1900年(明治33年)
| 前回の子年 | 前年 | 当年 | 翌年 | 次回の子年 | |
|---|---|---|---|---|---|
| 年 | 1888年 | 1899年 | 1900年 | 1901年 | 1912年 |
| 干支 | 子 |
亥 |
子 |
丑 |
子 |
1900年の事柄
1900年は19世紀最後の年である。
軍部大臣現役武官制が制定される
5月、9代総理・山県有朋が軍部大臣現役武官制を制定。陸軍大臣と海軍大臣は現役の大将と中将に限ることが定められる。
この結果、軍部が内閣への協力を拒否すると陸・海軍大臣を立てることが出来ずに内閣が組閣できなくなる可能性が生まれた。実際、1912年の第二次西園寺公望内閣では内閣に不満を持った陸軍大臣が辞任し、軍部が後任を出さず組閣できなくなり総辞職に追い込まれた。
政党政治による軍への介入が防がれるようになり、日本はシビリアンコントロールを失っていく。
義和団事件
6月、義和団事件(北信事件)が勃発。アヘン戦争での敗戦以来、列強各国が中国各地を分割していたが、これに対し民間の宗教団体「義和団」が武装蜂起した形。反キリスト教、反帝国主義を掲げて前年より勢力を拡大しており、6月にはついに北京に侵攻した。
西太后ら清朝政府は6月21日、義和団側について列強各国に宣戦布告した。これに対し、北京で包囲された人々の救援を目的に日本を含む8ヶ国連合が北京へ出兵した。
8月14日、連合軍は市街戦の末に北京を占領。各国公使館を解放した。西太后は紫禁城を捨て、西安に逃亡。手のひらを返して義和団を「反乱軍」とし、清朝政府に連合軍の攻撃が向かないようにした。
8月には義和団討伐を名目にロシア帝国が満州に侵入。義和団事件収束後に撤退を求められても撤退せず、のちに朝鮮半島に軍事拠点を建設するようになり、日露戦争のきっかけとなる。
公衆電話が街頭に設置される
9月、公衆電話が上野・新橋駅に設置される。10月には日本初の電話ボックスも建てられた。電話交換手に繋いでもらう形式なのでボタンもダイヤルもなく、入れられた硬貨の種類は対応するゴングや鐘の音を聞いて電話越しに人間が判断していた。
公衆電話はそれまで電信局・電話局内の電話所にしかなく、街頭に設置されたのはこの年が初めてだった。当時は自動電話と呼ばれていたが、1925年に「公衆電話」と改められた。
→ 公衆電話
鉄道唱歌が出版される
この年、鉄道沿線の風景や歴史を、七五調の言葉で記した教育用の唱歌「鉄道唱歌」が出版される。
5月10日に初めて出版されたが出版社がすぐに倒産したため、楽器店(現存する日本最古の楽器店、三木楽器)を営んでいた三木佐助が再度出版、楽団を乗せた列車を走らせるなどの広告戦略が当たり人気を集めた。
この年に「東海道編」「山陽・九州編」「欧州磐城編」「北陸編」「関西・参宮・南海編」が次々と出版された。
→ 鉄道唱歌
東京でネズミの買上げが開始される
1月15日、ペストの予防のため、東京市の交番で1匹5銭でネズミを買い上げる制度が開始される。明治30年のコーヒー1杯が2銭くらいなのでそこそこの報酬である。地方で大量にネズミを仕入れてネズミ成金になる者もいたという。
ペストは当時、1894年(この年は北里柴三郎がペスト菌を発見した年)から貿易港である香港の大流行から世界中に拡大しており、たくさんの死者が出ていた。この年より日本は国を上げてネズミの駆除に乗り出すことになり、警視庁による大規模なネズミ駆除も何度か行われた。
ペストは1899年からの27年間で2420人の死者を出したが、防疫対策により終息。1927年以降国内での感染例は報告されていない。2024年より北里柴三郎は新千円札の肖像画になった。
→ ペスト
1900年の出来事
| 1月 | 日本楽器製造(現・ヤマハ)がピアノの製造を開始 |
| 1月15日 | ペスト予防のため東京市の交番でネズミの買上げが開始される |
| 1月20日 | ハワイでペストが流行、ペスト撲滅のため汚染された建物に火を放つが、延焼で日本や中国の移民が多く住むチャイナタウンの大部分が焼失(チャイナタウン炎上事件) |
| 2月23日 | 遊廓の娼妓が抱え主の同意を得ずに(借金の返済などを考慮せず)自由廃業することを認める判決が出され、娼妓の自由廃業が活発になる |
| 3月6日 | 天文学者の平山信が東京天文台(現・国立天文台)で小惑星を観測、1903年にオーギュスト・ッシャルロワにより軌道が確定され、命名権を譲られた平山は「東京(Tokio)」と名付ける |
