Helloweenとは、ドイツで結成されたヘヴィメタルバンドである。Halloweenとは綴りが違うので注意。
バンド名の由来は、当時メンバーだったインゴ・シュヴィヒテンバーグが映画「ハロウィン」からとって、
「メタルっぽくするためにHell(地獄)を入れてみないか」というマーカスのアイデアを採用したことからである。
1984年に旧西ドイツのハンブルクにてカイ・ハンセン(Gt,Vo)を中心として結成された。
まだHelloweenが誕生する前、カイは1978年にピート・シルク(Gt)と結成したGentryというバンドで活動していた。
1981年にSecond Hellに改名し、インゴ・シュヴィヒテンバーグ(Dr)とマーカス・グロスコフ(Ba)が加入したが、
エンジニアになるためにピートが脱退したため、Iron Fistに改名した。
翌年、当時Power Foolにて活動していたマイケル・ヴァイカート(Gt、以下ヴァイキー)はカイを自分のバンドに誘うが、
最終的にヴァイキーがIron Fistに加入することになり、その後Helloweenに改名し、初期Helloweenが誕生した。
1985年2月にミニアルバム「Helloween」でデビュー。
当時はRunning Wildら地元バンドとの競争が激しかったが、このアルバムでバンドの存在を知らしめることとなった。
同年12月には1stアルバム「Walls Of Jericho」をリリースし、ドイツ国内で約11万枚を超える総売上となり、
同じドイツのHR/HMバンドのScorpionsに並ぶヒットを叩き出した。
また、「Helloween」の頃はカイが好んでいるスラッシュメタルのサウンドが強めだったが、
「Walls Of Jericho」の頃からスラッシュメタルからメロディアスなパワーメタルへ変化した。
その後、ギターとの兼任ボーカルに限界を感じたカイの要望で専任ボーカルを探し、
結果、当時18歳のマイケル・キスク(以下キスク)が加入した。
キスクのポップよりなエッセンスがメロディアスなパワーメタルサウンドに注入され、
ヴァイキーによる美しいメロディの上にキスクの声量豊かなハイトーンボーカルが乗るという、
今でいうメロディック・スピード・メタル(メロスピ)やメロディック・パワー・メタル(メロパワ)の
基本とも言うべきサウンドがここに確立された。
そして1987年の「Keeper Of The Seven Keys Part1(邦題:守護神伝-第一章-)」、
翌年の「Keeper Of The Seven Keys Part2(邦題:守護神伝-第二章-)」で
世界中で大ヒットを収め、ジャーマンメタルバンドとしてのHelloweenの名を知らしめた。
この頃から人気に呼応して海外ツアーも積極的に行い、来日公演も果たしている。
ちなみに、本来はこの2枚のアルバムは1枚のアルバムに収録されるはずだったが、
予算などの関係で2枚に分割発売された。
完全版として2枚組CDのアルバムで発表されるのは、1994年まで待つこととなった。
しかし、活動していく中でメンバーの間に対立が生じ、特にカイとヴァイキーの間で激化した。
これとカイの肝臓疾患が原因で1989年1月1日にカイはHelloweenを脱退した。
その後すぐに後任としてローランド・グラポウを迎え、レコード会社をノイズ・レコードからEMIに移籍した。
その後4thアルバムとして「Pink Bubbles Go Ape」を制作するも、
91年3月のリリース直前に前所属レコード会社のノイズ・レコードから裁判を起こされたため、
イギリス以外で発売中止、バンド活動も禁止されてしまった。
1年後にはなんとか無事裁判の決着が付き、発売中止となった国々でもアルバムがリリースされ、バンド活動もできるようになった。
カイが脱退してからキスクの発言力が大きくなり、楽曲のポップ化が進み始めた。
「Pink Bubbles Go Ape」もその中で生まれた作品で、
当時「Keeper~」のようなサウンドを期待したファンからは戸惑われた。
