ナリタトップロード単語

ナリタトップロード

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想いはひとつ、頂点への

振り返ればそこには、素らしきライバルとの覇を競った日々がある。

闘の末に咲かせた菊の大輪がある。だが君はひたむきに走り続けていく。

しのぎを削った友たちがターフを去った後も、世代の誇りを胸に抱き、新たなる戦いに挑む。

君と、そしてみんなの想いはひとつ。頂点トップへのロード

                                    JRA「ヒーロー列伝」No.53 ナリタトップロードexit

ナリタトップロードとは、1996年まれの競走馬1999年菊花賞に勝った名である。略称トップロードトプロ
しかしそれよりは、3年連続の天皇賞春3着の記録、そして勝ちの実績以上にファン援を集めたことが有名かもしれない。

な勝ち
1999年:菊花賞(GI)、弥生賞(GII)、きさらぎ賞(GIII)

2001年:
阪神大賞典(GII)
2002年:京都記念(GII)、阪神大賞典(GII)、京都大賞典(GII)

曖昧さ回避 この記事では実在競走馬について記述しています。
このを元にした『ウマ娘 プリティーダービー』に登場するキャラクターについては
ナリタトップロード(ウマ娘)を参照してください。

概要

サッカーボーイ *フローラルマジック。1996年生まれ。

1999年に、菊花賞含めた重賞3つを獲得。皐月賞テイエムオペラオーダービーアドマイヤベガと共に次世代を担う存在として期待された。だが、2000年は古王道を制覇するオペラオーと、それに及ばずも、オペラオー以外に先着を許さないメイショウドトウの陰に隠れてしまう。2001年以降は台頭する次世代と戦い、オペラオー引退した後の2002年には、古王道における99世代最後の壁として重賞3つを勝利する活躍を上げた。同年に引退

そのまま、種牡馬入りし、サッカーボーイの後継種牡馬となることが期待されたが、2005年11月7日午前1時心不全死亡した。

生涯

デビューからクラシックまで(1996年-1999年)

1996年4月4日北海道沙流門別町(現・日高町)の佐々木牧場で生まれる。

サッカーボーイ *フローラルマジック Affirmedという血統。サッカーボーイといえば、イッちゃった三白眼で有名なだが、ナリタトップロードはおっとりとした子供っぽいだったという。

牧場の期待だったトップロードは2戦で初勝利。3戦は敗れるものの、4戦は強気に格上挑戦、重賞きさらぎ賞へ向かい、ここを勝利弥生賞でもアドマイヤベガ追い込みを抑えて優勝。一躍クラシック戦線の注に躍り出た。

上は渡辺薫彦。当時25歳デビュー5年だった渡辺騎手にとって初の重賞勝ちがトップロードきさらぎ賞である。トップロードは所属の芳夫厩舎の期待。その期待に乗せてくれた師匠芳夫調教師に、是非G1タイトルを! 渡辺騎手は並々ならぬ決意でクラシックに望んだ。

しかし、皐月賞では猛然と追い込むトップロードの更に外から、次元の違う脚で飛んできた栗毛がいて負け。ダービーではその栗毛を差し切ったトップロードを更に外から切り捨てた良血に負け。

栗毛テイエムオペラオー。良血アドマイヤベガ。この二頭に阻まれて、クラシックは3着2着。渡辺騎手ダービーの検量室で男泣きに泣いた

を迎え、京都新聞杯アドマイヤベガに差し切られる。これは騎手の差が……。という話が当然出たのだが、調教師馬主を説得してまで渡辺騎手上に残した。

そして菊花賞。4コーナー出口で先頭に立ったナリタトップロードは渡辺騎手の執念の追いに応えてテイエムオペラオーの追撃をぎ切り、見事に優勝。あのテイエムオペラオー完封したのであるからこの勝利はもっと評価されても良い。渡辺騎手調教師共にG1初制覇。師った間である。

トップロード遂に、遂にやった! 渡辺やったー!渡辺やったーガッツポーズ
うれしい!うれしい! 渡辺やったぞ~! サッカーボーイも喜んでいる!

