アルゼンチンモリゴキブリとは、爬虫・両生類飼育者たちのもとに舞い降りた、黒い天使である。
学名のBlaptica dubiaの種小名から、デュビアとも呼ばれている。国内での通称はデュビアのほうが一般的なので、本稿もそれに準拠する。
和名 | アルゼンチンモリゴキブリ |
学名 | Blaptica dubia (Serville, 1838) |
英名 | Dubia roach, orange-spotted roach, Guyana spotted roach, Argentinian wood roach |
界 | 動物界 Animalia |
門 | 節足動物門 Arthropoda |
綱 | 昆虫綱 Insecta |
目 | ゴキブリ目 Blattodea |
科 | オオゴキブリ科 Blaberidae |
属 | ブラプティカ属 Blaptica |
種 | アルゼンチンモリゴキブリ B. dubia |
原産地 | ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイ |
体長 | 40-45㎜ |
概要
下の画像を見て、爬虫類や両生類を飼育しているマニアたちは「うまそう(うちのペットたちが大喜びで食うだろうなという意味で)」と考える。ゴキブリが苦手な方は注意。
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デュビアちゃんマジ天使
- 臭わない。
まったくの無臭ではないが、おなじく生き餌としてポピュラーなコオロギに比べると、その差は歴然。 - 頑健である。
コオロギは水を切らすとあっけなく全滅する。餌を切らしてもすぐ死ぬ。そしてケージ内が臭いだすと自分たちの臭いで昇天する。
一方でデュビアは水切れにも絶食にも強い。ゴキブリの名に恥じぬ生命力であなたの爬虫・両生類飼育ライフをサポートしてくれる。 - 共食いしない。
コオロギは餌そのものが少ないときはもちろん、餌に動物質が足りないとすぐに共食いを始める。
そこへいくと「和を以て貴しとなす」を体現しているデュビアは、よほど餌を与えずにいれば共食いするかもしれないが、ほぼしない。逆に「仲間の死体とか抜け殻くらい食って片付けてくれや……」といいたくなるくらい共食いしない。 - 繁殖が容易。
成虫を数十匹ほど飼育していれば勝手に増えてくれる。ある程度の自給自足ができるのである。 - サイズが選べる。
これは各サイズが販売されているというより、前出の「共食いしない」「繁殖が容易」であることと繋がっている。繁殖させて、生まれたベビーをそのまま成虫たちとおなじケースで飼育できるので、大きなペットには成虫を、小さなペットにはその口に合うサイズの幼虫を、というふうに自分で都合のよい大きさのデュビアを収穫できるのである。 - 壁を登れない。
我々が日ごろ台所で見かけるチャバネゴキブリやクロゴキブリは、ガラス窓さえも難なく登っていくことができる。
しかし、デュビアはツルツルした垂直の壁を登ることができない。つまり脱走しにくいし、メンテ時や収穫時にケースの壁を登ってきた連中にあっちこっち逃げられて大わらわ、などとてんてこ舞いを演じずにすむ。 - 鳴かない。
コオロギを自家繁殖させようとするとオスの成虫たちによる大合唱がはじまる。だが慎み深いデュビアは夜ごと控えめにがさごそするだけで、盛りのついたコオロギのような自己顕示欲を発揮したりはせず、あなたの快適な睡眠を邪魔することはない。 - 捕まえやすい。
ぴょんぴょん跳ねるコオロギと違って、万事のんびりとしたデュビアは人の手で簡単に捕獲できる。ペットの餌として取り出すときに楽なのはもちろんのこと、ペットのケージへ持っていくあいだに落としてしまったときも、奥ゆかしいデュビアは数秒後には必ずやあなたの手中へ戻っていることだろう。 - 噛まない。
コオロギはニッパーのように強力な顎を持っている。これがコオロギ自身の凶暴な性格と手を組むと、餌として与えたはずのコオロギがあなたの愛するペットを攻撃するという言語道断の由々しき事態につながる。
しかし、遠慮会釈がクチクラを着て歩いていると名高いデュビアなら、あなたのペットを攻撃することなどありえない。あなたも噛まず、ペットも噛まず、きっと大人しく食べられてくれるだろう。 - 栄養価が高い。
デュビアは高タンパクで高アミノ酸、脂質もコオロギより多いもののレッドローチより少ないので肥満のリスクが低く、総合的に見て栄養価が高水準かつバランスよくまとまっている。さすがに単食は避けるべきではあるが愛するペットの主食として申し分ない。もちろん、昆虫の例に漏れずカルシウムよりリンのほうがはるかに多く含まれているため、カルシウムのサプリメントを添加してからペットに与えるべきだが、それはほかの餌用昆虫も同じであり、あなたが偉大なるデュビアを選択肢から外す正当な理由にはなり得ない。 - 嗜好性が高い。
わさわさとしたその動きが、爬虫類や両生類たちの食欲を刺激する。デュビアを手にしたあなたを見たペットは、やがて訪れる至福の瞬間を予感して、いてもたってもいられなくなるだろう。
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このように、餌用昆虫を必要とする飼育者にとって、デュビアはまさに福音をもたらす天使なのである。餌用コオロギの臭いと全滅癖とジャンプ力に疲れたあなた、今日からデュビアはいかが?
