自由貿易(free trade)とは経済学の用語であり、保護貿易の反対語である。
概要
定義
自由貿易とは、関税などの規制を撤廃する貿易政策のことをいう。
自由貿易協定
自由貿易を推進するには、複数の国家が同時に関税を引き下げるなどの貿易政策を実行することが有効である。そのため複数の国家が自由貿易協定を結ぶことがある。
もっとも多くの国家が参加する自由貿易協定は、GATTやその後継のWTOが主導する多国間交渉のあとに決まる自由貿易協定である。GATTやWTOが主導する多国間交渉のなかで近年のものは、1986年から1994年までかかったウルグアイラウンドと、2001年から2014年までかかったドーハラウンドである。
GATTやその後継のWTOが主導する多国間交渉は非常に時間がかかるので、それを補完するように、GATTやWTOほどではないが多数の国家が参加する自由貿易協定が結ばれるようになった。欧州各国のECやその後継のEU、北米3国のNAFTA、南米諸国のメルコスール、大平洋に面する諸国のTPP、東南アジアと北東アジア諸国のRCEP、東南アジア諸国のAFTA、南アジア諸国のSAFTA、アフリカ諸国のAfCFTA、大西洋に面する諸国のTTIPなどである。
もっとも早く交渉が進むものは2国間の自由貿易協定である。ただし2国間の自由貿易協定の交渉は経済的に実力がある国家が主導してその国家が有利になるように進んでしまい、経済的に実力がない国家が泣き寝入りする可能性があるという欠点がある。2国間の自由貿易協定の代表例はFTAとEPAであり、FTA(自由貿易協定)とEPA(経済連携協定)はだいたい同じようなものだがEPAの方がより包括的で「投資環境の整備」や「ビジネス環境の整備」や「知的財産保護の強化」等を含む協定となっている[1]。FTAは日米FTAや米韓FTAなどが有名である。EPAは日墨EPA(日本・メキシコEPA)や日EU・EPAなどが有名である。
自由貿易の背景となる経済理論
自由貿易を支持する経済理論で最も有名なものは比較優位である。
比較優位とはイギリスの経済学者デヴィッド・リカードが提唱した考え方で、ごく簡単に言うと「国家は、自国の得意とする分野の生産に特化すべきであり、自国が得意としない分野において自国生産をとりやめて貿易によって賄うべきである。つまり国際分業をすべきである。そうすると資源の効率的配分が行われ、世界全体の実質GDPが増大する」というものである。
比較優位に対しては反論もあり、「比較優位に従って自国の得意とする分野の生産に特化すると、外国の需要に左右される不安定な国になる。モノカルチャー経済の国がそのようになっている。世界情勢が不安定になって地政学的な緊張が高まって外国の需要が大きく変化すると大打撃を受ける脆弱な国になり、経済安全保障を達成できなくなる」といったものが挙げられる。
自由貿易の提唱者
自由貿易はイギリスのアダム・スミスやデヴィッド・リカードといった古典派経済学の支持者によって唱えられた。
世界中の経済学部で採用されている教科書を執筆したN・グレゴリー・マンキューも自由貿易を大いに尊重する立場の経済学者である。
自由貿易が実践された時代
人類が大々的に自由貿易を実践した時代の代表例は、第一次世界大戦の直前までと冷戦が終わったあとの2回である。
第一次世界大戦の直前までは、イギリスが中心となって主要各国が金本位制を採用しつつ自由貿易を拡大し、第一次グローバリゼーションと呼ばれるほどになった。
1991年にソ連が崩壊して冷戦が終結したあと、アメリカ合衆国が中心となって自由貿易を拡大し、第二次グローバリゼーションと呼ばれるほどになった。この時期に自由貿易の拡大に貢献したのが世界貿易機関(WTO)である。
アメリカ合衆国において自由貿易が実践された時代
アメリカ合衆国は世界最強の覇権国家であり、他の国への影響力が大きい。
そのアメリカ合衆国で自由貿易が拡大した時代というと、1994年から2017年までである。1994年1月1日にNAFTAが発効し、この日から米国は自由貿易の国になった。バラク・オバマ民主党政権が2017年1月に終わるまで、アメリカ合衆国は総じて自由貿易の国であり続けた。バラク・オバマ政権はTPPの加盟に前向きで、NAFTAによってメキシコやカナダ経由で外国産の物品が安価に流入することを問題視せず、輸出の拡大を目指していた。