関西テレビ 杉本清アナウンサー

年末の有馬記念ではスペシャルウィークグラスワンダー名勝負に弾き出されて7着。これはまあ仕方がいところ……ではあるのだが、テイエムオペラオースペシャルウィークとのクビ差3着に突っ込んでいたことを考えると差をつけられてしまった感が否めなかった。

皐月賞テイエムオペラオーダービーアドマイヤベガ菊花賞ナリタトップロード。この内、アドマイヤベガが怪引退したため、次世代の古トップロードオペラオーが引っと思われた。だが、この後、トップロードは苦闘が続く。

……概ねのせいなのだが。

世紀末覇王の影で(2000年)

翌年は京都記念から始動。抜け出したテイエムオペラオーを狙い済まして猛然と外から追い込んで、よし!やった!!と思ったら、なんとオペラオーに差し返されて2着に敗れてしまう。この負け以後、「ライバル」だったテイエムオペラオー背中が「巨大な」に変わるのである。

阪神大賞典でもオペラオーマークしていながら追い込み切れずに3着。本番の天皇賞春でもオペラオーに競り潰されて3着。どちらもオペラオーを正面から負かしに行っての敗である。になっても京都大賞典オペラオーが交わせない。強い。絶対に強い。らのテイエムオペラオー。何しろこの年のオペラオーは結果的に敗だったのである。

苦手の渋い馬場秋の天皇賞ではついてさえ行けずに5着惨敗。ジャパンカップは今年からの新ルールに則り除外されるという更なる屈辱。オペラオーと同じ舞台にも立てないとは……。仕方なく出走したステイヤーズステークス。本来菊花賞が出てくるレースではない。当然、格下相手なので「勝たなければいけない」レースだったのだが……。直線入り口で置かれ過ぎたのがいて4着

外からホットシークレット! そして! ナリタトップロードは届かないのかどうか!
G1、ここでは負けられないが負けた!!

フジテレビ 吉田伸男アナウンサー

ひでぇ実況である。

流石にこれはい切れない負けだったのか、続く有馬記念では騎手ベテラン的場均に交代することになる。しかし有馬も9着。実はこのナリタトップロード、重馬場に加えて中山競馬場がすこぶる苦手であったのだ。大跳びのせいで小回りコーナーがたくさんあるとスピードを出し切れず、中山の長距離はどうも駄だった。騎手は関係なかった。

オペラオーが古王道制覇と満票による年度代表馬の栄誉に浴する中、トップロード勝利を上げられないまま、年を終えてしまった。更にこの年のGIでは、昨年までは一介の重賞1勝に過ぎなかったメイショウドトウ(実はトップロードと同じ)が本格化し、日経賞を除く競走でオペラオー以外に先着を許さなかった。このため、いつの間にかドトウこそがオペラオー最大のライバルと見なされ、トップロードラスカルスズカと共にその他大勢のポジションに甘んじることになる。

苦闘は続く(2001年)

01年緒戦の京都記念も一番人気ながら3着に敗れる。ここで的場騎手調教師転向のため引退するのだが、後任の騎手はなんと、再びの渡辺薫彦であった。実のところ、師は暮れの荒れた中山ではが乗ってもトップロードは苦戦すると覚悟していた。乗り代わりに的場騎手を推挙したのは腕前ももちろんだが、仮に勝っても翌引退が決定していたからである。勝敗に関わらず、なるべく渡辺騎手を下げずに、再びトップロードコンビを組めるようにする段取りだったのだ。

師の配慮とファンの期待に応えるべく、渡辺騎手の気合の入り方は普通ではなかったのだろう。阪神大賞典では斤量59キロを背負いながら、直線入り口で先頭に並び掛けると物凄い勢いでぶっ飛ばして後続に8身差。勝ち時計3:02.5当時の芝3000m世界レコードであり、レースレコードとしては未だに破られていないサトノダイヤモンドがコンマ1迫ったのみ)。惜敗続きだったナリタトップロードの圧勝にファンは沸き立ち、テイエムオペラオーへの辱に期待を膨らませた。

ナリタトップロードだ!久々に味わう勝利の美
渡辺薫彦です!ナベちゃんやりました! 渡辺薫彦とナリタトップロード!
あの菊花賞以来、久々に味わう勝利の美! 圧勝です!圧勝、レコードタイムです!

