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さて、ネット上とは何なのだろう。

住みよく、しかし人の形をとどめないネット世界は、(夏目漱石)における「人でなしの」と同じだろうか。


連続妄想1

世界の始まりは、ビッグバンと称される高エネルギー状態があった。やがて宇宙インフレーションが起こり、ビッグバンは限りなく広がり、また限りなく冷えていった。
やがて原子核が作られ、それをもとに宇宙が構成され、その密度の多寡によってが凝集し、ガスが作られた。

…というのが現代の宇宙の始まりとされるものである。だがしかし宇宙の始まりの前にすでにしてある理論が全てを支配していた。

宇宙の始まりにおいてのルールは極めて単純で、つまり物理的な因果が支配的だった。すべての元素はただそこにあるだけで、それが凝集しになるのもルールに従ったもので、それに意識や抵抗というものはなかった。
々はルールによって支配され、生存欲などを考えることなく、在るときはそこに在り、小惑星の衝突などで粉砕される時も両者に働いていたのは純にただのルールだった。

やがて宇宙に変化が訪れる。相転移や宇宙インフレーションによって、水素炭素といった元素が発生したのである。
言うまでもなく水素炭素は別物であり、他の元素も別物である。つまり宇宙に最初の秩序だった存在が発生したのである。
もちろん元素に意識はない。だが「原子核の電子が足りない時は他所から電子を奪う」といった、自己の安定化という保身に基づくルールが発生した。
その点において、自己を形成せんとする点で、元素は最初の生命体、的がある存在なのである。

やがて元素物理学的に集合や離散を繰り返した結果、恒星暗黒物質などが生成された。太陽系で言えば太陽火星地球が形成されたようなものである。
これらには言うまでもなく違いが存在した。火星太陽ほど灼熱していないし、地球火星ほど熱に覆われていない、といった具合である。
つまり、々は知ってか知らずか、物理学的に依らない新たなルールを発生させた。そのルールでは均一さが否定され、太陽太陽との距離によって応じる変化によるの性質の分化が発生したのである。

やがて地球に"それ"が誕生する。なせ名前が"それ"かというと、それが動物なのか植物なのか、細菌なのか単細胞生物なのか、それすらも曖昧だったからである。
"それ"は、それまで発生してきた々とは明確な違いを有していたのである。それは、自己の分裂による生殖行動である。
もちろん、原初のルールでは宇宙は粉砕されて細分化されることはあっても自己の複製を作ることはなく、々や恒星も同様に自己の複製を作ることはなかった。
それは単細胞生物ゆえの最も下等な分裂であったかもしれない。だが"それ"は確かに宇宙を支配してきた恒久的なルール物理学的な単純なルールを破りに来たのである。

かくして、ビッグバンの状態から2回のルール破りを経て、ついに明確にルールを打ち破る存在"それ"が現れたのである。
それは「自己の保身」という単純な、しかし々にはない強い強い的を持っていた。(第二回に続く)


を閉じると、眼球に映るのはまぶたの裏だけである。また、が見えなくとも体は常に世界と接している。
ここから、

  • 五感と世界に相関はない
  • 五感の一部を失っても現在世界は依然として現在世界であり続ける
  • 五感に頼らなければ寝る前と起きた時の世界が連続しているかどうかは分からない

ということが理解できる。では、もし仮に地球上の全存在が1だけ意識と五感を失い、静止したとする。
その状態から復帰した時、世界が2前から連続しているものを保するものはなにか?

世界とは共同幻想に過ぎず、観測者がいなくなれば(孤独死した老人のように)静かに入滅する。
そういう意味では、現実よりネットのほうが、精の面ではより"現実的"なのかもしれない。

世界が連続していること、そしてその連続した世界に付き合わされること、それそのものが業苦なのだ。


何やら最近また昔のドラえもん話がリメイクされるようですね。
の大掃除の時に、大学時代に論文として妄想したドラえもんノートが出てきたのでここで書いておきますか。
どうせ名のあるページには載せられませんし。

結論から言おう。セワシ(とドラえもん)は人類の敵かつ時間犯罪者である可性が高い。

々が暮らしている現代は化の時代である。人口を費やせばバベルの塔ができた古代と違い、設計から建設まで精鋭部隊がいないとできない、もしくは適当になるのが現代である。精鋭部隊以外は必要ない。それ以外が成すことは全て「素人仕事」「コスト増」と一蹴されるからだ。
だが、現代の病巣もそこに潜んでいる。化をすればするほど生命の本懐である「繁殖」との間に齬が生じるのだ。不要人口の増大は食料消費の増加や生存権や人権その他くだらない問題を惹起し、宇宙進出その他諸々を覆い隠す汚穢となるからだ。