そして1993年に当初のパワーメタル路線から大きくかけ離れたアルバム「Chameleon」を発表し、不評を買うこととなった。
現在、このアルバムは「Helloweenというイメージを取っ払って聴けばそこまで悪くない」という
評価も多く、昔ほど貶されてはいないと思われる。
その後、インゴの負傷(及びアルコールとドラッグの依存)もあって、キスクとヴァイキーの仲もだんだんと悪くなり、
1993年に解雇に近い形でキスクとインゴは脱退した。
フロントマンとドラマーを失い、バンド崩壊寸前になったHelloween。
しかし、1994年に元Gamma Ray(脱退したカイが率いるバンド)のウリ・カッシュがドラマーとして、
Pink Cream 69のシンガーだったアンディ・デリスがヴォーカルとして加入した。
同年に「Master Of The Rings」を発表し、低迷していた人気も取り戻し、バンドは復活を遂げた。
前作「Chameleon」で当初バンドが掲げていた音楽性から乖離しすぎていたポップ路線は、
アンディの独特な作曲センスとヴァイキーの美しいメロディセンスとの調和により、
「Keeper~」路線に回帰しながらも、ややヘヴィで哀愁あふれる音楽性へと変化を遂げた。
しかし、1995年3月に元メンバーだったインゴが列車に飛び込んで自殺してしまい、
バンドメンバーはもちろんファンは悲しみに包まれてしまった。
そんな中作られた1996年に発表された「The Time Of The Oath」はインゴに捧げられた作品となった。
音楽性は前作同様の路線を継承しており、人気を博した。
特に収録されている「Power」は現在のHelloweenでもアンセム的存在として歌われ続けている。
1998年の「Better Than Raw」では既存の路線よりよりヘヴィさ、ブルータルさを強調した。
これはこの頃から作曲に大きく関わり始めたウリの影響が強くなっており、
後々のHelloweenの音楽性のヘヴィ化へとつながっていく。
しかし、2000年に北米進出を狙って発表された「The Dark Ride」では、混乱した状況で制作された。
チャーリー・バウアファイントとロイ・Zのプロデューサーの二人起用、ヴァイキーとローランドの対立が挙げられる。
このアルバムでは弦楽器のダウンチューニングが採用され(一部の曲では7弦ギターのチューニングを更に下げている)、
楽曲も既存路線からの脱却を図った重苦しい内容が多くなった。
特にヴァイキーは作曲した5曲のうち2曲しか採用されなかったこともあってこのアルバムを気に入っておらず、
ファンの間では「Chameleon」同様賛否両論が巻き起こるアルバムとされている。
また、この頃からローランドとウリはサイドプロジェクトを進めており、
それに対して本業を疎かにしていると感じたヴァイキーら他のメンバーは不満に思ったため、
ヴァイキー側とローランド側で対立が激化し、2001年にローランドとウリが脱退することにより決着が着いた。
その後脱退したローランド達はMASTERPLANを結成し、よりヘヴィな路線を追求して人気を集めることとなった。
ローランド達が脱退して、再び活動が停滞してしまったが、
2002年にこれまでのキャリアの総括として2枚組(限定版は3枚組)ベストアルバム「Treasure Chest」を発表した。
その後、誰がローランドの後任ギタリストとなるかが考えられた。
まずはGamma Rayのヘニュ・リヒターに声をかけるも返答はなかった。
そこでプロデューサーであるチャーリー・バウアファイントが、
かつてプロデュースを手がけたバンドであるFREEDOM CALLのサシャ・ゲルストナーを推薦した。
ヴァイキーはローランドの二の舞を踏まないように人柄を知るため、
アンディが所有するスタジオ「Mi Sueno」があるテネリフェ島へとサシャを呼んで話し合った。
そしてヴァイキーの目に適い、他のメンバーとも上手く意気投合し、晴れてHelloweenのメンバーとなった。
後任ギタリストにサシャが決まり、空席となっていたドラムにはマーク・クロスが加入したが、