自由貿易を推進する経済体制
国際金融のトリレンマに従うと、世界中の国は①閉鎖経済の国と、②大国開放経済の国と、③固定相場制を採用する小国開放経済の国の3つに分類される。ただし、④変動相場制を採用する小国開放経済の国も存在しており、経済学において重要な分析対象になっている。
この①~④のなかで、国際的資本移動の自由化を導入していて自由貿易との相性が極めて良い国は②と③と④である。
長所
自由貿易には長所と短所がある。
本記事の『自由貿易の長所』の項目と『自由貿易の短所』の項目で詳しく述べる。
自由貿易を推進する人たちが好む言い回し
自由貿易を推進する人たちは様々な言い回しを駆使するので、本記事の『自由貿易を推進する人たちが好む言い回し』の項目で解説する。
自由貿易の長所
企業が海外の市場を開拓でき、企業の収益が増加しやすくなる
A国が自由貿易を採用するとき、大抵の場合においてA国以外の国と自由貿易協定を結ぶという形態になるので、A国以外の国も自由貿易をするようになる。
このためA国の企業は海外の巨大な市場に商品を売り込みやすくなり、A国において企業の収益が増加しやすくなる。
企業の提携や合併が進み、企業の収益が増加しやすくなる
資本量が多くて実質賃金の労働市場均衡水準が高い先進国のA国において、ある産業分野で自由貿易を採用すると、資本量が少なくて実質賃金の労働市場均衡水準が低い発展途上国からの輸出攻勢が強まり、国内市場に安価な輸入品が流通するようになる。そのため、その産業分野において、複数の同業の企業が提携したり合併したりしてスケールメリットを生かして低価格の製品を大量に販売して収益を増やすことが流行する。その結果として、A国において企業の収益が増加しやすくなる。
自由貿易が進展すると、スケールメリットによって収益を増やす企業が出現しやすくなる。
ある産業分野において市場に参加するすべての企業が協定を結んで提携することをカルテルといい、ある産業分野において市場に参加するすべての企業が合併して1つの独占企業になることをトラストという。自由貿易が進展した産業分野に属する企業は、カルテルやトラストに近い行動をとるようになる。
企業の提携や合併が進み、企業の費用が増加しにくくなる
A国において自由貿易が採用されると、企業の提携や合併が進んでいく。企業の合併が進んで巨大企業が誕生すると、その巨大企業は協力企業(下請企業)に対して価格交渉しやすくなり、外注費のような「協力企業に支払う費用」を増加させにくくなる。その結果として、A国において企業の費用が増加しにくくなる。
A国が保護貿易を採用して大企業Xと大企業Yが分裂したままでいると、大企業Xに納入する協力企業が大企業Xに対して値上げを求めるときに「この値上げが断られたときの我々には大企業Yに納入するという選択肢がある」と強気でいられる。こうしてA国において企業の費用が増加しやすくなる。
しかしA国が自由貿易を採用して大企業Xと大企業Yが合併して巨大企業Zが誕生すると、巨大企業Zに納入する協力企業が巨大企業Zに対して値上げを求めるときに「この値上げが断られたときの我々には巨大企業Z以外の大企業に納入するという選択肢がある」と強気になることが難しくなる。こうしてA国において企業の費用が増加しにくくなる。
原材料などを安く購入でき、企業や家計の費用が増加しにくくなる
自由貿易になると海外の安価な製品を購入できるようになり、原材料費や消耗品費といった企業の費用が増加しにくくなる。
また、自由貿易になると海外の安価な製品を購入できるようになり、食費などの家計の費用が増加しにくくなる。
19世紀のイギリスにおいて穀物法に基づく輸入関税があり、イギリス国内の穀物農家を保護していた。その穀物法を廃止することを支持した人々は「穀物法を廃止して輸入関税を撤廃すれば食卓が豊かになる」という主張を好んだ。
政府購入が減って実質利子率が下がり、企業の費用が増加しにくくなる
自由貿易を採用すると、輸入関税や輸入割当制度を担当する公務員を解雇することになり、公務員の雇用という政府購入を減らすことになる。
政府購入を減らすと「クラウディングアウトの逆」となり、実質利子率が下がり、企業が資金を借り入れるときに支払う利払い費用が減る。
