コディーズウィッシュ (Cody's Wish) とは、2018年生まれのアメリカ合衆国の競走馬。
難病を患った1人の少年の『願い』を背負い、北米ダートマイル王に輝いた優駿である。
牡馬で毛色は鹿毛。父Curlin、母Dance Card、母父Tapitという血統。
父はブリーダーズカップ・クラシックやドバイワールドカップなどGⅠ4勝を挙げた名馬。種牡馬としても多く活躍馬を輩出している。
母はGⅠガゼルステークスの優勝馬。母父はGⅠウッドメモリアルステークスの優勝馬で、種牡馬として数々の名馬を輩出してアメリカリーディングサイアーを獲得するまでに至った。
2018年5月3日産まれ。芦毛の母と放牧地を駆ける当歳時の写真
も公開されている。生産者・馬主は共に天下のゴドルフィン(ゲインズボロファーム)。調教師はウィリアム・モットとなった。
脚質は捲り気味の追込。アメリカ特有の超ハイペースで前が崩れていく中、土まみれになりながら時には沈む先行馬たちを掻き分け、時には大外から猛加速して一閃していく様は非常に迫力がある。
GⅠ5勝を挙げ、負けても生涯一度も馬券外になることが無かった米国屈指の名ダートマイラーだが、何より彼を語るうえで欠かせないのは、馬名の由来となった人物、コディー・ドーマン(Cody Dorman)との不思議な縁だろう。
ケンタッキー州に住んでいた当時12歳の男性、コディー・ドーマンは「成人まで生きられるのは稀」と言われる遺伝性疾患、ウォルフ・ヒルシュホーン症候群(WHS)
という難病を抱えていた。
馬が大好きだったコディー少年は、キーンランド協会とメイクアウィッシュ財団の『貴方の夢を叶えましょう』という企画に参加し、家族とともに訪問したゲインズボロファームで額に菱形の星を持つ生後6ヶ月の子馬……Dance Cardの2018と出会った。その仔馬はコディーの乗る車椅子に近寄ると、しばらく膝の上に頭をおいて離れなかったという。
そこから2年後、14歳となったコディーはWHSによる副次的な病の闘病と新型コロナウイルスによるパンデミックですっかり元気をなくしていた。そんな彼をどうにか励まそうと悩んだ両親は『あの仔馬』がいるゲインズボローファームに再び訪れることにした。
牧場に到着し、大好きな馬を眺め始めたコディーにガッシリとした体格の2歳馬が近づいてきた。
額に特徴的な菱形の星を持つその馬は、『あの仔馬』のように膝に鼻を擦り寄せてきたのだ。
見覚えのあるその顔を見たコディーは驚愕した。
間違いない…!『あの子』だ!!
覚えていてくれたんだ…!!
そう、その馬はあの時出会ったDance Cardの2018だったのだ。
馬の記憶力はかなり高いと言われるが、それは調教や馴致で鍛錬を積んでこそのもの。ましてや当歳時、しかも1度しか会ったことのない人間を覚えているはずもない…コディーも両親もそう考えていたのだが、彼はしっかりとコディーのことを覚えていたのだ。
しかし、奇跡はこれだけに留まらなかった。闘病とコロナ禍ですっかり元気をなくしていたコディーが満面の笑顔を見せたのである。長年寄り添った家族でさえ、コディーのこんな笑顔を見るのは片手で数えられるほどしかなかったという。
この出来事に感銘を受けたオーナーは、後にその仔馬へ『Cody’s Wish (コディーの願い)』という馬名を与え、デビューさせる事となった。
とはいえデビューは遅れに遅れてしまい、ようやくデビューに漕ぎ着けられたのは同世代のライバルたちがクラシック三冠最終戦を迎えるその前日、6月4日にまでずれ込んでしまった。ベルモントパーク競馬場の未勝利戦でジュニア・アルバラード騎手を背にデビューして3着、続いてジョエル・ロザリオに乗り替わってサラトガ競馬場の未勝利戦に出走するも3着、その後9月のサラトガ競馬場の未勝利戦も3着。
3戦連続3着の悔しい競馬が続いたが、10月上旬のチャーチルダウンズ競馬場の未勝利戦にて待望の初勝利を挙げる。奇しくもこのレースはコディーが「応援に行きたい」と要望し初めて現地に駆けつけたレースであったが、この勝利以降、コディーズウィッシュはこれまでの3着病が嘘だったかのような快進撃を遂げていく。
その後は11月のチャーチルダウンズ競馬場の条件戦をマーティン・ガルシアを鞍上に勝利して連勝。再びロザリオ騎手に戻してチャーチルダウンズ競馬場の条件戦を勝利。3連勝で2021年を終えた。
3月下旬のチャレンジャーステークスにルイス・サエスを鞍上に迎えてグレード競走初制覇を狙うも2着に敗れた。
続いて5月上旬のウエストチェスターステークスに出走し、デビュー戦以来となるアルバラード騎手と組んで勝利してグレード競走初制覇を果たす。以後、鞍上は全てアルバラード騎手が務めることになる。
その後は7月のリステッド競走・阪神ステークスに出走して勝利……ってちょっと待て、阪神!?
