『“誰も助けてくれなかった” 告白・ジャニーズと性加害問題』とは、NHKのドキュメンタリー番組『クローズアップ現代』の2023年5月17日放送回である。
概要
日本の公共放送局「日本放送協会」(NHK)による報道ドキュメンタリー番組『クローズアップ現代』が、予定を変更して急遽2023年5月17日水曜日に初回放送した回である。初回放送時の放映チャンネルはNHK総合、放送時間は19時30分から19時57分までの27分間であった。
本来、この日の『クローズアップ現代』では『ぐっすり眠れていますか?脱・寝不足ニッポン!眠れない人必見』というタイトルの回が放映されるはずであった。だがこの元々予定されていた回は翌週に回されて、この『“誰も助けてくれなかった” 告白・ジャニーズと性加害問題』が2023年5月17日に放映された。
この予定変更は、放映前日の2023年5月16日火曜日の14時25分に、同番組の公式Twitterアカウントにて突然告知された。
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https://twitter.com/nhk_kurogen/status/1658340365412212739
この番組は、ジャニーズ事務所の創業者である「ジャニー喜多川」氏による性加害疑惑の問題について、番組自体の主題に据えている。
この問題をNHKが特集して扱った初めての番組であり(この番組より少し以前に、後述するような性被害を受けたと訴える人物の記者会見などについて報道番組内で扱ったことはある)、さらに言えばその他の民放で同様の特集番組が放映された前例も無いようであり、つまりは日本のテレビ局としては初のものと思われる。
公共放送であるNHKがこの問題を特番として、しかもいわゆる「ゴールデンタイム」に放映したことは、「大手メディアの雰囲気や方針が変わった」ことを示す象徴的な出来事であった。
かなり以前から「ジャニー喜多川」氏による性加害疑惑を何度も報じてきていたが大手メディアには黙殺されていた週刊誌『週刊文春』のウェブメディア「文春オンライン」は、この番組について報じる自サイト記事
において「ついにヤマが動いた!」と感慨深げな見出しを付けている。
NHKで報道関連のデジタル担当を行っている「足立義則」氏は、本番組の前日に自らのTwitterで
“誰も助けてくれなかった” 告白・ジャニーズと性加害問題
クローズアップ現代+
あす午後7時半から放送です
熱量高く、
そして前から後ろからと闘う制作陣にエールを
と投稿している。
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https://twitter.com/dachio/status/1658379346049142786
「前」と「後ろ」が具体的に何を指しているのかは明確にしていないが、NHK内部としてなんらかの「しがらみ」があることを示唆するような表現ではないだろうか。
また、ウェブメディア『日刊ゲンダイDIGITAL』に2023年5月23日に掲載された、芸能ジャーナリスト「本多圭」氏による記事
によれば、この回の制作のために『クローズアップ現代』のスタッフが本田氏のもとに取材に来ていたとのこと(かつて本多氏は、『ジャニーズ帝国崩壊』というジャニー喜多川氏による性加害の話題を取り扱った書籍を1997年に出していた)。その際に本田氏が
と質問したところ、
あります。どうなるかわかりません。でもなんとか、放送したいんです
とそのスタッフは語っていたという。
なお、『クローズアップ現代』は2023年9月11日に再度この問題を特集した「“ジャニーズ性加害”とメディア 被害にどう向き合うのか」を放映している。こちらでは、NHKも含めた報道機関がこの問題を扱ってこなかった件についての自己検証により重点がおかれた内容となっていた。
番組内容
NHK公式による、番組内容の紹介文は以下の通り(番組公式サイト
内、この回のページ
より引用)。
ジャニーズ事務所の元所属タレントが、亡くなったジャニー喜多川前社長による性被害を相次いで訴えている。今週、藤島ジュリーK.社長が公式見解を発表した。BBCのドキュメンタリーや外国特派員協会での会見後、独自取材を進めてきた取材班。今も自らが受けた被害に苦しんでいるという人、周囲の被害を目撃していたとして沈黙した自分を責める人など、新たな証言の数々が。被害を繰り返さないために何が必要か検証する。
出演者は、キャスターの桑子真帆、ジャーナリストの松谷創一郎、上智大学准教授の齋藤梓。
番組内では、番組の取材に応じた元所属タレント13人のうち6人が性被害を受けており4人が性被害について見聞きしていたと語られ、さらに実際に被害にあったという人物らが複数出演し、当時の状況を証言した。
さらにNHKは、2023年5月19日に「NHK クローズアップ現代 全記録
