ナイスネイチャ(ウマ娘)単語

ナイスネイチャ

  • 27
  • 0
掲示板をみる(565)
  • twitter
  • facebook
  • はてな
  • LINE
  • ほめる(27)
  •  
  •  
  •  
  •  
  • その他

「アタシに期待?しないほうがいいよー」

ナイスネイチャ

ナイスネイチャ(ウマ娘)とは、「ウマ娘 プリティーダービー」の登場キャラクター

実在競走馬ナイスネイチャモチーフとするウマ娘である。CV:前田佳織里

概要

誕生日4月16日 身長157cm 体重:増減なし スリーサイズ:B79/W56/H80

下町生まれの高望みしないウマ娘。自分は脇役と考えているため、過度な期待からはやや逃げがち。そのため、いつも好走止まりである。
下町育ちゆえに生活は高く、料理洗濯などは手がいた時に片付ける。
地元のおばちゃんやご老人にされる名物少女である。

ナイスネイチャ|ウマ娘 プリティーダービー 公式ポータルサイトexitより

生まれついて物事を斜めに見てしまうちょっぴり卑屈なウマ娘に向かってキラキラしている周りのウマ娘を遠巻きに見ている。
言いたいことをスカッと口に出してしまう性分について、女の子としてどうなんだろうと気にすることもあるが、わかっちゃいるけどやめられない。

リニューアル前)

癖っ毛のツインテールが特徴的なウマ娘ゲームでのカットインなどでツインテールが顔から離れると人がないことがわかりやすい。勝負は濃いジャンパードレスブラウス。左足にだけガーターを着けているのは史実で左前脚の故障に苦しんだからだろうか。クリスマスカラーが印的な胸元のリボンは史実のメンコをモチーフにしており、イニシャルの字体までしっかり再現されていて史実のネイチファン的にポイントが高い。モデルなので右リボンを結っている。

何かにつけて自己評価が低く、「素晴らしい素質」という意味の名前に本人は自嘲的だが、素質を引き出してくれるトレーナーとの出会いをひそかに期待しているようだ。

生まれ故郷の商店の人々にされて育ち、トレセン学園入学後も行きつけの商店の皆さんに気に入られ、商店の人々がファンクラブも同然の存在になっている。さらには小倉記念出走のために訪れた小倉の商店の人々までファンにしてしまう商店キラー
おっちゃんおばちゃん老人に囲まれて育ったことでオヤジギャグ慣れしているのか、シンボリルドルフ駄洒落ツボに入ってしまうタイプだったりする。隣でテイオーがすごい顔してるぞ。

疲れるとリアルをモフって充電し、スマホ動画を眺めて過ごす好き。またキラキラした可愛い女の子を見るのも好き。特技は盆踊り

時々、卑屈とかでは説明のつかない妙にじじむさい一面を見せる。史実のネイチャがご長寿だからだろうか。

アニメでの活躍

シーズン1

第6話で初登場。ヒネたところが見られず「~ぜ」という口調で喋ったりと、ゲームシーズン2とはややキャラが異なる。

毎日王冠(GⅡ)ではラストの直線でグラスワンダーを差してサイレンススズカエルコンドルパサーに次ぐ3着と善戦する。つづく天皇賞(秋)(GⅠ)にも出走。もちろん史実での両レース(にあたるレース)は走っておらず(とはいえ2年前までは現役だったが。史実での毎日王冠3着はサンライズフラッグ)、賑やかし的な扱い。

サイレンススズカとは近しい仲らしく彼女と絡むシーンで度々出演している。ほかにエイシンフラッシュウイニングチケットメジロライアンとの交流がみられ、交友関係の広さがうかがえる。

EXTRA(13話)ではトウカイテイオービワハヤヒデとともに走っている場面がある。OPでも一出てくる(こっちにはネイチャはいなかった)1993年有馬記念に準じた一幕。

シーズン2

第1話から登場。チームカノープスメンバーの1人。
トウカイテイオー同期であり、彼女役然としたきを羨んでいる。
シーズン1での活躍とはさすがに褄が合わないので、全になかったことになっていると思われる)
変人いのカノープスツッコミだが、一緒に迷走して南坂トレーナーにツッコまれることも多い。

