シリウスシンボリ(ウマ娘)単語

シリウスシンボリ

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頂点ぐらい、すぐ取ってやる!」

シリウスシンボリ(CV:ファイルーズあい)

シリウスシンボリ(ウマ娘) とは、Cygamesメディアミックスプロジェクトウマ娘 プリティーダービー』において同名ゲーム及び漫画ウマ娘 シンデレラグレイ』に登場する登場キャラクター
CVファイルーズあい

概要

誕生日3月26日 身長:167cm 体重:興味なし
スリーサイズ:B89・W55・H86

シリウスこそが最も明るいだ」海外制覇をす、強気で自信ウマ娘
粗野で口も悪いが、そのタフさと自信に伴った実から、多くの人を惹きつけるカリスマ性を持つ。
また、や方便が嫌いなので口から出る言葉は全て本気。つまり性のタラシなのである。

アプリ配信直前の2021年2月10日に、他のシンデレラグレイ実名組と共に実装が発表された。10月19日サポートカード実装発表とともにCV発表。

長く後ろに伸ばした鹿毛、前に鼻筋流星の模様が特徴。右に波打つような形の飾りを付けている。

シンデレラグレイでの活躍

32R『毎日王冠』にて登場。ダイナヒロインロングブフリー、ロードロイヤル、マッシヴバイキングに続き、藤井助により欧州で活躍したダービーウマ娘として別格と紹介されている。パドック踊っていたが、気づかぬうちに、ダイナヒロインロードロイヤルに手足をぶつけ、ロードロイヤルは救護班を呼ばれて発走除外となっている。

レースではオグリキャップに注しつつ、オグリキャップが大外から仕掛けた間に、自身もその後を追って加速。最大外を走っていたオグリキャップに体が尽きているだろうという予測を持って、オグリキャップの後にダイナヒロインを抜き去る。だが、その予測に反し、オグリキャップは更にスパートしてゴールを駆け抜け、歴代タイ記録となる重賞6連勝を達成させてしまった。

秋の天皇賞では、パンツスーツ?を基にした勝負で登場。出走前の記者会見では、「先日の毎日王冠では惜しくも敗れ・・・」という会の台詞に対し、ダイナヒロインと共に睨みつけていた。

37R天皇賞(秋)』でのレースでは10番で出走。13番トップシュンベツが出遅れ、12番ロードロイヤルレースを引っる中、中段前に位置取る。第4コーナーで5番ダイナヒロインが動いたことに合わせ、トップシュンベツのペースが落ちていく隙を狙って外から仕掛けていく。だが、オグリキャップは更に大外から差し込み、ダイナヒロインや11番(史実ではカイラスアモン)、7番(史実ではガルダン)諸共シリウスシンボリは抜きさられていった。

ゲームでの性能

2021/10/20にSRサポートカード「一等は揺らがない」及びRサポートカード実装。同時期のシンデレラグレイ実名組の中では最も遅れての実装となった。また、育成ウマ娘として同じタイミング実装されたマンハッタンカフェの育成シナリオもちょっと登場している。
8/24にはナカヤマフェスタの1コマシリウスシンボリの姿が描かれており、ゲーム内ではこれが初登場だった。前述のサポ実装SSRナカヤマフェスタと一緒である。
現時点では育成未実装

SR[一等星は揺らがない]

根性タイプ
スピードボーナスがついており、根性育成の欠点を補できる仕様になっているが、全体的には良くも悪くも普通イベント立って強なものはない。

一方でようやくの登場というのもあって、周囲のモブウマ娘たちをハートマークまみれにしているイラスト徴する、設定通りの女製造機傍若人なタラシっぷりによるキャラクターとしてのインパクト立っている。
また、SR連続イベントでは同じ時代に同じ名前を冠したシンボリルドルフとの初絡みが実現している。

史実

同期ミホシンザンという突出した存在がいたとは言え、ダービーにして史上3頭凱旋門賞挑戦なのに、オーナーであった和田二本柳俊夫厩舎の着の方が有名な競走馬シリウスシンボリ

当初、二本柳厩舎所属の加藤騎手が乗っていたのだが、どうにも勝ちきれず和田氏が岡部幸雄に乗せ替えろと言うと、二本柳氏は断ったため、和田氏が転厩騒ぎを起こしてしまう。色々あった末に所属は維持され、一度だけという話で若葉ステークス岡部騎手が乗って優勝ミホシンザン折で本命不在となったダービーでは重馬場の中を加藤騎手が乗って見事優勝

そしてその直後、シンボリ牧場先輩シンボリルドルフに帯同して海外遠征することが予定されていたが、ルドルフの方が脚部不安を起こして取りやめとなった結果、二本柳厩舎の支援なきまま一頭で欧州へと遠征することに。しかもこれが2年間という極めて異例の長期遠征となる。なんせ10年以上後のエルコンドルパサーの1年遠征ですらしいくらいなのだから。つまり現地の厩舎に任せて2年も走らせたわけで、遠征というかそれこそ転厩めいた状態である。
そして欧州を駆け回り、1986年凱旋門賞など14戦を走ったものの1勝もできなかった。
もっとも、凱旋門賞ブービー惨敗したのがダンシングブレーヴによる歴史に残る勝利が回顧され続けたのもあり)有名すぎて過小評価されがちだが、それ以外ではフォワ賞(G3)2着・ロイヤルオーク賞(G1)3着など好走も見せている。むしろノウハウも支援も不十分なまま異質の環境に放り込まれたのに健闘して事に帰ってきたのだから立ですらある。

6歳(旧表記)のに帰したが、その後も勝てず、7歳時の毎日王冠オグリキャップの2着に突っ込んだのが最高位。なお、このレース出走前でレジェンドイオーとダイナアクトレスを蹴り、レジェンドイオーを発走除外に追い込む事件を起こしている。7歳の天皇賞(秋)で7着となった後、折が判明し引退G1獲って々に海外遠征して帰ってきた頃には時代が変わっていた都合上、世代の最強ミホシンザン、時代の最強シンボリルドルフとは1戦も走らずに終わった。

引退後は種牡馬となったが、成績は振るわず1997年種牡馬引退2012年に30歳で死亡

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最終更新:2021/12/09(木) 11:00

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