飼い方
まずケースを用意する。プラケースでもいいし、衣装ケースでもいい。壁面が垂直でツルツルしているものが好ましい。
デュビアは飛ばないので蓋をしなくても大丈夫、と宣う人をたまに見かけるが、デュビアは飛ぶ。
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デュビアはオスの成虫にのみ翅がある。彼らの翅は飾りではない。セミのような上昇力もバッタのような航続力もないが、蓋のない飼育ケースから飛び出るには十分な飛翔力を生む。そのため蓋は必須である。
ちなみに、デュビアは近親交配が進むとオスが生まれやすくなるという。オスは飛ぶことができるので、より遠くの土地へ行き、血縁関係の薄い同種と配偶できる可能性がメスよりも高い。血が濃くなるとオスの割合を増やす性質を持っていたがゆえに過度な近親交配を回避できて生き残ってきた個体群が、現在のデュビアであると考えられる。
飼育ケースは、おなじものをもう1つ用意すると後述する掃除のときに都合がよい。
次にシェルター。なにせゴキブリなので隠れ家が必要である。紙製の卵パックがよく用いられる。
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このように何枚か重ねる。隠れることができて、かつ仲間と密集する状況だとデュビアは安心する。卵パックは汚れたら適宜交換する。
園芸用の鉢底ネットを適当なサイズに切り、筒状に丸めたものも良いシェルターになる。洗って何度でも再利用できるので長い目で見ると経済的。
新聞紙は蒸れるので適していない。
床材
なにも敷かなくてもよい。どうせ糞が積もり積もって床材の代わりになる。
土やバーミキュライトを敷いている人もいるが、ダニが湧きやすくなる。敷くか敷かないかは各自の好みで。
絶対にダニを発生させたくないという人は、PRO GRADE seriesの防ダニ消臭マットを敷いておくのもオススメ。ダニの予防効果は随一である。すでにダニがケース内に大量発生していても、このマットを敷けば1週間~1ヶ月で殲滅できるほど強力。それでいてゴキブリにはまったくなんの悪影響もない点も高ポイント。予防にも駆除にも使える優れモノである。
防ダニマットを駆除に使う場合、シェルターは撤去しておく。マットにデュビアが潜るため、効果的にダニを虐殺できる。
餌
餌であるデュビアも生き物なので、餌が必要である。しっかりと食べさせて太らせた栄養満点のデュビアは、あなたのペットをより健康にするためのごちそうとなるだろう。
生き餌にしっかり餌を与えて栄養価を高めることをガットローディングという。たとえば爬虫類用人工フードを食べてくれないフトアゴヒゲトカゲに与える予定のデュビアに、餌として人工フードを食べさせてガットローディングすれば、フトアゴはデュビアとともに間接的に人工フードも食べることになるのである。
デュビアはゴキブリだけあってなんでも食べる。野菜クズ、果物の皮、昆虫ゼリー、前述の爬虫類用人工フードなどなど。野菜はタマネギなどの「動物に食べさせてはいけないもの」以外ならなんでもよい。サンドイッチを作るときに余ったパンの耳なんかも大好物。
デュビア用のフードも販売されているし、コオロギ用フードでもいい。
動物質の餌を多く与えると臭いがきつくなる。とくにドッグフードやキャットフード、熱帯魚の餌、カメの餌、これらは異臭の原料となる。
うさぎ用やモルモット用のペレットフードを主食にしていると臭いはほぼなくなる。肉ばかり食べていると臭くなって、野菜や果物を多く摂っていると体臭が抑えられるのは、人間もゴキブリも同じであるようだ。
いずれにせよ、餌はケース内にばら撒いたり直置きにしたりせず、皿に乗せて与えること。単純に不衛生だからである。ことに粉末状の餌をばら撒くとコナダニが発生しやすい。皿はツルツルした素材だと小さな個体は登れないので、ザラザラした皿、側面をやすりがけした浅いタッパー、爬虫類用の餌皿を使うなど気を遣ってあげたい。