というのもこのレースは、かつてアーリントンパーク競馬場(2021年廃止)と阪神競馬場が提携を結んでおり、交換競走としてGⅢ重賞「阪神カップ」が行われていたことに由来する、本当に我々のよく知るあの阪神にちなんだレースなのである。ちなみに交換競走ということは日本に対を成す競走が存在するわけだが、それが春の3歳マイル重賞のGⅢアーリントンカップである。アーリントンパーク閉鎖に伴いチャーチルダウンズ競馬場に移った阪神カップは名称と格付け変更の上で今日も継続されている、というわけである[2]。
8月末。初GI挑戦となるスプリントGⅠ・フォアゴーステークスに出走。ここには今季GⅠ2勝を含む4連勝中、通算GⅠ5勝を挙げている名スプリンターJackie’s Warriorが出走していた。当然1番人気はJackie’s Warriorだが、コディーズウィッシュも2番人気を確保する。
レースはJackie’s Warriorが逃げてコディーズウィッシュは後方2番手で待機。大外と回りながら直線に入るとJackie’s Warriorは後続を引き剥がして押し切り態勢となるも、それをコディーズウィッシュが末脚炸裂させて並ぶ間もなく差し切り1馬身1/4差で優勝。3連勝で見事GⅠ初制覇を果たした。
こうなれば挑むは11月の大一番、北米競馬のダートマイル王決定戦、ブリーダーズカップ・ダートマイルである。ここでは勢いと前走の走りが評価されて1番人気に支持された。コディーたちドーマン一家の見守る中、レースは前走と同様に後方で待機し、第3コーナーを迎えたあたりから一気に捲り始める。前にいたCyberknifeに照準を合わせて直線に入ると、残り1ハロン地点で馬体を並べて交わし去って優勝。Cyberknifeに1馬身3/4差を付けてGⅠ連勝を含む4連勝とし、北米一のダートマイラーとなった。
なお、年明けにこのレースは2022年エクリプス賞にてNTRA Moment of the Yearに選出されたが、Moment of the Yearはエクリプス賞の他の部門と異なり、ファン投票で選出される賞である。全米の競馬ファンからこの勝利へ多大な祝福が贈られたことの証左と言えるだろう。
この年はこれにて休養へ。5戦4勝うちGⅠ2勝、負けた時も2着と抜群の安定感で一気にスターダムへのし上がった年となった。
始動戦は5月上旬のチャーチルダウンズステークス。1番人気である。
最後方での追走から第3コーナーから進出を開始。捲り上げながら直線に入ると、楽々と突き抜けて2着に4馬身3/4差をつける圧勝を果たした。
一か月後、伝統のハンデ戦メトロポリタンハンデキャップに出走。トップハンデ57kgを背負いながらも、単勝オッズ1.6倍という圧倒的な1番人気の支持を受けた。
発馬の一完歩目が遅かったこともあり最後方スタートとなるが、元から追込スタイルの彼にはさほど影響のある話ではなかった。中間点では8番手で通過。第3コーナーから進出を開始して大外を回りながら直線入口で先頭に立つと後続を突き放して3馬身1/4差で圧勝。GⅠ4連勝を含む6連勝を果たした。
およそ2か月の休養を挟んだ8月5日、距離延長を試みた陣営は9ハロンのホイットニーステークスを復帰戦に選ぶ。いつも通り最後方から競馬を進めるがいつものような伸びは見せず、White Abarrioの3着に敗れた。去年負けたチャレンジャーSも8.5ハロンとマイルより長い距離だったので、距離限界が出てしまった格好と言えよう。陣営はこの結果を受けてBCクラシックを断念。BCダートマイル連覇を目標に据える。
10月1日。BCの前哨戦であるヴォズパークステークスに圧倒的な1番人気で出走。立ち遅れてしまうも直ぐに巻き返して2番手に押し上げると、最後は流す余裕も見せて1馬身半差で完勝。自己条件では強いことを証明した。
迎えた2度目のBCダートマイルでは、単勝オッズ1.8倍という圧倒的な支持を受ける。レースはこの年のプリークネスステークス覇者National Treasureが逃げてペースを作るが、コディーズウィッシュは行き脚が付かず一時は最後方。隊列が決まったときも後ろから2番手であった。しかし第3コーナーから進出を開始すると、内埒沿いを通って一気に前の馬を交わし去り、直線手前のところで2番手まで押し上げる。直線では逃げ粘るNational Treasureとの叩き合いとなり、両者馬体をぶつけ合う場面のあるほどの激戦となるも、最終的にハナ差で先着。審議となるも着順変更はなし!5度目のGⅠ制覇をBCダートマイル連覇で飾った。
試合結果を報じる中継カメラには、ウィナーズサークルにやってきた車椅子の青年が映されていた。他でもない、コディー・ドーマンその人である。コディーズウィッシュは、ある意味で自分の名付け親になった青年に北米競馬の頂点連覇という最高の贈り物を届けたのだった。
