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ネイマールことネイマール・ダ・シウバサントス・ジュニオール(Neymar da Silva Santosnior, 1992年2月5日 - )とは、ブラジルサッカー選手である。
ブラジル カンピオナート・ブラジレイロ・セリエAサントスFC所属。元サッカーブラジル代表

概要

ブラジル・サンパウロ州のモジ・ダズ・クルーゼス出身。175cm68kg。ポジションはFW。左ウイング戦場であるが、2トップの一トップ下としてプレーすることもある。利き足は右足。
同世代の中でもっとも有名なサッカー選手の一人であり、2015年2017年にはFIFAバロンドール3位き、2011年にはFIFAプスカシュ賞を受賞ししている。

サッカーブラジル代表のエースであり、10番。18歳デビューし、代表の歴代最多得点記録保持者。自開催となった2014 FIFAワールドカップでは民の期待を一身に背負いながらプレーしたが、準々決勝のコロンビア戦で負傷し、志半ばで大会から姿を消している。2016年にはOAとしてリオデジャネイロオリンピックに出場し、ブラジルを初優勝に導いている。しかし、2018年2022年ワールドカップではベスト8止まりで終わっており、フル代表ではビッグタイトルを獲得できていない。2026年ワールドカップ出場後、代表からの引退を表明。

2023年9月にはペレを抜いてブラジル代表の歴代最多得点記録保持者となる。

サントスFC時代には、若くして南米最優秀選手を2度受賞しており、2011年にはコパ・リベルタドーレスを制覇し、サントス南米№1に導いている。さらには、史上初となる欧州でのプレー経験がないにも関わらずバロンドールのに入っている。

FCバルセロナプレーしていた頃は、リオネル・メッシルイス・スアレスと共に”MSNトリオ”という強力な3トップを形成し、2015年にはUEFAチャンピオンズリーグラ・リーガ、コパ・デルレイ三冠を獲得している。2017年、史上最高額となる約284億円の移籍金でパリ・サンジェルマンへ移籍。さらに2023年にはサウジアラビアアル・ヒラルに9000万ユーロの移籍金、年俸1億5000万ユーロという驚愕契約内容で移籍。ところが、大きな怪を繰り返したことでこの大契約は大失敗に終わり、2025年1月に古巣であるサントスへ復帰する。

世界のドリブルスターであり、世界で最も著名なスポーツ選手の1人である。同時に私生活手なことも有名であり、ピッチ内外で数々のトラブルを引き起こすお騒がせスターであり、良くも悪くも話題になりやすい人物である。自己管理の甘さが災いし、怪をすることも多い。

経歴

生い立ち

1992年2月5日、サンパウロ州のモジ・ダス・クルーゼスで一男一女の長子として生まれる。4歳年下のモデルとして活躍している。生後4かの頃に凄惨な交通事故に遭うも、奇跡的に傷で済んだという過去がある。は裕福な庭とはいえず、現在は代理人を務めている元サッカー選手父親が複数の仕事をかけもちしながら生計を立てていた。電気が通っておらず、少年時代ろうそくの火で勉強をしていた。

物ごころをついたときにはボールを蹴り始めており、父親の協力もあってサッカーの才を開させるようになる。本格的にボールを蹴るようになったのは、フットサルチームに所属したときであり、すぐに類まれな才を披露するようになる。現在見せるドリブルテクニックはこの頃に磨いたものである。少年時代のネイマールはフットサルストリートサッカー中になっており、サンパウロにおいてもっとも優れたストリートサッカー選手の1人となり、天才少年と称されるほどプロデビュー前から有名になっていた。

1999年ポルトゥゲーザ・サンチスタのユースチームに入団。

サントス

2003年11歳のときにサントスFCユースチームに移籍。ここでもずば抜けた才を披露したことでクラブから大きな期待を受ける。14歳の頃にはスペインへ渡り、レアル・マドリードの入団テストを受ける。テストは合格だったが、サントス側が高額な違約金を提示したため、契約には至らなかった。

2008年2月10日サントスプロ契約を交わし、違約金は5000万ユーロに設定される。ユース時代からサポーターの間では有名になっており、驚くほど期待値が高かった。

2009年にサンパウロ州選手権のオエスFC戦で17歳にしてトップチームデビューを飾ると、圧巻のボールテクニックで観客を魅了し、逆転勝利に貢献。続くモジミリンEC戦でプロゴールを決める。その後、あっという間にチームの中心選手となっていき、「ブラジル至宝」と称されるようになっていた。プロ1年にもかかわらず、この年のブラジレイロ・セリエAでは33試合10得点という成績を残している。