関西テレビ 馬場鉄志アナウンサー

しかし、降る中での天皇賞春は4コーナー出口先頭の積極策仕掛けともいう)も実らず、トップロードは残り200mで尽きテイエムオペラオーメイショウドトウに交わされて3着。なんというブロンズコレクターっぷり。逃げても、追い込んでもオペラオーが負かせない……。オペラオーだけならまだしも、それに続くメイショウドトウにすらかなわないのである。

更に京都大賞典逃げ込みを図るステイゴールドを追い込むナリタトップロード。外からテイエムオペラオーステイゴールドオペラオーも交わしきれないか!と思った間、トップロード渡辺騎手が落ステイゴールドオペラオー掛けて斜行し、トップロードと接触したのだ。辛うじて渡辺騎手事だったが、この落の仕方は物凄く手で「ナベ死んだんじゃないか!?」とファンになったものである。おかげで「渡辺ジャンプステークス」とかいう不謹慎ネタもできたが。ステイゴールド失格となり、オペラオーが繰り上げ1着。ステゴ上の後藤騎手オペラオー馬主に詰め寄られる一幕もあった。

天皇賞秋は回避。ジャパンカップではオペラオージャングルポケットの熱闘の後ろでこっそり3着を確保。ようやく、メイショウドトウに先着するも、このレースを見て「ああ、トップロードは、オペラオーよりどうしようもなく弱いんだなぁ」と思ったファンは多かった。なにしろ、このレースでは二着に負けてしまったオペラオーに3身は余裕でちぎられているのである。

苦手な中山有馬記念では10着。ちなみにこのレースラストランとなったオペラオーは5着。とうとう、古になってついに一度もテイエムオペラオーに先着出来なかったのだ。論勝てなかったのはトップロードだけではないのだが、クラシック戦線でのライバルと認め合っていたトップロード営にとっては屈辱的というしかなかった。実際、今では「オペラオーライバル」といえばメイショウドトウを挙げる人がほとんどのはずだ。最も、オペラオーに2回以上先着したはドトウともう一頭しかおらず、その一とはナリタトップロードである。

世代交代最後の壁として(2002年)

さて、の上のタンコブであったテイエムオペラオーメイショウドトウ引退したんである。いよいよナリタトップロードの時代が来る。

京都記念、60kgの酷量を背負いながらマチカネキンノホシを競り落として勝利すると、阪神大賞典でもジャングルポケットが二着確保に苦しむ中、余裕の連覇。おおおお! ファンはここに来ての本格化に采を送り、天皇賞春では彼を一番人気に支持した。

が、直線速めに抜け出したマンハッタンカフェが交わせず、後ろからジャングルポケットにも差されて3着。この天皇賞春3連続3着」という、有馬記念3連続3着のナイスネイチャに匹敵する記録が達成されたのであった。

、負傷療養中の渡辺騎手に代わって四位洋文に乗り変わった京都賞典では、直線入り口から先頭を譲らない強いレース勝利

世代交代?なんだそれは!? 関係ない! ナリタトップロードです!

関西テレビ 馬場鉄志アナウンサー

まぁ、新世代の筆頭たるマンカフェジャンポケ京都にいなかったけどさ……

マンカフェジャンポケもいない天皇賞秋は確かにチャンスだった。ところが、よりにもよってこの年は、東京競馬場修工事のために中山競馬場行われたのである。直線では良く追い込んだのだがシンボリクリスエスにわずかに届かず2着。当然ながらジャパンカップ中山開催であり……10着。

引退レース香港際競争を予定していたが、なんとこの年どころか3年間G1勝利にもかかわらず、有馬記念出走ファン投票1位の栄誉にく。この結果を受け、営は感謝の意味も込めて有馬出走を決断した。上には復調したベストパートナーナベちゃん。苦手なの中、苦手な中山で4着に頑って、現役生活を終えた。

