夫婦別姓または夫婦別氏とは、結婚した後も互いに姓を変えずに元々の姓を名乗る(ことができる)という制度である。
概要
現在日本では民法第750条「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する」に従い、結婚後はどちらかの姓に統一しなければならない。
しかし、婚姻による改姓によって、以下のような問題も起きている。
- 改姓する方がアイデンティティを失う
- 結婚or離婚したというプライベートな情報を隠したくても伝えなくてはならない
- 仕事上不便になる(旧姓での実績が結びつかなくなる、同一人物と認識されない)
- パスポート、健康保険証、株式口座といった名前の記載のあるすべてのものに対して名義変更する手間と費用がかかる
- 海外で活動する場合、改姓が理解されにくい
こうした問題があるために結婚を取りやめる人もいるほか、名前を変えたくないため事実婚を選択する人もいる。(事実婚は事実婚でまた別の問題がある)
こうした問題を解決するため、同姓にするか別姓にするかを選べる制度を選択的夫婦別姓または選択的夫婦別氏といい、日本で導入すべきかどうかが議論されているのはこちらである。
ちなみに2019年現在、夫婦同姓が法で規定されており別姓の選択権すら無いのは日本だけである。
また、「結婚後はどちらかの姓に統一しなければならない」のは日本人同士の結婚の場合のみであり、国際結婚の場合は夫婦別姓のままで婚姻届が提出できる。
利点・懸念点
メリットとしては、以下のようなものが具体的な実利として挙げられる。
- 名前を変えずにすむので面倒な手続きや手数料の負担がなくなる
- 仕事で築いた実績の断絶を回避できたり人間関係を維持できる
- 法的な規定こそ無いものの習慣的に変更するのはほぼ女性であり、変更に伴う負担についての男女間の格差を解消できる
一方、夫婦別姓の問題点として、反対派からは以下のようなものが挙げられる事が多い。
ただし、夫婦別姓を選べる他国(日本以外のあらゆる国が該当する)では家庭に一体感が無く、伝統が破壊されていて、病院などで家族と認識してもらえず、子供の姓をどうすべきか混乱し続けていて、結婚が犯罪に利用されるが多いとするには無理があり、多分に感傷的な根拠と言えるだろう。
なお、子供の姓については、1996年の法制審議会(法務省)答申[1]にて、
夫婦が各自の婚姻前の氏を称する旨の定めをするときは、夫婦は、婚姻の際に、夫又は妻の氏を子が称する氏として定めなければならないものとする。
という案が既に提示されている他、同答申以降、公明党や超党派野党から度々提出されている民法改正案[2]では、
別氏夫婦の子は、その出生の際に父母の協議で定める父又は母の氏を称するものとする。
とされている。また、子供の姓をどちらにするか親が勝手に決めるなんて子供が可哀想だという意見も存在するが、これについても同法制審議会答申にて、
子が父又は母と氏を異にする場合には、子は、家庭裁判所の許可を得て、戸籍法の定めるところにより届け出ることによって、その父又は母の氏を称することができるものとする。ただし、子の父母が氏を異にする夫婦であって子が未成年であるときは、父母の婚姻中は、特別の事情があるときでなければ、これをすることができないものとする。
とされており、子供が成人に達した後であれば、本人の意思で家裁に届け出てもう片方の親の姓に変更することも可能である。これらのことから、子供の姓をどうするかについてはとうの昔に検討済みであると言って良いだろう。
また、制度設計的な問題とは別に、婚姻の際に子供の姓をどちらにするかで対立するのではないかという意見もある。
しかし、子供に自分の姓を継がせることに強いこだわりを持つ者同士であれば、そもそも現行制度であってもどちらが改姓するかで対立する可能性が高い。
一方、現行制度においてどちらが改姓するかで対立する人達が、必ずしも子供に自分の姓を継がせることに強いこだわりを持っているかというとそうではなく、自分は婚姻前の姓を使い続けたいが子供の姓は相手のもので構わないという人や、結婚はしたいが子供を設けるつもりは無いという人達も少なからず存在する。
このことから、どのような制度においても婚姻の際の対立は起こり得るものの、少なくとも現行制度よりは選択的夫婦別姓の方が婚姻の際の対立は起こりにくいと言えるだろう。
また、以下のような戸籍制度に絡めた反対論も存在する。
しかし、1990年代に進められた戸籍電算化の際に、将来の選択的夫婦別姓導入を見越した対応が行われており[3]、現在の戸籍制度を残した上で、また大きなコストを掛けることも無く選択的夫婦別姓を導入することは可能である。
犯罪への利用については、どうすれば選択的夫婦別姓を犯罪に利用出来るのか不明であるが、そもそも結婚・離婚を契機に名前をコロコロ変えられることこそ別人への成りすましに利用される可能性があるため、結婚が犯罪へ利用されないことのみを考えるのであれば、選択的夫婦別姓どころか強制的夫婦別姓を導入し、生まれた時の名前から一生変更出来ないようにすべき、となってしまう。
また、選択的夫婦別姓反対派は旧姓の通称使用拡充を選択的夫婦別姓の事実上の対案として主張することが多いが、これを進めていけば本名ではない名前であらゆる契約・登記等も出来るようになる上に、結婚・離婚を繰り返し複数の旧姓を持つ、すなわちあらゆる契約・登記等が可能な名前を3つ以上を持つ人も存在するようになるため、犯罪に利用されるリスクがあるとすればむしろこちらであろう。
日本の伝統は夫婦同姓か?夫婦別姓か?
