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ペニシリン
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ペニシリンPenicillin)とは、フレミング博士によって発見された抗生物質である。和名は碧素

概要

有機化合物
ペニシリン
ペニシリン
基本情報
英名 Penicillin
略称 PC
化合物テンプレート
有機化合物
ペニシリンG
ペニシリンG
基本情報
英名 Penicillin G
略称 PCG
化学 C16H18N2O4S
分子量 334.39
化合物テンプレート

ペニシリンは、β-ラクタム系やペニシリン系(ペナム系)に分類される世界初の抗生物質である。一部のアオカビコウジカビが産生する。細菌研究していたアレクサンダー・フレミングによって1928年に発見され、アオカビの属名Penicilliumにちなみ、“Penicillin”(ペニシリン)と命名された。また、ハワードフローリーとエルンスト・ボリスチェーンの2人によって1940年代にペニシリンの治療効果が示され、医療用として実用化された。これらの功績により、3名は1945年ノーベル生理学・医学賞を受賞した。

ペニシリンは、細菌細胞合成に関与する酵素を選択的に阻し、細菌増殖を抑える。この酵素はヒトには存在しないため、ペニシリンは人体へのが少ない“Magic bullet”(魔法の弾丸[1])の一つだと考えられていた。しかし、アナフィラキシーショックなどのアレルギー反応を誘発しうると判明し、1950年代後半に大きな社会問題となった。そのほか、ペニシリン耐性菌の出現や、その耐性菌にも効果的な抗生物質開発により、医療現場で使われる機会は少なくなった。

ペニシリンは、その構造の違いからペニシリンG、ペニシリンN、ペニシリンOなどに分けられる。最も質の高いゴールドスタンダードなものはペニシリンG(ベンジルペニシリン)。現在、ペニシリンG製剤として、ベンジルペニシリンカリウム注射用ペニシリンGカリウム®)、ベンジルペニシリンベンチン和物(バイリンG®)が製造されており、ペニシリンGに感性の(耐性をもたない)細菌による感染症の治療に用いられている。適応症はリンパ管・リンパ節炎、咽頭・喉頭炎、炎、急性気管支炎炎、中炎、副腔炎、猩熱、梅毒など。とくに、ペニシリンG感性の炎球菌や髄膜炎菌による細菌性髄膜炎の第一選択の一つである。

歴史

発見と再発見

ペニシリンは、1928年イギリス細菌学者アレクサンダー・フレミングによって、アオカビの一種Penicillium notatumP. chrysogenum)から発見された、世界初の抗生物質である。抗生物質とは、微生物が産生し、ほかの微生物の発育などを阻する物質のことで、一般には抗菌薬と同義とされる。

1928年、フレミング研究に用いるブドウ球菌の培養を行っていたが、そこにアオカビが混入するというコンタミネーション(実験における汚染)を起こしてしまう。ブドウ球菌の研究に使用できなくなってしまったため本来なら棄するほかなかったのだが、そこでフレミングはあることに気付いた。アオカビの周囲に、ブドウ球菌の増殖が見られない円形の領域(阻止円)が現れていたのだ。フレミングは、阻止円の中に微生物の発育を阻する何かがあると考え、ペニシリンを発見するに至った。

1940年オーストラリア生理学者ハワードウォルターフローリーと、ドイツ出身の生化学エルンスト・ボリスチェーンが、ペニシリンの抽出・精製に成功した。このとき、アオカビの培養液中に見出されたペニシリンは、実はペニシリンGやペニシリンNなどの混合物であることが判明した。1941年に臨床試験が行われ、その治療効果が確認されると、ペニシリンは医薬品として大量に製造され感染症患者に使用された。先のフレミングの「ペニシリンの発見」と対して、このことは「ペニシリンの再発見」と呼ばれる。多くの命を救ったペニシリンの発見および再発見により、1945年、フレミングフローリー、チェーンの3名はノーベル生理学・医学賞を共同受賞した。

レミングによるペニシリン発見の逸話は、セレンディピティ(偶然に得られた発見・幸運)の好例としても語られる。偶然もあったが、失敗の中の小さな変化を見落とさない注意力や心構えを備えていたからこそ、成功に結びついたと言えるだろう。ちなみに、フレミング1922年にリゾチーム細菌細胞の構成成分を分解する酵素)を発見したが、これもまたセレンディピティの例として挙げられる。

日本でのペニシリン研究

日本にペニシリンの情報が入ってきたのは太平洋戦争中の1943年のことで、ドイツから持ち帰った医学雑誌が日本のペニシリン研究の端緒となった。

同盟ドイツ潜水艦派遣し、連合軍の監視のを潜り抜けて両国が望む物品を交換する「遣独潜水艦作戦」に従事するため、日本海軍伊8潜が軍港を出発した。厳しい網を突破し、1943年12月21日へ帰投。56品の物品を積み降ろしたが、その中に「キーゼの総説」というペニシリン情報が記載された医学雑誌『ドイツ臨床情報』があり、即日文部科学省に送られた。同時期、総力戦研究所から陸軍軍医研究所へ帰任を命じられた稲垣軍医少佐が文部省科学局に挨拶へ訪れ、長井理科学官から医学雑誌の貸与を受けた。ペニシリンの項に着した稲垣少佐は、その開発研究テーマに決定する。

