『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』とは、1964年に公開されたスタンリー・キューブリック監督の映画である。英語の原題は『Dr. Strangelove or: How I Learned to Stop Worrying and Love the Bomb』。
概要
20世紀を代表するアメリカ映画の鬼才スタンリー・キューブリックの、人間の狂気が笑いを織り成すブラックコメディの怪作。
米ソ冷戦と核兵器を題材にとった作品であり、ストレンジラヴ博士をはじめとする一人三役を務めたピーター・セラーズの怪演も見所のひとつ。
日本で上映された映画で一番長いのは、という問題があった場合必ず引き合いに出されるタイトルである。
・・・ちなみに題名にインパクトのある題名なので取り上げられるが実は1番ではなく、本当に一番長いのは以下のタイトル※大百科記事あり!
「マルキ・ド・サドの演出のもとにシャラントン精神病院患者たちによって演じられたジャン=ポール・マラーの迫害と暗殺(THE PERSECUTION AND ASSASSINATION OF JEAN-PAUL MARAT AS PERFORMED BY THE INMATES OF THE ASYLUM OF CHARENTON UNDER THE DIRECTION OF THE MARQUIS DE SADE)」
あまりに長すぎるので、『博士の異常な愛情』と略して紹介されることも多い。
あらすじ
冒頭にアメリカ空軍により「この映画はフィクションだよ!現実ではありえないよ!」という意味合いのテロップが入るが、それが妙に真に迫っているためかえって変な笑いを誘う。
アメリカはバープルソン空軍基地の司令官ジャック・D・リッパー将軍は発狂し、指揮下のB-52爆撃機部隊に本来政府首脳が敵の先制攻撃によって混乱した際にのみ実行できる攻撃命令「攻撃R作戦」を発令して基地に立て篭る。
その作戦とは北極海上空で待機しているB-52部隊がソビエト連邦ミサイル基地を核攻撃するというものであった。
リッパー将軍の副官であるイギリス空軍のマンドレイク大佐は将軍に命令撤回を進言するが聞き入れられない。独断で作戦中止に乗り出そうとするが、リッパー将軍によって執務室に閉じ込められてしまった。
R作戦開始の命令を受け取ったB-52部隊の隊長コング少佐は、攻撃命令を受けて緊張する部下を激励する。
R作戦開始に伴いB-52部隊は「CRM114」という暗号装置によってあらゆる通信を遮断されており、暗号装置を解除できる三文字の暗号はリッパー将軍しか知らない。マンドレイク大佐は解除コードを聞き出そうと説得を試みる。
一方、アメリカ政府首脳部はペンタゴンにあるウォー・ルーム(戦略会議室)に集まっていた。メンバーはハゲのマフリー大統領をはじめ、タカ派のタージドソン将軍に大統領科学顧問のストレンジラヴ博士等々。
マフリー大統領はリッパー将軍の基地に空挺部隊の派遣を要請、その後タージドソンの反対を押し切りソ連大使のサデスキーを召喚、ソ連のキソフ首相とホットラインで連絡を取る。
キソフの話によれば、ソ連が核攻撃を受けた場合、秘密裏に開発していた「皆殺し装置(Doomsday Machine)」が作動し、地球上の全生物が放射性降下物によって死滅してしまうという。ストレンジラヴ博士は「何故公表しなかったのか」とサデスキーに迫るが、サデスキーは「近いうちに党大会で発表するつもりだった」と悪びれない。
B-52部隊はソ連領内に侵入し、米軍空挺部隊は同じく米軍のリッパー将軍の基地守備隊と激しい戦闘を繰り広げていた・・・。
登場人物
- ジャック・D・リッパー将軍(General Jack D. Ripper)
演:スターリング・ヘイドン/家弓家正(NET版)/佐々木勝彦(SONY版)
アメリカ空軍のバープルソン空軍基地司令官。物語の元凶。
