井上敏樹とは、日本のアニメーション、特撮ドラマを中心に活躍する脚本家である。
代表作は『鳥人戦隊ジェットマン』『超光戦士シャンゼリオン』、平成仮面ライダーシリーズなど。
参加作品が多い割にメイン担当が少なく見えるのは、準主役級のキャラクターを目立たせたい時や、制作スケジュールに遅れが目立った際の調整役としてスポット参加する場合も多いためである。
人呼んで「東映の用心棒」。
概要、人物像など
仮面ライダーシリーズ初期の脚本で活躍した伊上勝を父に持ち、成蹊大学在学中に所属していた幻想文学研究会で執筆した短編小説が東映動画の七條敬三プロデューサーの目に留まり、在学中の1981年に『Dr.スランプ アラレちゃん』第24話「アラレちゃん大変身!!」にて脚本家デビュー。アラレちゃんのメインライターだった雪室俊一に師事する。
『どきんちょ!ネムリン』で特撮デビュー。以降、スーパー戦隊シリーズや平成仮面ライダーシリーズなど、日本を代表する特撮作品を多数手掛けていく事になる。
が、
単純な勧善懲悪や、大団円でハッピーエンドといった展開には懐疑的で、自身がメインライターを務める作品ではその傾向が顕著である。
恋愛関係を描くにしても、大抵は三角関係になったり、敵同士になってどちらかが絶命したりと、必ずといっていいほど報われない人物がいる。
出世作となったジェットマンが1番分かり易いかもしれない。
『仮面ライダーキバ』の様な例外もあるが、この時は武部直美プロデューサーの意向も絡んでいたとかいないとか。
インタビュー等でも丁寧語は使わない。良く言えば豪快、悪く言えばふてぶてしい。その影響からか、ジェットマンにおいて鈴木武幸プロデューサーが井上をメイン脚本に推した際、テレビ朝日のプロデューサーからは決して未熟だからではなく、「態度がデカイ」ため反対された。そのため、鈴木Pは「飲んで話せば悪い奴じゃないから」と、”井上君を囲む会”なる飲み会を開き、何とか決定にこじつけたという。
アンチに関しては「そういうのがいい」と言ってのける良くも悪くも大ざっぱな人物像は、「カブト」の天道総司、「ディケイド」の門矢士など、仮面ライダーシリーズの登場人物の性格形成に影響を与えたこともある。
士の「だいたいわかった」という口癖は井上の口癖に由来し、若手の頃は先輩に「てめーに何がわかんだ」と酷く怒られたという。
仮面ライダークウガに関しては中盤より参加しているが、実は鈴木プロデューサーから急に頼まれたらしく訳の分からないまま様子を見に来たら製作側がかなり危なかったという。しかし物語が進んでいた等もあり髙寺成紀プロデューサーの方向性を支持し、クウガの物語を守る事に大きく貢献した。
一見脚本家に見えない体格と強面が原因で新谷良子に本物の913・・・いや、893と勘違いされた事がある。
また、かなりのヘビースモーカーで、禁煙のマッドハウスの会議室で平気で煙草を吸ったり、シンガポールに旅行に行った際も禁煙タクシーで「灰皿をよこせ」と言ったというDQN・・・ゴホン、豪快な一面もある。
このように豪快な人柄を示すエピソードや、本人や関係者の口から飛び出す奇想天外な話から「自分が描いている脚本より漫画みたいな人間」とファンから言われることも多い。だが本人は「豪快な人柄とかいうのは周りが話を広げているだけ」と主張している。
書道や料理はプロ級と言っても差し支えないレベルの腕前を持つ。村上幸平にはしばしば手料理を振舞っており、ブログにて紹介されることも多い。この料理好きという趣味が後述するように食事シーンの多さにつながっていると見られている。
家族構成としては前述した父・伊上勝の他に中学教師をしている直樹という弟がいることや、同じく脚本家として活動している井上亜樹子がいる。2014年時点では小説家として活動してはいたが公然の秘密という状態で公表されていなかったが、最近インタビュー等で娘本人によって明かされた。
作風、執筆スタイルなど
一言で言うと「大ざっぱ」。
「脚本は映像を作るときの設計図にすぎない」が持論であり、映像化の過程での脚色・オミットされた場合にも寛容な態度を取っている。特に実写作品の場合は、台詞や動作、使用する技などが大まかに示されているだけで、細かい表情などは、現場で監督と出演者らが話し合いを重ねて決めている。
しかし、『シャンゼリオン』の9話のラストシーンではシナリオ上でカメラワークを指定したり、『PROJECT G4』のG4の最期についてインタビューでは自分なりの演出意図を述べており、映像のイメージを考えていない訳では決してない。