第2話では菊花賞での復帰をすテイオーに触発され、一念発起して菊花賞す。が、せっかく出走資格を勝ち取ったのに結局テイオーの復帰が間に合わず、肩透かしに。
しもが「役」の不在を意識せずにはいられない中、ネイチャの闘志は燃えていた。
「『イオーが出ていれば』なんて絶対言わせない!!
……その思いは皆同じであり、結局4着に終わってしまうのであったが。

第11話ではネイチャ自身も史実通り怪に悩まされる中で(前話のネイチャたちカノープス行動甲斐あって)三度復帰をすテイオーに励まされており、その気持ちを素直に伝えた。「ボクが戻れたのはみんながいたから」と言うテイオーに「そういうのは直接伝えといた方がいいよ」と勧めたことが、その後のラブコメパートに繋がることに。

そして最終話では有馬記念に出走。レース前には1年ぶりの復帰レースになるトウカイテイオーを掛け、あくまでライバルとして一線引きつつもテイオーの復帰を祝福する。レースではテイオーの奇跡の復活の陰で史実通りの3年連続3着を達成。1着のテイオー、2着のビワハヤヒデとともにウイニングライブステージに上がり「ユメヲカケル!」を熱唱し、ゲームダンスモーションには存在しない投げキッスを披露した。

ゲームでの扱い

スピード スタミナ パワー 根性 賢さ
86 72 89 69 84
バ場適性 A ダート G
距離適性 距離 マイル 距離 距離
G C A A
脚質適性 逃げ 先行 差し 追込
F B A D
成長率 パワー+20%、賢さ+10%

サービス開始時から育成ウマ娘として1[ポインセチア・リボン]が登場。3まで上げると専用勝負になる。

固有スキル3番手の時に発動という他に類を見ないあまりにもネイチャな条件。文章だけ見ると使いにくそうにも見えるが、実際は差しや追い込みで順位を上げただけでも発動してくれるので差しウマのネイチャにとっては普通に使いやすい。継承で先行をAにして先行で育ててもわりと安定して発動してくれる有能スキルである。このスキルのせいで逆にブロコレになりにくかったりする。
標は案の定「3着以内」だらけだが、史実で4着のところまで3着以内になってたりもするし、逆に他では結構ある5着以内がない、普通にGⅠが多い、と意外に厳しいのりである。とはいえ、門になりがちな菊花賞にはライバルトウカイテイオーが不在、中長距離育成最大の難関である天皇賞(春)がない、固有スキルが強い、といった理由により、中長距離ウマ娘の中では特別難しいわけではない。
そして、最後に待ち受けるのは「有馬記念で1着」という、史実への最大の挑戦である。

なお、有馬の直前には(史実で特に縁のない)GⅢ中日新聞杯」の1着標が挟まれるが、これは史実より1年遅れの「鳴尾記念」(阪神競馬場)に相当するレース。鳴尾記念は当時12月2週開催のGⅡレースで、有馬記念と同じ芝2500mだった。ナイスネイチャ91年、菊花賞の次に有馬記念へのステップレースとしてこのレースに出走し、勝利している。しかし鳴尾記念は現在6月開催のGⅢ2000mに変更。その為、当時の鳴尾記念と開催時期が一緒で、現在距離グレードが一致している中日新聞杯中京競馬場)を選んだものと思われる。

またネイチャの特徴として、「差しためらい」「ささやき」「鋭い眼」と自習得するスキルデバフが多いという点がある。特に「鋭い眼」上位の「八方にらみ」の発動条件は『作戦:差し』のみで、レース終盤に全体へ効果発揮する強デバフである。(デバフの大半は『対作戦一種』)
この項を追加した3月15日現在、「八方にらみ」を習得できるのはナイスネイチャのみである。
(自前以外の上位スキルSSRサポートカードイベントからであり、「鋭い眼」を扱うナイスネイチャイクノディクタスSR止まりなため、今後のSSR版実装に期待)

