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信用貨幣論単語

シンヨウカヘイロン

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信用貨幣論とは、貨幣の成り立ちや、貨幣の定義に関する学説の1つである。

お金とは負債の一形式で、経済に参加する人々が財やサービスと交換するもの」と定義する。イングランド銀行が直々にそう定義している。

国定信用貨幣論は、信用貨幣論の中の一部と言える。信用貨幣論は民間人が発行する負債もお金になりうる、と論じている。
 

概要

信用貨幣論において、貨幣とは「負債を記録したデータ(負債明書)」であると定義する。

発行した人が所有権などを放棄することを約束したデータが、人から人へ渡っていくようになったら、それを貨幣と呼ぶのである。

負債明書は発行した人にとって負債であり、入手した人にとって資産になる。負債と資産は対義である。簿記貸借対照表(バランスシート)の知識がわずかでもあると、そういう理屈を理解しやすい。

発行した人が儀に所有権などを放棄することが信用されていないと、その負債明書は貨幣として流通しない。発行した人への信用があると、その負債明書は貨幣として流通する。このため、信用貨幣credit moneyと呼ぶ。
 

人類史を信用貨幣論で振り返る

貨幣の成り立ちに関する学説のうち、最も有名なのは商品貨幣論である。その学説では、「原始社会においては物々交換が行われていた。物々交換は不便なので、もが欲しがり価値を認める商品が交換の媒体として選ばれるようになった。それが貨幣の起である」と説明している。

この学説に対して、人類学者たちが反論をするようになった。彼らによると、原始社会では物々交換(barter)が行われていなかったという。そのうちの1人がキャロライン・ハンフリーexitという英国の学者であり、彼女1985年の論文でそう論じている。フランスマルセル・モースexitアメリカジョージ・ドルトンexit、同じくアメリカデヴィッド・グレーバーexitもそう述べている。
 

物々交換から貨幣が生まれたという事例はもちろんのこと、純で単純な物々交換経済の事例さえ、どこにも記されていない。手に入れることができるすべての民族誌を見るかぎり、そうしたものはこれまでに1つもない。

フェリックス・マーティン『21世紀の貨幣論』16~17ページexit_nicoichibaより引用キャロライン・ハンフリー『Barter and Economic Disintegration』1985exitの一文を訳したもの。

しかし、悩ましいのはそのようなことが実際に起こったという拠がないことであり、むしろそんなことが起こっていないことの方を膨大な量の拠は示していることである。

数世紀にもわたって研究者たちは、この物々交換のおとぎを発見しようと努してきたが、だれひとりとして成功しなかった。

デヴィッド・グレーバー『負債論 貨幣と暴力の5000年』45ページexit_nicoichibaより引用

 
※資料・・・フェリックス・マーティン『21世紀の貨幣論』16~17ページexit_nicoichibaデヴィッド・グレーバー『負債論 貨幣と暴力の5000年』34~64ページexit_nicoichiba英語記事1exit英語記事2exitキャロライン・ハンフリーの1985年論文exit
 

原始社会の経済

原始社会では物々交換はど行われていなかったとするのが定説である。

ではほしいものが手元にい場合どうしていたか?というと、借りパクしていたのである。借りパクされる側も、どうせ後で必要になれば勝手にもって行けばいいので気にしなかった。また、贈り物を頻繁にするというも良く見られた。お互い、余ったモノや必要なモノをシェア(共同所有)していたということである。

開拓初期のインディアン習の記録でも、りっぱなものを気前良くくれたが、それを大事に飾っていると独り占めするなと怒られた、というものがある。日本でも隣のおばちゃんが余った野菜料理を気前良くくれたり、近所のおじさんが他人のに上がって風呂に入りつつ(大量のお湯を沸かすのは、重な資材が多く必要だったし、重労働だった)帰り際におやつを失敬する、といったような昔話を聞いたことがあるだろう。

個人限定の財産を明確には持たず、贈り物や借りパク共同体中のモノが循環するのが原始的な経済(の一つの形態)だったのだ。個人の所有権(財産権)とか、そういう意識がかった。これを贈与経済exitとか非市場経済exitという。

この文化において、お金は当然存在しない。
 

※資料・・・マルセル・モース『贈与論』exit_nicoichibaデヴィッド・グレーバー『負債論 貨幣と暴力の5000年』45ページ、54~55ページexit_nicoichiba
 

初期の社会の経済

農業などで人口が安定に増え始めると、共同体が大きくなりすぎて、にどれくらいの貸し借りをしたかわからなくなってくるので、借りパクで済ますというわけには行かなくなる。

