ホクトベガ単語

ホクトベガ
3.3千文字の記事
  • 5
  • 0pt
掲示板へ

ホクトベガとは1990年まれの日本競走馬。永遠なる砂の女王である。

概要

ナグスキータケノファルコンフィリップオブスペインという血統。ナグスキーダートに強いを多く輩出している種牡馬。ホクトベガもにしては大きくて強い体、深くて「スパイクみたい」と言われた蹄など、見るからにダート向きの体ではあった。

虚弱体質で牧場ではいじめられ、入厩してからもまともに調教できない有様でデビューは遅れ、3歳になってからようやくデビュー。あまり期待されていなかった割にはここを楽勝。一躍クラシック補に踊り出る。

しかしながら彼女同期には奇しくも同じ一等の名を持つベガがいた。このストⅡボスキャラに強く、1993年桜花賞オークスを制して二冠となった。ホクトベガは5着6着。クイーンS2着から始動しローズS3着を経てエリザベス女王杯に出走した時には9番人気だった。

しかしながらホクトベガは内を走してここを勝つ。実況馬場鉄志アナウンサーが思わず、

ベガベガでもホクトベガ!」

と叫んだ事はあまりにも有名。

GIになったホクトベガであったが、この後は苦戦が続く。もっとも、札幌日経オープンレコードで勝ったり、札幌記念を下して勝っていたりするので強いの1頭であったことは疑いないのだが。

その間、G1勝ちとしては類例を聞いたこともないような障害競走への出走も検討され、実際に飛越調教までしたのだが、これで足が鍛えられたかはたまた的な刺になったのか、5歳になって斤量が軽いから出てみようかと追いきり1本だけで出走したAJCCで僅差の2着と好走し、こりゃ入障なんてもったいないと白紙撤回されてしまう。しかしその後は元通りの鳴かず飛ばずでさてどうしようかと思った矢先、この年から始まった中央と地方ダート交流競走、川崎競馬場のエンプレス杯に出走する事になった。当時、中央のGI勝ちダート競走しかない地方競馬に来るなど考えられない事であったので、川崎競馬場の関係者は驚いた(ちなみにホクトベガと同厩のヒシアマゾンも出走登録してきており、当時中央競馬最強格のの登録にはもっと驚いたことだろう。最終的にはヒシアマゾンは回避し高松宮杯へ回っている)のだが、レース結果を見て更に驚愕する事になる

一番人気に支持はしたが、どんなもんだろうと川崎おっちゃんたちが見守る中、当時のダート最強だったアクアライデン、ケーエフネプチュンをまとめてちぎり捨て、なんと18身差で圧勝。二着がゴールしたのは3.6も後だった。上の横山典弘騎手は思わず100m手前からガッツポーズをしたという。

砂の女王伝説が幕を開けた間だった。

5歳からにかけては芝路線を使うも、明け6歳からは全にダート路線へ転向し、そこからはもう、交流重賞に出れば必ず勝つ。しかも圧勝の連続で、交流重賞10連勝を達成(間に芝レースに出てはいるが勝ててない)。そのあまりの強さに実況に「女王様とお呼び!」とまで言われた程だった。なにしろ先行して抜け出してちぎってしまうという、安定感抜群と言うか、他とは次元の違うレースばかり。地方競馬関係者は、中央GIというのはこんなに強いのかと震撼したらしいが、それ以降ダートの名数多あれど、こんなにぶっちぎりの強さを年単位で持続したがいないところを見ると、やはりホクトベガが類に強かったのだ(ダートが得意だったのだ)と言うしかないだろう。

普通こんなに強ければ、周囲が呆れ引いてしまって、やっかまれたりいい加減にしろ扱いされるものだが、ホクトベガはされた。当時はバブル崩壊後の不気や都市部への人口流出が直撃して地方競馬はどこも経営難に喘いでいたが、ホクトベガがレースに出る日はどこの競馬場にもスターホースを一見ようと満員の観客が押しかけ、当然ながら馬券も飛ぶように売れて催者の懐を潤した。ホクトベガは8つもの競馬場で勝ちを挙げ、始まったばかりだった交流競争を盛り上げるのに一役も二役もかったのであった。

1997年。ホクトベガは7歳になっていた。彼女引退レースとしてまだ第二回であったドバイワールドカップを選んだ。

当時はダート開催。ダート世界一決定戦と言っても過言ではなく、砂の女王引退レースに相応しいともが思った。レース後はそのまま欧州に渡って、一流種牡馬と配合するというのある計画も立てられていた。

しかし、初の海外遠征に加え、当時はドバイへの直行便なんぞ存在しないため乗り継ぎに乗り継ぎを重ねやっとこさ灼熱のドバイ入りした彼女は、すっかりやつれ果てていた。

日本中を飛び回りながら、タフに圧勝を続けた彼女ですら海外遠征は辛かったのである。このままでは絶不調でレースを迎えてしまう。

惨敗するのはに見えた状態であり、このままではファンにも彼女にもびない。回避してそのまま繁殖入りさせようか…営はそこまで考えたという。
そして迎えたレース当日、1997年3月29日レースは…開催されなかった。

