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三船殉難事件（さんせんじゅんなんじけん）とは、太平洋戦争末期、1945年（昭和20年）8月15日の昭和天皇によるポツダム宣言受諾表明後の8月22日に北海道留萌沖で樺太からの引揚船3隻が国籍不明（後述）の潜水艦によって攻撃された事件である。
この攻撃により引揚船2隻が沈没、1隻が大破し、1708名以上が死亡した。犠牲者の殆どは婦女子や老人だった。
三船遭難事件とも呼ばれる。
概要
この事件で被害を受けたのは
- 逓信省海底ケーブル敷設船：小笠原丸（午前4時20分頃、増毛・別苅沖にて潜水艦に攻撃を受け撃沈）
- 特設砲艦：第二新興丸（午前5時頃、小平・鬼鹿沖にて潜水艦に攻撃を受け大破。最寄りの留萌港に寄港）
- 貨物船：泰東丸（午前9時40分頃、小平・鬼鹿沖にて潜水艦に攻撃を受け撃沈）
の3隻である。小笠原丸は日本初の国産海底ケーブル敷設船で、1911年（明治44年）にはシャム（現在のタイ）の皇太子一行が乗船し、長崎市池島沖で座礁していたロシアの客船「リャサン号」を救助したことで知られていた。
終戦・樺太からの引き揚げ
太平洋戦争末期の1945年（昭和20年）8月9日、ソ連軍は対日参戦し、11日に南樺太の侵攻を開始。12日には既に国境より20kmあまりの敷香町古屯集落近くまで進出し、日本軍と激しい戦闘を繰り広げていた。
樺太庁はかねてより樺太侵攻があった場合の緊急疎開を計画していた。ソ連対日参戦後の10日、大津敏男樺太庁長官の命で樺太庁は緊急疎開を決定。疎開開始日を13日とし、樺太の各支庁、市町村、警察に疎開要項を通達した。南樺太中の婦女子、老人、病人など約16万人を15日間で北海道に疎開させるという計画であった。真岡、大泊、本斗の3港が出港地に当てられ、13日の夕方、緊急疎開の第1船、「宗谷丸」が大泊港を出港したのを皮切りに北海道への疎開が始まった。
15日正午、昭和天皇の玉音放送でポツダム宣言受諾が表明され、樺太内の官公署には白旗が掲げられた。しかしソ連軍の侵攻は勢いを増し、引揚者はこぞって出港地に向かった。運行された疎開列車には客車は勿論貨車にもたくさんの疎開者が乗せられた。それでも乗れなかった者は乗り合いトラックや荷馬車、徒歩で出港地に向かった。
16日に真岡港、18日には本斗港からも引揚船が出始めた。各港の波止場は引揚者でごった返し、身動きも満足に取れないほどになっていた。20日にはソ連軍が真岡に上陸。21日には上敷香が占領された。こうした混乱の中、引揚者は北海道への引揚船を今か今かと待っていた。
小笠原丸
小笠原丸は15日の終戦時、北海道～樺太間の海底ケーブルの修理を終え、稚内港に停泊していた。16日、豊原逓信局長から逓信関係者引揚の協力を要請され、大泊に向かう。当初は逓信関係者のみ輸送する予定であったが、大泊港の群集を見た翠川信遠船長は一般の引揚者も輸送することを決断。引揚者輸送の任についた。
引揚者を稚内港で降ろし、20日午後5時に大泊港へ戻った。既に真岡にはソ連軍が上陸しており、小笠原丸は直ぐさま稚内へ戻ることになった。午後11時45分、小笠原丸は引揚者1500名ほどを乗せて大泊港を出港した。
21日午前11時頃。小笠原丸は稚内港に到着した。稚内港も引揚者で芋を洗うような混雑であった。小笠原丸から引揚者がぞろぞろと下船して行った。なお、このとき下船した中には後に大相撲の横綱大鵬となる、納谷幸喜の姿もあった。
ところが、引揚者のうち稚内で下船したのは887名だけだった。乗員がマイクで呼びかけても残った引揚者は降りようとしなかった。小笠原丸はこの後小樽に向かう予定であった。引揚者達はそれを知っていたのである。稚内港及び稚内駅は大変混雑していたので、汽車にいつ乗れるかわからなかった。このまま小笠原丸に乗っていればそのまま小樽に到着するのだ。翠川船長はそのまま小樽港へと出発することに決定した。そうして午後4時。小笠原丸は残りの700名あまりを乗せて稚内港を後にした。
日が落ち、マストに航海灯を灯し、無線信号を発した。戦争中では考えられないことだった。ようやく戦争が終わり、敵の船に狙われることがなくなったのである。船員はほっとしながら勤務していた。もっとも、乗り込んでいた海軍警備隊の兵士は夜通し緊張しながら対潜警戒の任務を続けていた。