水と湿度
デュビア唯一と言ってよい弱点が蒸れである。ケースの内壁が結露するような蒸れた環境では、いかなデュビアといえどもあっけなく全滅してしまう。湿度が高いとダニも湧きやすい。とにかくデュビア飼育において、蒸れは親の仇よりも憎まなければならない。
ケースは必ず通気性を確保しておくこと。衣装ケースで飼う場合は蓋にドリルで穴を多数あけるか、蓋の縁部分を残してくり抜いて金網をねじ止めする。面倒なら金網をケース上部に被せて蓋にする。デュビアの糞がだしの素の顆粒なみにパサついている環境がベストである。乾燥していればいるほどニオイも少なくなる。
霧吹きは手っ取り早い水分補給だが、蒸れやすいし、糞に水がかかると臭いだす。あえて霧吹きせず、水分は昆虫ゼリーや野菜クズのみで補給させる手もある。
ケース内にシリカゲルをセロテープで留めておくのもいいだろう。
逆に水分が足りない環境では、オスの成虫同士が翅を齧りあう行動が散見される。翅の齧られたデュビアを見つけたら水分不足を疑ってみよう。
温度
25℃~28℃くらいが最もよく殖えるという。生存だけなら寒冷地でもなければ通年室温のままでも構わない。人間が生きられる温度なら大丈夫。もちろんケースを直射日光の当たる場所には置かないこと。
冬も元気に繁殖させたい場合は、パネルヒーターをケージ下に敷く。このときケージの底面全体には敷かず、1/3くらいの面積を温めればいい。デュビア自身に居心地のよい温度帯の場所を選ばせよう。
日ごろの管理
とくになにもすることはない。餌と水分を切らさないように心がけるくらいである。ただし、壁を登れないデュビアも、壁に付着した汚れを足がかりに登ることはある。蓋をしていれば逃げられまいが、そこまで汚れていたらそもそも不衛生なので掃除しよう。ペットの口に入るものである。ダニが湧いても面倒だ。
掃除のさいは、ゴミ箱の上でデュビアをふるいにかける。ふるいはホームセンターなどで売られている園芸用のものでいい。目の大きさは1齢幼虫が通れないくらいがよい。
ふるいにかけ終わったデュビアは、新しい飼育ケースに移して飼育する。元のケースはきれいに洗って(洗剤は使わないこと)次回の掃除に備えよう。
飼っているうちに自分なりの管理方法が見えてくるので、上記の方法にこだわる必要はない。
なお、デュビアのベビーは親たちの糞を食べて、生存に必要なバクテリアを獲得しているという説もある。たとえば木造家屋を食い荒らすシロアリは、広義ではゴキブリの仲間だが(ゴキブリ目のうち、ゴキブリでないものはすべてシロアリである)、シロアリは摂食した木材のセルロースを自分自身では消化できず、腸内の原生生物とその細胞内共生微生物に分解させ、栄養とエネルギーを得ている。シロアリは他個体の糞を食べて腸内微生物を共有することが知られている。もともと森林棲で朽ち木や落ち葉を主食にしていると思われるデュビアも、植物質を効率よく消化吸収するための共生生物を仲間の糞から受け継いでいることはじゅうぶんありえよう。
ほかにも、糞から放出されるフェロモンには、デュビアに「仲間が近くにいる」ことを認識させ、落ち着かせる効果があるともいわれている。
以上のことから、糞をひとつ残らず清掃すると、逆にデュビアの飼育や繁殖に支障をきたすおそれがある。水清ければ魚棲まずともいうし、デュビア飼育ではあまり潔癖になりすぎないほうがいいかもしれない。
繁殖
デュビアの繁殖にあたって人間がするべき特別なことはなにもない。彼らを健康に飼育していれば、あとは時間がデュビアの数を増やしてくれる。
これがコオロギだと、産卵床を用意し、卵を大事に大事に管理して、幼虫が孵化してからも共食いに神経を尖らせながらキープしなければならないが、我らがデュビアは飼い主にそんな負担は求めない。放っておけば産卵・孵化・成長まですべて自分でしてくれる。