数十年に一度のスコールが降り注ぎ、その想定外量の前にナドアシバ競馬場は排がおっつかず水浸しになり、レース4月3日に延期となったのである。

この余波で、出走予定だった凱旋門賞エリシオは出走を取り消し帰するなど万全の体制で迎えた他には災難としか言いようがなかった。 

しかし、少しでも時間が欲しかった彼女にとっては”啓”としか言いようのない出来事であった。

わずかだが時間を与えられた営は必死に立て直し、なんとか調子を出走してもやれそうなところまで持っていった。

これなら砂の女王に恥じない姿を、世界と戦える女傑の姿をファンに見せられる…営はわずかだが手応えを感じていた。 

そして、4月3日。仕切り直しとなったレースは行われ・・・。それは起こった。生中継などされていなかったそのレースレース結果を楽しみにしていた競馬ファンに飛び込んできたのは、ホクトベガが予後不良になったという信じ難い知らせだった。群の中で他のと接触し足を取られて転倒、そこに後続が追突したことにより致命的な折を負うという、競馬事故としてもかなりしい、不運という言葉ですら言い表すのが難しいようなできごとであった。

ホクトベガはドバイの地でになったのである。

横山ジョッキーは、のちに自分の強引な騎乗が事故につながったと悔い、マスコミからのバッシングなどもあり自殺まで考えるほどであった。「ポツン」と責められがちな彼の騎乗であるが、を最優先に考え騎乗するきっかけになった出来事だったのである。

その後、ホクトベガが盛り上げた交流競争はすっかり定着し、ダート路線が整備されたのも彼女の活躍が後押ししたのだと言われている。戦績も賞額も凄かったが、それ以上に後の競馬界に与えたも大きかった。

2011年3月26日ドバイワールドカップヴィクトワールピサが勝った。その間、ホクトベガを思ってを流したのは筆者だけではないだ。
そして、奇しくもその日は、ホクトベガの誕生日であった。

管理調教師であった中野良氏は、のちに彼女をこう評している。

彼女の強さはモナリザの微笑み。永遠の秘密です」

エピソード

関連動画

     

ドキュメンタリーにもなった

関連商品

関連コミュニティ

関連項目

【スポンサーリンク】

  • 5
  • 0pt
スマホ版URL:
https://dic.nicovideo.jp/t/a/%E3%83%9B%E3%82%AF%E3%83%88%E3%83%99%E3%82%AC
記事編集 編集履歴を閲覧

この記事の掲示板に最近描かれたお絵カキコ

この記事の掲示板に最近投稿されたピコカキコ

ピコカキコがありません

ホクトベガ

32 ななしのよっしん
2021/10/13(水) 06:51:50 ID: YwwaqGaqmm
>>30 究極俺らがどんだけ想像したって馬主が決める事やからなぁ・・・ 捕らぬ狸の皮算用というか杞憂というか
33 ななしのよっしん
2021/10/23(土) 02:18:27 ID: wIaOib54kl
ファンに過ぎない俺らは、言っちゃなんだが他人だからの
当事者が決めることさ
俺らが考え挙げるところじゃない

来年はお墓参り行きたいな
34 sage
2021/11/09(火) 06:48:26 ID: 5fc6AQwU3f
ホクトベガに関してはナリタブライアンマヤノトップガン
主人公に成った時もアニメサクラローレル
一緒に出演して欲しいけどアプリは嫌だ
アニメに(特に2期)はに作ってるけど
アプリはモーチフ対するリスペクトいからね
35 ななしのよっしん
2021/11/09(火) 17:40:52 ID: g+bAuatUCS
>>29
言うてもサンエイサンキューウマ娘化されたらさすがに激怒するファンは多そう
36
◆rSBzQMOICI 2021/11/12(金) 19:59:05 ID: Tgzod3TTTo
言っても明坂聡美ボイスで「女王様とお呼び!」って聞きたい…聞きたくない?
37 ななしのよっしん
2021/11/14(日) 16:23:06 ID: rxDt+2YRXG
アカイイトのおかげで令和にもなってTwitterのトレンド入りしとる
38 ななしのよっしん
2021/11/14(日) 18:15:36 ID: e3Q6HEgDqF
アカアカでもアカイイト
39 ななしのよっしん
2021/11/16(火) 18:21:24 ID: l+Ns9V0gpP
このがいなけりゃ今のダート競争の成功はなかったと思ってるので、現代競馬への貢献度という意味でもホクトベガ顕彰馬にしておいて欲しかった
40 ななしのよっしん
2021/12/12(日) 22:31:28 ID: qaHkhcd6Kl
香港スプリントホクトベガと似たような悲劇が起こるとは思わんかったわ悲しい
41 ななしのよっしん
2022/01/05(水) 22:41:11 ID: dX975RmguX
>>10
ナリハヤブサチャンピオンスターが健在な時には見事に返り討ちにあってるし、ホクトベガにしても的場騎手が「スピードがあってド根性コンサートボーイなら寄せたらやれそう」とは思ってたみたいだから割と誇も入ってるんじゃないかな
実際、ホクトベガが去った後に対ホクトベガ作戦使って帝王賞勝ってるし