アルフレッド・マシュー・"ウィアード・アル"・ヤンコビック(Alfred Matthew "Weird Al" Yankovic, 1959/10/23 - )は、アメリカのシンガーソングライター、アコーディオン奏者にして、世界一の替え歌職人である。
ニックネームのWeird Alは「おかしなアル」という意味。日本では「アル・ヤンコビック」という表記が一般的だが、英語圏では「"Weird Al" Yankovic」とするのが普通である。
概要
ユーゴスラビア系アメリカ人の父ニックと、イタリアとイギリスのハーフである母メアリの間に生まれ、カリフォルニア州リンウッドで育つ。
彼の音楽の道の第一歩は、6歳の時に両親が彼にアコーディオンを買い与えたことである。ヤンコビック夫妻が一人息子にアコーディオンを習わせようと思ったのは、音楽教室のセールスマンが自宅を訪ねてきた際、同姓の偉大な奏者フランキー・ヤンコビック(グラミー賞も受賞しているポルカ音楽家。アルのヤンコビック家とは血縁も面識もない)を連想したためだという。「両親は僕が、アコーディオン片手にロックの世界に革命を起こす人物になると夢見てたんだ」と彼は後に語る。両親の期待とは少々違う形だったかもしれないが、アルもまた後にグラミー賞を受賞するミュージシャンとなる。
3年間音楽教室に通った後は独学でポルカ・アコーディオンの腕を磨くとともに、コメディ音楽の才能を開花させる。16歳の時、ラジオ・パーソナリティのドクター・ディメントがアルの学校を訪れた際、アルが自室で録音したテープを手渡したところ、これが気に入られてラジオ番組で流してもらえた。音楽家アル・ヤンコビックが世に出た瞬間である。
1983年、ポルカ奏者としてメジャー・デビュー。翌年のアルバム「"Weird Al" Yankovic in 3-D」の1曲目「Eat It」がグラミー賞のベスト・コメディ楽曲部門を受賞し、以来グラミー賞を受賞すること4回、ノミネートされること11回のパロディ音楽の第一人者として現在まで活躍している。
俳優としても活動し、007シリーズのパロディ映画「裸の銃を持つ男」シリーズでは皆勤賞。同シリーズの主演レスリー・ニールセンの映画「スパイ・ハード」ではテーマ曲を手掛けた。声優としてはディズニー・チャンネルのアニメ「マイロ・マーフィーの法則」で主演を務めている。
人物と評価
礼儀正しい人柄で、替え歌を作る場合は必ず事前にネタ元のミュージシャンに許可をとり、拒否された場合は発表しないというスタンスを貫いている。原曲へのリスペクトを忘れない姿勢から、パロディにされる側のミュージシャンからも高く評価される。
ただしパロディを快く思わない人物もおり、例えばエミネムのパロディPVは「イメージダウンになるから」と拒否されたほか、プリンスのパロディではもっと激しい拒絶を受けている。音楽賞でプリンスの近くの座席に座ることができたアルはせめて本人に挨拶をしようと試みたが、プリンスの顧問弁護士から「アイコンタクトをとるのも禁止する」旨電報が送られてきたという。ポール・マッカートニーはアルのファンを公言しているが、「Live and Let Die」を「チキン・ポット・パイ」というタイトルで替え歌にしたいという申し出に対しては「ベジタリアンである私の信条に適さない内容」だとして断っている(ちなみに現在はアル自身もベジタリアンである)。
日本だとEat Itのヒットで来日した頃の「もじゃもじゃのアフロヘアに大きなメガネ、鼻ひげ」のイメージが強いが、現在はレーシック手術を受けて視力を回復、アフロヘアも鼻ひげもやめている。
ヤンコビックとジョジョ
漫画『ジョジョの奇妙な冒険』第3部において、以下のようなシーンがある。
空条承太郎「『今夜はビート・イット』のパロディ 『今夜はイート・イット』を歌ったのは?」
ジョセフ・ジョースター「アル・ヤンコビック」
承太郎「……やれやれ 本物のようだな そんなくだらねえことしっているのは」
これはジョセフが吸血鬼DIOからの輸血で息を吹き返した際、孫の承太郎が、祖父がDIOに乗っ取られていないことを確認するために雑学クイズを出す場面。これで初めてアルの名を知った日本人も多いかと思われる(ちなみにEat Itの日本版タイトルは「今夜もイート・イット」が正しいが、そんなくだらねえことはどうでもいい)。