そしてネイチャには隠し要素として、レース(と皐月賞東京優駿)以外のGIに出走したときに結果が3着だと、ステータスUPとスキルポイント獲得値が通常より増えるというものがある。流石ブロンズコレクター伊達ではない。
そしてGIで3回3着を取りつつファンランクレジェンドに到達すると彼女専用の「愛しき名脇役」という二つ名を獲得できるが、前述の固有スキルもあって狙って3着を獲ることは困難であり、その上3着では獲得ファン数稼ぎにも支障が出るため、専用二つ名の中でも取得難易度は高い。

また、攻略面以外に彼女の大きな特徴として挙げられるのが、育成ストーリーにおける恋愛色の強さ。他のウマ娘ストーリーが多少のイチイチャはありつつも基本的にあくまでウマ娘トレーナー、選手とコーチとしての信頼関係を軸に描かれているのに対し、ナイスネイチャトレーナーへの恋愛感情をかなりストレートに表に出すほぼ一のウマ娘(後述する馬場厩務員とのエピソードなどが発想元だろうか)であり、共にレースを戦う中で徐々にトレーナーに惹かれていき、最後には何とかを成就しようとして四苦八苦する彼女の姿が描かれる(トレーナーの性別選択を問わず)。

本筋の展開の熱さと並行して進むその王道ラブコメぶりにはえるプレイヤーが続出。他のウマ娘検索サジェストが「育成」「5」「因子」「ボーボボ」などの攻略に関連したワードで埋まりがちな中、ナイスネイチャだけは育成そっちのけでナイスネイチャ かわいい」「ナイスネイチャ 結婚」「ナイスネイチャ 彼女」「ナイスネイチャ ギャルゲーなどが並ぶというが起きたりしている。

ちなみにストーリー上ではネイチャに自信をつけさせるために皐月賞ダービーを回避してGⅢ小倉記念に挑戦するという流れになるが(史実では怪で回避)、展開を視して皐月賞ダービーへの出走も可(専用イベントあり)。両方勝つと二冠ウマ娘が自信をつけるためにGⅢに出るというシュールな展開になる。距離適性的には標にある菊花賞ともども育成次第で普通に勝てるので(皐月賞ダービーにはトウカイテイオーが確定出走してくるが、なぜか大して強くない)、3は3でも三冠ウマ娘称号をネイチャに与えてあげるのに挑戦してみてもいいだろう。

なお、ハルウララと同じく、ゴール後のウイニングランに特殊演出が入る。
3着以上の時は1着とモーションが同じであり、2着・3着でも1着と同じく笑顔で手を振ってくれる。4着以下の時は他のウマ娘と変わらない。対戦相手として出てくると、負けたのに笑顔で手を振りながら自分のウマ娘の後ろを通過していくネイチャというシュールが見られることもある。

またウイニングライブの歌唱は、全キャラ歌唱の「Make debut!」と「うまぴょい伝説」以外は史実でのG1勝ちに対応した楽曲が割り当てられているのだが、史実でG1勝利のネイチャは距離マイルG1の楽曲である「本能スピード」が割り当てられている。これは短距離G1高松宮記念1200m)の前身が、ネイチャの代表的な勝ちであるG2高松宮杯2000m)であるからと思われるが、適性Cのマイルはともかく、適性Gの短距離である高松宮記念に勝ってネイチャの「本能スピード」を聴くのは至難の業である。勝ってないとはいえネイチャといえば有馬記念なんだから「NEXT FRONTIER」でいいじゃないですか……。

サポートカード

SR[…ただの滴ですって]とR[トレセン学園]が初期実装友情トレーニングはどちらも「根性」。

育成のネイチャ自身同様、「差しためらい」「ささやき」「鋭い眼」とデバフが豊富なサポートカード。その他にも「コーナー加速○」「臨機応変」「ペースアップ」と汎用性の高いバフスキルっており、ヒント発生率が高いためを育成するにしても腐りにくいサポートカードと言える。回復スキルも「隠れ蓑」とSR限定の「別タンク」があるが、どちらもあまり使い勝手がよくないスキルなので微妙なところ。