1944年1月5日に雑誌の翻訳了し、1月18日陸軍省医務局長にペニシリン開発の具申を行うが許可を得られず。いきなり頓挫してしまうかに見えたが、1月27日朝日新聞が「チャーチル首相がペニシリンで一命を取り留めた」と報じた(誤報)ことで一転して認可が下り、陸軍軍医研究導でペニシリン開発スタートした。稲垣少佐委員長とし、4人の嘱託研究員でチームを構成。8月までに成果を出すことを条件に15万円(現代換算1億1355万円)の研究資金を受領した。少ない物資でやりくりしつつ、およそ1かおきに開かれる成果報告会で事細かに進捗状況を報告。駐独大使館や、当時中立だったソ連のコッホ研究所にも協力を仰ぎ、菌を入手。約9か後には碧素(ペニシリン)第一号完成させた。当時、ペニシリンの産化に成功していたのはイギリスアメリカ日本だけであり、高い技術力をわせる。稲垣少佐ミルク工場を大量生産の拠点に使えると考え、森永食糧工業に依頼。製有製に委託された。そして12月22日、精製に成功して量産化体制が整い、1か1kg(1万人分)を標に生産開始。また雑誌『科学朝日』に記事を寄稿する。

生産されたペニシリンは軍需優先だったが、東京大空襲原爆被害者の治療にも使用された。ところが1945年5月25日東京襲で有製目黒工場がほぼ全焼。翌日、政府陸軍の作業部隊を投入し、ペニシリン製造に必要な資材や機械類を回収。軍用トラック大崎駅まで運搬したのち、貨車岡崎工場に移送。以降は終戦まで岡崎工場拠点に製造された。

薬物アレルギー反応

ペニシリンは細菌に特異的に性を示す一方で人体にはがないと考えられていたことから、“Magic bullet”(魔法の弾丸)の一つと思われていた。しかし、1956年、ペニシリンを投与された患者が死亡したことをきっかけにメディアで大きく取り上げられ、社会問題となったことで一変する。このことは「ペニシリンショック」と呼ばれ、日本の最初期の事例として取り上げられることがある。患者だけでなく、ペニシリンを過信していた日本の医療関係者に大きな衝撃を与えた。

医薬品はその多くが低分子量であり、通常そのままでは抗原性をもたずアレルギーの原因とならない。しかし、生体内でアルブミンなどのタンパク質と結合すると、抗原性を獲得してアレルギー反応を引き起こすことがある。もし、ペニシリンが結合したタンパク質に対して特異的なIgE抗体が産生された場合、再度ペニシリンを投与した際に、免疫細胞が活性化してIアレルギー反応を起こす。症状は蕁麻疹や皮膚の発といった皮膚症状が最も高頻度に発現するほか、膜の腫による口内違和感、動悸、息切れなどがある。重篤な場合は血管によって血圧が低下しショック状態に陥り、不整脈や呼吸困難を起こし死亡する。ただし、これはペニシリンに限った話ではなく、ほかの多くの化学物質で起こりうることである。アレルギー反応を較的引き起こしやすい医薬品として、ペニシリン以外にセフェム系抗生物質テトラサイクリン抗生物質NSAIDs非ステロイド性抗炎症薬)が知られている。

では1949年にペニシリンが抗原性を獲得しうることについて報告されており、日本でも1951年ごろからアレルギー研究がなされ、研究者によって警告されていた。1955年には多くのペニシリンショックの症例が厚生省に報告されたが、当時は副作用表することに消極的で、医薬品添付文書への記載などの対応はなされなかった。そして1956年東京帝国大学現在東京大学法学部教授が、の治療を受けた際にペニシリンを注射されてショック状態に陥り、間もなく死亡した。法曹界の重鎮が死亡したことでメディアが大々的に報道し、その中でペニシリンショックによって死亡した患者が100名以上いることが判明したため、社会問題となった。

かつてのペニシリン製剤は、合成の過程で生じた不純物が残存しており、純度が75程度であった。この不純物がアレルギー反応を引き起こす要因となった可性もある。現在、ペニシリンG製剤は高純度(99以上)のものが製造されているためアレルギー反応を起こすことは少なくなったが、それでも1万回に数回の割合でアレルギー反応を起こしたとの報告がある。医薬品添付文書ではペニシリンG製剤によるショックの既往歴がある患者への投与は禁忌となっている。

機序

ペニシリンは、β-ラクタム環(カルボキシ基とアミノ基が脱水縮合した四員環)を有し、β-ラクタム抗生物質に分類される。β-ラクタム抗生物質はさらに、隣接した環構造からペナム系、ペネム系、カルバペネム系、セフェム系に細分化され、ペニシリンはペナム系抗生物質(ペニシリン系抗生物質)に分類される。ペニシリン系抗生物質は、ほかにメチシリン、アンピシリンアモキシシリンなどがある。