翻ってドラえもんひみつ道具を見てみよう。あれこそは化の極みである。
繁殖が病巣となる原因の1つである食料を 諸々の具から生じ、缶をひねるだけで季節を生じ、懐中電灯と同じ原理で物体を伸縮させ、面さえあれば限に屋根付きの屋を生成できる。
それらの具の生産において、おそらく高度に自動化されたであろう具工場以外に生命の介入する余地はない。

すなわち、セワシくんのいる未来化が蔓延し、人類は精鋭部隊と工場に生かされ、生存に際して一切の厄災がない退ディストピアでなければならない。時流も含めて一切が操作できるが故にの驕りが生じるであろう。
ロボットオーディションやセワシの「自分の是正のために過去教育係を送ろう」という発想はその左だろう。

化は人類の敵であり、機械の願望である。だが未来ではそうなってはいない。ドラミちゃんがいるし、セワシのの存在により何らかの形で繁殖(不要人口の増大)が許可され、貨幣経済が存在するからだ。
ということは、ドラえもんひみつ道具未来においてもひみつである可性が高い。
当然だろう。もしあれらの具が野放図になれば、単なる殺し合いだけでは済まない恐るべきモラルハザードが生じる。
一応「けに使ってはならない」「未来デパートの存在」という制約はあるが、こんなものは現代の法律がそうであるように限の抜けを想定できる。
ではなぜドラえもんは現代で野放図に具を利用できるのか。

もう一つの問題がある。基時間軸のパラレル分流とギガゾンビタイムトロールの問題だ。
ギガゾンビという人物をご存知だろうか。映画のび太の日本誕生」において、7万年前の古代日本に覇を唱えようとし、そしてタイムトロールに時間犯罪者として逮捕された23世紀人(BC2400~)である。

エヴェレットの多世界解釈、そして私なりのパラレルワールド解釈論を利用すると、ギガゾンビのやってきたことはどう考えても駄にしかならないのだ。なぜならば、彼が時間軸を操作した結果、次の結果が生じるからだ。

  1. ギガゾンビ未介入(基時間軸)」と「ギガゾンビ介入」という2つの時間軸が生じる(パラレル分流)。
    当然両者は別物であるため、ギガゾンビが介入世界で何をしようとものび太らには影を与えない。
  2. もしパラレル分流が起きない場合、23世紀全体へのフィードバックは不可避。よってタイムパラドックスが生じる。
    また基時間軸ののび太消失により観測者問題が生じ、ギガゾンビ介入世界永遠に確定しない。

だがこのことはセワシにも通用する。ドラえもんが送り込まれた未来2125年の基時間軸に影を及ぼさないわけがないからだ。論セワシもそれを承知しているだろう(でなければタイムマシンがあっさり手に入るはずがない)。
そして、もしうかつにのび太に介入(たとえば学力が向上するなど)をすれば、パラレル分流により「頭のいいのび太ドラえもんがいる時間軸」と「頭の悪いのび太がいる時間軸(基時間軸)」の2つが生じてしまう。
ここでもし後者を切り捨てると観測者問題が発生する。つまり、頭の良いのび太が遠い少来セワシに連なったとして、セワシは既に先祖が頭が良いためドラえもんを送らないで済む。
だがもし観測者、すなわちセワシが基時間軸を見れば、そこにはドラえもんを送るべき先祖が見えるだろう。その結果、セワシはやはりのび太に介入し、結果永遠に観測者セワシは基時間軸ののび太に影を及ぼせないことになる。
あるいはセワシの介入により膨大なバタフライ効果が発生し、結果のび太に干渉できなくなる未来、例えば未来になる前に全面戦争宇宙脱出への失敗などで人類が絶滅する可性すらある。

