木花咲耶姫(コノハナサクヤビメ)とは、日本神話における女神である。
概要
木花は「桜」、咲耶は「咲く」、姫は「女神」を意味する。さくやが転じて桜になったとする説がある。日本の山の神を総括する父・大山津見(おおやまつみ)の娘で、4人いる娘の次女にあたる。母親に関しては殆ど記録が無く、その正体は分かっていない。
古事記では木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤビメ)、日本書紀では木花開耶姫(コノハナサクヤビメ)と呼ばれる。ただし、日本書紀では本名は鹿葦津姫(カヤツヒメ)とされている。概ね「コノハナサクヤ」、「コノハナサクヤヒメ」でも通じる。別名の中に「神阿多都比売(カムアタツヒメ)」というのがあり、出身が鹿児島である事を示している。鹿児島湾に浮かぶ桜島の名の由来とも言われており、島内に木花咲耶姫を祀る神社があった事から咲耶島と呼ばれていたが、いつしか訛って桜島になったという。
「桜の花が咲き誇る」ように美しい国津神で、日本神話一の美少女だったとされる。桜の木は、木花咲耶姫の美しさにあやかって名付けられたとする説まである。その美しさは、美女に囲まれて育ったニニギノミコトを一目惚れさせるほどだった。土着の伝承によれば様々な神から求婚され、時には鬼からも求婚された。しかしいずれもお流れになっており、鬼に至っては結婚を望まぬ父親の謀略によって失敗へと追いやられている。可憐だが、疑いを晴らすために火中出産を行うなど肝っ玉が据わっている一面も。醜女である姉の岩長姫の事も気に掛けており、優しい性格が見え隠れする。
竹取物語に登場するかぐや姫のモデルとされており、また彼女のひ孫に神武天皇がいるなど現在の天皇家にも関係する重要な立ち位置にいる。しかし美しい反面、とても短命だったとも伝わる。不細工だが長命を持つ岩長姫とちょうど対になっている。
父親に大山津見を持つ。ルーツを辿っていくと、イザナギとイザナミの子孫である事が分かる。
神話における木花咲耶姫
木花咲耶姫と岩長姫
天孫降臨で下界に降り立った瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)は、笠沙御前(かささみさき。現在の鹿児島県南さつま市)の浜辺を歩いていた。そこで貝拾いをしている一人の美しい女性と出会う。花のように美しい女性に一目惚れしたニニギは、さっそく女性に話しかけた。彼女は木花咲耶姫(このはなさくやひめ)と名乗り、大山津見(おおやまつみ)の神の娘と語った。ニニギは猛烈にアタックを繰り返すが、咲耶は自分だけでは返答しかねるとして親に会わせる事になった。
父親の大山津見に「娘さんをください!」と熱意を語ると、大山津見は「どちらの娘を指しているんですか?」と娘二人を呼んだ。片方は浜辺で出会った美しき女性咲耶、もう片方は姉の岩長姫(イワナガヒメ。文献によっては石長比売とも)であった。ニニギは「咲耶の方を嫁に迎え入れたいと思います」と答えると、大山津見は喜んで咲耶と……そして岩長姫も差し出した。姉妹ともども花嫁に迎えられた訳である。
しかし岩長姫の方はトンデモないブスであった。石の神だけあって体ががっしりとしていて、どうにも頼りにならない。おぞましい顔つきは見る人を不安にさせるには十分すぎた。抱き合わせ商法でブスも一緒につけられたと考えたニニギは、怒って岩長姫を父親のもとへ送り返した。こうして木花咲耶姫だけが妻となった。
大山津見はこの事に不快感を表した。岩長姫を一緒にしたのは決して抱き合わせ商法ではなく、善意だったからだ。
「イワナガヒメを妻にすればニニギの命は岩のように永遠のものになり、
木花咲耶姫を妻にすれば桜の花が咲くように繁栄するだろう」
と考えていた中、片方だけ追い返されたため
と苦言を呈した。つまり美しいが短命の咲耶、醜いががっしりとしている岩長姫と一緒に生活する事でニニキとその子孫は美しさ(繁栄)と長大な命を得るはずだった。だが寿命を担当する岩長姫を帰してしまったので、子孫の命は人間と同程度になってしまったのである。岩長姫もニニギに向けて「私を妻に娶れば、あなたの子孫は長大な命を得られるはずだった。妹だけを妻に娶るのなら、子孫の命は花のように儚く短く散るでしょう」と警告していたが、聞き入れられなかった。
邪険にされた岩長姫は悲しみに暮れ、ニニギと咲耶を憎んだという。
炎の中で出産