レコーディング途中でマークが全身が麻痺するという大病を患い、治療に専念するために脱退してしまった。
困り果てたメンバーは偶然休暇で訪れていたミッキー・ディーに頼んで助っ人としてレコーディングに参加してもらい、
2003年に「Rabbit Don't Come Easy」を発表するに至った。
前作までのヘヴィ路線とは打って変わって、
今作はHelloweenとしての本来のアイデンティティを取り戻したサウンドとなり、
再び人気を取り戻し、再復活を遂げることとなった。
アルバム発表に伴うツアーではステファン・シュヴァルツマンをドラマーに起用した。
2005年にはツアー終了に伴いステファンも脱退し、その後任としてダニ・ルブレを加入させた。
ようやく安定したメンバーが揃ったバンドは、そのまま新しいアルバムの制作に移り、
同年に「Keeper~」の続編を宣言した「Keeper Of The Seven Keys - The Legacy(邦題:守護神伝 -新章-)」を発表した。
「Keeper~」アルバム同様キャッチーでメロディアスな疾走曲や大作、バラードなど彩り豊かなものとなっており、
これに伴う世界ツアーで新生Helloweenを世界中に披露し、各国で拍手喝采のパフォーマンスを見せた。
その後も2007年に同様の路線で「Gambling With The Devil」を発表して人気を維持した。
同年には元メンバーであるカイが率いるGamma Rayとのカップリングツアーを行い、
昔の不仲が嘘のような仲の良さを見せ、
カイとヴァイキーの間の溝が埋まったことを両バンドのファンに示した。
2009年にはバンド結成25周年を記念して、
既存の曲のアコースティックなアレンジを収録した「Unarmed」を発表した。
2010年には13thアルバムとなる「7 Sinners」を発表した。
このアルバムはそれまでのメロディアスな路線から若干方向転換し、
インダストリアル・メタルのような非人間的な冷たさを持ったメタリックな音楽性を提示した。
シングルカットされた「Are You Metal?」のタイトルは、
「Unarmed」のアコースティックアレンジに疑問を持ったファンに言われた言葉が由来であるという。
そして2012年には日本のメタルフェスである「LOUD PARK 12」への出演を果たし、
ファンだけでなく他のジャンルのメタラーにもその大きな存在を示した。
2013年には「Straight Out Of Hell」を発表した。
前作のヘヴィ路線を踏まえつつもよりメロディアスな楽曲を提供し、
オリコン週間ランキングでは11位、ドイツの国内チャートでは「Keeper~Part 2」を抜いてバンド史上最高の4位、
アメリカのビルボードTOP100にランクインするなど、
世界的なセールスを記録する大きな作品となった。
2015年には前作の路線を継承した「My God-Give Right」を発表し、
日本のチャートにおいては9位、母国ドイツでは8位、アメリカのビルボードにおいても比較的高位にランクインするなど、
安定した活動具合を見せてくれている。
そして2017年、
前メンバーだったカイ・ハンセンとマイケル・キスクが限定復帰してワールドツアーを行う
「Pumpkins United」を開催する声明を発表、
2018年3月にはその編成で来日公演を行い、ファンも長らく待ちわびた
「マイケル・キスクとマイケル・ヴァイカートとカイ・ハンセンを交えた編成で『Eagle Fly Free』を聴ける」という思いが叶った。
今後もさらなる活躍を期待したい。
カールスルーエ出身。身長178cm。
もともとはPink Cream 69のボーカリストとして活動していた。
加入当初はとにかくイケメンで、女性人気を集める要因の一つでもあったが、
「The Dark Ride」の頃から太りはじめ、加齢による老化もあり、
現在はちょっと可愛くてひょうきんなおじさんっぽくなっている。
それでも時折見せる笑顔はものすごく魅力的である。