」という『クローズアップ現代』で放送した内容をアーカイブ的に記録するサイトにて、この回の放送内容のダイジェスト版を公開した。
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https://twitter.com/nhk_kurogen/status/1659861523337035776
このダイジェスト版を閲覧してもわかるが、証言に含まれる性加害の内容については非常に具体的かつ赤裸々なもので、性被害に関する直接的な表現も数多く登場する。
その一部を、上記のダイジェスト版のページから抜粋して紹介する。ただし、上記のような内容であるため、本記事のここから以下を閲覧する際には注意されたい。性被害を受けたことがある方にとっては、フラッシュバックの可能性もある。
ジャニーさんがベッドの中に入ってきまして、最初はなんか肩マッサージしたりとか、体全体を触られるような感じで足とか揉まれたりとかする感じですね。そこからだんだんパンツの中に手入れられて、性器を触られるようになったりとか、そこからその性被害に繋がっていくような流れです。そのあとは手で触られたりとか、そこからオーラルセックスされました。あとは、その勃起した性器とかを体にこすりつけられたりとか、そういったことがありました
やっぱり性経験とかまだなかったので、まずすごい困惑するというか、自分の身に起こっていることがいまいちよく理解できない部分と、体が硬直してしまって、それに対してどうリアクション取ったらいいかわからない感じ。最後まで私がやっていたことといえば寝たふりですかね。自分の中のセルフイメージが崩れ去っていくような感じで。心と体が別々になるというか。自分の体に何か起こったことは理解できるけど、心がそれについていかない。
翌日、1万円を渡されました。自分ってこれだけの価値のものなのかな。お金で買い取られたというか。売春みたいだなとも思いました。自分の価値をお金で決められたみたい
大人には言えなかったです。(ジャニー喜多川氏は)絶対的な存在なんですよ、事務所の中で。仕事が無くなってしまうんじゃないか、ここで断ってしまうと。事務所にいられなくなるんじゃないか、そういうのは思っていました。
自分は純粋に夢を追いかけたくて入所したのに、こういう形でしかのし上がっていけなかったり、認めてもらえない。もしかしたらそれが全てではないかもしれないけど、そのことに対してはすごいショックでしたね。そういう世界に身を置いている自分も嫌になってしまいましたし
かなりトラウマに残りました。当時のジャニーさんと同じくらいの年齢の男性を見ると拒絶反応が起こる。普通に接することができなくなる状態が続いて、仕事に就いて上司が50代、60代の方だったりすると妙な恐怖感がその人に対してわいて、普通に接することができなくなる。
食事中に当時の様子とか思い出したことがあって、フラッシュバック的に。食事を吐きそうになりましたね。
『お風呂入っちゃいなよ』と言って、お風呂に案内されて。上着を脱がされてズボンに手がかかった時に『自分で脱げます』と言ったんですけど、無言でそのままズボン下ろされた。全部脱がされ、風呂入って、全身洗われて。自分が汚いとか、そういう思いが。結構、何日間かは悩みましたね
人とは違う人間になっちゃったんだなというのが一番。親にも相談できることじゃないですし、すればよかったのかもしれませんが学校で友達にも言えないし。
私の場合は、マッサージをそけい部のギリギリまでされたにとどまった。一緒に泊まりに行った仲間たちが別室で個室に呼ばれて被害に遭っていたり、私の横で寝ていた仲間がゴソゴソと夜中何かをされている。翌日『きのうもされちゃった』とか話題になっていた。実際に被害に遭っている人がかわいそうと思うと同時に『自分は無事でよかった』だなんて、今思うとひきょうな考えだったなと思いますね。今もそのときの状況は脳裏に焼き付いています。そのときの感情は忘れられないですね
こういった証言を踏まえて番組は進行していくのだが、その中では「報じてこなかったメディア」というチャプター名で、自社NHKも含めたメディアへの自己批判的な内容もあった。
これまでジャニーズ事務所に所属していたタレントが暴露本などでこの問題について糾弾していたことや、週刊誌『週刊文春』がこういった問題について過去の記事で報じていたことなどについて触れ、「しかし、NHKなどのメディアが大きく報じることはありませんでした。」と指摘した。
そういったメディアの対応を目にしていた証言者は、番組内でこうも語っている。
声をあげた被害者の方たちの姿も見てきて、結局もみ消されてしまっているような印象だったので、仮に声を上げたとしてもどこにも届かないんじゃないかと。城壁に向かって小石を投げるようなものじゃないか。全くその無駄な努力にしかならなくて消されてしまうんじゃないか。それに対して声をあげる自信とか抵抗できる自信がなかった