婚約した日の夜、ニニギノミコトと木花咲耶姫は交わった。しかしそれ以降は国を治める仕事に忙殺され、咲耶に全く構ってやれなかった。夫婦生活がしばらく続いたある日、咲耶から子を身籠った事を告げられる。これを聞いたニニギは怪しんだ。「一度しか交わってないのに…それに身籠るのも早すぎる。もしや他の国津神と不倫しているのでは!?」と咲耶の不倫を疑い、国津神(下界の神々)の子だと邪推する。疑われた咲耶は激怒し、その疑いを晴らすため「天津神ニニギとの子なら何があっても無事に産まれましょう」と出入り口の無い産屋を作らせた。何かヤバいものを感じ取ったニニギは咲耶を止めるが、全く聞かない。中に入り、隙間という隙間を土で埋めると自ら放火。炎の中で出産を始めた。火が燃え始めた時に長男となるホデリが、火勢が強くなった時に次男のホスセリが、火が衰えてきた時に三男のホオリが誕生。咲耶も生還し、見事疑惑を晴らしてニニギを謝らせた。このようなエピソードから、木花咲耶姫を火の神や出産の神とする見方がある。その後、のちに桜川と名付けられる泉の水を産湯に使った。
この時産まれた子供は神話的にも重要な役割を果たした。漁が得意なホデリは海幸彦と呼ばれて隼人阿多君の祖となり、ホオリの孫がのちの神武天皇となり、ホスセリは山狩りが得意だったので山幸彦と呼ばれた。更に海幸彦と山幸彦のケンカは、浦島太郎のモチーフになった。だが岩長姫を嫁に迎えなかった事で子供に呪いがかかり、寿命がついてしまった。古事記ではこのように書かれているが、日本書紀で岩長姫自ら呪いをかけた事になっている。妹が身籠った事を知った岩長姫は泣いてツバを吐き、木花咲耶姫のお腹の中にいる子供に呪いをかけた。今日、人間に寿命があるのはこの事が原因なんだとか。一説によると、天照大神の子孫にも関わらず天皇家に寿命がある矛盾を解消するために作られた話とされている。
炎の中から生還した木花咲耶姫であったが、大体の資料はここで出番終了としている。この一件で夫婦仲に亀裂が入り、元通りにならなかったとする説もある。ともあれ三つ子の母になった咲耶は竹刀でへその緒を切り、それを捨てた。南さつま市の竹屋神社がその場所とされており、捨てた竹刀から新たに竹が生えてきたと伝わる。甘酒を造って乳代わりに飲ませ、育てた場所も竹屋神社の所在地だという。
富士山へ
富士山周辺で伝わっている話によると、木花咲耶姫のその後が語られている。
ニニギに追い返された岩長姫は、「自分にも妹のような美貌があれば…」と毎日鏡を覗き込んでは嘆息していた。ある日、いつものように鏡を覗くとそこには龍のように恐ろしく醜悪な自分の顔が映った。驚いた岩長姫は思わず鏡を投げ飛ばし、ショックで伊豆半島の烏帽子山に引きこもってしまった。
東国の島で姉が一人寂しく生きている事を風の便りで知った木花咲耶姫は、気の毒な姉を慰めようと出立。九州から東の国(関東付近)まで長躯し、姉がいる島を山頂から探す咲耶であったが、なかなか見つからない。そこで、一番高い富士山への登頂を決意する。しかし古代の富士山は火が噴く活火山で、登頂は大変危険であった。すると山の方から白馬がやってきて、尻尾を振って乗馬を促した。咲耶は馬に乗り、富士山の中を駆け上がった。道中で大岩に阻まれ立ち往生させられるも、野生のサルたちの協力で突破。「頂上は火が噴いて危険ですぞ」と咲耶を押し留めようとするサルであったが、姉に会いたい一心の咲耶は涙ながらに想いを語った。彼女の熱意に折れたサルたちは道案内を買って出て、彼女を頂上へと導いた。不思議な事に、山頂へ近づくたびに火の勢いは収まっていった。
苦難の末、咲耶は登頂に成功。水平線からは太陽が顔を出し、世界を曙光に染めた。咲耶が眼下の雲海に目を見やると、ちょうど雲の切れ目から伊豆の島の雲見山が顔を出した。そこで姉の岩長姫が手を振っているのが見え、咲耶も手を振り返した。姉に会う事が出来、達成感に満たされた彼女はしばらく立ち尽くした。背伸びをして探し回った影響で彼女の背は伸び、より美しくなったとされる。
ところが、突如として黒煙と炎が噴き出し始めた。再び火山活動が始まったのである。間近で噴火が起きれば、助かる道はないだろう。絶体絶命の中、咲耶は不思議と冷静でいられた。「私は、火の中でお産をしても無事だった。もしかしたら神様から力を授けられたのかもしれない。ならば大きな役割を果たさせてほしい」。そう考えた咲耶は国を守るため、自ら火口へ身を投げた。すると富士山の火山活動はピタリと止まり、向こう600年は平穏を保ったのだという。咲耶には火を鎮める力があったのである。余談だが記録上、富士山に初登頂した女性は咲耶となっている。
異説では、火中出産を成し遂げた事で父の大山津見に実力を認められ、管理している山々から最も高い富士山を割譲されたとしている。この怒れる火の山を鎮めた方法は諸説ある。図らずも放置されたニニギは、心の虚しさを詠んだ句を残している。一応婚約の解消はしていないが事実上の別居状態である…。
様々な神としての信仰