プロデビューしてから1年後の2010年試合中に自分が得たPKのキッカーを他の選手が蹴ったことが発端で監督と口論になり、ペットボトルを投げつけて怒りをあらわにするなどの悪態をつく。その後、ペナルティとしてチームから外そうとした監督が解任になるという事態が起こる。すでにクラブ王様という扱いを受けていたが、3歳年上のガンソとのコンビは、ブラジルサッカーをおおいに賑わせ、サンパウロ州選手権優勝とコパ・ド・ブラジル優勝をもたらす。

2011年には、決勝のCAペニャロール戦において、第2戦に値千金の決勝ゴールを決め、チームを48年ぶりのコパ・リベルタドーレス制覇に導く。年末には日本で開催されたFIFAクラブワールドカップ2011南米王者として出場。準決勝の柏レイソル戦では先制ゴールを決める活躍を見せ、決勝のFCバルセロナ戦では初めてリオネル・メッシと同じピッチに立つ。しかし、当時世界最強チームだったバルセロナ異次元フットボールに対して見せ場は作れず、チームも0-4と大敗し準優勝に終わる。王様としてキャリアを積んだネイマールにとっては、上には上がいることを痛感させられた。それでもこの年の活躍はおおいに評価され、19歳にして南米最優秀選手に選ばれている。

2012年にも2年連続で南米最優秀選手に選出され、いよいよヨーロッパ舞台に立つ日が訪れる。2013年5月26日サントスでのラストマッチでは国歌斉唱時にを流している。

バルセロナ

2013年5月24日スペインリーガ・エスパニョーラFCバルセロナへの移籍が決定。契約期間は5年、背番号サントス時代と同じ「11」。このとき過去に憧れのクラブレアル・マドリードと発言していたことが明らかとなり、一部のバルセロナサポーターから批判を受ける。

最初の公式戦となったスーペルコバ・デ・エスパーニャアトレティコ・マドリード戦では、チーム優勝に導くアウェイゴールを決め、々しいデビューを飾っている。その後も公式戦5試合連続アシスト記録すると、10月26日自身初のエル・クラシコでは、1G1Aと全得点に絡む大活躍で、リーグ戦では2年ぶりのクラシコ勝利チームを導く。12月11日UEFAチャンピオンズリーグCLセルティック戦ではハットトリックの活躍を見せる。しかし、パスワーク体とするポゼッションサッカーにおいて、ボールを持ちたがるネイマールのスタイルブレーキになることもあり、加入1年フィットに苦しみ、チーム冠に終わる。

2014-15シーズンは先のワールドカップで負ったの大怪が懸念されたが、ルイス・エンリケ監督チームカウンタースタイルを取り入れた事や、エースリオネル・メッシ、新加入ルイス・スアレスと形成する3トップ"MSN"の連携が深まった事で、3人で公式122ゴールを挙げるなど驚異的な活躍を見せた。2015年5月30日のコパ・デル・レイ決勝のアスレティック・ビルバオ戦では、3-1とリードした試合終盤にヒールリフトで相手DFを翻弄すると、馬鹿にされたと受け止めたビルバオ側が猛抗議南米欧州フットボール文化の違いから起きた事件であったが、スペインメディアから批判を受ける。UEFAチャンピオンズリーグ決勝ユヴェントス戦では2-1で迎えた後半アディショナルタイム6分、得意のカウンターからシーズンを締めくくるダメ押しの"ブザービート"を叩き込み、大会10点マークメッシクリスティアーノ・ロナウドと並びCL得点王に、チームは前人未到となる2度タイトル3冠を達成。自身にとっても欧州で初のビッグタイトルを獲得したシーズンとなった。

2015-16シーズンは、シーズン前半戦にエースメッシが負傷によって離脱した時期にチームの攻撃を牽引する活躍を見せる。リーガ第9節ラージョ・バジェカーノ戦では、4得点を挙げる大活躍を見せる。2015年日本で開催されたFIFAクラブワールドカップ2015決勝では、南米王者リーベルプレートを相手に麗な5人抜きドリブルからメッシゴールアシストする。サントス時代には屈辱を味わった大会で、今度はバルセロナの選手としてクラブ世界一の座を手にする。コパ・デルレイ決勝のセビージャ戦では、追加点を決める。この年は、シーズン後半戦に調子を落としはしたが公式戦31ゴール16アシストというキャリアハイの活躍を見せ、2年連続タイトル2冠に貢献。