また、2021年3月30日からのストーリーイベントBrand-new Friend」で、報酬SRとして[むじゃむゃむじゃき実装された。こちらの友情トレーニングは「賢さ」。

こちらはカード限定イベントで「別タンク」の代わりに「伏兵○」が入手できる。またゲージを+20できるイベントがあり、運が良ければかなりい段階で友情トレーニング発生まで持って行ける。しかし得意率UPが一切ないため、友情トレーニングの賢さ育成にはあまり向いていない。トレーニング効果アップ×2とやる気効果アップがあるので、優秀なスキル&適度に賢さ以外のトレーニングに散って全体的に効果を底上げしてくれるサポートカード、と考えて使用するのがいいかもしれない。

関連ウマ娘

トウカイテイオー個別記事
自分を脇役モブだと思っているネイチャにとっての「主人公」の徴。ゲームの育成ストーリーではネイチャの最大のライバルとして立ち塞がる。モチーフ同期のまさしくスターホースであり、史実では合計4回対決しており着順では2勝2敗だが、テイオーが先着した2回(1991年若駒ステークス1993年有馬記念)は両方1着であるのに対し、ネイチャ先着の2回は4着(1992年天皇賞(秋))と3着(1992年有馬記念)。
マーベラスサンデー個別記事
ルームメイトハイテンションマーベラスサンデーにいつも振り回されているが、小さくて可愛い女の子が好きなネイチャにとっては好みのタイプらしい。モチーフは4歳下だが、対戦経験がある(1996年天皇賞(秋)マーベラス4着、ネイチャ10着)。
マヤノトップガン個別記事
イチャ好みのキラキラ美少女であり、よくからかって楽しんでいる。モチーフマーベラスサンデーと同じく4歳下だが、対戦経験がある(1995年有馬記念1996年天皇賞(秋)の2回)。
ツインターボ個別記事
イクノディクタス個別記事
マチカネタンホイザ個別記事
アニメでのチームカノープス仲間ゲームではカノープスは存在しないが、イベントストーリーや、イクノやタンホイザのサポートカードイベントでは親しくしている様子が描かれる。モチーフ全員同時代を走っており(ターボ同期、イクノが1歳上、タンホイザが1歳下)、ネイチャも含め全員GⅠ未勝利ながら善戦マン・個性としてされた面々。
ダイタクヘリオス個別記事
SRサポートカードイラストヘリオスに絡まれている。モチーフは1歳上で、91年の有馬記念からヘリオスの引退レースとなった92年の有馬記念までに、ネイチャが出走した5レース(他に毎日王冠天皇賞(秋)マイルCS)全てで対決しているという縁がある。

史実

戦績等の詳細は当該記事へ→ナイスネイチャ

現在

ナイスネイチャは、現在*2021年4月時点も存命中である。
生まれ故郷である北海道河町の渡辺牧場exit引退馬協会exitから支援を受ける「フォスターホース」として穏やかな余生を送っている。ネイチャの近況は渡辺牧場だよりexit渡辺牧場exitアップしているYouTube動画などで確認することができる。
牧場見学については現在新型コロナウイルス蔓延の影で全面的に休止となっている。
2017年からは引退協会の広報部長に就任し、毎年ネイチャの誕生日である4月16から5月16日までの期間にインターネット上で寄付を募るナイスネイチャバースデードネーションを開催している。
フォスターホース」にはネイチャのほかにウマ娘にもなったタイキシャトルメイショウドトウなどがいるので気になる方はぜひ引退馬協会exitHPを覗いてみよう。グッズ購入で気軽に支援することもできる。