こうした証言を踏まえて、桑子真帆キャスター、ジャーナリストの松谷創一郎氏、上智大学の齋藤梓准教授らが語りあっていったが、その中ではNHKの番組としてはかなり異例である「民放への注文」ともとれる内容も(しかも「テレビ朝日、フジテレビは特に」などと名指しする形で)含まれていた。
そして番組は、桑子真帆キャスターによる以下のような相談窓口の提示・そして今後への意志表示で締めくくられた。
NHKでは性被害に対応している全国の相談窓口のうち男性への支援内容をまとめています。
被害を訴えている方、そして1人苦しみ続けている方、さらに今、現役で活動されている方、すべてが臆測やひぼう中傷で傷つけられることはあってはなりません。
私たちは、これからも問題に向き合っていきます。
(※前述のとおり、この節は「NHK クローズアップ現代 全記録
」のサイト内、この回の文字起こし/ダイジェストを紹介するページ
から引用している。内容に何らかの感じる部分があった方は、ぜひそのサイト自体を閲覧して実際の文脈なども確認されたい。)
取材ノート
『クローズアップ現代』では、「クロ現 取材ノート」という名称で、「番組で紹介しきれなかった情報、スタッフが取材現場で感じたこと、さらに放送後の継続取材の成果」などを公式ブログに掲載している。
前述のダイジェスト版と同様、こちらのページにおいても番組内で語られた赤裸々な内容が文章化して記されているため、「※この記事には、性被害に関する具体的な証言が含まれます。あらかじめご留意ください。」との注意書きが記載されている。閲覧時は注意。
公式YouTube動画
NHKのYouTube公式アカウントでは、この番組内で行われた証言などのシーンを抜粋した動画を2023年5月25日に公開している。
上記のダイジェスト版、取材ノートと同様に、こちらにも「※動画には、性被害に関する具体的な証言が含まれます。あらかじめご留意ください。」との注意書きが記載されている。視聴時は注意。
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https://twitter.com/nhk_kurogen/status/1662088698773622789
放送までの流れ
詳細は「ジャニー喜多川」の大百科記事に譲るが、ジャニー喜多川氏による性加害に関する話題は1960年代から繰り返し週刊誌や暴露本などで世に報じられてきた。
「真相が定かでないゴシップ」といった扱いを受けることも多かったが、あるとき大きな転機が生じる。この話題について証言者を集めて何週にもわたって特集して報じていた週刊誌『週刊文春』がジャニーズ事務所に訴えられていたのだが、2002年5月に東京高裁が「この性被害の件については真実性を認める」といった趣旨の判決を下したのである。さらに、2004年には最高裁が上告を棄却し、この高裁判決が確定した。つまり「ジャニー喜多川が性加害をしているという報道は、事実と認められる」という裁判所判断が確定したのである。
だが、この件について大手メディアはほぼ黙殺。数社の新聞社が小さな記事でわずかに取り上げたのみで、NHKを含めたテレビでは取り扱われなかったのである。大手であり大人気タレントらを多く抱えていたジャニーズ事務所に忖度したのではないか、などとも言われている。
そして、この2005年よりも以後にジャニー喜多川氏から性被害を受けたと証言する人物も存在する。
2019年にジャニー喜多川氏が亡くなった際にも日本の大手メディアはこういった過去の性被害訴訟などについてほぼ触れず、「国の宝」を失ったかのようにその死を悼んだ。その後も数年間、大手メディアが彼の性加害に関する疑惑について報じることはなかった。
だが、イギリスの公共放送/国営放送テレビ局である「BBC」が2023年3月7日火曜日の夜21:00(現地時間。日本時間では3月8日水曜日の朝6:00)にドキュメンタリー番組『Predator: The Secret Scandal of J-Pop』を放送し、これは後日、日本でも『J-POPの捕食者 秘められたスキャンダル』とのタイトルで日本語字幕版が放映された(上記紹介文中の「BBCのドキュメンタリー」とはこの番組のことである)。
この番組が話題になったことに後押しされたかのように、2023年4月12日には元ジャニーズJr.のミュージシャン「カウアン・オカモト」(岡本カウアン)氏が「日本外国特派員協会」において記者会見を開催し、自らが過去にジャニー喜多川から受けた被害について語った。
その記者会見の場に参加していた、NHKの報道担当のディレクター「イワナガ」氏はこのように質問した。
今日は貴重なお話をありがとうございます。NHKの報道局で、ディレクターをしておりますイワナガと申します。
私もテレビメディア、とりわけ公共放送に勤める者の1人として、大変重く受け止めております。
カウアンさんは1996年生まれですかね。私も1995年生まれで同世代になるんですけれども、当時入所された頃15歳くらいの頃を思い返すと、確かに文春で報じていらっしゃったけれども、子どもたちの世代には全く届くような状況ではなかったと思います。