そこで、「後でこれを私に渡せば、うちの品物と交換しますよ」というモノ、いわゆる「トークン(債務明書)」を渡して品物を受け取るというシステムが現れた。たとえば麦農家Aさんが収穫のためのを新しく必要とするとき、A収穫の麦30kgと交換できるトークンを渡して鍛冶屋からをもらい、収穫後に鍛冶屋トークンとAの麦30kgを交換する、という具合である。

トークンは交換の媒介となりうる。鍛冶屋が鍛造のためのを必要とした時、業者にAの麦トークンを渡せば麦30kgと見合う分のを融通してくれるし、業者がそのトークンで麦をAからもらう権利を得ることができる。つまり、トークンはAの発行した債券であり、持ち込んだ人にAが麦30kgで所有者に返済するという債務の記録なのである。

重要なポイントは、「に対する債務」「の債務」という情報のうち、トークンには「に対する債務」という情報く、「の債務」という情報だけが記載されているところである。このトークンを持ち込めば、でも一定量の対商品をもらえるので、交換の媒体に使えるのだ。

また、麦30kg一個が同価値のとき、物々交換では「収穫できなければを得ることができない」という矛盾が起こるが、先にトークンを作ればを融通してもらえる。言ってみれば信用創造と同じようなことができるのである。トークンの価値の裏付けはAの麦の生産、及び持ち込めば必ず交換できるという信用である。トークンの発行上限は制限ではなく自ずと返済で決まってくることがわかるだろう。これも現代の銀行の融資と似ている。

メソポタミアでは、最初期は品物を模したトークンのやり取り→トークン象形文字化して石粘土などに記録→文章や数字による借用の記録、と変化していった。つまり、お金は品物のやり取り、債務と債権の記録、という「債務のデータ」から発達したのである。

データお金の正体なので、データを乗せた媒体を偽造できないことが重要になってくる。古代エジプトのように通貨も個人の財産もないけどモノの債務と債権を記録しそれで会計していた、という文化や、貿易の内容を巨大な石に記録し、その記録がそのまま財産として機した、という文化がある。

貨幣が発達した文化は飛躍的に進歩するため、やがて文明と呼ばれるようになる。

ちなみに、初期の社会の個人が発行したトークン(債務明書)は、現代社会の手形・小切手と酷似している。手形は「一定の期間の後に銀行へ持ち込めば、現が支払われます」という債務明書で、小切手は「これを銀行に持ち込めば、すぐさま現が支払われます」という債務明書である。


※資料・・・『金融の世界史: バブルと戦争と株式市場』exit_nicoichiba『日本人が本当は知らないお金の話』exit_nicoichiba『負債論 貨幣と暴力の5000年』exit_nicoichiba
 

政府が発行するトークン

巨大な共同体は、王や選挙で選ばれた権者が運営することとなる。現代ではこれを政府と呼ぶが、政府トークン(債務明書)を利用するようになった。

政府共事業の従事者や公務員兵士に対し、労働や供物の対価として政府トークンを渡した。また、共同体の構成員、いわゆる民に対し、政府トークンでの納税を強制した。そうすることで、民は納税のために政府トークンの貯蓄に励むようになり、政府トークンを欲しがるようになる。民の皆が政府トークンを欲しがるので、政府トークンを使って財やサービスを交換できるようになる。

先ほどの麦農家トークンは「麦30kgを支払います」という債務明書だった。それを麦農家に持ち込むと、麦30kgを支払ってもらえたのである。

政府トークン政府に持ち込むと、「あなたは納税の義務を果たしました」という承認をしてもらうことになり、晴れ自由の身になるのである。「政府が『納税義務から解放される権利』を支払った」という表現をしてもいいかと思われる。


非常にくどくて申し訳ないが、麦農家トークン政府トークン較した文章をもう一度書いておく。両者が良く似ていることに気付くだろう。

農家トークンを発行した。そのトークンには「30kgに関する所有権を放棄する」という債務が宿っている。トークンを持ち込まれたら約束通りに所有権を放棄し、「30kgの欠乏から解放される権利」を支払った。

政府トークンを発行した。そのトークンには「トークンを持ち込んだ人に関する徴税権を放棄する」という債務が宿っている。トークンを持ち込まれたら約束通りに徴税権を放棄し、「納税義務から解放される権利」を支払った。

 
政府というのは強大な権者で、政府トークンが他のすべてのトークンを圧倒するようになった。もちろん地域経済の中では民間人が発行したトークンが流通することもあったが、やはり政府トークンの方が役となった。このため、政府トークンに関する解説を国定信用貨幣論として独立させてある。