というのは、通常のゴキブリは卵がたくさん詰まった卵鞘(らんしょう)というカプセルを産むが、デュビアはこの卵鞘を体内で孵化させるからである。卵の管理を母親がしてくれるのだ。交尾したメスの成虫はいったん卵鞘を体外へ露出させ、のちに体内へ格納して育てる。運がよければ脱腸のごとくメスの尻から飛び出した卵鞘を目撃できるだろう。
母の体内で孵化した幼虫たちは晴れて出産のときを迎える。成虫とおなじものを食べられるのでそのまま飼育できる。放っておけば勝手に増えるゆえんである。
なお、デュビアは成長が遅い。1齢幼虫が成虫に育つまでに半年くらいはかかる。ゴキブリというと繁殖力が強いイメージがあるかもしれないが、少なくともデュビアは短期間のうちに爆発的に増殖するとはいえない。繁殖力だけは餌用ゴキブリとしてデュビアとともに双璧をなすレッドローチに譲る。自給自足が軌道に乗るには時間がかかるだろう。
しかし、成長が遅いということは、小さい幼虫をそのままのサイズで比較的長期間キープできるということでもある。あまり大きなサイズの餌を食べられないペットを飼育しているなら、長いあいだ小さいままでいられるデュビアの成長の遅さはむしろメリットといえるだろう。
ちなみにオスの成虫は、鈴虫のように翅を立てて、メスを誘因するフェロモンを放つ。もちろん人間には匂わない。編者は翅を立てているオスの尻に、別のオスが引き寄せられているさまを見たことがあるが、彼の真意は不明である。
扁平個体
デュビアは通常、前後に細長い楕円形をしている。しかし、自家養殖をしていると、寸詰まりになって円形に近い体型の個体が目立つようになる。そういった個体は通常個体より薄っぺらいので「扁平」と呼称されている。
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↑中央の個体がいわゆる「扁平」。左の個体に比べると寸詰まりになっているのがわかる。さながら三葉虫である。
扁平個体は厚みがなく紙のようにペラペラで、同齢の通常個体よりもはるかに軽量なので、いかにも栄養価が低そうである。扁平個体については飼育者たちのあいだでさまざまな噂が流れていた。
……などなど。
いまだに断言はできない状態ではあるが、有力説は最後の「餌や水分の不足」とされている。というのも扁平個体に餌と水分をたっぷり与えると次回の脱皮で正常な体型に戻ったという報告が多く聞かれるからだ。「死亡率が高く、成虫になれない個体が多い」というのも、そもそも扁平個体は栄養と水分が不足しているために生存率が低いと考えればつじつまは合う。
「生涯治らない」は眉唾ということになるが、脱皮しないと体型が回復しないので、すでに成虫になっている扁平個体はどれだけ餌と水分を与えても残念ながら治る見込みは薄いといわざるをえないだろう。
扁平は遺伝するのかについてだが、扁平はあくまで個体の栄養と水分の不足、つまり後天的な要因によるので、遺伝はしないと考えてよい。しかし扁平個体が生じる環境は慢性的な餌および水分の不足が疑われるので、環境を改善しないかぎり子供たちもいずれは扁平になる蓋然性は高い。これが「扁平は遺伝する」と飼育者に勘違いさせてしまった原因だろう。
「近親交配が進むと生まれやすくなる」説については、数年以上にわたってインブリード(近親交配)をし続けている飼育者と、デュビアを飼育してまだ1~2年の飼育者とのあいだで、扁平個体の生まれる確率に有意な差があるとするデータがない。よって現状ではなんともいえない。
「餌に動物質が多いと扁平になりやすい」は根拠がない。編者は1年以上もウサギ用ペレットとプロゼリーしか与えていなかったが、それでも扁平は一定数存在しているからである。