2016年7月にはクラブとの契約2021年まで延長し、2億ユーロという破格の違約金が設定される。2017年3月8日CLラウンド16のパリ・サンジェルマン戦において、1st legで0-4で敗れるという絶望的な状況で迎えた2nd legで試合終了間際に3得点全てに絡むという大活躍を見せ、奇跡逆転勝利の立役者となる。また、この年のコパ・デルレイ決勝アラベス戦では、前回決勝に続いてのゴールを決め、3連覇に貢献。しかし、2016-17シーズン終了後バルセロナを退団するという報道が流れ、騒動になる。一時はメッシの説得もあってチームに残る方向に落ち着き、プレシーズンツアーにも参加していたことから騒動は沈静化したかに見えた。しかし、急転直下でネイマールはチームに退団する意思を表明する。

パリ・サンジェルマン

2017年8月3日フランスリーグ・アンパリ・サンジェルマンFCへの移籍が発表され、世界中を驚かせる。背番号は「10」となる。移籍金は2億2200万ユーロとなり、巨額の取引が成立。移籍決定後も騒動は続き、代理人であるネイマールの父親バルセロナ側に対して前年の契約更新ボーナスの支払いをめたのに対し、これを拒否したバルセロナ側から損賠償を請されてしまう。

バルセロナでは、メッシの副官的な立ち位置だったのに対し、PSGでは絶対的な存在として扱われ、王様としての振る舞いが立つようになる。2017年9月17日オリンピック・リヨン戦では、これまでチームのPKのキッカーを務めていたエディソン・カバーニがPKを蹴るかで言い争いになり、2人の確執がメディアを賑わせる。それでも、シーズン開幕直後からその実力を遺憾なく発揮しており、デビュー戦で1ゴール1アシストの活躍を見せる。2018年2月25日オリンピック・マルセイユ戦で足を骨折し、々とシーズンが終了してしまうが、それまでの公式戦30試合出場28ゴール記録する。

から復帰した2018-19シーズンは、開幕戦からゴールを決め、CLグループリーグ第2節のレッドスター・ベオグラード戦ではハットトリックを決める。しかし、2019年1月クープ・ドゥ・フランスラウンド16のストラブール戦で中足首骨折の負傷を負い、前年に続いての長期離脱となる。欠場となったCLラウンド16 2nd legのマンチェスター・ユナイテッド戦の試合後、審の判定に対してSNS批判をぶちまける。これを重く見たUEFAからCL3試合の出場停止処分を科される。復帰後もクープ・ドゥ・フランス決勝でスタッド・レンヌ戦に敗れると、試合メダルを受け取る際にチームメイトを侮辱した観客の顔を殴ってしまう。この行為には、さすがにチーム内からも批判があがり、フランスサッカー連盟から3試合の出場停止処分を科される。結果、出場試合数、得点共に前年を下回るものとなった。

2019-20シーズン開幕前には、古巣であるバルセロナへ復帰する話が浮上し、メッシバルセロナ力がチームにネイマールの復帰を希望し、ネイマール自身もバルセロナへ戻りたがっていると報道される。結局、復帰は実現しなかったが、ファンからの不満は募り、シーズン初出場となった第5節のストラブール戦では味方サポーターからブーイングを受ける事態となる。それでも、CLラウンド16のドルトムント戦ではホームとアウェイの両方の試合ゴールを決め、ベスト8進出に貢献。2020年7月24日クープ・ドゥ・フランス決勝サンティンヌ戦では、前半に決勝ゴールを決め、内二冠をもたらしている。8月1日クープ・ドゥ・ラ・リーグ決勝のリヨン戦では、PK戦において5人キッカーとして登場し、GKフェイクにかけた大胆なPKを成功させる驚異的な度胸をみせ、三冠に貢献。また、8月12日CL準々決勝アタランタ戦では圧巻の個人技で奮闘し、試合終盤の2ゴールに絡み、劇的な逆転劇を演出する。集中開催となったCLでは、攻撃での貢献はもちろん、これまでに見たことがないほど守備での貢献がり、ビッグイヤー獲得への思い入れの強さを見せチームを初となる決勝の舞台へと導くが、決勝ではバイエルン・ミュンヘンに0-1で敗れ、惜しくも準優勝という結果になり、試合後悔しさから人をはばからずを流した。