シナリオ作業の際にはプロットやハコ書きの段階での完成度を重視して時間を掛けるものの、それから脱稿までは極めて速い。
鈴木Pは『超新星フラッシュマン』で初めて井上と仕事をした時には初稿の完成度の高さに驚いたとインタビューで答えている。
また速筆は折り紙付きであり、一晩で30分作品2話分の脚本を書き上げてしまうという。『仮面ライダーアギト』では全51話中50話、「仮面ライダーキバ」では全48話中46話、『仮面ライダー555』に至っては全50話の脚本を描き切っており、最終回は1時間半で書き上げたとか。先に挙げた作品はいずれも劇場版の脚本も担当している。『仮面ライダークウガ』『仮面ライダー響鬼』に参加したのも制作スケジュールが切迫していたためであり、他のサブで参加する際も夏公開の劇場版の撮影時期が重なる事情もある。
作品の中心となる人物には、記憶喪失、自己中心的、協調性が強くないなど、癖のある人を置き、いわゆる常識人タイプの影は薄くなりがち。またサブで参加する際も「主要キャラとは過去に浅からぬ因縁があるキャラクター」をゲストとして投入する傾向がある。
その分、大きな挫折から(紆余曲折を経て)の復活、味方同士が衝突を重ねて団結していく様子を、パワーアップに絡めてカタルシス化させていく展開には定評がある。
悪役側も、統率、結束が取れておらず、利害が一致する部分でのみ(それが主人公側サイドの人間であっも)一時的に手を組む場合がほとんど。敵対する勢力に属する人物同士に友情、恋愛関係を持たせることも多い。
その他、主役がピンチになると池に落ちる、話を面白くするなら多少の設定改変、食事シーンが多い事でも知られる。「子供向け番組ではセックスシーンが書けないから代わりに食事シーンを入れてる」とのことである。
ただし、これらについてはかなり誤解・誇張されている部分も多く、実際には製作会社やプロデューサーの指示によるところも多い。その誤解の筆頭として挙げられるのがピンチに主役が駆けつけるときなどの時間を無視した移動を指す「井上ワープ」であるが、井上の脚本に限らず東映特撮では古くから戦闘中唐突な場面転換や場所移動は多く見られ、近年でも井上以外のライターの担当作品含め多用されている(これに関しては「井上さんのホンはハコがしっかりしているから移動シーンのカットも問題ない」とスタッフ側も判断している)。また脚本の段階では設定通りであっても、前述通り「撮影上の都合や現場の判断で変更ということもままあることである。
『仮面ライダー剣』のティターン回での睦月の言動について會川昇に「井上さんは僕のホンなんて気にしませんから(笑)」とコメントされたり、『鋼の錬金術師』(2003年版)では前後のシリアスな流れに反したキャラのやり取りがコンテで修正された事もあるが、設定の無視も常にあるわけではなく、『アギト』では監督もプロデューサーも誰も伏線を拾ってくれない状況を危惧して自ら進んで回収しようとしたり、『DEATH NOTE』ではアニメの尺におさめる為設定を整理して組み立てたという逸話がある。
食事シーンの他、音楽も関わってくることが多いが、これについては「そんなに好きではないのに、なんでだろうな」「ムードがよくなるからじゃないの?」と答えており、どうやら無意識に書いている模様。
所謂ネタキャラを生み出すのが得意としているのか、井上の手がけた平成ライダーだけでも、草加雅人、名護啓介、海東純一と言ったキャラクターを生み出し、ネット上では人気が高い(※「平成ライダーネタキャラ四天王」参照)。
大人向けの作品ではグロに走る事もしばしば。(例:メビウスギア、キューティーハニー THE LIVE)
その一方で『ギャラクシーエンジェル』『超光戦士シャンゼリオン』のような強烈なギャグやコメディ展開が大量に飛び出す作品も多く手がけており(そもそもデビュー作もギャグマンガのアニメ)、『メイプルストーリー』などの落ち着いた作風の作品まで、むしろ作風の幅はかなり広い脚本家でもある。
「きっちりした世界観がある作品を無理に壊すのはプロじゃない」とも語っており、『クウガ』の路線変更に反対した他『響鬼』もそれまでに合わせた脚本にする予定だったことを明かしている(それを見た白倉に「井上さんの好きなように書いていいよ」と言われてしまったが)。他にもゲスト参加する作品に対しては事前に原作や過去作品をきっちり見返してから執筆する律儀な一面もある。一方で『暴太郎戦隊ドンブラザーズ』に前作『機界戦隊ゼンカイジャー』のキャラクターである五色田介人が登場するにあたってゼンカイジャーを見返そうとしたらプロデューサーの白倉に視聴を止められたこともあったという。