夫婦別姓の議論においてはしばしば歴史的に日本は夫婦同姓であったか別姓であったかという話になることも多く、これについても「明治民法において当時の西洋の真似をして夫婦同姓が義務付けられる前は日本では夫婦別姓が常識であった」という主張と「氏から家を重視するようになった中世の頃からは既に夫婦で同じ名字を名乗っており夫婦同姓は日本古来の伝統と言える」という主張がある。
なお、夫婦別姓議論でよく引き合いに出される北条政子、日野富子、前田まつ、細川ガラシャ、大石りくなどの近世以前の歴史上の有名な女性の名前はあくまでも現在歴史学において便宜上使用している学術用語に過ぎず、彼女たちは何れも生前そういう名前を名乗っていたわけではない(例えば北条政子は生前は御台所と呼ばれており、吾妻鏡などでは二品禅尼などと記されている)ので歴史上日本が夫婦同姓であったか別姓であったかの根拠として引き合いに出すには不適切である。
また、余談ではあるが歴史の授業で「明治以前の庶民は名字を持たなかった」と習った人も多いかと思うが、近年の研究によりあくまでも江戸時代に公式の場では名乗ることが禁止されていたというだけで、実際には鎌倉時代以降は庶民も名字を名乗り、幕府に使用を禁じられた江戸時代ですら日常生活では名字を名乗っていたことが判明しており当時における庶民の名字はしばしばこの議論における主張の根拠とされることもある。
以上のことから、夫婦同姓が日本の伝統であると言うべきか否かは微妙なところであるが、仮に夫婦同姓が日本の伝統であるという立場に立ったとしても、同姓・別姓の選択式である以上、同姓の文化は残るため、日本の伝統が壊れることは無いと考えられる[4]。
夫婦別姓をめぐる裁判
第1次夫婦別姓訴訟
2011年2月14日に
「夫婦同姓」を定めた民法750条は、結婚するには一方が氏を変更することを余儀なくする夫婦同姓強制であり人権侵害。また結婚改姓をしているのは大多数が女性であることから男女平等を保障した憲法に反する女性差別にもあたる
として国家賠償提訴が行われ
2013年5月29日 東京地裁にて棄却
2014年3月28日 東京高裁にて控訴棄却
2015年12月16日 最高裁判所大法廷は民法の規定を合憲との判断を示し棄却
と判決が下っている。
なお、このとき最高裁の中でも裁判官15人のうち5人(このうち女性裁判官は3人全員)が違憲と判断して意見が割れており、判決文には「この種の制度の在り方は、国会で論ぜられ、判断されるべき事柄にほかならないというべきである」と記され、夫婦別姓を認めるべきかどうかは国会での議論に委ねられるとの見解を示した。
ニュー選択的夫婦別姓訴訟
2018年1月9日 ソフトウエア開発会社「サイボウズ」社長の青野慶久ら男女4人が
日本人と外国人が結婚する場合、同姓にするか別姓にするか選ぶことができる。
日本人と外国人が離婚する場合、同姓にするか別姓にするか選ぶことができる。
日本人と日本人が離婚する場合、同姓にするか別姓にするか選ぶことができる。
と法的に有効な改姓しない仕組みがあるのに対して
日本人と日本人が結婚する場合のみ、同姓にするか別姓にするか選ぶことができない(法的に有効な改姓しない仕組みがない)現行の戸籍法は憲法が定める法の下の平等に反している
として提訴が行われており、
2019年3月25日、東京地裁にて
「(上位の法律の)民法を改正せずに戸籍法を変えるのはおかしい」という国側の主張が認められ、棄却→後日控訴
2020年2月26日、東京高裁にて