政府トークンとして何が使われたか。これは、さまざまなものが使われたのである。

金・銀といった金属を鋳造した鋳造貨幣が使われた。古代日本・布・が使われた。古代ローマではが使われた。古代中国ではベトナムで獲れた殻が使われた。これらはすべて商品としての需要がある。このため、商品貨幣論国定信用貨幣論しい論争が起こるようになった。


商品貨幣論によると、貨が発行されたのは次のように説明される。

というのはピカピってにもされる商品である。美術品としての需要も高い。という金属の価値が、貨幣の価値となったのである。

 

その一方で、国定信用貨幣論の立場からは、次のように反論される。

なるほど塊そのものに価値があることは間違いない。しかし、「塊そのものの価値」だけでは全々に流通した理由が説明できない。「塊なんて、ただるだけの金属じゃないか」という田舎親父もこの世に存在する。塊に全く価値を感じない人も一定の割合で存在する。

塊に全く価値を感じない人も貨を受け取ったのは、やはり政府の権の後押しがあったからだ。貨で納税義務を果たせるという信用貨幣としての要素があったから、流通したのだ。

わざわざ塊が政府選ばれたのは、「錆びない、腐ったり劣化したりしない、鋳造する技術が必要で埋蔵量が少ないから偽造がしにくい、材料さえあれば均質なものを量産できる、宝飾品以外の実用的な使いがなかった」などが考えられる。とくに「埋蔵量が少ないから偽造しにくい」というのが重要だ。



また、商品貨幣論によると、古代日本で布が貨幣として扱われたのは次のように説明される。

布というのは素材として需要が非常に高く、にもされる商品である。布でできたはとても快適で、皆が価値を認める。それゆえ物々交換の基軸となり、貨幣となっていった。

 

その一方で、国定信用貨幣論の立場からは、次のように反論される。

なるほど、布そのものに価値があることは間違いない。しかし、「布そのものの価値」だけでは広く流通した理由が説明できない。布を全く欲しがらない人も一定の割合で存在する。

古代日本の税制は租庸調exitといい、その中に「布を納税せよ」という項がある。布には、納税義務を果たせるという信用貨幣としての要素、つまり付加価値があったから、貨幣として流通した。

布を納税する地方農家が所有しているが欲しくなったとする。そのときは布を手渡せば、農家の人たちは「来年分の納税負担が減る。喜んで受け取りましょう」と言いつつ、を差し出してくれるだろう。

 

・・・という論争が果てしなく続けられるようになった。どちらのもある程度説得があるので、まったく決着が付かなかった。

不換紙幣の時代になって、商品貨幣論は説得に陰りが見えるようになった。このため、後者の説明がすこしだけ優勢になったと言える。

とはいえ、政府の威の乏しい時代・間における貨幣流通について、商品貨幣論をつかうと上手く説明できるのも事実である。両者の論争はまだ続くと思われる。

 

金匠が発行する預り証

貨が流通すると、商人が大量の貨を保有するようになった。ただ、貨を自宅に保管しておくと、どうしても盗難の危険が高くなる。

細工職人英語ゴールドスミスexitという)は堅庫を持っていたので、商人たちはに預け、代わりに預りを受け取るようになった。預りを持ち込めば、額面通りの貨を引き出すことができる。

商人たちは、取引先に貨を支払う場合、から貨を引きだして支払うのが面倒になってきた。貨を持ち運ぶこと自体が危険だからである。そのため、商人たちは切れを発行し始めた。その切れは宛の依頼書で、「私が預けている貨の名義を、私からこの依頼書の所有者に代えてくれ」という内容のものだった。

この依頼書のことを宛手形という。現代にいえば、小切手である。この宛手形での支払いが、盛んに行われるようになった。

 
これは17世紀イギリスにおける実話である。最も古い預り1633年発行のもので、1650年代には宛手形が発行され始め、1680年には宛手形での決済が盛んに行われていることに驚く日記が見つかっている。

宛手形は発行した人物にとって債務明書であり、宛手形を保有している人物への支払い義務が宿っている。まさしく、信用貨幣である。

そしてさらに興味深い現が起こりはじめた。
 

は「これからは預りを譲渡可にすればいいんじゃないか」と思いついた。預りに「これを持参した人物に対して、貨を支払う」という表現を書き込んだ。

こうした譲渡可な預り手形(ゴールドスミスノートという。手形は便利なので、の近くの地域経済で支払い手段として使われるようになった。

  
先ほどの宛手形は多種多様な商人たちが発行していた。このため券面の書き方にもちょっと違いがあり、受け取る人たちにとってはすこし注意が必要であった。

一方、手形の発行者は、ただ1人である。その手形はどれも画一的な券面の書き方であり、受け取る人にとって慣れてしまえば扱いやすい。手形が広まった方が地域経済にとって便利だった。このため手形が広まっていった。

