寺沢武一 単語


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テラサワブイチ

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寺沢武一(テラサワ ブイチ)とは、日本漫画家である。

北海道旭川市出身。1955年3月30日生まれ。

概要

詳しい生い立ちなどについてはニコニコチャンネル内のBUICHIチャンネルexit_nicochannelも参照。

1976年手塚プロダクションに寄稿した事がきっかけで漫画手塚治虫に師事。この際に手塚プロ面接試験に落ちるも、手塚寺沢の描いた絵を見て「どうしてこんなすごい絵を描ける人を落とすんだ」というの一で採用が決まったのは有名な話。手塚プロでは漫画スタッフとして研鑽を積み、翌1977年読み切り『コブラ』でデビュー、翌年に週刊少年ジャンプにて連載版が開始。

7年間のロングヒットとなった本作はハードボイルドスペースSF融合させた人気作となり、1982年アニメ化もされた寺沢ライフワークとなった。女性の下半身を大きく映すパースがあったら、それはまぎれもなくヤツの作である。

以後も『BLACK KNIGHT バット』『ゴクウ』『NINJAカブト』などの連載を青年誌などで掲載。1987年寺沢プロダクションを設立、代表取締役に就任した。

それ以上に寺沢漫画デジタルを持ち込んだ人物であり、バットでは色にPC-9801を導入。1992年に連載された『武 TAKERU』は世界初のフルCG漫画としてその名を刻んでいる。コブラ連載終了後も度々新作を発表していたが、こちらも大半がそれらによるものである。

健康面でを脳腫瘍を患っており、三度の手術と後遺症によるリハビリを経て仕事に復帰するなどコブラにも劣らぬ生命力を見せていたが、2023年9月8日心筋梗塞にて死去。68歳

晩年はの場に車いす姿で登壇することが多く、体調面の不安が度々書き込まれていた。
2020年コロナ禍でも、フォロワーの読者エールを送るなどしていた。2020年7月12日にはリハビリ施設に入っていることもツイートしていたが、7月23日きを最後にTwitter更新されなくなった。
また、2019年4月ごろにはTwitterで元アシスタントと名乗る者からの嫌がらせなどのトラブルにも巻き込まれたりと、その生き方もコブラのような破天荒さがあった。こので本人のTwitterアカウントは非開()となっている。
2019年COMIC Huで連載されたコブラの新作『OVER THE RAINBOW』(未完)が遺作となった。

関連動画

関連静画

関連コミュニティ

関連項目

関連リンク

以下、生前寺沢が最後にったコブラ台詞である。

「見ろよ ここは天国だぜ!!」

COBRA OVER THE RAINBOW #06 21ページ 2コマより
ラスベガスカジノを前に美女シークレットドロシーの二人を連れて…

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最終更新:2025/05/15(木) 03:00

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