2020-21シーズン最初の試合となったリーグ・アン第2節オリンピック・マルセイユとのル・クラスィクでは、試合終了間際にアルバロ・ゴンサレスから人種差別発言を受けたとして暴力行為に出て退場となり、2試合の出場停止処分を受ける。一方、ネイマール自身にも同じ試合酒井宏樹に対し人種差別発言をおこなった嫌疑がかけられるが、拠不十分として処分はされなかった。12月13日リヨン戦で危険なタックルを受け左足首を負傷。このときを流してピッチを後にしたため長期離脱が心配されたが、1カ後のトロフェ・デ・シャンオンマルセイユ戦で復帰。決勝ゴールとなるPKを決め、チームタイトルをもたらす。試合SNS上で因縁のアルバロ・ゴンサレスと罵り合う場外乱闘を繰り広げていた。2021年2月10日カップ戦で右足内転筋を負傷し2が半ほど戦列を離れる。復帰後初スタメンとなった4月3日リーグ・アン第31節リールとの首位攻防戦では、試合終了間際にチアゴジャロを突き飛ばす事件をまたも起こし、退場となる。一部では試合後にジャロを待ちせしていたとも伝えられている。またも問題行動批判を集めることになったが、直後の4月7日におこなわれたCL準々決勝1st legバイエルン・ミュンヘン戦では2アシストの活躍で勝利に貢献している。準決勝でマンチェスター・シティに敗れた後、例年の通りバルセロナへの復帰話が浮上するが、5月7日PSGとの契約2025年まで延長したことが発表される。

2021-2022シーズンではメッシが加入したことで再び共演が実現。メッシ背番号10を譲ろうとしたが、メッシが断ったため引き続き10番を付けることになる。オフに太り過ぎたことを摘され、お腹まわりがぽっちゃりした写真が注を集める。2021年11月28日のサンテティンヌ戦で試合終盤にタックルを受けた際に左足首があらぬ方向に曲がるアクシデントに見舞われ、担架でピッチを後にする。左足首の靭帯を損傷しており、戦線を離脱。もっとも負傷したその日のパーティーに参加していたことが明かされる。この年も例年通り怪で欠場する時期が長くなり、CLもラウンド16で敗退。だが、2022年4月3日ロリアン戦で初めてメッシエムバペってゴールを決めると、4月9日のクレルモン戦でエムバペと共にハットトリックを達成。4月17日マルセイユ戦では3試合連続となる先制ゴールを決め、勝利に貢献。

2022-23シーズンリーグ・アン開幕戦クレルモン戦ではチームシーズン最初のゴールを決め、さらに3アシストの活躍により5ー0の大勝に貢献する。その後もリーグ・アンで開幕から4試合連続ゴールを決めるなど、近年では好調なスタートを切る。一方、チーム内で絶対的な存在となったエムバペとの確執が何かと取り沙汰されるようになる。ワールドカップ後最初の試合となった2022年12月28日の第16節ストラブール戦では警告を受けた1分後に露ダイブシミュレーションを取られ退場になる。それでも公式戦18ゴール16アシストという数字を残していたが、2023年2月22日マルセイユ戦で右足首靭帯損傷を負い、シーズン中の復帰が絶望的となる。その後、CLラウンド16でチームが敗退すると、欠場中だったにも関わらずサポーターからスケープゴートにされ、過化したサポーターが自宅にまで押しかけて罵倒されるという被害に遭う。
2023年7月日本ツアーでは参加こそしたものの1試合も出場することはなかったが、直後の韓国ツアーで5かぶりに実戦の場に立ち2ゴール1アシストの活躍を披露。これがPSGでの最後の試合となった。

アル・ヒラル

2023年8月15日サウジアラビアサウジ・プロフェッショナルリーグアル・ヒラルへの移籍が発表される。背番号は「10」。契約は2年間で給与総額は最大580億円以上と報じられている。しかし、10月17日の代表戦で左膝十字靭帯断裂の大怪を負い、長期離脱。そのままシーズン終了となってしまう。

2024-25シーズンも前年の怪から回復できず、開幕から欠場が続く。2024年10月21日AFCEリーグステージ第3節アルアイン戦に途中出場し、実に369日ぶりに公式戦のピッチに立つ。ところが、すぐにハムストリングを負傷し再離脱すると、フィジカル的にチームについていけていないと判断されリーグ後半戦の登録メンバーから外されてしまう。
そして、2025年1月27日アル・ヒラルとの契約を解除されたことが発表され、世紀の大契約で加入したスターは1年半で公式戦わずか7試合に出場したのみとなる。