結局、古になってからG1には勝てなかった。しかし、ラストラン後にスタンド前に帰ってきた時の歓は、ややもすると勝ったシンボリクリスエスに対するものよりも大きかったかもしれない。

種牡馬として(2003年以降)

その後は、サッカーボーイの後継種牡馬として期待されて種牡馬入りしたのであるが、種牡馬入り3年死亡。少ない産駒から重賞勝ちを出しているので、期待出来ただけに、非常に残念である。

評価

菊花賞に勝っているし、G2で5勝、重賞は計7勝もしているのである。世界レコードだって出している。並みのでなかったことは間違いい。

しかしながら、とにもかくにもどうしようもなく、底して勝ち味に遅いであった。それはもう偏にジリジリした末脚に原因がある。切れがく、後ろからは一歩届かず、かといってり切るには厚みが足りない。テイエムオペラオーの厚くて切れる世紀末一の末脚には到底太刀打ちできなかった。ついでに言えば、重い馬場が苦手なのにやたらを呼んでしまったり、ステゴに突き飛ばされて不調で走れなかったり、中山競馬場が苦手なのに(東京競馬場修工事のもあって)やたら中山で走らされたり、何かと運がないのも災いしてしまった。こう見ると、むしろ弥生賞はよく勝てたものだと思える。

栗毛筋肉々の体。パドック写真で物凄く見栄えがするであった。ほぼ文句テイエムオペラオーメイショウドトウよりも良い体であったと言って良いだろう。しかしながら戦績やレースに行っての底ではその二頭に一枚も二枚も劣る。って、体だけじゃいんだなぁと思い知らされたのがこのであった。

大きな故障は一度もせず、条件があったレースでは好走するで、何気に10億円近く稼いでいる。何とも馬主孝行なであった(馬券では3着が多かったので泣かされた人も多い)。この額はテイエムオペラオーにこそかに届かないものの、先に引退したメイショウドトウを上回るものであった。GI 1勝としては、ステイゴールドに次ぐ額であり、内に限れば最高額だった。[1][2]

渡辺薫彦騎手は全30戦中25戦に騎乗。この頃の渡辺騎手は未熟な若手でしかなく、正直、もっと良い騎手が乗るべきだという意見も強かった。しかしこコンビと、テイエムオペラオー和田騎手コンビが、アドマイヤベガ武豊に挑み、苦しみながらもそれぞれクラシックを勝ち取った様は清々しいものであった。最近は若手がG1を咲かせる場面をあまり見ない。外国人ばっかりではなく、若手騎手を素質に乗せてあげて欲しいものである。特に社台の……。

栗毛流星のグッドルキングホース1991年レオダーバン以来の父内国産馬クラシックホースに似ず性格も良かったようだ。惜しいレース続きが多くのファンされたナリタトップロード。直線入り口からこのだけを見ていたおかげで、レースの勝ちが分からなくなったファンも多い。