「原告側が指摘する取り扱いの違いは、民法750条の規定が適用されているかどうかによって生じている」と指摘。「本来比較の対象とならない場面をとらえ、これらの間の取り扱いの差異が合理性のない差別に当たるとするものにすぎず、採用することができない」として棄却されている
原告側は上告する意向
第2次夫婦別姓訴訟
結婚後もそれぞれの姓を名乗ることができる「選択的夫婦別姓」を認めない民法や戸籍法の規定が
■憲法14条第1項違反・・・夫婦別姓を希望する「信条」が差別されている。
■憲法24条違反・・・約96%が男性側の姓に改名しており、「両性の実質平等が保たれていない」。
■国際人権条約違反・・・自由権規約と女性差別撤廃条約に違反している。
に当たるとして、選択的夫婦別姓を求める事実婚当事者が2018年、国に損害賠償を求め、東京地裁、東京地裁立川支部、広島地裁で提訴されている
東京地裁
2019年9月30日
夫婦同姓を定めた民法の規定が「法の下の平等」を保障した憲法に違反するとの主張に対し
「最高裁判決後、社会の動向が認められ、姓が家族の一体感につながるとは考えていない者の割合や、選択的夫婦別姓の導入に賛成する者の割合も増加傾向にある」と認定しながらも、
「最高裁判決当時と比較して、変更するだけの変化が認められない」として棄却。
東京地裁立川支部
2019年11月14日
夫婦別姓を認めない民法や戸籍法の規定は、憲法が禁じる「信条による差別」に当たるとの主張に対し
「民法や戸籍法の規定は、同姓希望者と別姓希望者を差別するものではない」として棄却
またその上で「世論調査の結果や、地方議会で採択された夫婦別姓の導入を求める意見書を踏まえ、国会や国民全体で議論されることが望ましい」とした。
原告側は控訴する意向
広島地裁
2019年11月19日、広島地裁にて
選択的夫婦別姓が認められないのは憲法で禁止されている「信条による差別」に当たると主張に対し、
「法律婚の効果を享受することができないことの不利益は『信条』によって生じるものではない」と退けた。
また、選択的夫婦別姓について「選択的夫婦別姓を許容する意見が高まっており、氏の同一性が果たす役割が徐々に小さくなってきている」と別姓の必要性を示す社会情勢については認めたが、
「氏を改める場合の不利益が拡大しているとまでは認められない」と述べ違憲とは言えないと判断した。
原告側は後日控訴
2020年9月16日、広島高裁にて
「制度変更に当たっては慎重な検討が必要。夫婦同姓には一定の意義がある」と指摘。
結婚する際に夫婦どちらかの姓を選べることから「規定が結婚を不当に制約しているとまでは言えない」として棄却
一方、判決文にて『平成27(2015)年、最高裁判決以降も多くの地方議会から選択的夫婦別姓制度の導入や審議などを求める意見書が国会などに提出されていることや、女子差別撤廃委員会が我が国に対し、本件各規定の改廃を行うよう、たびたび勧告していることは、重く受け止めるべきであり、国会には選択的夫婦別氏制度の導入を求めている人たちの声に謙虚に耳を傾け、現在の社会情勢をふまえた真摯な議論を行うことが期待される』と指摘している
原告側は上告した
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関連項目
脚注
- *法務省:民法の一部を改正する法律案要綱
- *衆法 第151回国会 54 民法の一部を改正する法律案
- *戸籍を見たことありますか?〜夫婦別姓を考える前に
- *サイボウズ・青野慶久社長が語る夫婦別姓訴訟「伝統ってなんでしょう? いま、ちょんまげで歩いている人はいません」 | 文春オンライン
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