サントス復帰

2025年1月31日、古巣であるブラジル カピオナート・ブラジレイロ・セリエAのサトスFCに12年ぶりに復帰することが発表される。前日に自身のインスタグラムでフライグ発表をしていた。2025年2月16日、復帰3戦目となったカンピナート・パウリスタ第10節アグアサンサ戦で公式戦1年4か月ぶりのゴールとなる母復帰後初ゴールを決。2月23日の第12節AAインテルナシオナル戦ではCKで1ゴール2アシストという珍しい記録を作り出すカンピオナートブラジレイロ・セリエAではチームは再び降格の危機に立たされるほど低迷し、8月18日の第20節ヴァスコ・ダ・ガマ戦ではホームで0-6で大敗するというキャリア最悪の屈辱を経験し、試合後に涙を見せる。9月にはトレーニング中に太ももを負し、2か月間の欠場を余儀なくされてしまう。復帰したばかり11月19日のミラソルFC戦では左膝の半月板を負傷し、このままシーズ終了と思われた。しかし残留のかったラスト3試合に強行出場することを決断すると、第36節のスポルチ・レシェ戦で1ゴール1アシストを記録し、チームを勝利に導く。12月3日、第37節ジュベンゥージ戦は自身3年8か月ぶとなるハットトリックを達成。キャプテンとして最終節までピッチに立ちけ、3連勝のサントスはセリエA残留を果たし、12位まで浮上する。

サントス契約を1年延長した2026年シーズン2月24日セリエA第4節ヴァスコ・ダ・ガマ戦で2ゴールを決め、復活アピール5月5日練習中に18歳ロビーニョ・ジュニオールロビーニョ息子)に対しての暴行を告発される。

ブラジル代表

2010年ワールドカップの前からブラジル代表入りを切望するは多かったが、初めて代表入りを果たしたのはワールドカップ終了後最初の試合となった2010年8月アメリカ戦。この試合で代表デビューを果たすと、先制点となる代表初ゴール記録。以後、地元開催となる2014年ワールドカップエースとして民の大きな期待を背負うこととなる。

2011年1月ペルーで開催された南米ユース選手権にU-20代表として出場。この大会で9得点を決める活躍を見せ、ブラジル優勝の立役者となる。3月27日スコットランドとの試合で2得点を決めるが、試合人種差別を意味するバナナを投げつけられる事件が起きる(後に投げたのはドイツ観光客と判明)。また、代表での初の公式戦の大会となるコパ・アメリカ2011にも出場。グループリーグ第3戦のエクアドル戦で2得点を決めるが、準々決勝のパラグアイ戦では完封されてしまい、チームPK戦の末に敗退となる。

2012年ロンドンオリンピックではU-23代表として出場。悲願の金メダル獲得に大きな期待が集まった中、レアンドロ・ダミアン、フッキと共に形成した攻撃は、前評判通りの力を発揮し、準決勝までのトーナメントを全勝で勝ち進み、自身も3得点を挙げる。しかし、決勝のメキシコ戦では1-2で敗れ、銀メダルという結果に終わる。2013年6月開催されたFIFAコンフェデレーションズカップ2013メンバーにも選出。開幕戦の日本代表戦で試合開始々に鮮やかなボレーシュートで先制点を決め、チームを勢いづけた。初戦を制して波に乗ったブラジル代表はその後も各大陸王者達を寄せ付けず、欧州王者のスペイン代表相手にも圧倒的な強さを見せつけて優勝エースとして大会3連覇に大きく貢献したネイマールは大会最優秀選手く。

地元開催となった2014 FIFAワールドカップでは背番号「10」を託されて出場。この頃には名実共にブラジルでNO.1のプレイヤーとなっていた。優勝が絶対というプレッシャーなのか、グループリーグ初戦のクロアチア戦でい時間帯に先制ゴールを許す苦しい展開となる中、前半29分に同点ゴールを決めると、後半23分には賛否両論渦巻いたPKから逆転ゴールを決め、チームを救う。第3戦のカメルーン戦でも2ゴールの活躍を見せ、グループリーグだけで4得点となっていた。しかし、準々決勝のコロンビア戦で後半43分にフアン・スニガのしいチャージを受け、脊椎骨折の重傷を負ってしまい、志半ばで大会から去ることになる。ネイマールを失ったブラジルは、準決勝のドイツ戦で1-7という歴史的な大敗を喫してしまう。大会後、離脱の原因となったスニガに対し、ブラジル民からの非難が殺到。脅迫犯罪予告が相次ぐ事態となり、スニガが保護要請をするほどの大騒動に発展する。

