登り詰めろ!
JFL(Japan Football League)とは、 日本の男子サッカーのノンプロリーグである。
正式名称は「日本フットボールリーグ」で、1999年に開始した。
リーグ主催団体は一般社団法人日本フットボールリーグと公益財団法人日本サッカー協会(JFA)である。
直上のカテゴリであるJリーグへの参入を目指さないチームにとっては最上位カテゴリとなる(後述)。
FMラジオ局のネットワークについては「JAPAN FM LEAGUE」を参照のこと。
概要
日本の男子サッカー第1種(プロ・ノンプロ)のリーグピラミッド | |||||||||||
1部 | 日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)1部[J1:明治安田生命J1リーグ] | ||||||||||
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2部 | 日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)2部[J2:明治安田生命J2リーグ] | ||||||||||
3部 | 日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)3部[J3:明治安田生命J3リーグ] | ||||||||||
ここから上がプロリーグ/ここから下がノンプロリーグ | |||||||||||
4部 | 日本フットボールリーグ(JFL) | ←イマココ | |||||||||
ここから上が全国リーグ/ここから下が各地のリーグ | |||||||||||
5部 (5~6部) |
地域リーグ(9地域) | ||||||||||
北海道 サッカー リーグ |
東北 社会人 サッカー リーグ 1部 |
関東 サッカー リーグ 1部 |
北信越 フット ボール リーグ 1部 |
東海 社会人 サッカー リーグ 1部 |
関西 サッカー リーグ 1部 |
中国 サッカー リーグ |
四国 サッカー リーグ |
九州 サッカー リーグ |
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東北 社会人 サッカー リーグ 2部 [北/南] |
関東 サッカー リーグ 2部 |
北信越 フット ボール リーグ 2部 |
東海 社会人 サッカー リーグ 2部 |
関西 サッカー リーグ 2部 |
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6部以下 (7部以下) |
都道府県リーグ(都府県リーグ/北海道ブロックリーグ) | ||||||||||
札幌 道南 道央・道北 道東 |
[北] 青森県 秋田県 岩手県 |
群馬県 栃木県 茨城県 埼玉県 千葉県 東京都 神奈川県 山梨県 |
福井県 石川県 富山県 新潟県 長野県 |
静岡県 愛知県 岐阜県 三重県 |
滋賀県 京都府 奈良県 和歌山県 大阪府 兵庫県 |
鳥取県 島根県 岡山県 広島県 山口県 |
徳島県 香川県 愛媛県 高知県 |
福岡県 佐賀県 長崎県 熊本県 大分県 宮崎県 鹿児島県 沖縄県 |
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[南] 山形県 宮城県 福島県 |
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最下部 | 市区町村リーグ/地区リーグ/支部リーグ |
1992年から1998年まで開催されたジャパンフットボールリーグ(旧JFL)の改組により、Jリーグ2部(J2)と共に発足し、1999年に開始した。
元々、アマチュア最高峰を兼ねるノンプロの全国リーグは、7年間続いた旧JFLで終わるはずだった。しかし、J2に参加しなかった・できなかった他の旧JFLチームを中心として新たにアマチュア最高峰を兼ねるノンプロの全国リーグを「8チーム集まるならやろう」ということになった。