企業がレントシーキングから解放され、企業の費用が増加しにくくなる
自由貿易を採用すると、自分たちの業界を輸入関税や輸入割当制度で保護してもらうために政党に献金をしたり役員を国会議員のところへ派遣して陳情させたりする企業が減る。つまり、レントシーキングに励む企業が減る。
このため自由貿易になると企業の寄付金や交際費といった費用が増加しにくくなる。
労働運動が弱体化して賃金が増えにくくなり、企業の費用が増加しにくくなる
資本量が多くて実質賃金の労働市場均衡水準が高い先進国において、ある産業分野で自由貿易を促進すると、資本量が少なくて実質賃金の労働市場均衡水準が低い発展途上国からの輸出攻勢が強まる。その産業分野に属する企業の役員(経営者)は、「発展途上国で生産された製品と価格競争するには、賃金を削減するしかない。さもないと企業が倒産する。労働運動をして賃金を労働市場で形成される均衡水準よりも上昇させている余裕などないのだ」と言って労働者の不安を煽って労働運動を沈静化させることが可能になる。その結果として、その産業分野に属する企業は、労働運動が弱体化し、戦闘的労働組合が御用組合に変化していき、労働者の賃金が労働市場で形成される均衡水準よりも高くなりにくくなり、賃金という費用が増加しにくくなる。
資本量が多くて実質賃金の労働市場均衡水準が高い先進国において、ある産業分野で自由貿易を促進すると、資本量が少なくて実質賃金の労働市場均衡水準が低い発展途上国からの輸出攻勢が強まる。そのため、その産業分野において、資本量が多くて実質賃金の労働市場均衡水準が高い先進国から資本量が少なくて実質賃金の労働市場均衡水準が低い発展途上国へ資本を移動させて工場などの事業所を移転させて逆輸入をすることが流行り、多国籍企業が出現しやすくなる。その産業分野に属する企業の役員(経営者)は、「君たちが労働運動をするのなら、我々は先進国で企業を廃業し、発展途上国で企業を創業する。先進国で工場などの事業所を閉鎖し、発展途上国で工場などの事業所を建設し、逆輸入をする」と言って労働者の不安を煽って労働運動を沈静化させることが可能になる。その結果として、その産業分野に属する企業は、労働運動が弱体化し、戦闘的労働組合が御用組合に変化していき、労働者の賃金が労働市場で形成される均衡水準よりも高くなりにくくなり、賃金という費用が増加しにくくなる。
ちなみに、自由貿易が進展すると国際的資本移動の自由化が進み、資本量が多くて実質資本レンタル料が小さい先進国から資本量が少なくて実質資本レンタル料が大きい発展途上国へ資本を移動させて工場などの事業所を移転させることが可能になり、先進国の資本量が減っていき、先進国の労働市場で形成される実質賃金の均衡水準が低くなっていく。このことは「底辺への競争」と表現される。
先進国において農林水産業から製造業・サービス業へ労働力が移行し、製造業・サービス業の企業の費用が増加しにくくなる
資本量が多くて実質賃金の労働市場均衡水準が高い先進国において農林水産業の分野で自由貿易を実行すると、資本量が少なくて実質賃金の労働市場均衡水準が低い発展途上国からの輸出攻勢が強まり、農林水産業の企業が国内市場において収益を減らしやすくなって倒産しやすくなる。
そうなると農林水産業に従事していた労働者が製造業・サービス業に流入しやすくなり、製造業・サービス業の企業において労働者の供給が増えやすくなる。その結果として、製造業・サービス業の企業の賃金という費用が増加しにくくなる。
ちなみに、農林水産業は都市化が進んでいない田舎で行われることが多く、製造業・サービス業は都市で行われることが多い。つまり農林水産業の自由貿易を進めると都市への人口流入が進み、「面」を支配する領域国家から「点と線」を支配する都市国家へ変化していく。
国家の相互依存を生み出し戦争を防止する(反論あり)
「自由貿易で国家間の相互依存が深まれば国家間の戦争が起こらなくなり平和が生まれる」と言われることがある。
たとえば、トーマス・フリードマンというジャーナリストは『レクサスとオリーブの木
』という著書の中で「自由貿易で国家間の相互依存が深まれば国家間の戦争が起こらなくなる。マクドナルドの店舗がある国どうしでの戦争は起こらない」という内容の黄金のM型アーチ理論(マクドナルド理論)を唱えた。