アニメ版でもこのシーンはそのまま再現され、英語字幕つきの映像をアル本人がインスタグラムで共有した。コメントはないが「#PointlessCrap」(くだらねえこと)のハッシュつきであり、楽しんでいるご様子。余談だが、このアニメでジャン=ピエール・ポルナレフを演じた小松史法は、のちに「マイロ・マーフィーの法則」でアルの声を吹き替えている。
代表曲
Eat It(1983年)
原曲はマイケル・ジャクソンの「Beat It」。好き嫌いの多い子供にひたすら「食え、食え」と食べさせようとする内容で、アルの出世作。マイケル本人からも絶賛され、PV撮影の際はBeat ItのPVと同じセットと、実際にマイケルが着た衣装を貸してもらえた。来日して「オレたちひょうきん族」に出演したときは、この曲をサビだけ日本語にして歌っている。ちなみにアル本人は「クリーム入りケーキにウィンナーをのせてチーズをかけて食べるのが好き」というかなりの悪食である。
Fat(1988年)
原曲はマイケル・ジャクソンの「BAD」。超肥満の男が自分のデブっぷりを高らかに歌い上げる内容。PVも特殊効果を使って原曲MVを見事に再現し、グラミー賞のベスト・コンセプトミュージックビデオ部門を受賞した。この曲もマイケルのお気に入りで、これが縁でマイケルの「Liberian Girl」のMVにアルが出演、「周囲の人物がアルをマイケルだと間違える」という演出になっている。
Smells Like Nirvana(1992年)
原曲はニルヴァーナの「Smells Like Teen Spirit」。この曲のヒットにより、アルはパロディ音楽の道を歩き続ける決意を固めたという。曲の内容は、カート・コバーンの独特の歌唱法を「何言ってんのかわかんねーよ」とちゃかしたものだが、当時「Smells Like Teen Spirit」の歌詞について様々な深読みを勝手にされることに辟易していたカートはこの曲を大喜びで聴いていたらしい。カートの死の直後、ニルヴァーナの地元であるシアトルでのライブを控えていたアルは大いに悩んだ末「カートならそう望むだろうから」とこの曲を歌い、温かい喝采を浴びた。
Bohemian Polka(1993年)
クイーンの「Bohemian Rhapsody」を、歌詞もそのままにメロディだけポルカ調にアレンジしたもの。なぜか本記事ができるより3年も早くこの曲個別の項目が作成されている。というわけで詳しくは「Bohemian Polka」を参照。(゚∀゚)HEY!
The Saga Begins(1999年)
原曲はドン・マクレーンの「American Pie」。この曲の歌い出しのフレーズが、スターウォーズシリーズのオープニングテロップの決まり文句に似ていることから、エピソード1のストーリーをオビ=ワン・ケノービの視点でなぞった内容になっている。原曲の韻を尊重し、いつも以上に韻を踏むことにこだわった作詞がなされた。PVではアル自らオビ=ワンに扮し、素顔の爽やかイケメンっぷりを披露している。
はじめアルは作詞の資料として脚本を見せてくれるようルーカス・フィルムに依頼したが拒否されてしまう。「パロディは新鮮さが命」と考える彼は、映画雑誌などの事前情報やネット上のリーク記事などを駆使して自らエピソード1のストーリーを組み立てて歌詞の原型を作ったうえで、自腹で試写会に参加して内容を微修正。すぐさまレコーディングして、リリースを映画公開翌月に間に合わせるという離れ業を行った。後日、ルーカス・フィルムの担当者から「この曲を聴いた時のジョージ・ルーカス氏の笑顔をあなたにも見せたかった」というメッセージが届いたそうである。
同様のコンセプトの曲として、2003年にはビリー・ジョエルの「Piano Man」に乗せてスパイダーマンを歌う「Ode to a Superhero」をリリースしている。
Polkamon(2000年)
オリジナル曲。ポルカのリズムに乗せてポケモンの名前を並べていく内容で、要は「ポケモン言えるかな?」の英語版である。韻を踏んだ歌詞、滑舌の良さ、ノリのいいポルカの作曲技術と、短い曲ながらアルの持ち味が詰まった一曲。映画「ルギア爆誕」の北米公開時のテーマ曲として作曲された。なぜアルに依頼しようと思ったのかいいぞもっとやれ。
Hardware Store(2002年)