とはいえ、本人が一番ストレスなく書けるのはやはり前述した強烈な要素を含む作品であるのは事実な模様(『小説仮面ライダー555』、『海の底のピアノ』など)。
キャスティングには口を出さず、主要な出演者が決まってもすぐには会わず、実際に出来上がった映像を見て、方向性を決めていくという。そのため、長期シリーズの途中でも人物像を変えることがある。
作品にテーマを設けていたとしても前面に押し出すことはせず、全体を見てそれとなく浮かんでくるくらいの塩梅が好み。テーマ性を過剰に求める風潮を嫌い、テーマについて問われたときは、皮肉を込めて常に「愛」だと答えている(ただし、仮面ライダーキバは、実際に家族愛をキーワードにして書いていた)。
シナリオは横書き、小説は縦書きで書いている。シナリオの執筆にはワープロを用いている。文章を書くだけならパソコンよりも便利とのこと。書いた文章はフロッピーディスクに移してからパソコンでメールを用いて送信するらしい。
『ある特定の型しか使えず「このワープロが壊れたら廃業だな」と笑いながら言ったところ、白倉が同じ型を探し出してきてプレゼントした』という逸話もある。
父・伊上勝との関係
伊上勝の記事も参照。かつては父について触れることは非常に少なかったが、近年ではインタビューで度々父の話題について触れている他、父について記した「伊上勝評伝」という本を出版している。
幼少期、父が『仮面ライダー』シリーズで脚本を手掛けていることについては特別に意識をしていたことはなく、『仮面ライダー』『ジャイアントロボ』などは通常の少年と同程度の興味だったらしい。仮面ライダースナックの「カードだけ取ってお菓子は捨てる」という現象が社会問題になった際も「俺も同じことやって母ちゃんにえらい叱られた」と話している。ただし、学校で父が仮面ライダーのシナリオを書いていることを自慢したり、「俺と弟の名前出して」と頼んで同名の人物を出させたことはあったとのこと(敏樹自身も「仮面ライダー555」で娘の名前を使い澤田亜希/スパイダーオルフェノクを登場させたことがある)。
時が流れ自然と特撮から離れていくようになった敏樹だが、15歳で父が原作・脚本を担当しているドラマ『闘え!ドラゴン』のシナリオを勝手に執筆したところ、一部分を褒めてもらえた。敏樹はこれが初めて書いたシナリオとしている。文章を書くことや物語を作ることが好きだった敏樹だが、シナリオの書き方について父からアドバイスをもらったことやアドバイスを求めたことはなく、父の持つキネマ旬報などから勝手に覚えていったとのこと。
敏樹が脚本家としてデビューした当時は新人脚本家が少なく、東映も閉鎖的だったのでやっていけるかという不安もあり、その場その場で生きていく感じだったと回想している。だが、それより以前から父はスランプに陥って酒に溺れるようになり、脚本家をほぼ引退した状態であった。当時は再放送されても脚本家に印税は入らず、借金も大量にある状態で「生活はどうするのか」と母が抗議したところ、父は敏樹に「お前が書け」と命じた。これにより敏樹は「半分ぐらいは無理くり」に脚本家として活動するようになった。
こういった経緯があるためか、借金についても「興味なかったし、死にゃあいいって思ってたからさ(笑)」と答えているなど、父に対して良い印象の言葉を投げかけることはほとんど無く、本人による随筆『本を盗む』の中では「大酒飲みで借金塗れの、清々しいまでのろくでなし」と評している。仕事を離れた父親としての姿も「無関心と子煩悩の中間」とのことで、遊びには付き合うが勉強しろと命じることはなく、シナリオの書き方を始め自分から物を教えようとすることもなく、「教えてくれたのはタバコの煙で輪を作る方法と指の鳴らし方ぐらい」「親父がシナリオを書いていた関係でライダーのシールとかカードをたくさんもらったことがあった。あれが、親父からもらったもので一番うれしかった。そのほかはロクなもんもらわなかった(笑)」とのこと。
以上のように父に対する感情は非常に複雑なことがうかがえ、事実あまり触れられることもなかった話題だが、2011年のファミリー劇場の特番「隠密剣士と伊上勝の世界」に出演し父について語って以降はインタビューなどで触れる機会が増加している(父が事実上引退した50歳を超えても未だ現役で脚本家・漫画原作者として活動していることも影響しているのかもしれない)。表現は厳しいが、文章に(笑)がついたり笑顔でインタビューに答えるなど、あまり嫌みを見せない答え方をしていることが多い。また父のことは反面教師と見ていたが、現状を踏まえて「あまり反面教師にはならなかった」とも話している。