それに対して「自由貿易の体制になったとしても必ず平和になるわけではない」という反論が寄せられることがある。
第一次世界大戦の直前においてイギリスとドイツの間における貿易は非常に規模が大きかった[2]。それ以外の国々でも自由貿易が盛んであり、第一次グローバリゼーションと表現されるほどだった。しかし、1914年7月28日に第一次世界大戦が始まった。
ウクライナ戦争の直前において第二次グローバリゼーションと呼ばれるような自由貿易の時代であり、ロシアとウクライナは自由貿易をしていた。しかし、2022年2月24日にウクライナ戦争が始まった。
自由貿易の短所
人口空白地域が発生しやすくなって治安が悪化する
資本量が多くて実質賃金の労働市場均衡水準が高い先進国において農林水産業の分野で自由貿易を促進すると、資本量が少なくて実質賃金の労働市場均衡水準が低い発展途上国からの輸出攻勢が強まり、農林水産業の企業が国内市場において収益を増やしにくくなって存続しにくくなる。
農林水産業を主力産業にしている地方は製造業やサービス業が発展していないことが多い。このため、先進国において農林水産業の企業が存続しにくくなると、農林水産業を主力産業にしている地方が人口を維持しにくくなり、そうした地方で人口空白地帯が発生しやすくなる。
人口空白地域は草ぼうぼうの荒れ地になるので、凶悪犯罪者が凶悪犯罪の証拠品を隠滅するのに最適の場所である。人口空白地域が発生しやすくなると凶悪犯罪者が凶悪犯罪の証拠品を隠滅しやすくなり、凶悪犯罪者が凶悪犯罪を犯しやすくなり、治安が悪化する。ちなみに、ここでいう凶悪犯罪とは、殺人のような暴力犯罪の行為も含むし、人体に有害な化学物質を含む廃棄物を大量に不法投棄して水源に害を与えるような知能犯罪の行為も含む。
凶悪犯罪が抑制されずに治安が悪化すると、人々は生命・身体・自由・名誉・財産に危害を加えられることにおびえて生活するようになり、労働に集中できなくなる。労働者が職務専念義務を果たせなくなり、労働強化の逆が起こり、同一の資本量や労働時間であっても生産が減り、国家全体の生産技術が劣化する。国家全体の生産技術が劣化すると実質GDPや実質賃金や実質資本レンタル料や労働生産性Y/Lや資本生産性Y/Kがすべて下落するが、そのことはコブ=ダグラス生産関数で計算すれば明白である。
ちなみに、先進国において農林水産業の分野で自由貿易を実行すると、その国の地方に人が張り付けられず、その国が領域国家であることを維持できなくなる。人類の歴史は、中国でもインドでもメソポタミアでも地中海沿岸でも、「点と線」を支配する都市国家から「面」を支配する領域国家へ発展していった点が共通している。このため、領域国家であることを維持できない自由貿易は人類の歴史の流れに逆行する政策と言える。
人口が減少して移民の流入が増え言語や文化の統一性が維持されなくなる
資本量が多くて実質賃金の労働市場均衡水準が高い先進国において、ある産業分野で自由貿易を促進すると、資本量が少なくて実質賃金の労働市場均衡水準が低い発展途上国からの輸出攻勢が強まる。そしてその産業分野に属する企業は、国内市場において収益を増やしにくくなるので、労働運動が活発化して賃金という費用が増えることを全く許容しなくなり、労働運動が弱体化して賃金という費用が増えなくなることを大いに望むようになる。
そのため労働者の賃金が労働市場で形成される均衡水準よりも高くなりにくくなり、労働者の可処分所得が増えにくくなって労働者が消費に消極的になる。また、労働者は激しい消費を伴うことが予想される結婚に対して前向きに考えなくなり、結婚率が下落する。結婚率が下落すると人口が減少しやすくなる。
人口が減少しやすくなると、政府は移民の導入を大規模に行うようになる。移民の大規模な流入によって国家における言語や文化の統一性が弱まり、国民どうしが意思疎通を入念に行うことが難しくなり、国家において情報が十分に流通しにくくなり、消費者から生産者へ商品の善し悪しの情報を伝える機能が弱くなり、企業の内部で生産方法について情報を伝える機能が弱くなり、国家全体の生産技術が劣化する。国家全体の生産技術が劣化すると実質GDPや実質賃金や実質資本レンタル料や労働生産性Y/Lや資本生産性Y/Kがすべて下落するが、そのことはコブ=ダグラス生産関数で計算すれば明白である。