火の中で出産した逸話と、富士山にまつわる伝説から火の神として全国の浅間神社で祀られる。室町時代から戦国時代にかけて富士山への信仰が盛んになり、山頂に木花咲耶姫を祀る神社(のちの本宮浅間大社)が建立。浅間大神の名で呼ばれるようになった。江戸時代に入ると、江戸一帯に雪が降る異常気象が発生。これを「富士山の神様が怒っている」と思った民衆は、こぞって富士山に行こうとした。しかし江戸から行くには箱根の関所を越えねばならず、思うように通えなかった。そこで全国に浅間神社が作られ、1300以上の社が現代にも残っている。
このように富士山や全国の浅間神社で祀られている。多くの神社で火の神とする一方、富士山本宮浅間大社では、「水の神として、富士山の噴火を鎮めるために祀られた」と説明しているという。毎年8月26日と27日には富士山の閉山を告げる火祭りが、富士吉田市で行われている。この火祭りの由来は、木花咲耶姫の火中出産から。元々富士山は女人禁制であったが、これは山を守る神様が女性(木花咲耶姫)だったからと言われている。もし女性を入れてしまうと女神が嫉妬し、噴火が起こると恐れられていた。1832年に女性登山家が登って以降、この考えは廃れつつある。富士山以外にも鹿児島県と宮崎県で信仰されており、鹿児島県旧金峰町(南さつま市に吸収合併)では道の駅きんぽう木花館に木花咲耶姫の銅像が建てられている。
太古の昔より、日本では様々な形で安産祈願が行われてきた。一晩で三子を身籠ったり、過酷な火中出産を成し遂げた木花咲耶姫もその一環で安産・子安・恋愛の神様として信仰されるようになった。『日本書紀』では、出産祝いに大山津見が神聖な田で収穫した米を使って造酒した事から父親ともども酒造りの神様にもなっている。いつ頃から酒造の祖神になったのかは不明だが、江戸時代後期に作られた『神道名目類聚抄』には「酒解子神は神吾田鹿葦津姫(木花咲耶姫の別名)」と記されている。京都の梅宮大社にて酒解子神(さけとけこのかみ)の名で祀られているのが有名。この時に造った酒は、甘酒のルーツなんだとか。
宮崎県西都市には西都原古墳群という311基の古墳が点在しており、その中には木花咲耶姫、ニニギ、大山津見の古墳がある。どうやら5世紀頃に作られたものらしく、このうち女狭穂塚(めさほづか)が咲耶の御陵だとしている。1895年より御陵墓地参考地に指定され、天皇家の御陵として宮内庁の管理下になった。また6世紀頃に造営されたとされる西都原唯一の横穴式古墳は「鬼の窟(いわや)」と呼ばれている。これは咲耶に求婚した鬼が、大山津見に言われて一晩で完成させたものである。しかし大山津見が完成させないために石を1枚抜き取った伝承が残っている。
木花咲耶姫を祀る社は全国に1300ヶ所以上あるが、岩長姫を祀る神社は希少である。宮崎県西都市穂北にある穂北神社は岩長姫を祀る数少ない社で、伝説ではニニギに返された後はここに鎮座したとされている。ちなみに穂北の地名は、咲耶が五十鈴川(現一ツ瀬川)に稲穂を流して岩長姫のもとへ届けようとしたら北岸に流れ着いた事に由来する(諸説あり)。
木花咲耶姫が火中出産した伝説の場所は二ヶ所あると推測されており、宮崎県西都市の都萬神社と宮崎市木花(きばな)地域自治区が有力。木花地域自治区の歴史は意外と浅く、明治時代に三村合併して木花村へ改名した事が始まりである。区内にある木花神社の祭神は勿論木花咲耶姫で、海岸部にある木崎浜はニニギの妃になった場所なのでそう呼称されている。
ご利益
ご利益は非常に幅広く、ここに列挙するのは極一部である。(太字は代表的なもの)
など。
木花咲耶姫をモチーフとした創作作品
「花のように美しい」ということからか、商業同人問わず様々な媒体で登場している。
- VOCALOIDオリジナル曲「コノハナサクヤ」(UPNUSY)
関連動画参照。 - ゲーム「ペルソナ4」(アトラス)
天城雪子のペルソナ「コノハナサクヤ」。炎属性の魔法を習得する。 - 小説「東方儚月抄 ~ Cage in Lunatic Runagate.」(作:ZUN、挿絵:TOKIAME)
藤原妹紅の過去に大きく関わる第4話にて、富士山の噴火を鎮める女神「木花咲耶姫」が登場する。 - キャラクターソングCD「初恋限定。Character File Vol.3」
アニメ「初恋限定。」の登場人物である千倉名央のキャラクターソング「空に舞う~コノハナサクヤ~」。 - ゲーム「大神」(クローバースタジオ、カプコン)
登場キャラクターのひとり、御神木「コノハナ様」の精霊「木精サクヤ姫」。アマテラスを蘇らせた。 - スマホゲーム「サモンズボード」(ガンホー)
登場モンスターの1体、コノハナサクヤ。自社コラボの形でパズル&ドラゴンズにも出張している。
関連動画
関連項目
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- 0pt