ドキュメンタリー映画「今日もどこかで馬は生まれる」exitちょこっとだけ出演し、まさかまさかのデビューを果たした。

歯がゆくて、愛されて ナイスネイチャ

馬場厩務員と出会う

1990年東の松永厩舎に入厩する。
育成センターではガキ大将だったネイチャは、松永厩舎でも一際手のかかる存在で、蹴ったり噛みついたり、人を乗せたまま立ち上がって振り落とそうとしたりといったことは日常茶飯事だった。
そんなやんちゃ坊主の担当になった厩務員が馬場である。
人のように扱うのが馬場の流儀らしく、ネイチャがどんな悪戯をしても決して怒らずやさしく世話をし続けた。その甲斐あって、やがてネイチャは以前とは全く別ののようにしおらしくなった。特に馬場に対しては素直で、「オレとはもう、ほとんど何でも通じてるよ。」とするほど親密な関係だった。引き綱なしで馬場の後ろをトコトコ歩いてついていくネイチャの姿は東でも当時有名で、メディアにも取り上げられた程である。一方で馬場が付いていなければウンともスンとも動かなくなってしまうことがしばしばあって、わざわざ馬場を呼ぶこともあったという。

善戦と高松宮杯

91年4歳(現3歳)から条件戦を2連勝、さらに重賞を鋭い末脚で2連勝し強さを見せつけていた。の上がりとして挑んだ菊花賞レオダーバンの4着に沈んだが、続く鳴尾記念(当時GⅡ)では勝利し重賞3勝をあげた。GⅠの栄冠もそう遠くないだろう、というのがこの頃の厩舎や競馬ファンの評価だった。そう、ここまでは・・・
鳴尾記念以降は、トウカイテイオーメジロマックイーンメジロパーマービワハヤヒデといった強相手に勝ちきれないレースが続き、2、3、4着を量産していく。有馬記念3年連続3着”*1という不滅の記録まで達成し、善戦マンブロンズコレクターなどと鼻で笑われるようになってしまう。ただし裏を返せば賞はしっかり持ち帰っていたため、最終的な獲得賞ではトウカイテイオーと互であったりもした。
そんなネイチャが久しぶりに勝ったのが94年の高松宮杯(当時GⅡ2000m)で、実に2年と7かぶりの勝ちだった。当日の中京競馬場にはダービーを制したウイニングチケット柴田騎手当てであろう6万5千人の観衆が集まっており*2勝利したネイチャはGⅠ並みの大采を浴びたのである。
しかし以降は引退まで低迷が続き、結局これが現役最後の勝利となってしまった。

*1 ちなみに有馬4年連続3着を阻んだのは『レコードブレーカー』ことライスシャワーである
*2 74年のハイセイコー高松宮杯6万8千人のレコードに次ぐ当時史上2番の動員数だった

栗東のアイドルホース

イマイチちきれない戦績が日本人判官びいきをくすぐったのか、ネイチャには多くのファンがついた。当時の東では1、2を争うアイドルホースで、房にはいつも大量の千羽が飾られていた。
毎回負けてるくせに「勝つのはうちのやで!」と関係者に吹かしまくる名物厩務員の馬場人気になって、「男は強気 馬場秀樹」などと競馬場に横断幕まで出されたのだが、厩務員の横断幕が出されたのは日本競馬史上前代未聞の事だった。
松永厩舎はこうしたファンを大切にした。プレゼント用のテレホンカードやブロンズ像を作ったり、競争後はメンコやゼッケンを惜しげもなく配布して積極的に交流を深めていた。調教師の松永は頑固でとっつきにくいと業界でも知られた人だったが、ネイチャのファンが厩舎を訪ねてくるようになってからはすっかりが取れて友好的にファンと接するようになった。その変貌ぶりには杉本清も感心したほどである。
騎手松永博は「あれだけファンがいるとね。に変わらされたんでしょうね。ファンの有難味がわかるというか、ファンあっての競馬だという気になりますよね。」とっている。
イチャの一戦一戦には大勢のファンと共有した嬉しいこと、悔しい気持ちが込められている。今までにない得難い経験だっただろう。こうして厩舎にとってもネイチャは思い入れのある一頭になっていったのである。