投票率が下がる
資本量が多くて実質賃金の労働市場均衡水準が高い先進国において、ある産業分野で自由貿易を促進すると、資本量が少なくて実質賃金の労働市場均衡水準が低い発展途上国からの輸出攻勢が強まる。そしてその産業分野に属する企業は、国内市場において収益を増やしにくくなるので、労働運動が活発化して賃金という費用が増えることを全く許容しなくなり、労働運動が弱体化して賃金という費用が増えなくなることを大いに望むようになる。
労働運動が弱体化すると労働組合が労働者に投票をしつこく呼びかけなくなり、選挙において投票率が下落していく。
投票率が下がると、無党派層の浮動票の影響力が弱まり、組織票だけで勝てるようになるので、立候補者は無党派層の浮動票を狙わなくなり、「無党派層に嫌われるようなことをやめよう」と思わなくなり、自浄作用が身につかなくなる。
大企業の労働者と中小企業の労働者の賃金格差が拡大する
資本量が多くて実質賃金の労働市場均衡水準が高い先進国において、ある産業分野で自由貿易を促進すると、資本量が少なくて実質賃金の労働市場均衡水準が低い発展途上国からの輸出攻勢が強まり、国内市場に安価な輸入品が流通するようになる。そのため、その産業分野において、複数の企業が提携したり合併したりしてスケールメリットを生かして低価格の製品を生産することを目指すことが流行る。
企業の合併が進んで規模の大きい大企業が誕生するようになると、その大企業は協力企業(下請企業)に対して価格交渉しやすくなり、協力企業からの値上げ交渉を断りやすくなる。A国が自由貿易を採用して大企業Xと大企業Yが合併して巨大企業Zが誕生すると、巨大企業Zに納入する協力企業が巨大企業Zに対して値上げを求めるときに「この値上げが断られたときの我々には巨大企業Z以外の大企業に納入するという選択肢がある」と強気になることが難しくなる。
自由貿易が促進されると大企業の巨大化が進むので、大企業の協力企業は大企業に対して価格交渉しにくくなり、価格転嫁しにくくなり、収益を上げにくくなり、労働者の賃金を増やしにくくなる。そしてごく一般的にいうと、大企業の協力企業は中小企業である。ゆえに自由貿易が進展すると、中小企業の労働者の賃金が増えにくくなり、大企業の労働者の賃金と中小企業の労働者の賃金の格差が大きくなり、格差社会や階級社会に近づいていく。
格差社会や階級社会になると、「あの人は自分とは出来が違うのでとても話しかけられない」と考える人が増え、人々が積極的情報提供権(表現の自由)を行使しにくくなり、社会の中で情報が流通しにくくなり、国家全体の生産技術が劣化する。国家全体の生産技術が劣化すると実質GDPや実質賃金や実質資本レンタル料や労働生産性Y/Lや資本生産性Y/Kがすべて下落するが、そのことはコブ=ダグラス生産関数で計算すれば明白である。
多国籍企業が増えて労働者が罵倒されやすくなり労働者が他者を攻撃するようになる
資本量が多くて実質賃金の労働市場均衡水準が高い先進国において、ある産業分野で自由貿易を促進すると、資本量が少なくて実質賃金の労働市場均衡水準が低い発展途上国からの輸出攻勢が強まる。そのため、その産業分野において、資本量が多くて実質賃金の労働市場均衡水準が高い先進国から資本量が少なくて実質賃金の労働市場均衡水準が低い発展途上国へ資本を移動させて工場などの事業所を移転させて逆輸入をすることが流行り、多国籍企業が出現しやすくなる。
企業の経営者は先進国の労働者と発展途上国の労働者を目で見て比較することが可能になり、先進国の労働者に向かって「我々経営者は、君よりも安い賃金で君と同じ働きをする労働者を、発展途上国においていくらでも見つけることができる」とか「発展途上国の労働者に君たちと同じ賃金を支払うと、君たちよりもずっと活発に働いてくれる」と言うようになる。実際には、発展途上国なら資本量が少ないので労働市場で形成される実質賃金の均衡水準が低くなるというだけのことであり、そのことはコブ=ダグラス生産関数からも明白なのだが、そういうことを無視し、先進国の労働者が低能で発展途上国の労働者が優秀であるかのように嫌みたらしく言ってのけ、先進国の労働者を罵倒する。