| 3月7日 | 下水道法が公布され、汚水・雨水の自由勝手な放流が禁止される |
| 未成年者喫煙禁止法が公布される(くわえタバコで登校する小学生が跡を絶たなかったため) | |
| 3月10日 | 感化院法が公布され、全国に感化院(児童自立支援施設)の設置が義務付けられる |
| 治安警察法が公布され、労働運動や政治結社、集会などの取締りが強化される | |
| 3月30日 | フランスが女子と児童の労働時間を1日11時間に制限 |
| 4月8日 | 山陽鉄道が運行していた夜行列車に日本初の寝台車を導入する |
| 4月14日 | パリ万国博覧会が開催され、マネキン人形第1号が出品される ~11月12日 |
| 4月17日 | 飲食物、化粧品、玩具類への鉛使用が禁止される(大阪で幼児がガラガラを舐めて鉛中毒になった事件がきっかけ) |
| 4月30日 | 軍艦マーチが神戸沖の観覧式で初めて演奏される |
| 5月 | 皇太子(のちの大正天皇)結婚を祝してサンフランシスコ在留邦人会が自動車を献上するが、試運転中に皇居の濠に落ちる(日本初の交通事故とされる) |
| 5月10日 | 「鉄道唱歌」が出版される |
| 5月17日 | アメリカで児童文学「オズの魔法使い」が出版される |
| 5月24日 | 内務省、満18歳未満の娼妓を禁止(逆に18歳未満の少女が遊廓より劣悪な環境で私娼として売られることになった) |
| 6月1日 | 函館に電話が開通する |
| 6月21日 | 警視庁が人口や車両の増加に伴い、左側通行の取締規則を制定する(翌年より運用開始) |
| 北清事変、清国が義和団側につき列強各国に宣戦布告 | |
| 7月2日 | ツェッペリン伯爵が発明した飛行船の試験飛行が行われ、18分間の飛行に成功 |
| 7月14日 | 第2回夏季五輪となるパリオリンピックが開催される ~10月28日 |
| 7月19日 | 万博・オリンピックに合わせてパリに地下鉄が開業する(パリ・メトロ) |
| 8月10日 | 京都で都ホテルが開業 |
| 8月14日 | 連合軍が北京を総攻撃、18日までに義和団を鎮圧 |
| 8月15日 | 西太后が紫禁城を捨て、西安に逃亡 |
| 8月20日 | ロシア帝国が哈爾濱(ハルビン)を占領 |
| 小学校令が改正され、尋常小学校が4年生となり義務教育の授業料が廃止された | |
| 9月10日 | 英語研究のため留学を命じられた夏目漱石が横浜港を出港 |
| 9月14日 | 津田梅子が女子英学塾(現・津田塾大学)を開校 |
| 9月15日 | 立憲政友会が結党され、伊藤博文が初代総裁となる |
| 9月21日 | ロシア帝国が吉林を占領 |
| 10月1日 | 官鉄(官設鉄道、のちの国鉄)が東海道線の夜行急行に寝台車を導入する |
| 10月2日 | ロシア帝国が奉天を占領 |
| 10月15日 | 南方熊楠が大英博物館勤務から14年ぶりに帰国 |
| 10月21日 | 留学中の夏目漱石がパリ万博を見物 |
| 10月25日 | ペスト予防のため長崎でネズミの買上げが始まる |
| 11月10日 | 東京帝国大学(現・東京大学)の運動会でメートル法が採用される |
| 11月11日 | ロシア帝国が満州における権益の独占を清朝政府に認めさせる(事実上の占領) |
| 「春のうららの隅田川」で始まる「花」を掲載した、瀧廉太郎の歌曲集「四季」刊行 | |
| 12月 | カナリアの飼育が流行する |
| 東海道線の車両に機関車の蒸気を用いた暖房が導入される(機関車の近くは暑く、後方はさほど暖かくならなかった) | |
| 12月1日 | この日、グアダルーペカラカラの最後の目撃情報があったとされる |
| 12月14日 | マックス・プランクが物理学会で量子仮説を発表 |
| 12月31日 | この日から翌年の元日にかけて慶應義塾で「19~20世紀送迎会」が開かれる |
| 不明 | この頃、スティーブンイワサザイが移入された飼い猫に借り尽くされて絶滅したとされる |
| 猿渡浪蔵が立川で鮮魚商「稲毛屋」を創業(現・いなげや) | |
| 「幼年唱歌」が刊行される。掲載された「モモタロウ」には「気は優しくて力持ち」という一説があり、ドカベンの山田太郎やセーラージュピターを象徴する言葉として後年使われた。 | |
| この年以降、横浜の外国人居留地で中華料理店が一気に増える(現在の横浜中華街) | |