取り敢えず旧JFL所属チームから7チーム、地域リーグから1チームと、参加希望チーム数が8チーム集まったためリーグ創設が決まった。その後、急遽、JFAの特例により、新規創設されたチーム「横浜FC」の参入が追加される。
こうして新たな全国リーグ『日本フットボールリーグ』は、旧JFLのようにJリーグ入りを目指すチームとJリーグ入りを目指さないチームが混ざり合うリーグの最高峰としてスタートした。
主なJFL所属(参入)条件
ホームスタジアム 収容人数 |
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トップチーム構成 | |
クラブの下部組織 |
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入会金と年会費 |
参加チームの形態
Jリーグとは違いノンプロリーグである為、様々な形態のチームが居る。以下に例を挙げる。
・・・詰まるところ、プロだろうが社会人だろうが学生だろうが、チームの登録区分が第1種ならばどのチームも参入できる、勿論条件を満たした上で。当然ながらこれは、地域リーグや都道府県リーグ、市区町村リーグにも同様のことが言える(※リーグ側が余程の事情で制限を掛けない限りは、元々が社会人の為のリーグだったJFL以下は現在、社会人以外もほぼ無条件で参加できるリーグが殆どである)。当初はJFA準加盟チーム(外国籍選手が6人以上所属するチームのこと)は参入できなかったが、2001年の理事会によって準加盟チームにも門戸が開放された。
余談だが、後述する歴史にも書かれてある通り、かつて大学チームは大学サッカー連盟の推薦を得て、全国地域サッカーリーグ決勝大会を参加・勝ち抜いた上でJFLに参加し、大学リーグとの掛け持ち、つまり選手の二重登録をしていた。しかし、他のクラブから二重登録に不満を持たれた結果、現在は二重登録はおろか、大学連盟による推薦参加も出来なくなった。トップチームがそのまま参入するか、トップチームとは別にチームを作るかにして、他の形態のチームと同じく下から這い上がってくるしかない。
JFLでは企業チーム、Jリーグ入会を目指すクラブ、地域のアマチュアクラブなど、
さまざまな人々が関わり、いろいろなチームがしのぎを削っています。
そこには、それぞれの “夢” “個性” “絆” があります。
サッカーを愛するプレーヤーが、全国やそれぞれの地域に情報を発信できる舞台。
JFLは、そのようなリーグとなることを目指しています。※なお、今回と同じような内容は第1回から述べているので公式サイトを要チェック。
(⇒日本フットボールリーグ公式サイト『過去の全記録』)
ちなみに、リーグ側はあくまでも「アマチュア最高峰リーグ」であることを全面に推しているが、オリジナルメンバー(第1回参加チーム・後述)の面子からしてアレだし、何より『就業時間の中にサッカー選手としてのトレーニング時間を確保』してもらっていたり『プロ契約選手を保有』していたり『Jリーグチームからレンタル移籍で選手を獲得』していたりと「一般的に言われるアマチュアじゃねぇじゃんか!(バンッ)」なところがいくつかあるので、結構矛盾してたりする。
Jへの門番
この言葉は、Jリーグ参入を目指してはいないが、毎シーズンJFLで上位に君臨出来る力を持つチームを指している。
一説によると、2004年シーズン、Honda FCが「温泉街からJリーグへ!」のコンセプトでJリーグ入りを目指していたザスパ草津(現:ザスパクサツ群馬)の当時のJリーグ2部昇格圏2位以内を阻んだことからそう呼ばれるようになったとされる(※参考リンク)。Hondaはこのシーズンも含めて、2023年現在まで優勝10回・2位5回(且つこれまでの最低順位は7位(2009年シーズン・18チーム中))という凄まじい年間成績を現行のJFLで残しており、3部時代はこういうこともほぼ毎回、JFLからJ2への昇格枠を狭める結果へと繋がっていった。
この頃の草津は、そのコンセプトが当時として斬新であったために、大手メティアによって取り上げられ全国的にも注目されていた時期であった。メディアの報道の仕方もあるのだろうか、そういう影響もあって「Jリーグへ加盟することがサッカーチームにとっての幸せ」及び「Jリーグ加盟をする気がないサッカーチームは愚かである」という両極端な考えを持つ人間が目立ち始め、彼らにとってはこれ以上にない蔑称ともなっている。