声質はハスキーで、曲によって金属的なシャウト、優しげな歌声、デスボイスもどきを使わけており、
ヴァイキー曰く「マイケルはひとつの歌い方しかできなかった反面、アンディは3つも4つも違った歌い方ができる」
と、その声の多彩さ、表現力の高さを大きく評価されている。
ただ、声質が違い、ライブでもややパワーダウンするためかキスクを好むファンからは評判が悪く、
アンディ自身も一時期は自身のスタイルと昔のファンの求めるスタイルの違いに悩んでいたようだ。
作曲センスも非常に個性的であり、
「Master Of The Rings」からの哀愁美のあるサウンドは彼によって持ち込まれたものである。
加入から現在に至るまでアルバムに収録されている曲の半分近くは彼による作曲であり、
バンドの音楽性の形成に多大なる貢献をしている。
また、彼はテネリフェの自宅に「Mi Sueno(スペイン語で「私の夢」)」というスタジオを所有しており、
「The Dark Ride」以降のアルバムはすべてここで制作・録音されている。
同じヨーロッパのバンドだとRageやHammerfallもこのスタジオを使用したことがある。
ちなみに昔ビール工場のビア樽に誤って落ちて溺れてビールを沢山飲んだため、
生粋のドイツ人には珍しくビールは飲めない(それどころか匂いすらアウト)らしい。
だがカプチーノはものすごく大好きで欠かせないそうだ。
ハンブルク出身。身長190cm。愛称はヴァイキー。
前述の通り、カイをバンドに誘ったら逆に誘われる形で前身のバンドに加入した。
マーカスと共にハロウィン結成当時から在籍しているオリジナルメンバーで、
カイがバンドから脱退してからはハロウィンのリーダーとしてバンドを支えている。
歯に衣着せぬ発言などからくせのある人物というイメージが持たれがちだが、
実際はユーモアのある面白い人柄で、冗談やギャグを飛ばしてファンやメンバーを笑わせたりする。
作曲面に置いてはメロディアスな曲調のものを作るのが得意で、
バンドの代表曲である「Eagle Fly Free」「Dr.Stein」「Keeper Of The Seven Keys」は彼によるものである。
また、たまにコミカルなアイデアを取り入れることもあり、
「The Game Is On」でニンテンドーテトリスのSEをリフに取り入れたり、
「Laudate Dominum」の歌詞を全編ラテン語で書いたのは彼のアイデアである。
バンド結成から現在に至るまでHelloweenの音楽性の根幹をなしており、
カイやアンディもそうだが彼なくしては今日のHelloweenの人気はなかったであろう。
ギターのプレイスタイルにおいてはリッチー・ブラックモアに大きく影響を受けている。
テクニカルなフレーズよりはキャッチーさやメロディアスさに重点をおいたプレイが多い。
速いフレーズもたまに弾くがややダーティにプレイすることが多く、
テクニカルさに重点を置いていたローランドからは「下手くそ!」とよく言われ、落ち込んでいたらしい。
使用するギターはGibsonのフライングVが多く、たまにレスポールを使ったりもする。
ハンブルク出身。身長192cm。
ヴァイキーと共に結成当初から現在まで在籍しているオリジナルメンバー。
Helloweenというバンドの名付け親の一人。
15歳の頃にパンクバンドに誘われてベースを始め、
後にカイのバンドに加入し、解散後にヴァイキーのバンドでカイと再会し、
インゴとともに加入してHelloweenと改名して現在に至る。
プレイスタイルはベースラインが特に目立つタイプで、
シンプルなベースラインを弾く時はピック弾き、
リードするタイプのベースラインを弾く時は指弾きと使い分けている。
特に「Eagle Fly Free」でのタッピングを使ったベースソロは独壇場。
使用するベースはB.C.Richのイーグル、Fenderのプレシジョンベースやジャズベースがほとんど。
そのもじゃもじゃした髪はライブでアンディがよくわしわしして遊ぶオモチャになっている。
シュトゥットガルト出身。
公称身長は197cmとしているが、