日付が変わり、午前4時15分ころの事だった。海軍警備隊の兵士が近づいてくる魚雷音をキャッチした。警備兵が「魚雷音！！」とけたたましく叫んだ。船橋は一瞬にして緊張に包まれ、小笠原丸は面舵をとった。なんとか1発目魚雷をかわしたものの、2発目の魚雷を受け、小笠原丸は沈んだ。午前4時22分であった。
引揚者、船員は海に投げ込まれ、木片、小笠原丸の破片、行李、籠、機銃台など様々なものにしがみついた。また、ボートデッキに置いてあったボートに乗り込んだものもあった。ボートに乗り込んだ船員や引揚者達は海に投げ出されたものを救助し始めた。しかし漂流しているうちに力尽き、漂流者の多くは海で命を落としてしまった。
漂流者たちの乗ったボートは午前8時から9時頃、増毛町別苅の浜に流れ着いた。別苅の住民は当初「小笠原丸の避難民」を「小笠原からの支那人」と聞き間違え、漂流者たちに近づかなかった。しかし事情が明らかになるとおっかなびっくりながら漂流者の救助に向かった。しかし、海には幾つもの無残な姿となった遺体が浮かんでいるのみだった。
最終的に小笠原丸の生存者は乗員約700名のうち62名のみであった。
第二新興丸
第二新興丸は稚内から千島・得撫島への食糧補給の途上だったが、15日に終戦。16日に稚内港に戻り、引揚者輸送の任務についていた。
19日の夜。第二新興丸は4回目の引揚者を迎えに大泊港に着岸した。翌20日、引揚者は第二新興丸に乗り込んだものの、スクリューに艫綱が絡まり、そのまま船内で一夜を過ごすことになった。
21日午前9時、第二新興丸は大泊港を後にした。正午前、輸送司令部から「稚内港の受け入れ能力が限界に達したので小樽港へ向かうように」との指令が入った。
日付が変わって22日の午前5時になった。既に引揚者は狭い船内で2晩過ごしていた。それでももうすぐ小樽に到着するという事で船内には安堵感が広まっていた。
ところがまもなく電探室より「船らしきもの発見」の報告が入った。右舷の見張り員は緊張した。それでもよもや攻撃を受けようとは船員の誰も思っていなかっただろう。
しかし、右舷見張り員が「右五〇度、雷跡！」と叫んだ。魚雷が発射されたのだ。第二新興丸は面舵を一杯に切った。だが、かわしきれず二番船倉に魚雷を受けてしまった。二番船倉にいた引揚者達は殆どが死亡した。また、第二新興丸は大きく前につんのめった形になり、右傾した。これにより、甲板にいた者たちは海へと投げ出された。前甲板のデリックは雷撃により吹っ飛ばされ、デリックに串刺しになった者もあった。二番船倉の隣にあった機関室はかろうじて無事だった。
萱場松次郎艦長は応戦を命じた。第二新興丸は海軍に徴発された特設砲艦で、武装していた。第二新興丸は傾いたまま砲撃を始めた。やがて潜水艦が浮上してきた。潜水艦は機銃で第二新興丸に攻撃を開始した。第二新興丸はこれに応戦した。無事だった引揚者達は砲弾運びに駆り出された。第二新興丸が一発砲弾を放つたびに船は大きく揺れ、引揚者達は震え上がった。
やがて潜水艦は黒い水柱を上げ海中へと消えた（黒いものは重油だったとされ、このとき潜水艦は激しい損傷を受けていたとも考えられる）。引揚者や船員たちは安堵した。第二新興丸はそのままノロノロと留萌港へとやっとの思いで寄港した。留萌警察署にはすでに増毛別苅に流れ着いた小笠原丸の漂流民の連絡が届いていた。
生存者は329名だった。船内からは229体の遺体が発見された。行方不明者も合わせると400名が犠牲になったと言われる。
泰東丸
泰東丸は秋田から運んできた積荷の米を小樽で降ろし、軍命令で大泊へやってきた。17日夕刻に大泊港に到着。軍から引揚者輸送を要請される。しかし泰東丸は本来貨物船である。当初要請された任務も樺太からの食料輸送であった。貫井慶二船長は拒否するも輸送司令部の将校に押し切られる形で引揚者の輸送を承諾した。
泰東丸は21日、米などの食料と引揚者を載せて午後11時頃に大泊港の岸壁を離れた。
なお、午前5時半頃泰東丸はどこかの船舶よりSOS信号を受信していた。しかし、これが第二新興丸の発したSOSであることは泰東丸の船員の誰も知る由がなかった。