しかし時代の流れということもあるのか、いつしか『Jへの門番』と呼ばれることを誇りに思うようになったJリーグ入りを目指さないチームの関係者やファンが現れ始めた。また、"せめて、これら門番と呼ばれるチームを倒す、或いは、そのチームよりも順位が上にしなければならない・・・その上でJリーグ入りしなければ通用しないかもしれない"とも言われるようになってきており、気づけば蔑称から敬称へと変化していった。(それでも『門番』と呼ばれるチームを「Jリーグ入りするチームの邪魔をする目の上のたんこぶ」として気に入らず罵る人間は未だにいるが。)
現在はHonda以外にも『Jへの門番』と呼ばれるチームが、形態問わずに存在する。1度でもJリーグ百年構想(Jリーグ準加盟)チームの足を引っ張ればそう呼ばれることもあるが、これまでの実績を考えると名実ともに言えそうなのはHondaだけであり、解散したチームも含めるならば、あとはSAGAWA SHIGA FCぐらいなものである。(※SAGAWA SHIGA FCの活動期間6年間における年間成績:優勝3回/2位1回/3位1回/12位1回)
誤解してほしくないのは、彼らは決して「JリーグによってJリーグ入りを目指すチームの邪魔を命じられている」わけではない。あくまでも第三者が勝手に『門番』と呼び始め、それが自然と定着しただけなのである。
リーグのレギュレーション
1ステージ制である。2014年~2018年はファーストステージとセカンドステージに分かれている2ステージ制で、両ステージの優勝チームが異なる場合は年間王者決定戦『JFLチャンピオンシップ』が行われていた。
入替制度
J2との入替
1999年~2011年
- J2が22チームとなるまで、Jリーグ準加盟かつJリーグの審査に合格した上でJFL4位以内に入っていた場合に自動昇格となった。
- 2010年はJ2が19チームとなったため、昇格の条件を満たしたうえで上位3チームまで、2011年は20チームとなったため上位2チームまで昇格となった。
2012年・2013年
- Jリーグ準加盟かつJ2ライセンスを持つチームが1位の時は自動昇格、2位の時はホーム&アウェーの入れ替え戦を行う。
- 2014年よりJ3が発足されることとなり、2013年はJ2からの降格チームはJFLではなくJ3への参加となった。
J3との入替
2014年~2022年
- J3所属チームの成績面によるJFL降格は制定されない。しかし、J1・J2の所属チームも含むJリーグクラブライセンス不交付または剥奪によるJFL以下への降格は明言されていた。
- JFLのチームがJ3への昇格(参入)を目指す場合、J3ライセンスを持ちJFL4位以内かつJFL所属の百年構想クラブの中で上位2チームになっていることであった。
2023年~
地域リーグとの入替
1999年・2000年
- J2が発足し、旧JFLから現JFLへと体制が変更されたことでチーム数が減少したため、16チームになるまでは降格なしで参加チームを拡大していくという方針だった。
- 全国地域リーグ決勝大会決勝ラウンドの上位2チームに加え、全国社会人サッカー連盟や全日本大学サッカー連盟からの推薦で昇格チームが決定されていた。
2001年
2002年~2004年・2006年
- 15位及び16位(最下位)(2006年は17位及び18位)の2チームは、全国地域リーグ決勝大会決勝ラウンドの上位2チームとの入れ替え戦を行う。ただし、J2への昇格チームが1チームまたは2チーム決まった場合は、15位のチームのみ或いは15位・16位の2チームともに残留となる。なお、2002年は前年に降格がなくチーム数が増加していたため、17位及び18位が自動降格となった。
- 2004年はJ2昇格2チームに加え、国士舘大学が不祥事により活動停止となり脱退となり3チーム減少したため、自動昇格が3チームとなった。
2005年
2007年~2012年