大会後、22歳の若さブラジル代表のキャプテンに任命される。ワールドカップ後初の試合は、因縁のコロンビア戦となるが、試合前にスニガと抱擁することで和解をし、試合ではFKによる決勝点を挙げる。10月14日日本戦では、ブラジル代表ではロマーリオ以来となる1試合4得点記録

2015年6月には、コパ・アメリカ2015に出場。しかし、グループリーグ第2戦の因縁のコロンビア戦でまたも事件が起きる。0-1で敗れた試合後、怒りに任せてパブロアルメロボールを蹴りつける暴挙に出てしまい、大乱闘に発展。また、因縁の相手であるスニガに対し、「ありがとよ。(W杯の時みたいに)電話で謝罪してこい、イホ・デ・プータ(スペイン語スラング。"売春婦の息子”の意)」と皮ったこと、退場を命じた審に対してはロッカールームへのトンネル内で待ちせし、「を使って有名になりたいんだろう?イホ(ry」と罵倒したと報じられる。この試合でネイマールはイエロー累積+レッド退場による2試合出場停止が確定していたが、一連の行為により+2試合の計4試合出場停止が発表され、際大会でまたしても不完全燃焼リタイアとなった。

2016年所属するFCバルセロナの意向もあり、コパ・アメリカセンテリオを欠場し、オーバーエイとして地元開催となるリオ・デジャネイロオリンピックに出場する。グループリーグ最初の2試合引き分けるよもやの苦難のスタートとなるも、大会が進むにつれて調子を上げていき、準々決勝のコロンビア戦で大会初ゴールを決め、準決勝のホンジュラス戦ではオリンピック史上最速となる開始14でのゴールを含む2得点の活躍でブラジルを決勝へと導く。決勝はワールドカップで屈辱の大敗を味わった相手であるドイツとなる。この試合でも前半24分に先制点を挙げて大会4得点マーク試合PK戦にもつれこむが、5人キッカーとして成功させ、ブラジルに初となる金メダル獲得をもたらす。大会後、代表キャプテンを辞めることを表明する。

2018年2月に負った足の骨折でしばらく実戦から遠ざかっていたが、2018 FIFAワールドカップメンバーに選出される。直前のクロアチアとのテストマッチ久々に復帰し、しかもゴールを決め、周囲の不安を払拭させる。本大会では、エースとして十分な働きを見せ、2得点1アシストという成績を残すが、準々決勝でベルギーに敗れ、またもワールドカップ優勝はならず。さらに、大会を通しての相手のチャージに対する過剰な演技批判を集め、PSGチームメイトであるキリアン・エムバペに悪を与えているとさえ言われてしまう。

ロシアワールドカップ後、再びセレソンのキャプテンの座に就任するが、PSGで引き起こした数々のトラブルを問題視したチッチ監督からキャプテンの座を剥奪されてしまう。また、2019年6月に開催されたコパ・アメリカ2019メンバーに選出されていたが、直前の試合での右足首靭帯損傷の負傷によって大会を欠場することとなる。

2020年10月13日におこなわれたカタールW杯南米予選第2節ペルー戦ではハットトリックの活躍でチーム勝利に導くと共にブラジル代表での通算得点数を64に伸ばし、ロナウド記録を抜いて歴代2位記録保持者となる。

2021年6月には、すったもんだの末に自開催となったコパ・アメリカ2021に3大会ぶりに出場。開幕戦のベネズエラ戦では1ゴール1アシストの活躍で3-0の快勝に貢献すれば、続くペルー戦でも2試合連続となるゴールを決める。苦戦した3戦コロンビア戦では、人のゴールへのシュートポストに当てる場面もあったが、終了間際にCKからカゼミーロの決勝ゴールアシストエースにふさわしい活躍で3連勝でのグループステージ突破に貢献する。準々決勝、準決勝でもルーカス・パケタのゴールを2試合連続でお立てするなどチームを牽引するが、決勝でアルゼンチンに敗れ準優勝に終わる。試合後、を流しながら初の栄冠を手にしたメッシに抱擁して祝福するシーンが大会の名場面クローズアップされる。なお、2ゴール3アシストと多くの得点に絡んだことが評価され、メッシと共に大会MVPに選出される。