手形もまさしく債務明書であり、発行したが所持者に対して貨を支払うという債務が宿っている。まさしく、信用貨幣である。

そして画期的な現が起こりはじめた。
 

に対して「貨を貸してください」と言ってくる商人は多かった。貨を貸そうとすると、「いえ、貨は盗難の危険があるので受け取りたくありません。手形だけ発行してくれれば良いのです。支払いも手形で行いますから」というので、手形の発行だけで貸し出しを済ますようになった。もちろん、商人からの利子・元本返済は貨で受け取ることにする。

あるとき、は、自分の庫から貨を引き出そうとする人物がめったに現れないことに気が付いた。「自分の庫に眠っている貨の量よりも多い貸し出しをしても、大丈夫なんじゃないか」と思い始め、借を申し込んでくる人が現れるたびにどんどん手形を発行していった。

いつしかは、保有している貨の20倍ほどの手形を発行するようになったが、発行しすぎで破綻することはかったという。

 
以上が、ヨーロッパにおける発券銀行の成り立ちに関する昔話である。1694イングランド銀行が設立されて紙幣銀行券)を発行するようになったが、手形を手本としたという。1844年イングランド銀行イギリス内における紙幣発行業務を独占するようになり、中央銀行となった。

イギリスだけでなくどこのにおいても、19世紀頃まで多くの民間銀行が勝手に紙幣を発行していたが、だんだんと1つの銀行に統合されていった。1つの紙幣発行権を独占する銀行中央銀行という。中央銀行政府と非常に深い関わり合いになる。


※資料・・・『マネー文明の経済学―膨張するストックの時代』84~91ページexit
 

民間銀行が創造する銀行預金

先ほどの昔話の中で、のもとへ借を申し込む人が現れるたび、は手持ちの貨よりずっと多くの手形を発行していた。それと同じことを現代の銀行も行っている。

銀行は人が銀行から借りるときに生まれている。そして、意外なことであるが、銀行は保有する資関係に銀行を作ることができる。これを信用創造という。

Aさんという人が民間銀行から住宅購入資の融資を受けるとき、民間銀行Aさん銀行口座の預残高の数字を書き足すことで融資する。Aさんは預残高を減らし、住宅販売会社の預残高を増やして、そうやって支払いを済ませて住宅を購入する。住宅販売会社がAさんと同じ銀行に口座を持っている場合、民間銀行は手持ちの資を一切減らさずに済ますことができる。銀行が資を持たずに信用創造でいくらでも預を創造できるのはこのためである。Aさんは数十年かけて銀行お金を貢ぐようになり、銀行が創造した預の価値を後押しする存在になる。




現代において、現通貨の10倍近くの量が預通貨として流通しているという。銀行とは、まさに銀行の負債を記録した数字そのものである(数字を書くだけでお金が創造されるので万年筆マネーと呼ばれる)。

から通貨を創造して中に回し、財やサービスを産み出す経済活動を支えるという点で、政府中央銀行の発行する現通貨と、民間銀行が創造する預通貨はよく似ている事が分かる。

1万円札は1万円の価値がある立なのではなく、政府中央銀行が負っている1万円分の負債を表すトークンである。

1万円の銀行は、影も形もないのだが、民間銀行が負っている1万円分の負債を表すトークンなのである。
 

1970年アイルランド銀行閉鎖事件

お金というのは負債である、という信用貨幣論を裏付ける事件が1970年に発生したので、紹介しておきたい。


1970年5月1日アイルランド銀行業界でストライキが起こった。このときのアイルランドは高率のインフレに悩んでおり、職員の待遇善をめる労働組合がストを決行した。

それから約6ヶアイルランド銀行閉鎖されっぱなしだったが、なんと、たいした混乱もなくアイルランド経済は機し続けており、統計によると経済準も上がり続けたという。

アイルランド人たちはどうしたかというと、個人個人が小切手を発行して支払いをしていた。アイルランドポンドで値が付いている自動車を買うとき、その額の小切手を発行していたのである。自動車販売会社は小切手を発行した人の支払いをわりと簡単に調べることができた。その購入希望者が立ち寄るパブ(イギリスアイルランド場)に行き、そこの人に購入希望者の支払いを尋ねるだけだった。アイルランドはパブでビールを飲んで交流するという文化が残っていたのが幸いした。パブの人は、その周辺の人々の支払いをだいたい把握していたのである。

