一連の危機において、
強力な処理能力者の存在には大きな意味があった。
宗久の艦の電脳を補助的に使っているとは言え、
会話しながら莫大なデータ処理と演算を、
強力なアンチハックを施された
軍用電脳を支配し指示している時点で、
既に天海は常人とはいえなかった。
「・・・端的に、
これでこの艦はあなたの支配下に置かれた。
と言うことですね。」
宗久は静かにそう言った。
「そうとも言えます。」 -
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54
ちひゃー
2011/03/09(水) 03:56:05 ID: 025ydLa41N
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天海が答える。
宗久は肘掛においた握り締めた手が、
汗ばんでくるのを感じた。
「ただネ、僕たちとしてもあなた方とはうまくやりたい。
なにせ月からの粒子が思った以上に曲者でね。」
「というと?」
「どうやら月の内郭外縁に妙な磁性粒子を含む層がっあったようで、
そいつが破片と一緒に地球軌道に溜まってきてる上に、
多様なイオン粒子で上層のリングカレントが
飽和して電波がうまく通じなくなってるんですよ。
おかげで地磁気や電離層の減衰で強い太陽放射が
地球に降り注ぐって事も今のところ心配ないんですが、
って解りませんよね・・・
要するに、
宇宙空間にばら撒かれた電気や磁力を帯びた月の砂が、
放射線から地球を守ってくれてる反面、
何十年かは電波が使えなくなってきてる。って事です。
いや、どっちみちわからないかぁ。
ただネ、あなた方が中継してくれなければ、
ボクの脳は、ここに繋がる世界中のネットに
直結されちゃうんです。
今ならボクの干渉から逃げるのは簡単ですよ。
回線から物理的に離れればいいんだから。 -
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ちひゃー
2011/03/09(水) 03:57:33 ID: 025ydLa41N
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ちひゃー
2011/03/09(水) 03:59:37 ID: 025ydLa41N
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「同志司令官殿、来ました!!」
中国、インド国境にある秦嶺山脈。
太白山系の地下に広がる
人民軍臨時司令部の核戦略指揮所のスクリーンパネルに、
月破片の詳細な軌道データが送信されてきた。
落下予測日時と予測される被害の規模、
迎撃の為のタイムシフト、
攻撃に使用すべき弾頭とミサイルの管理番号付きで。
「我が解放軍の情報も筒抜けですな。」
指揮席に座る壮年の人民軍将官の目が細く歪む。
「その上で、他国への落下予測まで
合わせて送ってくるというのは、
我が共和国への恭順の現れと見るべきでしょうか」
傍らに立つ政治局員がそうつぶやく。
「あからさまな脅しでしょう。
他国にも当然、これと同じ情報が送られているはず。
自国の利益のみを優先するのであれば、お好きにどうぞ。
ただし、その先に未来などありませんよ。
といったところでしょうか。」
そういいながら指揮卓の端をトン・トンと指で叩く。 -
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57
ちひゃー
2011/03/09(水) 04:01:12 ID: 025ydLa41N
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「いいでしょう。ひとまず共闘と言う事で。
239戦術室、834指揮室へ22基地より達する。
67番、77番、87番を
これより指導する座標にて0603時に射撃。
その後の指導も順次行うので、そのように行動せよ。」
独り言の様なその言葉が次々と復唱され、
各指揮所に伝達されていく。
「あと・・・」
「はっ。」
「登瀛に伝令を出して、残っている元級4隻に進出命令を。
目標は第3太平洋横断ケーブルの側線上。
おそらく大型潜水艦。
発見し、2週間の期間監視の上でこれを殲滅せよ。
この指導に関し、通信機器の使用は一切禁じます。
遂行能力ありと認める士官を10名選出の上、
それぞれに部隊を召集させ、作戦文書を人数分起草し、
早急に提出させなさい。署名しますから。」
復唱を続けてきた士官がやにわに問いかける。
「つまり、自力でチンタオまで行き、指導を実行せよと、
この異常気象の中をですか!?」 -
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ちひゃー
2011/03/09(水) 04:03:54 ID: 025ydLa41N
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平時ならその場で警備に拘束される所だが、
司令官はこう返答した。
「なに、上手くいけば共和国の理念は新世界の中で達成され、
悪くしても我々の犠牲をもって、人類共存の道は開かれる。
国家人民として最後の勤めを果たせるなら、
本望ではありませんか?」
そう言いながら、
士官を詰問しようと口を開きかけた政治局員を振り返る。
その目の眼光の鋭さに、局員は口を閉じざるを得なかった。
その様子に満足げな微笑みを湛え、
指揮官は士官に再度、下知を下す。
「では、そのように。」
こうして、月の崩壊から26日後、
奇跡と幸運の中で生き延び、
この終末に抗う力を得た人々の「反撃」は開始された。
「ドロップ」と名付けられた月の破片は、
その危険度に応じて等級付けされ、それを打ち砕くべく、
人類に残されたあらゆる兵器が行使された。
それは約1世紀に及ぶ、地球の命運をかけた、
長い闘いの狼煙となる。 -
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