飼育者を悩ませる扁平だが、おそらくは餌と水分の不足、あるいは全個体に行き渡っていないことが大きな原因と考えてよいと思われる。デュビアはあまり移動せず、気に入った場所でじっとしているタイプなので、給餌に餌皿を用いている場合、餌皿から遠く離れた端っこを棲みかにしている個体は食いっぱぐれている可能性が考えられる。
扁平が見つかったら、餌やりの方法を再考してみたほうがいいかもしれない。
男やもめと不衛生なケースにはウジがわく
デュビアのケースにダニに次いで大量発生しやすいのがコバエ、ならびにその幼虫のウジ虫である。
長期飼育(≒養殖)をしていると、デュビアの自給自足をはじめて間もないころには想像もしていなかった事態がかならず訪れる。あまりに殖えすぎてしまうことである。
デュビアは成長が遅く、まして自分で増やした成虫をペットに与えられるようになるには少なくとも半年~1年以上の気の長い話となる。だが彼らはあるときを境に、なかなか殖えないなぁとやきもきしていたのがうそのように指数関数的に大増殖しはじめる。さながら厳しい修行に没頭しつづけた禅僧がいつの間にか悟りを開いていて、しかもその自覚がないように、デュビアの養殖も無我夢中で飼育を続けていると忘れたころに自給自足が完成しているのだ。
さてここで問題が生じる。いちど爆発的に増殖しはじめたデュビアは歯止めがかからず、個体数は増加の一途をたどり、ケース内が異常な高密度になってしまう。すると糞は湿ってベチャベチャになり、蒸れに耐えきれず死亡する個体が散見されるようになる。通常、デュビアの死骸は乾燥している。しかし超高密度の飼育環境では、すし詰めにされた満員電車の車内のように、人いきれならぬ虫いきれで蒸れてしまい、死骸は湿ったまま放置される。するとそこにどこからともなく侵入してきたコバエが卵を産み、ウジがわいてしまうのである。
デュビアが殖えすぎた飼育環境は、蒸れたデュビアがひっくり返ってもがき苦しみ、ウジの大群が波打つように蠢き、コバエが雲霞となって飛び回り、さらにはすさまじいアンモニア臭に悩まされる地獄の様相を呈するようになる。
忘れてはならないのは、ウジの大量発生は環境悪化の結果であって、飼育環境を悪化させる原因ではないということだ。たしかに文字通り虫の息となっているデュビアにウジがたかっていると、あたかもウジがデュビアに悪さをしているように見える。だがコバエのウジは腐敗の進んだ柔らかい動物質しか食べられない。個体数が多すぎて蒸れてしまう劣悪な環境こそが、頑健なデュビアでさえも死に至らしめ、同時に死骸を湿らせて腐敗させ、ウジの大量発生を招いてしまう下手人なのだ。
対策としては、あまりデュビアの飼育密度を高くしないことが第一。自家繁殖がいったん軌道に乗ると際限なく殖えてしまうので、ふだんから個体数過多になっていないか観察すること。
「デュビアの飼育をはじめて1年目の夏にはコバエもウジも出なかったのに、2年目の夏はウジがわいてしまった」という嘆きの声がしばしば聞かれるのも、養殖があまりにも順調に進みすぎて飼育密度が限度を超えてしまったがゆえである。ケースの床面をデュビアが埋め尽くす光景を見てうっとりしている場合ではない。
日常的に世話をしていると感覚がまひしてきて、殖えすぎているのかどうか判断しかねる場合もあろう。そのためメンテ時に糞を観察する。糞が湿っていたら個体の密度が高すぎて蒸れてきている証拠だ。ウジのわく前兆でもある。新しいケースを用意してデュビアの半数ほどを移そう。
ウジがわいてしまった場合はどうするか。ケースごとリセットするのが手っ取り早い。ようはデュビアごとウジをすべて殺してしまうのである。ケースをひっくり返して中身をゴミ袋に突っ込み、デュビアが逃げ出して野生化しないようゴミ袋を念入りに踏み潰す。ついでにゴミ袋内にゴキジェットプロを噴射し、とどめにバポナのうじ殺しも撒いて、可燃ごみの日に出す。ケースを再利用するなら水洗いにとどめること。