190cmの長身のヴァイキーより頭半分は大きいのでおそらく2mオーバー。
以前はFREEDOM CALLで活動していたが、
自分のスタイルに口出しをするメンバーに嫌気が差し脱退した。
その後、プロデューサーの推薦でローランドの後任ギタリストとして加入した。
ヴァイキーとウマが合うようで、歳の離れた仲の良い兄弟みたいらしい。
また、彼はもともとHelloweenのファンで、
Helloweenのファンだった彼がHelloweenの一員になるという夢の様な出来事が起きている。
プレイスタイルはテクニカルかつ正確なものが中心で、
正確な速弾き、スウィープ、タッピングなど高等テクニックも余裕でこなす。
加入当初は高身長かつイケメンだったのだが、
最近ややふくよかな体型になり、髭も生やしているので貫禄がついてきており、
アンディ同様昔の姿とのギャップがヤバくなっている。
ドイツ出身の多いメンバーの中で唯一スイスのチューリッヒ出身。
元Rawhead Rexx。
2005年にステファン・シュヴァルツマンの後任として加入した。
風貌は年の割には老け顔気味だが、やや彫りが深めで渋みのある風格を醸し出している。
最近のアルバムの格好や髪型を見る限り若作り?をしているようだ。
前任者がどちらも個性的かつ巧者揃いだったため、
加入当時は実力が心配されたが、
それは「Keeper~The Legacy」発表と同時に杞憂に終わった。
プレイスタイルは手数が多めのテクニカルプレイだが、
一音一音がとてもパワフルで、現在のヘヴィなHelloweenのサウンドを支えている。
ドラムセットもかなりの多点セットで、普通はバスドラムを2つ置くところを、
彼は4つ(!)も置いており、ステージでの存在感を示している。
ちなみに、彼は作曲にはほとんど関わっていないらしい。
ハンブルク出身。
当時のメンバーの集合写真を見るとチビに見えるが、
それは他のメンバーが揃って長身揃いだからで、彼は175cmなのでちっちゃくないよ!
Helloweenのオリジナルメンバーの一人で、
ヴァイキーと並んで初期Helloweenの作曲面に置いての貢献度は非常に高い。
スラッシュメタル、スピードメタル色の強い楽曲を制作しており、
初期Helloweenの「Metal Invaders」「Murderer」などは彼のペンによるもの。
ギタープレイは攻撃的なリフや、テクニカルなフレーズが多いが、
聴く人の印象に残るメロディアスなフレーズを弾くこともある。
また初期の頃はボーカルも兼任している。
後々に加入する専任ボーカルに比べるとあまりうまくはないが、
ややこもりがちなハイトーンボイスによる歌唱は魔女に喩えられるほど個性的で、
彼のボーカルに惹かれたファンは少なくない。
後にGamma Rayでボーカルを取るようになってからは昔よりうまくなった。
音楽的な影響はBlack SabbathやJudas Priest、M.S.G.などといった彼らの一世代前のHR/HMバンドからが大きい。
特にJudas Priestはかなり好きなようで、Gamma Rayの来日公演でTo The Metalを演奏する際、
ロブ・ハルフォードを模したグラサンと帽子を着用していたほどである。
その影響が災いしてか、影響元のアイデアをまんま使うこともあり、
「I Want Out」の楽曲のベースはゲイリー・ムーアの「Out In The Fields」、
ギターソロはM.S.G.の「Into The Arena」のフレーズを拝借している。
「Keeper~」アルバム発表後にヴァイキーとの対立などが原因で、バンドを脱退し、
音楽理論を正式に学んだ後にGamma Rayを結成し、
専任ボーカルだったラルフ・シーパースが脱退してからはボーカルも兼任している。
現在ではヴァイキーとの間の溝も埋まり、度々Helloweenとのカップリングツアーで共演している。
ちなみに、「アーライ!」というネットスラングは、
彼がHelloween時代によくやったシャウトの「All Right!!」が元ネタで、