こうして、先進国の労働者は罵倒の言葉を浴びせられ、自信を喪失する。自信を喪失した人は自分以外の誰かを攻撃することで自信を取り戻す行動を行う習性があるのだが、自由貿易によって自信を喪失した先進国の労働者たちもそのようになる。ネット上で、あるいは政治活動で、もしくは経済論議で、対立相手を過度に攻撃し、険悪な雰囲気で攻撃をするようになる。そして、先進国において憎悪(ヘイト)が広がり、憎悪言動(ヘイトスピーチ)や憎悪犯罪(ヘイトクライム)や憎悪主義(ヘイト主義)が盛んになり、社会の分断が深まっていく。
自由貿易によって自信を破壊された労働者は、自分より劣った者を軽蔑して見下すことで自信を取り戻すことにも夢中になる。軽蔑というのは攻撃の一形態である。
自由貿易が進展した国では陰謀論を主張する人が現れやすい。「自分を含むごく少数の人が危機感を持っていて、自分以外の大多数の民衆は何も気づいていない」と脳内設定することで、「危機感を持っていない大多数の民衆」への軽蔑を無限に行って自信を取り戻すことができる。
また、自由貿易が進展した国では「外国語を理解できない人に対する軽蔑」が発生しやすい。外国語を理解できるかどうかの能力はすぐに判明する。意識高い系と呼ばれる人たちのようにビジネスの会議で外国語を使用してみたり、大きなイベントの標語に外国語を使用してみたりする[3]。そうした外国語を理解できずにキョトンとした表情をする人を見つけたら、すぐさま「外国語を理解できない人に対する軽蔑」をすることができる。
また、自由貿易が進展した国では、外国に対する軽蔑が発生しやすい。自国よりも劣ったところがあるように見える外国を紹介してそうした外国を笑いものにすることが流行する。そのように外国を笑いものにして軽蔑すると自信を取り戻すことができる。
また、自由貿易が進展した国では、一定の職業に対する軽蔑が発生しやすい。劣ったところがあるように見える職業を紹介してそうした職業を笑いものにすることが流行する。そのように一定の職業を笑いものにして軽蔑すると自信を取り戻すことができる。自由貿易が進展した国では株主資本主義が流行し、「民尊官卑の思想を広めて公務員を人々が馬鹿にするように誘導して政府購入を減らして実質利子率を引き下げて企業の利払い費用を減らして企業が税引後当期純利益を増やせるようにしよう」と考える人が増え、民尊官卑という職業差別が流行する。
多国籍企業が増えて労働者が罵倒されやすくなり労働者が攻撃的な政治家を支持するようになる
資本量が多くて実質賃金の労働市場均衡水準が高い先進国において、ある産業分野で自由貿易を促進すると、その産業分野で多国籍企業が生まれやすくなり、企業経営者が労働者を罵倒する現象が増え、労働者が自信を喪失する。自信を失った労働者は何かを攻撃して自信を取り戻すことに夢中になり、攻撃的言動を繰り返す政治家を強く支持するようになる。
アメリカ合衆国におけるドナルド・トランプ、日本における小泉純一郎や安倍晋三が攻撃的言動を繰り返す政治家の代表例である。いずれも自らに従わない勢力に対してレッテル貼りをして攻撃することに余念が無い政治家であり、ドナルド・トランプなら「彼はfar left(極左)だ」、小泉純一郎なら「彼は抵抗勢力だ」、安倍晋三なら「彼は日本を貶めようとしている」といったレッテル貼りを得意とした。ドナルド・トランプは2021年1月6日にアメリカ合衆国議会議事堂占拠事件を引き起こしたが、これも彼の攻撃的言動が招いたものだった。
自由貿易が進展した国では、名誉毀損罪や侮辱罪で訴えるスラップ訴訟をして相手の「表現の自由」を攻撃する政治家が増える。自由貿易によって自信を破壊されていて「何かを攻撃することで自信を取り戻したい」と思っている先進国の労働者は、そうした政治家を「敵に対して一歩も引かずに攻撃している人」と思い込み、「自分がしたいことを実行している人」と思い込み、強く支持することになる。
また、自由貿易が進展した国では政党間の対立が激しくなり、党派政治の色が濃くなり、「超党派の合意」とか「党派を超えた交流」というものが失われていく。このことはアメリカ合衆国で顕著であり、特に2010年代以降になって共和党と民主党の対立の激しさが明らかになっている。
人心が荒れて戦争が起こる