「水道水へのフッ素化合物添加は共産主義者による我々の『エッセンス』を汚染する陰謀だ」という滅茶苦茶な陰謀論を語り、「私はこの事実を性愛行動(つまりSEX)の際に発見した。そのとき私は異常な疲労に襲われ虚無感を味わった」(賢者タイムをエッセンスが汚染されたため起きた症状だと勘違いしていた)等色々と滅茶苦茶な人物。語り口調はいたって冷静沈着なため、かえって静かな狂気を感じられる。機関銃の銃身を素手で持ったまま乱射する力技を発揮する。 - ライオネル・マンドレイク大佐(Group Captain Lionel Mandrake)
演:ピーター・セラーズ/愛川欽也/山路和弘
イギリスとの交換将校(exchange officer)。リッパー将軍の副官。左足は義足。
リッパー将軍の狂気に怯えつつ、進撃するB-52部隊を何とかして撤退させようとする常識人1号。
かつて日本軍の捕虜となった経験があり鉄道敷設に従事させられていた。日本人を「ブタ」呼ばわりしつつ、「いいカメラを作る」と皮肉も欠かさない。 - バック・タージドソン将軍(General Buck Turgidson)
演:ジョージ・C・スコット/池田忠夫/宝亀克寿
アメリカ空軍の将軍(空軍司令的な立ち位置と思われるが、明言はされていない)。
リッパー将軍に負けず劣らずの反共タカ派であり、「B-52に撤退命令ができないのならこれに乗じてソ連を壊滅させるべきだ!」と熱弁し、ストレンジラヴ博士の「皆殺し装置」の説明を聞いて「そんな爆弾が欲しかった」とつぶやく、ある意味リッパーよりヤバイ男。身振り手振りが激しい、後ろにすっ転びながらも演説を続けるなどコミカルな演技が目立つ。美人の秘書兼愛人がいる。
ちなみに、「turgid」とは「腫れあがった」、「son」は「息子」という意味の単語。意味はお察しください。 - マーキン・マフリー大統領(President Merkin Muffley)
演:ピーター・セラーズ/中村正/山路和弘
アメリカ合衆国大統領。ハゲ。
ソ連との全面核戦争を何とかして回避しようとする常識人2号。
ウォー・ルームでは最高権限を持つはずの彼だが、何せ周囲がアレなためその威厳はあんまりない。 - ストレンジラヴ博士(Dr. Strangelove)
演:ピーター・セラーズ/大塚周夫/山路和弘
アメリカ合衆国大統領科学顧問。同時に兵器開発局の局長であるらしい。
元はドイツ人だが、米国に帰化している。「Strangelove」なる変な名前は帰化した際に「Merkwürdigliebe」というドイツ語名をそのまま直訳したため。
足に何らかの疾患を抱えているのか車椅子で移動する。何度も「大統領」を「総統」と呼び間違え、興奮すると右手が勝手に上がり、それを左手で必死に押さえるという奇行が目立つ。
独特の訛りと常ににやけた口、かっと見開いた目が変人らしさを強調させている。
映画のタイトルにもなっている主要人物だが、登場シーンは他の登場人物に比べてけっこう少ない。 - T・J・「キング」・コング少佐(Major T. J. "King" Kong)
演:スリム・ピケンズ/富田耕生/辻親八
B-52パイロット兼爆撃機部隊の隊長。
初の攻撃命令に緊張する部下達を激励する仲間思いの少佐。劇中多くは無線越しに聞くことになる独特な声が特徴。
任務に忠実で、終盤兵器庫のハッチが故障で開かなくなった際自力でハッチを開けようとする。その結果・・・。 - アレクセイ・デ・サデスキー大使(Ambassador Alexei de Sadeski)
演:ピーター・ブル/滝口順平/三木敏彦
駐米ソビエト連邦大使。
米ソホットラインの調整役としてウォー・ルームに呼び出されたが、マッチ箱型のスパイカメラや、懐中時計型のスパイカメラを持ち歩いている、スパイ根性丸出しのロシア人。
「皆殺し装置」の恐ろしさをやや怯えながらも滔々と語る。 - バープルソン空軍基地守備隊のみなさん
演:バープルソン空軍基地守備隊役のみなさん
リッパー将軍指揮下の空軍基地守備隊。
リッパー将軍の「200m以内に近づく人間及び物体は全て敵であるので排除せよ」という命令に忠実に従う。
その忠実さたるや、基地に向かってくる友軍空挺部隊の車両群を見て曰く「敵もやるな」「まったくだぜ、わが軍のトラックそのものだ」云々。あの上司にしてこの部下ありである。
ちなみに、基地には戦略航空軍団のモットーである「Peace is our Profession(平和こそわが職業)」がでかでかと書かれた看板が置かれている。おそらく作中最も分かりやすい皮肉である。