こうして、支払いがある人の小切手だけが受け取られた。この小切手銀行閉鎖最中における貨幣となった。

切手とは「これを銀行に持ち込めば私の口座から引き出して現にすることができます」という債務明書である。「貨幣は債務である」という信用貨幣論の定義通りの現だったと言える。


(※この項の資料・・・フェリックス・マーティン『21世紀の貨幣論』32~39ページexit_nicoichiba
 

関連商品

作者中野剛志

商品貨幣論、信用貨幣論、国定信用貨幣論という用を使って貨幣論を分類している。5467ページ貨幣論についての文章がある。
『富と強兵』とはうって変わって易で親しみやすい文体になっている。87109ページに信用貨幣論や信用創造についての文章がある。イングランド銀行季刊誌2014年春号exit引用して信用貨幣論を解説しており、非常に分かりやすい。
作者経済学者

商品貨幣論を否定する立場から書かれている。かといって国定信用貨幣論の信奉者でもない。民間人が発行する信用貨幣の例を熱心に取り上げている。
作者は人類学者。この本は後述の『負債論』にも影を与えている。

原始社会共同体内において、贈与と収受が盛んに行われていることを示している。太平洋に浮かぶ々や北大陸の例を豊富に紹介している。

原始社会共同体内の物々交換についてはやんわり否定している。8788ページ92ページ98ページ271ページなどに書かれている。

後世への影が大きい名著であり、日本語版Wikipediaにも記事があるexit
作者は人類学者。原始社会において、『共同体の中における物々交換』がなかったことを論じている。

原始社会共同体内では贈与や共同所有の形態を取っていると論ずる。アフリカ大陸のカラハ砂漠ブッシュマンという民族の人に人類学者がナイフを贈って1年後にまた来たら、その共同体のほとんど全員が1度はナイフを所有した・・・という例を55ページで紹介している。

原始社会で物々交換が起こるとすれば2度と会うこともないようなヨソ者同士であり、暴力をみなぎらせた緊をはらんでいる、と論じている。アダム・スミスが想像したような雰囲気とは異なっている。

「昔のは常備軍を維持することが大きな悩みの種だった。常備軍に硬貨を配布してそれと同時に内の全世帯に『硬貨で納税すべし』と布告するだけで民が軍隊を進んで養おうとするようになる」と75ページで解説している。これは国定信用貨幣論と同じ考え方と言える。
作者は商学を専門とする学者。

121221ページの後編において、信用貨幣論に基づいた貨幣論を述べている。メタリズム商品貨幣論)について一貫して批判的な論調となっている。

学者らしい堅い言い回しが多く、いかにも学術書といった感じになっている。
作者三橋貴明中小企業診断士資格を持っている人で、貸借対照表バランスシート)を読み解くに優れている。このため、信用貨幣論を深く理解できた。

商品貨幣論を否定して、信用貨幣論を紹介している。
作者は、券業界で長年働いていた人。

融に関する豆知識をずらっと並べたような本で、世界史が得意な高校生なら読み込むことができるだろう。

貨幣論についてはあまり深く踏み込んでいない。
『マネー文明の経済学―膨張するストックの時代』exit 作者は関という人で、1932年に生まれ、石油関連産業に長く在籍した。

1990年7月5日初版が発行された。


 

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関連項目

掲示板

  • 3ななしのよっしん

    2019/09/20(金) 12:51:55 ID: aYXFnesiKf

    運営の負債だよ。運営が利用者から各通貨を借りて、利用者が望んだら定した通貨で返しているからね。

  • 4ななしのよっしん

    2019/10/30(水) 18:58:42 ID: 1S7X7T0W/I

    ビットコインは価値を担保する運営がいないと聞いた。そういう意味で、も価値を担保する運営がいない、資の総量に限りがある、交換レートはその時の時価で決まるという意味では似てるな。

  • 5ななしのよっしん

    2019/11/05(火) 10:00:50 ID: 7hprSUS/MT

    信用貨幣というか事実宝石のような「希少価値のある存在」となってるから
    現状は取引されていると言ったほうがいいんじゃないかと。
    仕組みが「どれだけ需要があっても供給量の調節は不可能
    かつ供給のみの現状」は通貨発行権の裏返しの「通貨回収」が
    起こらない通貨としての構図とはズレが発生してるし

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最終更新:2020/01/25(土) 20:00

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