主な執筆作品
特撮
- どきんちょ!ネムリン
- 超新星フラッシュマン
- 光戦隊マスクマン
- 超獣戦隊ライブマン
- 高速戦隊ターボレンジャー
- 地球戦隊ファイブマン
- 鳥人戦隊ジェットマン(特撮作品では初のメイン)
- 恐竜戦隊ジュウレンジャー
- 五星戦隊ダイレンジャー(的場陣/魔拳士ジン登場回担当)
- 超力戦隊オーレンジャー
- 人造人間ハカイダー
- 超光戦士シャンゼリオン
- 鉄甲機ミカヅキ
- 仮面ライダークウガ(サブとして参加)
- 仮面ライダーアギト(平成ライダーでは初のメイン。51話中50話、TVSP、劇場版を担当)
- 仮面ライダー龍騎(小林靖子と共同。ゾルダ、ガイ、インペラーフィーチャー回、TVSP、劇場版を担当)
- 仮面ライダー555(全話、及び劇場版を執筆)※最終回で役者としてカメオ出演している
- 仮面ライダー剣(サブとして参加。劇場版の脚本も担当)
- 仮面ライダー響鬼(30話以降のメインライター及び劇場版を担当)
- 仮面ライダー THE FIRST
- 仮面ライダーカブト(サブとして参加。主にドレイク、サソード主役回を担当)
- 仮面ライダー THE NEXT
- キューティーハニーTHE LIVE
- 仮面ライダーキバ(メイン。48話中46話、及び劇場版を担当)
- 仮面ライダーディケイド(サブとして参加。ネガの世界、ディエンドの世界を担当)
- 仮面ライダージオウ(ゲストとしてキバ、マンホールの女回を担当)
- 仮面ライダー×仮面ライダー オーズ&ダブル feat.スカル MOVIE大戦CORE
- 海賊戦隊ゴーカイジャー(ジェットマン回を担当)
- 衝撃ゴウライガン!!
- 仮面ライダー1号
- 暴太郎戦隊ドンブラザーズ(50話中総集編回を除く49話、及び劇場版を担当)
アニメ
- Dr.スランプアラレちゃん(初代、デビュー作)
- うる星やつら
- ドラゴンボール(GT以外の全シリーズに関与)
- 獣神ライガー
- YAWARA!
- らんま1/2
- 初代遊戯王
- ぱにょぱにょデ・ジ・キャラット
- ギャラクシーエンジェル
- PAPUWA
- 天上天下
- 鋼の錬金術師(2003年版)
- 牙-KIBA-
- DEATH NOTE
- すもももももも 地上最強のヨメ
- CHAOS;HEAD
- アイアンマン(マッドハウス版)
- うしおととら
- 牙狼 -紅蓮ノ月-
- からくりサーカス
TVゲーム
小説・エッセイ
漫画原作
- DRUM拳(作画:猪熊しのぶ)
- なんてっ探偵アイドル(原案協力、作画:北崎拓)
- Ω(作画:松森正、キャラクターデザイン:雨宮慶太)
- メビウスギア(作画:六道神士)
- ラビアンエクスタス(作画:まりお金田)
- 教壇のクロア(作画:かのえゆうし)
- 装刀凱 ―ソードガイ―(作画:木根ヲサム、キャラクターデザイン:雨宮慶太)
- 仮面ライダークウガ(原作:石ノ森章太郎、作画:横島一、企画:白倉伸一郎)
- パワーザキティ イチゴマン(作画:神誡しゃくあ、キャラクターデザイン:山口裕子、企画・担当編集:村上幸平)
- 仮面ライダー913(脚本、原作:石ノ森章太郎、作画:かのえゆうし、協力:村上幸平)
- 機動絶記ガンダムSEQUEL(脚本、原作:矢立肇、富野由悠季、作画:千明太郎)
作詞
- ウルフハリケーン(ドラゴンボールの登場人物であるヤムチャのテーマソング)
- 炎のコンドル(そのべかずのりとの共作詞。鳥人戦隊ジェットマンのブラックコンドル・結城凱のテーマソング)
- 歌う女相撲取り(超光戦士シャンゼリオンの劇中歌。カラオケはBGMとしても使用)
関連動画
関連項目
- 平成仮面ライダーシリーズ
- こまけぇこたぁいいんだよ!
- 伊上勝(親父)
- 白倉伸一郎(東映プロデューサー)
- 小林靖子
- 會川昇(腐れ縁)
- 雨宮慶太(悪友)
- 田崎竜太(狂信者)
- 長石多可男
- 若松俊秀
- 萩野崇
- 村上幸平
- 丸山正雄(マッドハウス取締役社長)
- 雪室俊一(師匠)
- 小山高生(ぶらざあのっぽ主宰)
- 石橋大助(弟子筋)
- 岸本みゆき
- 宇野常寛
- 森橋ビンゴ
- 井上亜樹子(娘。別名義鐘弘亜樹)
- シナリオライターの一覧
- 特撮関係者の一覧
- アニメ関係者一覧
- 44
- 0pt