用語解説
- 攻撃R作戦(Wing Attack Plan R)
作中においてリッパー将軍が隷下のB-52部隊に発令した攻撃命令。
その内容は、「搭載している戦略核爆弾でソビエト連邦ミサイル基地を核攻撃せよ」というもの。
「緊急時の作戦規定にもとづき、敵の奇襲攻撃で命令系統が混乱した際は下級司令官が独断で核報復する」もので、「もし敵の先制攻撃で大統領以下首脳部が機能不全に陥ったら?」という米国議会の疑問に対する答えとして用意されたものであった。
よって本来は報復目的の作戦であるのだが、トチ狂ったリッパー将軍は独断でこの作戦を発令、コング少佐率いるB-52部隊は自国が攻撃を受けたものと勘違いしたままR作戦に突入することになったということである。 - CRM114
作中のB-52に搭載されている架空の暗号装置。
機内の全ての通信設備をCRM114に接続することによって、あらゆる種類の電波を遮断できる。
本来は敵国からの妨害電波や偽の命令通信を遮断するための装置だが、その性質上味方からの通信をも遮断してしまい、味方からの正式な撤退命令や帰還命令を一切受け付けないという致命的な欠陥を抱えている。
三文字のコードをCRM114に送信すると暗号化を解除することができるが、そのコードは基地司令官、つまりリッパー将軍しか知らない。
ちなみにCRM114はその後様々な作品でパロディやオマージュが見受けられるガジェットのひとつである。有名どころでは同じくスタンリー・キューブリック監督作品『時計じかけのオレンジ』に登場するドラッグの名前「Serum 114」、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』冒頭に登場する超巨大アンプの名前も「CRM 114」である。 - 「皆殺し」装置(Doomsday Machine、Doomsday Deviceとも)
作中においてソ連が秘密裏に開発していた架空の爆破装置。
「コバルト・ソリウムG」という半減期93年の放射性元素で100メガトン級の水爆50個を包んだ代物で、爆発すれば全世界に放射性降下物(死の灰)が撒き散らされ、10ヶ月以内に地球上の全生物が死滅してしまい、以後100年間地球は死の星となる、まさに悪魔の兵器。
さらに恐ろしいのは、この装置は人間が関わるプロセス及びフェイルセーフ(故障・誤作動時のための安全装置)が意図的に省かれているという点である。
そのため装置に接続されているコンピュータが自国への核攻撃を認識した場合は、人の手を介さず完全に自動で爆発し、また解体しようとするだけでも爆発してしまう。
サデスキー曰く、「これが一番経済的」「『皆殺し』計画は軍事費1年分より安上がり」らしい。
さらにサデスキーは「アメリカでも同種の兵器が開発されているとニューヨーク・タイムズに出てた」とも言っている。おのれニューヨーク・タイムズ。
ちなみに、ストレンジラヴ博士は同種の兵器研究を民間企業に委託、その報告から「この種の兵器は戦争抑止に成り立たない」との結論を出している。
主なパロディ作品
タイトルと題材が面白いので、後世のいろいろな作品にリスペクトされている。
- 魔法のプリンセスミンキーモモ ・・・ 42話の「間違いだらけの大作戦」が映画のパロディ。”猫が死んだ”
- 3年B組金八先生 伝説の教壇に立て! ・・・ 第5話ザッピングの「社会科教師の異常な愛情
(または私は如何にして心配するのをやめて革命を愛するようになったか)」 神崎先生ェ・・・ - 岸和田博士の科学的愛情 ・・・ トニーたけざきの漫画。そのマッドぶりはストレンジラブ博士を超えてるかも。
- 「エコラボ〜もったいない博士の異常な愛情」「博士の異常な鼎談」 ・・・ いずれもTV番組名
- ピザ男の異常な愛情 ・・・ 2008年のアメリカビデオ映画。ただし原題は「Otis」
- カリガリ博士の異常な愛情―あるいはベルリン1936 ・・・ 作家・加藤直の著書。
ちなみに「カリガリ博士」も有名な映画タイトルである。
関連動画
関連項目
Mein Führer!
I can walk!
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