のび助()や玉子)に介入しない用心さを持つセワシが、まさかこの観測者問題に気づかないわけがないだろう。
そう、このことから考えるとドラえもんは、おそらく人類の世が1万年続いても作れないであろう「時流錨」「時流篩」を有している可性が高い。
「時流錨」とはそれがある時を基世界軸としそこから発生するパラレル分流を防ぐもので、つまりドラえもんの介入は確実に基時間軸へ反映されるようになる。言い換えればドラえもんが起こしたあらゆる行動が現実のものとなる。
また「時流篩」とはこうした干渉を好きなようにフィルタリングできるようになり矛盾を解消できるようになるもので、つまり現代においてドラえもんがどう振る舞おうと、セワシは発生し、成長し、ロボットオーディションに参加する。
(ただ、「結婚前夜」を正史とするとスネ夫ジャイアンにも時流変の影が及んでおり、2125年時点ではセワシにのみ影を及ぼす程度に時流が収束している。が直近の時流には影が出ている。つまり、どこかでスネ夫ジャイアン2125年に影を及ぼさない程度に「退化」してしまうものと思われる。もしくは抹消されるか。)

言うまでもなく時流錨や時流篩はタイムトロール逮捕だろう。「パラレル分流により自分だけが世界を支配する時間軸がほしい、そのために基時間軸から自分を分離する」というだけのギガゾンビなんぞより、小なりとはいえ基時間軸に自分の願望をフィードバックさせよう、つまり現実へのハッキングというセワシの方が犯罪というにふさわしい。
もしこれが犯罪でないというならば、2125年の人間は皆タイムマシンドラえもんより有能マシンで以って自分の好きなように先祖に介入(ハッキング)していくだろう。その介入は古代に及び、最終的に生命誕生にまで及ぶかもしれない。
当然そうはなっていない。当たり前だろう。この介入を受ければ基時間軸の上流方向に限のパラレル分流が起き、野比玉子野比のび助が結ばれる確率も確認できなくなるからだ。
ではなぜドラえもん逮捕されないのか。

この2つを考え合わせると、次の結果が予測できる。

  1. 2125年の人類はまだ良識的であり、しかしからの食料生産や大気の変動といった万行為に成功している。
  2. セワシやドラえもんひみつ道具は何らかの制約があり、タイムトロールの監視とは別に節操に使用できない。
  3. セワシは非合法にひみつ道具を製造、もしくは何らかの改造を施して、あの世界で使用できるようにしている。
    (例えば、「ひみつ道具タイムマシンを介して基時間軸以外へ持ちだしてはならない」という規約の変)
  4. セワシはドラえもんに時流錨と時流篩を使用させ、のび太の将来を常に自分の向上に役立てようとしている。
  5. ドラえもんはセワシが過去改変を行うための兵であり、あの世界と2125年との接続を確立している頭堡である。
  6. 何らかの方法によりセワシやドラえもんタイムトロールの時間犯罪を逃れている。

人類を含めた生体は何千年と「己を滅ぼそうとする何か」と戦い続けていた。だが「己を生かし続けようとする何か」、ひいてはそこから生じる制限の堕落(つまり化)についてはまだ抗する手段を持っていない。
その点でひみつ道具とその所有者は人類種の敵である。
またセワシの疑いない基時間軸変は時間犯罪以外の何物でもない。
よって、ドラえもんかセワシは人類の敵かつ時間犯罪者である可性が高い。


> ヘイホー1050年地下行き

いい記事です。
マリオパーティという土台と福本作品というスパイスが、動画に拠るでもなく、しかし動画を見ないことには面さが伝わらないようにうまく書かれています。

元のディーラーヘイホーが、なんとかアットホームパーティーゲームにみせかけようとしているマリオパーティの陰のMCといっていい存在なだけに、これはパーティゲーム全般に潜む鋭い悪辣さと密やかなギャンブル性をうまく落とし込んだ記事といっていいでしょう。
TAS動画で散見される「難易度調整と称したNPCチート行為に対するTASプレイヤー)の反撃」という素をうまく調合しているのも見どころです。

個人的に、脈絡なくヘイホーと(福本名称である)兵歩が混ざっているのもオツなものです。

なんだか、記事を評価するというとどうしても三国志における(腐れ)儒者のことが頭をよぎるなぁ。
「(自身は生産的活動をしないにもかかわらず)他人を評価してを得、他人を評価してコネクションを作る」というアレ


身体的批評行為東浩紀の記事を見て思うこと。

Webページ媒体の大きな違いは「それを保存する方法」が極めて違うことにあります。
媒体の絵(絵)をご覧ください。できれば美術館にある様な高尚なカラー絵が分かりやすいですね。
さて、あなたはそれをまっさらなキャンバスコピーペーストできますか?