カイ本人のことを「アーライ神」と呼ぶこともある。
2017年、「Pumpkins United」ツアーにて限定復帰した。
ハンブルク出身。身長185cm。
カイ、ヴァイキー、マーカスに同じくHelloweenのオリジナルメンバー。
また、Helloweenのバンド名の名付け親の一人。
外見はヒロミに似た感じの顔立ちで、笑顔が非常に愛くるしい。
また、メンバーの中でもかなりの人格者だったようだ。
プレイスタイルはパワフルなフィルインと高速ツーバスプレイが特徴。
特に「Eagle Fly Free」のドラムソロはマーカスのベースソロ同様独壇場。
ただ、初期の頃はスタミナ不足で曲中に少しずつテンポダウンすることもしばしばあった。
彼も後進のメタルドラマーにかなりの影響を与えている。
結成から「Chameleon」までバンドを支え続けたが、
ドラマーの職業病的な故障により腕または腰を負傷し、そのまま脱退することになってしまった。
その頃にはアルコールや薬物に溺れていたためマトモにプレイできなかったらしい。
また、晩年にはうつ病や統合失調症を患っていたそうで、それが後述の悲劇に繋がったと思われている。
1995年3月8日、ハンブルク市内の陸橋から鉄道に身を投げて自殺した。
まだ29歳の若さだった。
ハンブルク出身。身長181cm。
日本では名前をドイツ語読みし変換して喜助と呼ばれたりする。キーくんひよこじゃないっピー
兼任ボーカルに限界を感じたカイの要望で専任ボーカルを探し、
その力量を見込まれて加入した。
ブラッド・ピット風な男臭さ漂う顔立ちとケツアゴが特徴。
Helloween在籍時は綺麗なブロンドヘアーも特徴だったが、
2014年現在はスキンヘッドで通している。
声質は非常にクリアで伸びがよくかつまろやか。
よく伸びるハイトーンボイスはHelloweenを世界的なメタルバンドに押し上げた。
声域自体も成人男性にしてはかなり広めで、
彼が参加した楽曲で確認できるだけでも3オクターブ(LowG~hiG)。
「Windmill」では豊かな低音を活かした歌唱も披露している。
若干18歳でHelloweenに加入し、世界的な名声を得たが、
もともとロックンロールのようなポップなものを好む彼の音楽性と、
メロディックなパワーメタルサウンドを追求したいヴァイキーとの対立が激化し、
最終的には「Chameleon」のツアー終了後に解雇に近い感じで脱退した。
その後はメタルシーンからの引退を宣言し、
自分のやりたいジャンルの音楽を追求し、ソロアルバムもリリースしている。
しかし、メタラーから彼のシーンへの復帰を求める声は多く、
カイ率いるGamma RayやローランドのMASTERPLANへのゲスト参加や、
Edguyのボーカルのトビアス・サメットのメタルオペラ「Avantasia」への参加するなど、
徐々にメタルシーンへの再復帰に向けて動き続け、
2011年に盟友だったカイたちとハードロックバンドのUNISONICを立ち上げ、
メタルシーンへの完全復帰を果たした。
もうすぐアラフィフになるが、その声は未だ衰えておらず、
UNISONICのライブでもHelloween時代の曲を原キーで歌い切るなど変わらぬ実力を披露している。
2017年、カイ同様「Pumpkins United」ツアーにて限定復帰、
「Eagle Fly Free」を当時とそれほど変わらぬ美声で歌い上げた。
ハンブルク出身。身長180cm。
脱退したカイの後任ギタリストとして加入した。
ちょっともじゃっとした髪型に老け顔っぽい感じの容貌。
プレイスタイルはイングヴェイ・マルムスティーンに影響を受けた速弾きが特徴で、
テクニカルなプレイを追求するローランドとしてはヴァイキーに不満を抱いていたらしい。
テクニカルさを追求しすぎて「情感のないプレイだ」と評されることもしばしば。
意外と声の伸びがいいため、ライブではカイに代わるコーラス要員としても活躍。たまに音痴気味になるのはご愛嬌。
作曲面においてはヘヴィかつミドルテンポ寄りの長尺曲志向で、