デュビアがもったいないなら、健康そうな個体を新しいケースに移せばよい。ただしウジがわいた環境では尋常でない数のデュビアがいるはず。選別はなかなか骨の折れる作業となるだろう。
いずれにせよ、ふだんから衛生面に気を配っていればコバエもウジもわかないし、ニオイも軽減できる。なによりあなたのペットも気持ちよくデュビアを食べられるだろう。
脱走対策
前述のとおり脱走しにくいゴキブリであるが、脱走の可能性はゼロではない。また、地震や飼い主の不注意でケースがひっくり返ってしまい、デュビアが蜘蛛の子を散らすように逃げ出すかもしれない。
デュビアは南米の熱帯地方原産なので、日本では越冬はむずかしい。だが、そこはゴキブリ。もしかしたら国内でも暖かい地方なら冬を耐えるかもしれない。もしデュビアが日本に帰化してしまったら、既存の生態系を脅かす結果につながるかもしれない。アリゲーターガーやブラックバスのように特定外来生物に指定され、生体の輸入も売買も全面禁止されるかもしれない。この手の法律は一度決まると緩和されることはまずないので、爬虫・両生類飼育者たちはデュビアという救世主を永遠に失ってしまう。つい忘れがちだが、デュビアは単なるゴキブリにすぎないので、世間も容赦はしてくれないだろう。ゆめゆめ、外に逃がしたりせぬよう気をつけられたい。
念のため、デュビアを飼育している部屋にはゴキブリホイホイを設置し、家じゅうにブラックキャップを仕掛けておくなど、脱走されても屋外へ出さない工夫をしておこう。
もしなんらかの事情でデュビアを飼えなくなったら、デュビアを食べるペットを飼育している知人や馴染みのペットショップなどあらゆるツテを使って引き取ってもらおう。新しい里親が見つからなかった場合は、そのときはデュビアをあなた自身の手ですべて殺していただきたい。殺虫剤だともしかしたら気絶するだけであとで息を吹き返して、ゴミ袋を食い破ってエスケイプするかもしれないので、かならず物理的に潰して完全に息の根を絶つこと。生きたままトイレに流すのも不確実だ。かならず殺しておこう。デュビアを日本の自然に放つわけにはいかないのである。
恐れていたデュビアの日本定着
2月1日、共同通信は千葉県の野外にてデュビアが確認されたと報じた。ニュース記事はこちら→南米ゴキブリを野外で確認、千葉(記事におもいっきりデュビアの画像が貼られているので注意)
ただし、記事に貼られているデュビアの画像が「2018年撮影」となっていて、また、国の研究機関である農研機構農業環境変動研究センターがわざわざ調査をしたということは、これよりも以前から同県で野生化したデュビアの情報が未確認ながらも寄せられていたということにほかならない。
南米からの貨物船にこっそり便乗してきたデュビアが定着した可能性もゼロではないが、餌用のものが逃げ出した、あるいは捨てられて野生化したと考えてまず間違いないだろう。ただでさえゴキブリは巷から蛇蝎のごとく嫌悪されている。ましてゴキブリを輸入・繁殖させている人間の存在など完全に想像の外だろう。あまつさえ逃がしたり捨てたりするたわけがいるとなると、先述したデュビアの特定外来生物の指定もけっして大げさな話ではなくなる。
今回の報道は、いわば世間からデュビア飼育者たちに対して突きつけられた最後通牒である。以降も変わらずデュビアを野外に放つモラルのない飼育者が後を絶たないようなら、残念ながら遠くない将来、日本では生きたデュビアを拝むことはできなくなるだろう。デュビアが飼育できなくなって困る人間など日本の総人口の0.1%もいないのだ。[1]
もしデュビアの飼育・売買が法的に禁止されて爬虫類・両生類飼育者が嘆きの声をあげても、世間は「身から出たサビ」として取り合わないだろう。よって、「自分はちゃんと責任もって最後まで飼育してるから関係ない」などと他人事のように考えず、最低でもデュビアを野外へ放つ輩を減らすよう、愛好家の一人一人が努力する必要がある。