ああ、線画だけではだめです。きちんと八重歯の筋までも、しわも線ではなく陰影で表現しましょう。私などは絶対できませんし、古典芸術でも再現は難しいでしょう(であるからこそエルミア・デ・ホーリーのような、模倣に価値を創出できる天才が現れます)。
この点で、絵は厳然として外部のものです。どんなに腐心して書き写しても、それには容易に贋が分かるほど差異が残っているでしょう。そうして模倣した絵は内部の絵ではなく外部、すなわち美術館の絵であることは歴然としていながら美術館の絵そのもではありません。

さらに、模写するために美術館に行くには交通費もかかります。人によっては食費やコミケ戦費を削る必要もあるでしょうし、計簿と突き合わせたりボーナスを考えたりと色々ややこしいことが続くでしょう。
これを、こうしたリスクなく「内部」にするには、ルール違反を犯してでも写真に撮るなどのことをしなければなりません。もちろんそれでも写真写真であり、その絵そのものではないのでまだ外部です。たとえその後に絵が美術館ごと焼け落ちても「美術館で焼け落ちた絵の写真」になるだけであり、「美術館で焼け落ちた絵」にはなりません。

つまり、それは見に行くことそのものに価値があると考えられており、見たい時に見れるものではありません
見ることそれそのものが困難であるからこそ、鑑賞するまでの一種の動機となり、の意味での価値が宿るのです。

では、パソコンではどうでしょう?(以降「データ化された絵」をjpgと呼称します)
わざわざ(絵心のない人間であっても)苦心して絵をなぞる必要はありません。コピーペーストで、筆者の筆名どころか筆者が吹きこんだデータまでもがコピーできます。手先と決断だけです。
そしてそれは容易に内部、つまり自分のものにできます。HDDに保存するだけなんですから。かが必死こいて描いたjpgでも、第3者が実用に堪える程度にコピーペーストすることは容易になります。
いのは、これが全にオブジェクトとして独立している点です。つまりどんなにぞんざいに扱っても、極論ディスプレイコーヒーをぶちまけてもそれそのものの価値は損なわれず、ディスプレイにかけただけで記憶媒体が不可逆的に壊れることも(ほぼ)ないでしょう。
そして、時代は光回線です。わざわざ美術館まで行かなくとも、速さでそれを観ることができます。「本物ではない」ということを除けば、速度で各美術館を回ったかのような知的経験が得られます。

つまるところ、「著作人格権がない」という点以外は全に個人の所有物にできるんですね。できれいな殻を拾って自宅に飾るのと同じ感覚で(しかも外出すらせずに)好きな作品をコレクトできるわけです。しかも従前は「商業作品」として売り出されていたものと遜色ないものが放出されている(といってもこれはネット文化によるものでもありますが…これについてはまた長くなるので割愛)。

極端な話、初音ミクだろうが何だろうが、自分がつくってもいない触れてもいないものを「俺の嫁(実際はもっと拙劣な表現の方が似合いますが)」にできるんですね。しかも、従来はそういう占有欲を出すと「他人がやってイヤなことはやらない」的な論法でたしなめられるものですが、それも通用しない。そして、専用のサイトに行けば容易に「俺の嫁」をHDDに保存してでることができる。
この時点でもう既にオブジェクト化だかなんだかはもう必然と言ってもいいでしょう。いきなり内部、つまり自身の所有物にできるのです。「世界に一つだけの花」というレベルではありません。しかし、これは従来のものにはなかったことです。お気に入りの風景を切り取り、よりも軽い媒体に移しこんで、あまつさえ展示会などを開かずに、速度開できるんですから。
ふたばを愚弄したカオスなんとかも、そういう部分があったからこそ「たちのやりたいことをしてもいい」「だってそれは俺らの内部のオブジェクトなんだから」という発想に至ったのでしょう。ネット社会の病巣、「全ては共有され、個人はした側にある」です。

…さらに私の自説も交えて話を進めたいところなんですが、これ以上は「Netという「ソト」とPersonalComputerという「ウチ」」他諸々の(タイトルだけ書くだけなら厨房くさい)私の哲学について演繹せねばなりません。それをやると本が出せそうなほど長くなる(誇大表現?)のでやめておきましょう。


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