β-ラクタム ペナム ペネム カルバペネム セフェム
β-ラクタムの構造式 ペナムの構造式 ペネムの構造式 カルバペネムの構造式 セフェムの構造式

β-ラクタム抗生物質は、いずれもそのβ-ラクタム構造が作用に関係している。細菌ヒト細胞とは異なり、細胞をもっている。真正細菌細胞は、ペプチグリカンN-アセチルグルコサミンおよびN-アセチルムラミンが交互に結合したポリマーがペプチド鎖で架された網構造)によって構成されており、ペプチド鎖の架形成はPBP(ペニシリン結合タンパク質)という酵素が関与している。β-ラクタム抗生物質は、そのPBPの活性中心に作用してPBPを不活性化し、ペプチグリカンの架形成を阻して細胞合成を阻する。

耐性

β-ラクタマーゼという酵素を産生できるようになった菌(ペニシリン耐性菌)は、ペニシリンGのβ-ラクタム環を加分解することで、ペニシリンGの作用を減弱させる。

MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)は、ペニシリンGをはじめ多くの抗生物質に対する耐性を獲得している。PBPの遺伝子に変異を起こしており、β-ラクタム抗生物質が結合できないPBPを合成できるため。

抗生物質に対する耐性を獲得した耐性菌は抗生物質が効きづらくなり、感染症を治療するうえで大きな問題となる。剤耐性菌を生み出してしまう背景には、たとえば医師による抗生物質の安易な処方、薬剤師による用意義の説明の不底、患者によるノンコンプライアンス用を患者の判断で中止するなど)がある。

備考

1940年代、エジプト出身でイギリス籍の生化学ドロシー・ホジキンは、X線結晶構造解析(X線回折法)によりペニシリンの絶対構造を決定した。音波や電磁波などの波は回折という性質をもつ(波に対し障害物が存在していても波は障害物の後方に回り込んで伝達する)。電磁波の一種であるX線も、この性質をもつ。これを利用して結晶質の構造を調べる手法がX線結晶構造解析である。ホジキンは、ペニシリンやビタミンB12の構造を決定した功績により1964年ノーベル化学賞を受賞した。

ペニシリンは溶液中で加分解する。よって、ペニシリンの注射剤注射用ペニシリンGカリウム®)は結晶または結晶性の粉末として製造されており、投与時に調製する。また、ペニシリンを加分解して得られるペニシラミン(メタルカプターゼ®)は、などの重金属とキレートを形成してその溶性を高める。よって、の蓄積に起因する肝レンズ核変性症(ウィルソン病)や重金属の治療として用いられる。また、免疫合体のジスルフィド結合を解離させる作用があるため、関節リウマチの治療としても用いられる。ただし、オーラフィン(リドーラ®)、金チオリンゴ酸ナトリウム(シオゾール®)のような金製剤との併用は重い血液障害を引き起こすため禁忌

ペニシリンGの「G」が何に由来するのかについては、諸説あるようだ。“Gold standard”(ゴールドスタンダード:基準となる物質であるため)、“Gram-positive bacteria”(グラム陽性菌に有効であるため)などが考えられるだろうか。ペニシリンGカリウム - YAKU-TIK ~薬学まとめました~exitでは、“Gelacillin”や、“Streptococcus Pneumoniae, groups G”という説も挙げられている。

関連動画

PCについて詳細にまとめられた動画
26:32からPC解説がある。
剤耐性菌に関する動画
JIN-仁-』ではPCの精製が行われる。

関連項目

脚注

  1. *ドイツ細菌学者パウルエールリヒが用いた概念“Zauberkugel”のこと。魔弾、特効とも。
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4 ななしのよっしん
2018/10/05(金) 21:16:05 ID: EqfDPpiAhS
南方しぇんせえ
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5 Gってなに?
2019/07/07(日) 14:36:10 ID: YIsjRbzgh8
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6 ごっつぁんパラダイス?
2019/07/07(日) 14:40:23 ID: YIsjRbzgh8
失礼しました
ゴマすりクソバードでした

深くお詫び致します
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7 ななしのよっしん
2019/11/12(火) 18:45:53 ID: dsd0s1mNTB
なろうの定番品で、異世界転生モノでよくよく量産されるのひとつ
仁もその例に漏れない
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8 ななしのよっしん
2020/03/28(土) 03:38:53 ID: hOAp3u5Gb2
ペニシリンでございます
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9 ななしのよっしん
2020/07/26(日) 21:00:33 ID: DcLvT+Xb+S
どうしてもエロい名前だと思ってしまってすみません
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10 ななしのよっしん
2021/01/19(火) 21:57:05 ID: eYA+vTOmsb
Dr.STONEで出てくるのは
ペニシリンでなくてサルファ剤だったね
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11 ななしのよっしん
2021/01/20(水) 18:38:21 ID: xP3B5xGFdl
仁を見た後すごいマサルさん読み返したくなるのはこの物質のせい
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12 ななしのよっしん
2021/08/22(日) 10:52:47 ID: kDF5E6Zb37
邪馬台国火の鳥明編)からの伝統
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13 ななしのよっしん
2022/09/29(木) 18:18:51 ID: rqIaj6xJWA
名前はどうにかならなかったのか
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