- 17位及び18位(最下位)の2チームは、全国地域リーグ決勝大会決勝ラウンドの上位2チームとの自動入替により各地の地域リーグへ降格する。16位のチームは決勝ラウンド3位のチームとの入れ替え戦を行う。ただし、J2への昇格チームが1チームまたは2チーム決まった場合は、16位のチームのみ或いは16位・17位の2チームともに残留となり、入れ替え戦の対象チームが繰り下がる。昇格チームが3チーム決まった場合は18位のチームも残留となり、自動昇格が3チームとなる。
- 2009年の三菱自動車水島FCは運営費削減の影響でJFLの参加が困難であるという理由で成績にかかわらずJFLから退会することとなった。成績を理由とした降格ではないという理由から中国サッカーリーグへの参加を拒否されたため、岡山県リーグ1部に降格することとなった。
2013年
- J3発足に伴いJFLから10チームが離脱するため、18チームから14チームに縮小し、自動降格なし、全国地域リーグ決勝大会決勝ラウンドの上位3チーム、JFL入会希望申請3チームの計6チームを昇格とすることとなった。
- 全国地域リーグ決勝大会決勝ラウンド1位のグルージャ盛岡はJ3昇格、3位のFC KAGOSHIMAと4位のヴォルカ鹿児島は統合となり決勝ラウンドからJFL昇格が可能なチームが2チームのみとなったため、JFL入会希望申請枠は4チームに拡大された。
2014年~2022年
- 15位及び16位(最下位)の2チームは、全国地域サッカーチャンピオンズリーグ(旧・全国地域リーグ決勝大会)決勝ラウンドの上位2チームとの自動入替により各地の地域リーグへ降格する。ただし、J3への昇格チームが1チームまたは2チーム決まった場合は、15位のチームのみ或いは15位・16位の2チームともに残留となる。
- 2014年は14チームで開催されたため、チーム数調整のため降格なしとなり、レノファ山口がJ3に昇格したことから地域リーグからの昇格が3チームとなった。
- 例外として新型コロナウイルスの影響により2020年は降格なしで行われ、2021年は前年に降格がなかったことを考慮して17位が自動降格、16位と15位がそれぞれ全国地域サッカーチャンピオンズリーグ1位、2位と入れ替え戦を行うレギュレーション(実際にはJ3にいわきFCが昇格したため自動降格なし、17位と16位が入れ替え戦)となった。
2023年~
- 16位のチームは全国地域サッカーチャンピオンズリーグ決勝ラウンド1位のチームとの自動入れ替え、15位のチームは同2位のチームとの入れ替え戦を行う。J3への昇格はエキスパンションではなく入れ替えとなり、J3昇格によるチーム数の減少はなくなるため、昇降格枠の調整は合併や撤退などによりチーム数が減少した場合のみ行われるようになる。
歴史
3部時代(1999年~2013年) / 4部時代(2014~現在)
3部時代
「上はJリーグ1部(J1)から下は市区町村リーグまで」の日本の男子サッカー第1種(※大学リーグは別)のリーグピラミッドの中に於いて、1999年から始まった日本フットボールリーグ(JFL)のカテゴリランクは「3部」となった。それはJリーグへの参入(=昇格)条件がJFLで所定の成績を収めることが含まれているためであり(※当然成績条件以外のことも併せて重要視される)、且つJリーグに参入した際のスタートが当時Jリーグ最下位カテゴリであるJ2からになるためであった。そのため、直上の「2部」はJ2・直下の「4部」は各地域リーグの最上位カテゴリとなった。
ここでJFLの初年度参加チームを改めて観てみよう。
の9チーム。一部からはこのメンツを「JFLオリジナル9」とも呼称されているとかいないとか。
地域リーグから参入した横河電機サッカー部(横河FC)は全国地域サッカーリーグ決勝大会(地決)の優勝チームであったが、大会の成績に関係なく、参加は事前に了承しており、全国社会人サッカー連盟(社会人連盟)からの推薦という形で参入することになる。また、大学チームの国士舘大学サッカー部は、旧JFL時代より引き続いて一般社団法人全日本大学サッカー連盟からの推薦を得て参加。