翌22日午前8時頃。泰東丸は鬼鹿村（現小平町鬼鹿）沖を航行していた。甲板はほっとした雰囲気で、引揚者達は炊き出しのおにぎりを頬張ったり、衣類を干したりと比較的まったりしたムードだったと言われている。ところが午前9時頃、船員や引揚者達は奇妙なものを見た。木片やリュックや鞄、水筒や荷造りの箱などおびただしい量の漂流物が流れていた。もしかすると他の船が浮遊機雷にやられたのかもしれない。にわかに船内はざわめき、泰東丸は注意深く航行を続けた。
やがて操舵員が「クジラみたいなものが浮いてきた」と叫んだ。その「クジラのような物」はゆっくりと浮かび上がった。それは潜水艦であった。泰東丸の船首に水柱が上がった。貫井船長、大脇鉄夫航海士はこれを威嚇射撃だと判断した。米軍潜水艦の臨検だと考えたのである。貫井船長は停船、そして白旗を掲げることを指示し、船員は食堂のテーブルクロスを潜水艦に向けて振った。
ところが潜水艦は停戦した泰東丸を狙いすますように砲撃を開始した。砲弾は船腹に命中。さらに甲板へ向けて機銃掃射を開始した。引揚者でいっぱいの甲板はたちまち血に染まった。絶叫、悲鳴が響き、甲板に引揚者の肉片が飛び散った。引揚者は急ぎ泰東丸船内へと逃げ込んだ。逃げ込めなかった者は甲板に伏せた。
やがて泰東丸は右に傾き始めた。甲板にいた者は船からこぼれ落ちはじめ、やがて泰東丸は横倒しになり、沈んだ。
漂流が始まった。引揚者は婦女子や老人ばかりである。小笠原丸の漂流者と同じように多くは途中で力尽き、海へと消えて行った。
最初に漂流者を発見したのは稚内から大湊に向かっていた敷設艦「石埼」であった。石埼はこれを発見するや内火艇やカッターボートを下ろし、救助活動を開始。漂流者を石埼の船上に運びあげた。引き揚げられてそのまま気を失う者もあった。
乗員約780名のうち、生存者は120名ほど。667名が死亡した。
事件の原因
三船殉難の報告が日本軍第5方面軍に届くと、司令部は愕然となった。司令官樋口季一郎中将はすぐさま事件の徹底調査を命じた。攻撃を行った潜水艦は状況からソ連軍のものと思われた。大本営はGHQのダグラス・マッカーサー最高司令官に抗議、また「不法攻撃の停止」を求める電報を打電したが、GHQからの返答はなかった。
三船を攻撃したのは公式には「国籍不明の潜水艦」とされているが、実際はソ連軍の潜水艦によるものとされている。
米軍、英軍の潜水艦は当該水域では活動しておらず、旧ソ連太平洋艦隊第一潜水艦艦隊所属の潜水艦、「L-19」と「L-12」の2隻が留萌沖の海上で作戦行動に就いていた事が判明している。
ソ連軍は8月24日、北海道北部を占領するため留萌上陸作戦を予定していた。8月22日正午ごろに日ソ間で停戦協定が合意され実際に作戦が実行されることはなかった。しかし、三船はその作戦水域に入ってしまい、ソ連軍潜水艦に攻撃されたとされる。
この作戦後、L-12はウラジオストク軍港に帰還した。L-19は礼文島沖での通信を最後に行方不明となった。旧ソ連軍の公式記録では「L-19は1945年8月23日、宗谷海峡にて機雷により沈没、乗員は全員戦死」とされている。この沈没は第二新興丸との交戦が原因だともされるが定かではない。
ソ連政府、及びソ連崩壊後ロシア政府はこれを公式に認めていない。
事件のその後・現在
事件後しばらくは北海道北西部沿岸に引揚者の遺体が打ち上げられた。未だ行方不明で遺体が発見されていない犠牲者も多い。この霊を鎮めるために北海道留萌郡小平町鬼鹿に「三船遭難慰霊之碑」、北海道留萌市の千望台に「樺太引揚三船殉難者慰霊碑」、北海道増毛郡増毛町の町営墓地に「小笠原丸殉難碑」が建立された。毎年8月22日には樺太引揚三船遭難遺族会主催の三船遭難慰霊祭が催されている。
また、小平町郷土資料館には泰東丸の遺品が展示されている。
小笠原丸からは地元の有志により遺骨や遺品が船内より引き揚げられた。泰東丸は遺品が引き揚げられたものの、遺骨は発見されなかった。第二新興丸は事件後、戦後の船舶不足の為に修理、改装された。その後は国内で商船として活躍し、のち国外へと売却されたという。
この事件により、被害者遺族に日本政府から見舞金、或いは補償金が支払われた事実はない。
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