資本量が多くて実質賃金の労働市場均衡水準が高い先進国において製造業やサービス業の分野で自由貿易を実行すると、先進国において企業経営者が労働者を罵倒するようになり、労働者の自信が破壊される。自信を失った労働者は何かを攻撃して自信を取り戻すことに夢中になり、外国を攻撃することを支持するようになり、戦争の原因となる。
イギリスを中心とした第一次グローバリゼーションの最中の2014年に第一次世界大戦が発生したし、アメリカ合衆国を中心とした第二次グローバリゼーションの最中の2022年にウクライナ戦争が発生した。
自由貿易を推進する人たちが好む言い回し
「国際的潮流に乗れ」という
自由貿易を推進する人たちが好む言い回しというと「世界に置いていかれる」「世界中の国が発展し、日本だけが取り残される」「日本が世界の孤児になる」「バスに乗り遅れるな」といったものが挙げられる。いずれも国際的潮流に乗ることを奨める表現である。
この中でも「バスに乗り遅れるな」は人々の焦りを煽る性質を持つ巧妙な表現である。
1940年に首相に就任した近衛文麿はソ連・ドイツ・イタリアといった全体主義諸国の追随をしようとしていた。そうした近衛内閣の姿勢を支持する人たちが「バスに乗り遅れるな」と書き立てた(記事
)。それ以降の日本において、国際的潮流に乗っていくことを支持する人がしばしば新聞などで「バスに乗り遅れるな」と書く傾向がある。2013年~2015年に日本がTPP加盟交渉をしているときに「TPPに参加するのが世界的潮流である。バスに乗り遅れるな」と書く人が多かった。
「冷戦で自由貿易を支持する勢力が勝った」と言う
自由貿易を推進する人たちは「1991年にソ連が崩壊してロシアになり、ロシアが自由主義経済の一員になった。1940年代から1990年代まで続いた自由主義経済と共産主義経済の冷戦は自由主義経済の勝利で終わった」と語り、その上で「自由貿易を最大限に尊重すべきだ」と主張することがある。
ちなみに1948年から1994年まで続いたGATT(関税貿易一般協定)は、1930年代のブロック経済よりも自由主義を重んじるものであったが、1995年から続いているWTO(世界貿易機関)よりも保護主義を認めるものであって、自由主義と保護主義の中間に位置する協定だった。
GATTの体制では、農業・金融・電力・建設などの分野は貿易自由化の交渉から基本的に外されていた。貿易自由化の対象とされたのはもっぱら工業分野だったが、その工業分野においても様々な例外措置や緊急避難的措置(セーフガード)が設けられていた。例を挙げると、1956年から1981年の頃の日米両国はどちらもGATTに加入していたが、米国の要求により日本が綿製品・鉄鋼・繊維・カラーテレビ・自動車といった工業品の対米輸出を次々と自主規制することになった。GATTの体制における貿易は「管理された自由貿易」「マイルドな保護貿易」と言っていいようなものだった[4]。
冷戦で勝利した西側諸国のことを「自由主義経済の西側諸国」というのは決して正確な表現ではなく、やや無理がある表現である。
冷戦で勝利した西側諸国のことは「自由主義と保護主義の中間に位置するGATT体制を維持した西側諸国」と表現するのが正しい。
関連項目
脚注
- *日本商工会議所『EPAとは?』

- *第一次世界大戦の直前、イギリスとドイツの間の貿易はとても盛んで、ドイツにとってイギリスが最大の貿易相手国であり、イギリスにとってドイツは第二の貿易相手国だった。中野剛志が『富国と強兵』の342ページでそのことを指摘している。ちなみに中野剛志は、ピーター・リバーマンの『Trading with the Enemy: Security and Relative Economic Gains
』という論文を引用している。 - *日本国の東京で行われた2020年東京オリンピック・パラリンピックでは英語の標語が掲げられ、その英語の標語を日本語に翻訳しなかった。そのことを決定したのは日置貴之という人物である(記事
)。彼の発言からは「外国語を理解できない人に対する軽蔑」という心理が見え隠れする。 - *『富国と強兵』東洋経済新報社 中野剛志 448~449ページ、『奇跡の経済教室』株式会社ベストセラーズ 中野剛志 308~311ページ
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