ハッピーエンドを望む

高松宮杯の後は衰えを隠せず、一時は引退も検討されていたのだが、松永厩舎は現役を続行させた。

引退した競走馬に待ち受けている現実は厳しい。引退のほとんどは殺処分されているのが現状だ。たとえGⅠ勝利でも繁殖用として振るわなければ処分されることがあるのだから現役時代に結果を残せなかったの行く末は言うまでもない。功労として寿を全うできる競争はほんの一握り。それがビジネスのために生かされているサラブレッドの定めなのだといえばそれまでだが、競馬関係者の全員がそれをよしとしているわけではない。特にと一番身近に接する厩舎の関係者は引退後の行末まで考えている事が多い。

イチャの現役続行も厩舎が彼の将来を考えての選択だった。
血統も戦績も微妙なネイチャは、種になれるかどうかわからない、なれてもその先が・・・というラインである。だからできればGⅠの勲章を手に入れて種にしたい、それがかなわぬだとしてもせめて走れるうちは現役を続けさせてあげたい。それに、重賞をあと1つ勝てば引退が行える*4イチャやファンのために引退式はさせてあげたい。
こうした厩舎の想いがあって、残り少ない現役生活にあと1勝を賭けてみようじゃないか、ということになったのである。当初は乗り気ではなかったも、直後の京都記念においてネイチャが厩舎の想いに応えるような好走を見せた事で考えをめ、現役続行が決定された。

ただ、馬場の心は複雑だった。
にとって競馬は危険を伴うものであり、競馬場で命を落とすこともしくない。
事之名」と賞されることが多いネイチャだが、彼の現役生活は順満帆だったとは言い難い。
デビューして4戦の後、膜炎で半年間の放牧を余儀なくされクラシックを棒に振り、5歳に上がってすぐに球節炎と膜炎で再び10かの休養。6歳時には大阪杯レース直後に左第4中脚折していたことが判明して半年間戦線を離脱している。8歳の京都記念後に左第2中手を、現役最後の年のには右前管をそれぞれ折している。何事もなくすんなりいったのは高松宮杯を勝った年くらいで、あとは毎年のように故障に悩まされ続けている。
家族のように情を注いできた馬場にとってネイチャの競走馬生活は心配の連続だった。さらに、ネイチャが京都記念後に折したのとちょうど同じ時期にライスシャワー衝撃的な事故*5が重なり、不安を一層強くさせた。
「オレが治しちゃったら、こいつはまたレースで走らなくちゃならない。」ネイチャを治療場に通わせていた馬場が同僚の厩務員に本音を漏らしている。年老いても衰えたネイチャをこの上さらに走らせることが本当に彼の幸せになるつながるのだろうか。馬場の胸中では、元気なうちは走らせてあげたいという気持ちと予後不良の懸念がせめぎあい、結局最後の最後まで思い悩むことになった。

*3 JRAの規定ではGⅠを制した、重賞を5勝した、特に貢献があったと理事長が認めた引退式を行えることになっている。ネイチャのそれまでの重賞勝利数は4回だった
*4 第36回宝塚記念に出走したライスシャワーレース途中で転倒し負傷、予後不良と診断されその場で安楽死処分された。
いわゆる”の悲劇”

大記録目前にして引退

96年、投票上位だったネイチャは本年も有馬記念出走が予定されていて、出ればスピードシンボリメジロファントムを抜いて6年連続出走という当時としては前の大記録を打ち立てることになる。
ところがレースの3週間前、馬場日課の触診中に左前脚に異常を見つける。レントゲンの結果、第二冠のヒビわれと判明。それはレースに出しても支障のない細なものだった。しかし、ネイチャの将来を考え苦しいをしてきた馬場にとって、この状態で出走させることはとても認められるものではなかった。
馬場調教師の松永にネイチャを引退させるように訴え、松永も「(ネイチャのことをよりも知っている)お前がそういうのだったら、仕方がいな」と引退を認めた。松永調教師の誇りとしてこの大記録を望んでいたはずだが、それを押し殺してでも自分のわがままな進言を聞き入れてくれたことが、馬場はうれしくてが止まらなかったという。
こうしてネイチャは大記録をの前にしてターフを去ることになった。