このレースを最後に引退。通算成績16戦11勝、内GⅠ5勝。3着より下の入線は一度もなかった。
BC観戦を終え、サンタアニタからケンタッキーへの帰路に就いたコディーはその道中で容態が急変し、2023年11月5日にこの世を去ってしまう。享年17歳の若さであった。コディーズウィッシュが有終の美で無事キャリアを終えたことを見届けられたのが、彼の魂の慰めとなったことを願いたいものである。
翌年1月に発表された2023年のエクリプス賞では、コディーズウィッシュが最優秀ダート古牡馬、NTRA Moment of the Year(対象はBCダートマイル連覇。2年連続選出)、そして年度代表馬に選出された。なおエクリプス賞発表セレモニーでの年度代表馬の発表は、コディーの妹であるカイリー・ドーマンが壇上に招かれ、年度代表馬の名が書かれた封筒の封切りと発表を任される確定演出サプライズをもって行われた
。
2024年よりジョベナルファームにて種牡馬として繋養。初年度の種付け料は7万5000ドルに設定された。翌年の産駒第一号誕生の報せにはドーマン一家も牧場に駆けつけ
、日本でも持込馬の形で2頭の初年度産駒が産まれている。産駒は早ければ2027年にデビュー予定である。
コディーズウィッシュの子が産まれ始めた2025年、ケンタッキーホースパークには彼の像と彼らを語り継ぐための記念碑が設置された。この碑には、コディーが生前とあるインタビュー
で遺した言葉と共に彼らの写真が刻まれている(写真
)。
気付けば、コディーズウィッシュの活躍はドーマン一家のみならず、全米の願いとなっていた。今度は優駿の血統表にコディーの名を遺すべく、"彼ら"の願いはこれからも続いていく。
Because he found me and he hasn't forgotten me...he has always looked for me.
(だってあいつは僕を忘れずにいつも探し当ててくれてたからさ。)And we have the same heart ― we never give up!
(それに僕らはハートが―――"諦めの悪さ"が共通してるからね!)Cody Dorman
(2022年BCダートマイル戦前 「何故ここまで彼との縁を感じるのか[3]」と聞かれて)(当項目筆者意訳)
| Curlin 2004 栗毛 |
Smart Strike 1992 鹿毛 |
Mr. Prospector | Raise a Native |
| Gold Digger | |||
| Classy 'n Smart | Smarten | ||
| No Class | |||
| Sherriff's Deputy 1994 鹿毛 |
Deputy Minister | Vice Regent | |
| Mint Copy | |||
| Barbarika | Bates Motel | ||
| War Exchange | |||
| Dance Card 2009 芦毛 FNo.1-s |
Tapit 2001 芦毛 |
Pulpit | A.P. Indy |
| Preach | |||
| Tap Your Heels | Unbridled | ||
| Ruby Slippers | |||
| Ruby Slippers 2001 栗毛 |
Editor's Note | *フォーティナイナー | |
| Beware of the Cat | |||
| Tempt | Devil's Bag | ||
| Thinghatab |
クロス:Mr. Prospector 3×5×5(18.75%)
(コディーズウィッシュに関するニコニコ動画の動画を紹介してください。)
▶もっと見る
掲示板
24 ななしのよっしん
2025/07/29(火) 09:12:57 ID: V4J2WZP593
映画は日本でも上映してほしいな
コディーとコディーの願いを乗せて産駒たちも活躍してほしい
25 ななしのよっしん
2025/10/16(木) 10:07:30 ID: rcYGKIFJbF
記念碑設置とか本当凄いね
https://
26 ななしのよっしん
2026/06/03(水) 06:19:36 ID: P9IRGA6sg6
こんなこと起こるのかってレベルの話だな。
しかも最近の馬という。
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最終更新:2026/06/12(金) 23:00
最終更新:2026/06/12(金) 23:00
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