具体的には、日ごろからSNSなどで定期的に「不要になったデュビア引き取ります!」とアピールすることが挙げられよう。デュビアをそこらへんに捨てる飼育者たちに「逃がしちゃだめです」「最後まで責任を持って……」と正論で訴えたり性善説を信じても限界があるので、飼育者間での買取りの習慣を定着させるのだ。どうせ捨てるなら売ったほうが得だと考えるように誘導するのである。捨てる奴はそれでも捨てるだろうが、一人でもデュビアを野に放つ飼育者を減らすための地道な草の根運動くらいしか、個人レベルでできることはない。そして、できることは迷わず実践するべきなのである。
アレルギー
デュビアアレルギーとでもいうべきアレルギーを発症する人がしばしば見られる。バッタ博士として有名な前野ウルド浩太郎博士は、研究で来る日も来る日もバッタを触るうち、バッタに触れた部分にじんましんが出る“バッタアレルギー”を発症してしまった。これと同様、最初はデュビアを触ってもなにも問題なかった人が、繰り返し触っているうち、ある日突然デュビアにアレルギー反応を起こすようになったという事例は実際に多い。症状としては、花粉症のようなくしゃみ、せき、喘息、鼻漏、流涙、目のかゆみなどが挙げられる。デュビアに触られた部分が赤く腫れてかゆくなる人もいる。
とくにデュビアの糞にアレルゲンが多く含まれるらしい。人間にはアレルギーを発症する一生モノのゲージがあって、アレルゲンを摂取するにしたがってどんどんたまっていって、ゲージが満タンになると、それ以降はアレルゲンとの接触でアレルギー反応を起こす体質になるようだ。心配なら、デュビアのケースを掃除するさいはマスクとゴム手袋を着用し、デュビアやその糞とじかに触れないようにして、自身のアレルギーゲージを蓄積させないように気をつけよう。
不思議なのは、デュビアアレルギーになった人でも、レッドローチなど他のゴキブリにはアレルギー反応がなかったりすることである。詳細は不明。
デュビアそのものではなく、ケースに湧いたダニがアレルギーを誘発している場合もある。ダニやダニの糞、死骸は、日常生活でも代表的なアレルゲンである。ダニはデュビアの死体にわく。収穫時やメンテ時にケース内をチェックして、デュビアの死骸が転がっていたらすみやかに除去しよう。
もしくは、ケース内に溜まりに溜まったデュビアの脱皮殻や死骸、食べかす、ホコリ……これらのゴミが乾燥、風化した微粒子がハウスダストとしてアレルゲンになっている可能性は否定できない。
いずれにせよケース内をあまりに不潔にしておかなければアレルギーは発症しにくくなるだろうし、発症ずみでも症状を軽減できるだろう。だが、あまりに重症で、デュビアのケースがある部屋にいるだけで喘息になるというような場合は、残念ながらデュビア飼育はあきらめよう。冷凍/乾燥コオロギや冷凍バッタなど、生きた昆虫の代用になる餌はたくさんある。
関連動画
関連項目
脚注
- *0.1%というのは決していい加減な数字ではない。総理府調べによると爬虫類を飼育している世帯は全世帯のうち0.45%だが、爬虫類・両生類雑誌クリーパー誌を発行している宇田川氏によれば、国内で飼育されている爬虫類のうち60%はカメが占めており、トカゲは30%ほどであるという。PDFはこちら。
実際にはカメもトカゲも飼っている飼育者もいるだろうが、そもそも全世帯のうち0.45%の世帯しか爬虫類を飼っておらず、しかも国内で飼育下にある爬虫類のうちトカゲが30%しかいないのであれば、デュビアを必要とする国民の数がいかに少ないかが推測できるだろう。少数の意見を無視するのは民主主義の理念に反するが、デュビアの飼育・売買を禁止にして困る人の数と、デュビアの野生化による環境破壊と世論の硬化とを秤にかければ、政府がどう判断するのかは目に見えている。
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