オリジナル曲。何もない田舎に開店したホームセンターに熱狂する地元の人、というテーマで、超絶早口の歌唱が聴きどころである。数多くのPVがファンの手によって作られており、ニコニコ動画では東方手書きPVが人気。
White & Nerdy(2006年)
原曲はカミリオネアの「Ridin'」。タイトルは「白人でオタク」という意味で、これはアメリカのスクールカーストにおける被差別階級である。カミリオネアはこの曲について「本物のラップだ。クレージーだぜ」とコメントしている。
アルバム「Straight Outta Lynwood」のトップを飾ったが、ここに至るまでには紆余曲折があった。最初はジェームズ・ブラントの「You're Beautiful」の替え歌「You're Pitiful」をトップに据えようとしたものの、版元のアトランティック・レコードの許可が下りず頓挫。次にダニエル・パウターの「Bad Day」をパロディにしようとしたがこれも拒否された。後にダニエルはパロディを認めることを連絡したが、その頃には「White & Nerdy」のレコーディング準備に入っており、結局「Bad Day」の替え歌が作られることはなかった。
「You're Pitiful」について、ジェームズ・ブラント本人は許可していたのにも関わらずリリースできなかったことがアルには不満だったらしく、「White & Nerdy」のPVに、ウィキペディアのアトランティック・レコードのページが荒らされるシーンを挿入することで意趣返しをしている。
Don't Download This Song(2006年)
オリジナル曲。曲の違法ダウンロードをやめようと呼びかける内容だが、歌詞の随所に過度な著作権保護を皮肉る部分が見られる。この曲はアルの公式サイトから自由にダウンロードできるようになっており、曲名自体が著作権問題に対するパロディと言える。
Perform This Way(2011年)
原曲はレディー・ガガの「Born This Way」。内容はガガの様々なパフォーマンスを振り返るもので、PVではガガの奇抜なコスチュームに身を包んだアルが入れかわり立ちかわり画面に登場する。このPVは本家「Born This Way」を差し置いてグラミー賞のベスト・ショートミュージッククリップ部門にノミネートされた。
この曲のCDリリースは当初ガガのマネージャーにより拒否されたため、代わりにYoutubeに公開したところ、実はマネージャーから何も聞かされていなかったガガは驚愕。アルの大ファンを自認する彼女はマネージャーの対応に激怒し、頭越しにリリースの許可が出た。ガガ曰く「アルにパロディを作ってもらえることは、アーティストとして一つステップアップした証拠よ」とのこと。
アルは礼として、ガガがセクシャルマイノリティの支援活動を熱心に行っていることにちなみ、この曲の収益は同性愛者の支援団体に寄付すると発表している。
Tacky(2014年)
原曲はファレル・ウィリアムスの「Happy」。「tacky」とは「粘着性の」という意味の形容詞で、ここでは「悪趣味」「ダサい」といったニュアンスである。全篇ワンカットで撮影されたPVにはコミックソング歌手としても活躍するジャック・ブラックを初め、映画やドラマでおなじみの俳優たちが多数出演した豪華なものとなっている。
この曲が収められたアルバム「Mandatory Fun」は大ヒットし、なんとアルに芸歴30年にして初めてのビルボードチャート1位という栄誉をもたらした。コメディアルバムが全米1位を記録するのはアラン・シャーマン以来51年ぶりだそうである。もちろん同年度のグラミー賞ベスト・コメディ・アルバム部門も受賞した。
アルはファレル・ウィリアムスに対して彼の関わる楽曲3曲のパロディを打診、全てについて「光栄だ」との返事をもらったという。1曲目はこの「Happy」、2曲目はロビン・シックの「Blurred Lines」で、これは「Word Crimes」として同じく「Mandatory Fun」に収録されている。3曲目はダフトパンクの「Get Lucky」で、これについてもMinecraftをネタにした「Get Crafty」という曲が公開されたはずなのだが、現在は視聴できず、アルバムにも収録されていない。
関連項目
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