お伺いしたいのは、カウアンさんは一連のこの被害について、知らずに入所したということなんですけど、もし当時大手メディアが報じていたら、ご自身の選択は変わったと思いますか? 例えばジャニーズに入所すること自体ためらったであるとか、そういった選択は変わったと思いますか? また、おうちの方っていうのは、今回の件をどのように受け止めていらっしゃるんでしょうか。
この質問に対して、カウアン氏は以下のように答えた。
もし取り上げていたら、入るか入らないか、って言われたら、まあその時になってみないとわかんないですけど、まあきっと、もしテレビが当時取り上げてたら大問題になるはずなので、それこそ今、親がどう思うかと言ってたんですけど、たぶん親も行かせないと思いますし。 まあ15歳なので、未成年なので、僕の判断だけでできないですし、どっちの角度から見ても、たぶんなかったんじゃないかなと思います。
(その記者会見のニコニコ生放送。タイムシフト視聴で閲覧できる。NHKの「イワナガ」氏の質問は再生時間36:30から)
この質疑応答は、メディアの人間に非常に重い責任を自覚させたものと思われる。「テレビが取り上げて大問題になっていたら、被害を訴えているカウアン氏はジャニーズ事務所に入ることはなかった」ということはつまり、「大手テレビメディアの人間は、未成年の少年が性被害に遭うことを防ぐことができたはずだった」「しかし、そうしなかった」ということでもあるからだ。
このような流れが、この『“誰も助けてくれなかった” 告白・ジャニーズと性加害問題』の制作・放映へとつながっていったものとみられる。
番組冒頭で、桑子真帆アナウンサーは「『なぜこの問題を報じてこなかったのか』 私達の取材でもこうした声を複数いただきました。海外メディアによる報道がきっかけで波紋が広がっていること、私たちは重く受け止めています」と語った。
取材時期について
ものまね芸人/インパーソネーター/カポエイラ指導者の「マイコーりょう」氏が本番組の放映直後に自らのTwitterアカウントに投稿した証言によれば、彼のところにも本番組の取材の問い合わせが既に2023年4月下旬には来ていたとのことである。
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https://twitter.com/monomaneMJ/status/1658800829950988290
ということは、2023年4月12日に行われた上記のカウアン・オカモト氏の記者会見の比較的すぐ後から、NHKでは本番組を制作するというプロジェクトを始動されていたものかと思われる。
なぜマイコーりょう氏に取材申し込みがあったのかというと、彼もカウアン・オカモト氏の記者会見に感銘を受けた人物の一人で、これまで語ってこなかった「自分のかつてジャニーズJr.であった」「そのころに、自分が被害を受けることはなかったが、そういったことがあると耳にしていた」といったことを、2023年4月20日にYouTube動画にて明かしていたためである。
関連リンク
- ジャニーズ性被害問題 相次ぐ証言と被害者のその後 - NHK クローズアップ現代 全記録
(番組内容をダイジェストで文字起こししたもの)
- NHK『クロ現』でジャニーズ性加害問題特集 ジャーナリスト・松谷創一郎氏は第三者委設置の必要性を強調 | ORICON NEWS
- NHKクロ現でジャニーズ性加害問題を特集 桑子真帆アナ「私たちは重く受け止めています」 | 東スポWEB
- NHKクロ現で「ジャニーズ性被害疑惑」特集 桑子真帆アナ「これからも問題に向き合います」 - 芸能 : 日刊スポーツ
- ジャニーズ性加害問題 桑子真帆アナ「なぜ報じなかったのかの声、重く受け止めます」クロ現で言及:中日スポーツ・東京中日スポーツ
- 「テレビ朝日やフジテレビは逃げないで」ジャニーズ性加害問題、NHK番組でコメンテーターが要望(亀松太郎) - 個人 - Yahoo!ニュース
- 異例の民放批判も…NHK「クローズアップ現代」がジャニー喜多川氏の“性加害”に斬り込んだ意味とは | 文春オンライン
- NHK「クロ現」ジャニー氏特番実現の裏側…番組スタッフが漏らした局内の“内部圧力”|日刊ゲンダイDIGITAL
関連項目
- NHK
- クローズアップ現代
- ジャニー喜多川
- ジャニーズ事務所
- J-POPの捕食者 秘められたスキャンダル
- 週刊フジテレビ批評 特別版 旧ジャニーズ事務所創業者による性加害問題と“メディアの沈黙”
- ジャニー喜多川氏の性加害問題〜検証報告と今後の対応について〜
- テレビ朝日 旧ジャニーズ問題検証
- 本記事は、ビジネスパートナーであるジャニーズ事務所への配慮の観点から、博報堂広報室長の判断により一部表現を削除しています。
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