戦績

日付競走名格付け開催競技場距離天気馬場騎手頭数人気着順
1998年(旧3歳)
1 1998/12/5 3歳新 阪神 2000 渡辺薫彦 11 1 2
2 1998/12/27 3歳新 阪神 2000 渡辺薫彦 13 1 1
1999年(旧4歳)
3 1999/1/10 福寿草特別 500万下 京都 2000 渡辺薫彦 15 3 3
4 1999/2/7 きさらぎ賞 G3 京都 1800 渡辺薫彦 15 2 1
5 1999/3/7 報知杯弥生賞 G2 中山 2000 渡辺薫彦 15 2 1
6 1999/4/18 皐月賞 G1 中山 2000 渡辺薫彦 17 2 3
7 1999/6/6 東京優駿 G1 東京 芝2400 渡辺薫彦 18 1 2
8 1999/10/17 京都新聞杯 G2 京都 2200 渡辺薫彦 18 1 2
9 1999/11/7 菊花賞 G1 京都 3000 渡辺薫彦 15 3 1
10 1999/12/26 有馬記念 G1 中山 2500 渡辺薫彦 14 4 7
2000年(旧5歳)
11 2000/2/20 京都記念 G2 京都 2200 渡辺薫彦 11 2 2
12 2000/3/19 阪神大賞典 G2 阪神 3000 渡辺薫彦 9 3 3
13 2000/4/30 天皇賞(春) G1 京都 3200 渡辺薫彦 12 2 3
14 2000/10/8 京都大賞典 G2 京都 芝2400 渡辺薫彦 12 2 2
15 2000/10/29 天皇賞(秋) G1 東京 2000 渡辺薫彦 16 3 5
16 2000/12/2 ステイヤーズS G2 中山 3600 渡辺薫彦 11 1 4
17 2000/12/24 有馬記念 G1 中山 2500 的場均 16 3 9
2001年(現5歳)
18 2001/2/17 京都記念 G2 京都 2200 的場均 14 1 3
19 2001/3/18 阪神大賞典 G2 阪神 3000 渡辺薫彦 12 1 1
20 2001/4/29 天皇賞(春) G1 京都 3200 渡辺薫彦 12 2 3
21 2001/10/7 京都大賞典 G2 京都 芝2400 渡辺薫彦 7 2
22 2001/11/25 ジャパンC G1 東京 芝2400 渡辺薫彦 15 5 3
23 2001/12/23 有馬記念 G1 中山 2500 渡辺薫彦 13 4 10
2002年(現6歳)
24 2002/2/16 京都記念 G2 京都 2200 渡辺薫彦 9 3 1
25 2002/3/17 阪神大賞典 G2 阪神 3000 渡辺薫彦 9 1 1
26 2002/4/28 天皇賞(春) G1 京都 3200 渡辺薫彦 11 1 3
27 2002/10/6 京都大賞典 G2 京都 芝2400 四位洋文 8 1 1
28 2002/10/27 天皇賞(秋) G1 中山 2000 四位洋文 18 2 2
29 2002/11/24 ジャパンC G1 中山 2200 四位洋文 16 2 10
30 2002/12/22 有馬記念 G1 中山 2500 渡辺薫彦 14 4 4

血統表

サッカーボーイ
1985 栃栗毛
*ディクタス
1967 栗毛
Sanctus Fine Top
Sanelta
Doronic Worden
Dulzetta
ダイナサッシュ
1979 鹿毛
*ノーザンテースト Northern Dancer
Lady Victoria
*ロイヤルサッシュ Princely Gift
Sash of Honour
*フローラルマジック
1985 黒鹿毛
FNo.18
Affirmed
1975 栗毛
Exclusive Native Raise a Native
Exclusive
Won't Tell You Crafty Admiral
Scarlet Ribbon
Rare Lady
1990 鹿毛
Never Bend Nasrullah
Lalun
Double Agent Double Jay
Conniver

主な産駒

関連動画

 

関連商品

関連コミュニティ

関連項目

脚注

  1. *ステイゴールドGI勝利香港ヴァーズによるものである。
  2. *現在シュヴァルグランによって双方の記録とも更新された。
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掲示板

  • 146ななしのよっしん

    2022/05/10(火) 08:00:37 ID: 8n6rGiruQV

    >>142
    スタートはコネでも継続出来るのは本人の実やからね、二人ともリーディング上位の騎手だからいいウマ回っていくのは理解できる

  • 147ななしのよっしん

    2022/05/13(金) 15:43:27 ID: aBwyCh7DX+

    >>142 まぁ割と閉じた業界で村社会競馬界ではコネがやばい世界なのは事実だが 何のコネもない後藤とかはそれで苦労したし、ブルボンの戸山のとことかは村社会から反感を買う逆コネ騎乗過ぎて戸山さんも苦悩したし
    初期はどっこいな福永和田竜二質の差はまずの差だし その和田師匠のコネでオペを継続出来たし
    コネは別に悪でもないんよな コネをできるだけ排した全な実エージェント式や叩き上げ優遇式の2010年代べると騎手の育成という観点ではコロナ後のほうがよく見えるし

  • 148ななしのよっしん

    2022/06/23(木) 00:21:51 ID: Lh9m0UjAn1

    rubyタグ対応はええ!

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