2021年11月11日ワールドカップ出場決定がかかった2022 FIFAワールドカップ南米予選第13節コロンビア戦では、ルーカス・パケタの決勝ゴールアシスト南米予選では10試合8ゴール8アシストというエースにふさわしい働きでブラジルの首位での予選突破に貢献。なお、予選中に2022年をもってブラジル代表を引退することを表明。2022年6月2日韓国代表との試合では2ゴールを決め、7年ぶりに日本プレーすることになった6月6日日本代表戦でもPKにより決勝ゴールを決める。

自ら最後のワールドカップと位置付けた2022年11月2022 FIFAワールドカップカタール大会ではグループリーグ初戦のセルビア戦に勝利するも、試合中に足首を負傷し、後半35分にながらに交代となる。その後のグループリーグの2試合を欠場し、このまま大会への復帰を危ぶむも聞かれたが、ラウンド16の韓国戦で復帰を果たし、PKによるゴールを決めている。準々決勝のクロアチア戦では延長戦までもつれ込むが、延長前半に個人技から先制ゴールを決め、ペレの持つブラジル代表最多得点記録の77ゴールに到達する。これでブラジル勝利かと思われたが、同点ゴールを決められPK戦に突入。PK戦ではキッカーとしての出番が来ないままブラジルの負けが確定し、2大会連続でのベスト8敗退となった。敗退後、ブラジルに帰してすぐに盛大なパーティーを開催したことでメディアファンから批判される。

2023年9月ワールドカップ以来10かぶりに代表に復帰すると、9月9日2026 FIFAワールドカップ南米予選第1節ボリビア戦では2ゴールの活躍で勝利に貢献。このゴールによってブラジル代表の通算得点が79ゴールとなり、ペレを抜いて単独での最多得点記録保持者となった。
10月17日南米予選第4節ウルグアイ戦で前半44分に左膝を負傷し担架で運ばれてピッチを後にすると、膝の前十字靭帯半月の断裂という重傷を負ったことが判明。長期離脱となる。この大怪以降代表からは遠ざかり、2026 FIFAワールドカップの出場も厳しいものと見られていた。だが、2026年5月19日カルロ・アンチェロッティ監督から本大会メンバーに選ばれ、約2年半ぶりに代表復帰となる。

2026年6月カナダアメリカメキシコで共同開催された2026 FIFAワールドカップに出場。右ふくはぎの負傷のためグループステージの2試合を欠場し、第3節のスコットランド戦の後半31分から出場し、2年ぶりに代表の試合に出場する。ラウンド16のノルウェー戦では後半22分に切り札として投入されるが、出場後に2失点を喫することに。後半ATにPKを決めたものの、ベスト16で敗退。敗戦後ブラジル代表からの引退を表明。

ブラジル代表通算 130試合80得点

個人成績

シーズン クラブ リーグ 試合 得点
2009 サントス カンピオナート・セリエA 33 10
2010 サントス カンピオナート・セリエA 31 17
2011 サントス カンピオナート・セリエA 21 13
2012 サントス カンピオナート・セリエA 17 14
2013 サントス カンピオナート・セリエA 1 0
2013-14 バルセロナ リーガ・エスパニョーラ 26 9
2014-15 バルセロナ リーガ・エスパニョーラ 33 22
2015-16 バルセロナ リーガ・エスパニョーラ 34 24
2016-17 バルセロナ ラ・リーガ 30 13
2017-18 パリ・サンジェルマン リーグ・アン 20 19
2018-19 パリ・サンジェルマン リーグ・アン 17 16
2019-20 パリ・サンジェルマン リーグ・アン 15 13
2020-21 パリ・サンジェルマン リーグ・アン 18 9
2021-22 パリ・サンジェルマン リーグ・アン 22 13
2022-23 パリ・サンジェルマン リーグ・アン 20 13
2023-24 アル・ヒラル SPL 3 0
2024-25 アル・ヒラル SPL 0 0
2025 サントス カンピオナート・セリエA 20 8
2026 サントス カンピオナート・セリエA

個人タイトル

プレースタイル

前線ポジションであればどこでもこなすことができるが、もっとも力を発揮しやすいポジションは左のウイング

スピードに乗ったドリブルや多フェイントトリッキープレーが持ち味。ウイング起用時は左サイドから中央に切れ込んでシュートまで持って行く形が多い。ドリブル、パス、シュート全てにおいて一流のプレイヤーであり、ヘディングでゴールを奪うこともある。