「Mr.Ego」「The Time Of The Oath」「The Dark Ride」は彼の作品。
特に「The Dark Ride」は評価が高い。
「The Dark Ride」制作時に、ダウンチューニングを積極的に取り入れようとするなど、
よりヘヴィな路線を追求しようとしたため、バンド内で衝突し、
結果ウリと一緒にHelloweenを脱退することになった。
脱退後は自分の路線を追求するためMASTERPLANをウリと立ち上げ、
ボーカルにノルウェーの実力派であるヨルン・ランデを迎えてアルバムを制作してデビューした。
1stは和解したキスクの参加もあって非常に高い評価を受けており、
その後もウリの脱退やメンバー総入れ替えなどの出来事を経験するも、
現在もMASTERPLANを継続して続けている。
彼だけしこりを残したまま脱退したためか、また職業性の難聴もあったのか、
「Pumpkins United」ツアーに際してお声はかからなかったそうだ。
アーヘン出身。身長181cm。
インゴの後任として「Master Of The Rings」から加入した。
ブロンドと茶色の混じった長髪と彫りの深い顔(眉毛がつながっているように見える)が特徴。
Helloweenに加入する前はGamma Rayのドラマーも経験しており、
Helloween関連の人脈とは縁があるようだ。
プレイスタイルはインゴほどパワータイプではないが、
手数の多さやツーバスプレイでの足数の多さが特徴的。
テクニカルなフィルインに関しては随一で、
「Eagle Fly Free」のライブでのドラムソロでは、
フロアタムとツーバスを組み合わせて6連符に聞かせるといった、
面白い発想に富んだドラマーである。
また、コンポーザーとしての才能にも優れており、
「Better Than Raw」から彼のヘヴィかつブルータルなエッセンスが取り入れられている。
特に彼の曲では「Mr.Torture」が一番人気であり、
ドラマーの作曲ということもあってかとにかくドラムが目立っている。
彼も「The Dark Ride」制作に伴うメンバーとの対立が原因で、
ローランドと共にHelloweenを脱退し、MASTERPLANを立ち上げて活動していたが、
後に脱退した。
その後、プログレメタルバンドのMEKONG DELTAに加入したりして活動を続け、
2010年にStratovariusの大ティモことティモ・トルキ率いるSymphoniaに加入し、
大きな話題を呼んだが、翌年に腕の怪我が原因で脱退してしまった。
その後目立った活動はしておらず、最近はドイツで大工になるための勉強をしているとのことである。
上記の事情もあるためか、「Pumpkins United」ツアーには不参加。
掲示板
11 ななしのよっしん
2018/03/30(金) 01:11:11 ID: bLxlknQHxc
え、今ってボーカル3人もいるの?
12 ななしのよっしん
2018/07/23(月) 15:36:45 ID: TeiI/lfoE6
自分は『Walls of Jericho』の裏ジャケのメンバーパートの
表記に衝撃を受けました(笑) Vrrr,Grrr,Brrr,Drrr って(笑)
https://
この小ネタ面白い
13 ななしのよっしん
2019/03/23(土) 00:58:09 ID: cahVhvbpK5
>>10
遅レス過ぎてもう知ってると思うけどWarriorみたいな感じの曲だとデビューミニアルバムと1stくらいしかないよ
一応初期初期のヴォーカルだったカイハンセンがやってるガンマレイってバンドがあるけど全然違う
あとその時期のハロウィンの音楽性を継承したとか言われてるバンドでブラインドガーディアンがあるけどそれも結構違う
むしろスラッシュメタルバンドの方を探したほうがいいかもしれない
急上昇ワード改
最終更新:2024/12/10(火) 15:00
最終更新:2024/12/10(火) 15:00
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