| フロイトが「夢診断」の研究を発表 | |
| 木村家が日本で初めてジャムパンを発売する | |
| キノホルム、ヨードホルムが殺菌剤として使用されるようになる | |
| 衆議院に温水式暖房機が設置される | |
| 35年前に発表されたメンデルの遺伝の法則が再発見され、現代遺伝学の基礎となる |
架空の出来事
- タワー・オブ・テラー(東京ディズニーシーのアトラクション)
- 1月1日の0時ちょうど、シリキ・ウトゥンドゥの呪いによりハイタワー三世が乗ったエレベーターが最上階から地上に落下し大破。シリキ・ウトゥンドゥとトルコ帽を残してハイタワー三世は消息を絶った。
1900年生まれの著名人
| 1月1日 | 杉原千畝 | 領事館、外交官、ナチス・ドイツの迫害から逃れる難民に大量のビザを発給 |
| 1月4日 | ジェームズ・ボンド | 鳥類学者、007シリーズの主人公「ジェームズ・ボンド」の名前は彼から取られた |
| 1月16日 | エーディト・フランク | 「アンネの日記」の著者アンネ・フランクの母親 |
| 1月25日 | 石坂洋次郎 | 小説家、「青い山脈」 |
| 2月11日 | 戸田城聖 | 宗教家、創価教育学会初代理事長、創価学会第2代会長 |
| 3月17日 | アルフレッド・ニューマン | 映画音楽作曲家、20世紀フォックスのスタジオロゴのファンファーレ作曲者 |
| 3月19日 | フレデリック・ジョリオ=キュリー | 原子物理学者、キュリー夫人の娘の夫、ノーベル物理学賞受賞者 |
| 4月4日 | 市村清 | 実業家、リコー三愛グループ創始者 |
| 4月5日 | スペンサー・トレイシー | 俳優、「アダム氏とマダム」「老人と海」 |
| 4月25日 | ヴォルフガング・パウリ | 物理学者、パウリの排他律などの発見でノーベル物理学賞を受賞 |
| 4月28日 | ヤン・オールト | 天文学者、「オールトの雲」の提唱者 |
| ハインリヒ・ミュラー | 軍人、ナチス・ドイツでホロコーストの計画と遂行を主導 | |
| 5月13日 | カール・ヴォルフ | 軍人、ナチス・ドイツでハインリヒ・ヒムラーの副官を務める |
| 6月5日 | ガーボル・デーネシュ | 電気工学者、ホログラフィーの発明でノーベル物理学賞を受賞 |
| 6月29日 | アントワーヌ・ド・サンテグジュペリ | 作家、飛行機パイロット、「星の王子さま」 |
| 7月4日 | 中谷宇吉郎 | 物理学者、雪の結晶の研究者、世界初の人工雪の制作に成功した人物 |
| 9月13日 | 大宅壮一 | ノンフィクション作家 |
| 9月20日 | 立石一真 | 実業家、オムロン創業者 |
| 10月7日 | ハインリヒ・ヒムラー | 軍人、ナチス親衛隊のトップとしてユダヤ人や反ナチ勢力を弾圧 |
| 11月3日 | アドルフ・ダスラー | アディダス創業者 |
| 11月8日 | マーガレット・ミッチェル | 小説家、「風と共に去りぬ」 |
1900年に亡くなった著名人
| 3月6日 | カール・ベヒシュタイン | ピアノ製造技師、ピアノメーカー「ベヒシュタイン」創業者 |
| ゴットリープ・ダイムラー | 技術者、自動車開発者 | |
| 4月7日 | フレデリック・エドウィン・チャーチ | ハドソン・リバー派の画家、「ナイアガラ」 |
| 5月2日 | イヴァン・アイヴァゾフスキー | 多くの海洋画を残した画家、「第九の海」 |
| 5月5日 | デニー・マックナイト | 球団オーナー、ピッツバーグ・パイレーツ創設者 |
| 6月3日 | メアリー・キングスリー | 探検家、アフリカの生活を紹介しヨーロッパの人々に影響を与えた |
| 7月22日 | イサーク・レヴィタン | ロシアの風景画家 |
| 8月14日 | 王懿栄 | 金石学者、甲骨文字の発見者 |
| 8月23日 | 黒田清隆 | 陸軍軍人、政治家、第2代内閣総理大臣 |
| 8月25日 | フリードリヒ・ニーチェ | 哲学者、「神は死んだ」「ツァラトゥストラはかく語りき」 |
| 10月28日 | フリードリヒ・マックス・ミュラー | 東洋学者、比較言語学者 |
| 11月30日 | オスカー・ワイルド | 劇作家、「幸福な王子」「サロメ」 |
関連動画
関連項目
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