イチャが東を発ち産まれ故郷の渡辺牧場に帰る日。
いつものように馬場がネイチャを牽いてに乗せようするが、ネイチャは嫌がった。
レース当日に輸送するときなんかは自分から進んでに乗り込んでいた。乗るのを嫌がったりすることなんていままでに一度もなかった。」と後に馬場っているが、もうこの場所には戻れないということをネイチャ自身が本的に判っていたのかもしれない。

馬の瞳を見つめて

この節は浦河渡辺牧場へ転記しました。

引退後

イチャを引き取った渡辺牧場家族経営の小さな牧場で、負担は決して少なくなかったが、それでも「一生うちで面倒見る」と言って迎えたのは、彼への感謝引退してもなお熱心なファンがいたからである。種入りはしたのだが残念ながら大成はせず、々に種登録を抹消されたが、その後は功労として事な余生を過ごすこととなった。GⅠ未勝利で功労として遇される競争はそう多くはない。本当に最初から最後まで人に恵まれた幸運なと言えよう。

ワイド導入の顔となったナイスネイチャ

さて、規定に足りなかったため引退式は行えず、ネイチャが走っていた頃は3着による払い戻しは複勝と枠連(1着2着が同の場合に限る)のみであったが、JRAもネイチャの功労を称え、1999年拡大二連勝複式(通称「ワイド」)の導入が決定し、その際イメージキャラクターに採用されている。その後も2002年に三連複、2004年三連単が採用されるなどネイチャの引退後は3位も脚を浴びる馬券が増えてきているが、もしネイチャが2000年代以降に走っていたのであれば評価はまた違ったものになっていたかもしれない。

 

引退から20年以上経ち、ネイチャの齢はすでに30人間でいうと90半ばくらい)えた。かつて轡を並べたライバルたちはもうほとんど残っていない。菊花賞レオダーバンも2001年に種引退した直後に行方知れずになってしまった。現役時代を過ごした松永厩舎はすでにく、よりもネイチャを愛し馬場98年に不慮の事故で亡くなっている。しかしネイチャは、今も元気に牧場を駆けている。松永厩舎、渡辺牧場、大勢のファン、そして馬場厩務員の深い情にいまなお支えられて―――


参考資料
プーサン 知性競馬(Vol.3)(コミュニケーションハウスケースリー)
の瞳を見つめて (桜桃書房)
・厩舎へ帰ろう2(エムエイオフィス
優駿1997年2月号(日本中央競馬会
優駿2003年8月号(日本中央競馬会
週刊100 Vol.41ナイスネイチャ産経新聞社
ナイスネイチャ 世界で一番好きなフジテレビポニーキャニオン
ほか8点

関連動画

関連静画

関連商品

関連コミュニティ

ナイスネイチャ(ウマ娘)に関するニコニコミュニティを紹介してください。

関連項目

この記事を編集する

掲示板

  • 563ななしのよっしん

    2021/05/11(火) 23:33:55 ID: hQ4hHx2pec

    >>560
    3000万いったね。

  • 564ななしのよっしん

    2021/05/12(水) 00:01:47 ID: Zw+t7034sm

    寄付3000万円突破したね

  • 565ななしのよっしん

    2021/05/12(水) 01:42:27 ID: rSgILvhVJL

    結構伸びるとは思ったけどトウカイテイオーとの1993年有馬の3位の賞(3300万)に迫るとは思わなかった
    届くかもしれない

おすすめトレンド

急上昇ワード改

最終更新:2021/05/12(水) 06:00

ほめられた記事

最終更新:2021/05/12(水) 06:00

ウォッチリストに追加しました!

すでにウォッチリストに
入っています。

OK

追加に失敗しました。

OK

追加にはログインが必要です。

           

ほめた!

すでにほめています。

すでにほめています。

ほめるを取消しました。

OK

ほめるに失敗しました。

OK

ほめるの取消しに失敗しました。

OK

ほめるにはログインが必要です。

タグ編集にはログインが必要です。

タグ編集には利用規約の同意が必要です。

TOP