ドリブルスピードテクニックで相手を翻弄するスタイルで、ボディフェイントで相手の重心ズラしたり、ダブルダッチを駆使して相手の反対にボールを置くなどの相手の逆を突くプレーを得意としている。対峙したDFとの駆け引きにも長けており、相手よりも半歩く動き出すことで自分でタイミングを決めてしまう。また、スローダウンすることでワンフェイント入れた後にスピードアップさせたときのさを際立たせている。

プレースタイルとしてはロナウジーニョよりもブラジルのドリブルキングとして知られるロビーニョのほうが近いが、大きな違いはキックの精度の高さと決定力の高さにある。

欠点はブラジル人のクラックにありがちなボールを持ちすぎて球離れが悪くなることと大事な試合でしか守備をがんばらないこと。また、近年は怠慢さから怪で離脱することが多い。

人物・エピソード

手な見たやそのスター性とは裏に謙虚な発言も多く、好青年である事がえる。
だが、先述のコパ・アメリカの一件のように感情を抑えきれず顰蹙を買う行動に出てしまう若さも見られる。PSG移籍後は、遊びがたびたび報じられたり、前述したようにPKのキッカーを巡ってチームメイトカバーニと揉めたり、観客への暴行を働くなど問題行動立ち、ファンから顰蹙を買っている。

サッカー界におけるブラジルアルゼンチンペレディエゴ・マラドーナが対立している事は周知の事実であり、双方の後継者との呼び高いネイマールとアルゼンチン代表リオネル・メッシライバル関係を煽り立てようとするメディアも少なくない。しかしネイマールは「メッシ世界一」「メッシを助けるために(FCバルセロナへ)来た」等とメッシに対して好意的なコメントを度々残している。また、同胞であるロマーリオロビーニョに憧れている。

2011年に当時交際していた女性との間に第一子となる男児が誕生。認知はしているもののその女性とは2013年に破局している。その後、本人が否定したものも含めると17人もの女性と交際の噂が報じられている。

2017年5月アメリカのESPNは世界で最も有名なアスリー100名を発表し、ネイマールは6位に選出された。サッカー選手ではクリスティアーノ・ロナウドリオネル・メッシに次ぐ3位

また、ダイビングが多いと批判されることも多い。これについては2018年以降「転がるネイマール」としてサッカーファン以外の間でも知られるようになった。詳しくは当該記事を参照のこと。

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ネイマール

104 ななしのよっしん
2022/12/10(土) 17:31:12 ID: g61kE4AR/y
ベスト4の大地に踏み込めずか
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105 ななしのよっしん
2023/01/06(金) 21:12:58 ID: o/PLRp3FBy
PSGネイマール放出へ 「メッシとエムバパを維持するための犠牲」移籍金140億円
https://www.tokyo-sports.co.jp/articles/-/250231exit
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106 ななしのよっしん
2023/08/14(月) 21:32:43 ID: 83i4oNhu6s
ついにサウジ
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107 ななしのよっしん
2023/08/16(水) 22:30:56 ID: Kcfe0KpEly
カネの亡者
でも同じ立場だったらも当然カネ取るわ、うん
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108 ななしのよっしん
2023/10/19(木) 21:21:49 ID: o/PLRp3FBy
負傷交代のネイマール、左ひざ前十字じん帯と半月の断裂と判明…今季は絶望
https://www.soccer-king.jp/news/world/southamerica/20231019/1822264.htmlexit
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109 ななしのよっしん
2024/02/03(土) 06:29:02 ID: kz/b0fsUpc
>>100
スポーツ選手は倫理観は893と同じだろ
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110 ななしのよっしん
2024/02/03(土) 06:39:47 ID: ob1Cla3pBA
サッカーは特にそうだと思う。ファンも含めて
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111 ななしのよっしん
2025/08/19(火) 15:41:04 ID: 2V7xA6HM59
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112 ななしのよっしん
2026/05/12(火) 23:30:04 ID: o/PLRp3FBy
ネイマールまさかの「一線を越えてしまった」ロビーニョ息子にドリブルで抜かれて手打ちを謝罪
https://www.nikkansports.com/soccer/world/news/202605070000125.htmlexit
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113 ななしのよっしん
2026/07/30(木) 20:14:04 ID: o/PLRp3FBy
ネイマール私の時間はもう終わったと思う」 ブラジル代表引退を正式表明!「もうこれ以上は望まない」
https://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2026/07/30/kiji/20260730s00002000093000c.htmlexit
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