一方、JFAの特例認可で参入した横浜FCだが、初年度は「準会員」という立場となった。これはJFL初年度で年間順位4位以上に入らなければ地決強制参加となる。これ以降、「準会員」としてJFLに参入したチームは2000年に社会人連盟の推薦で昇格したFC KYOKENのみである(※FC KYOKENのケースは、地決で予選ラウンド敗退であった点を考慮されたためであるが、その後どういう基準で正会員となったかは不明)。
【3部時代の歴史】
1999年~2001年 ⇒ 2002年~2006年 ⇒ 2007年~2011年 ⇒ 2012年~2013年
1999年~2001年
さて、この間は実は下位リーグである地域リーグへの降格は無かった。というのは、本当は16チームになった時点で行われる予定だったため、2000年からは12チームになり、2001年からは16チームになったので、ついに入れ替え制度が施行されるだろう・・・と思ってたら、入れ替えの際の概要を決めてなかった、というお粗末なことをしていたためである。
J2昇格については2006年まで原則年間成績2位以内という規定がある。「原則」というのがミソであり、一応「何を言われようとも絶対に2位以内に入らなければならない」というわけではない。そのおかげで、3部時代はその後特例でJ2昇格を果たしたのが2チームも現れることに・・・。
また、2011年まで前期・後期制度を採用しており(※1999年シーズンに限り「第1ステージ・第2ステージ」表現)、天皇杯のJFLシード権は前期の上位チーム(だいたい1~3枠)に与えられた。なお、JFLに於ける前期・後期制度の機能はこれぐらいであり、ポストシーズンすらないので、優勝者はレギュラーシーズンの成績によって決められていた。
記念すべきリーグ初年度を制したのは横浜FC。そして現行のJFLになってからのJリーグ昇格第一号は水戸ホーリーホックだが、この水戸こそ特例でのJリーグ昇格第一号のクラブでもある。1999年、年間順位こそ3位となった水戸だが、優勝した横浜FCが準会員であったために、「正会員で2位」という点が考慮されたためである。
2002年~2006年
2002年より加盟チーム数は18チームとなり、これは2013年まで続くことになる。
そして、ついに地域リーグとの入替制度が施行されることに・・・。
この間のこととして特筆すべきことは2004年のザスパ草津のJ2昇格決定である。草津は「JFLを1年で突破し、(ザスパ草津として)3年でJ2昇格」であったため、全国各地の地域に与えた影響は多大であった。草津が群馬県リーグ時代から「温泉街からJリーグへ」というコンセプトを持って活動し始めた時からマスコミに取材され続けられ、その様子が全国放送のワイドショー番組やドキュメンタリー番組で何度か大きく放映されたことも要因であり、これを機にJリーグ入りを目指すチームが更に増えていった。
なお、草津のJ2昇格は、実は水戸と同じく特例であり、原則2位以内を最終節の直接対戦でHondaに阻まれ3位となったが、2位のHondaと勝ち点差と得失点差が同じで得点差が1だったことを考慮された。また、これをきっかけに「Jリーグ入りを目指さない強豪チーム」が所謂『Jへの門番』と周囲から呼ばれ始めた。
2005年にはロッソ熊本が再昇格第一号としてアルエット熊本時代以来のJFL復帰を果たしたり、ジェフユナイテッド市原・千葉クラブ(後のジェフリザーブズ)の参入によりJリーグクラブの下部組織チームが初めてJFL参入を果たすなどした。
一方、2003年のジヤトコFCの解散や2004年の国士舘大学サッカー部の不祥事による脱退といった衝撃的なニュースが連続で出たり、横河FCが2003年から、デンソーサッカー部が2006年から、それぞれクラブチーム化することや、2007年から佐川急便の東京サッカー部と大阪サッカー部が合併して新チームで活動することなど、新時代を告げるニュースも出た。
2007年~2011年
2007年からはそれまでは適当だった上下への昇降格基準が確固たるものとなった。
J2昇格のための成績条件が「年間成績4位以内」となり、原則では無くなったため、絶対に4位以内に入らなければならなくなった。ただし、成績以外もこれまでと同様重要視される。成績面の緩和については、2006年にJ入り濃厚(なだけの財力がある)とされたロッソ熊本が5位に終わり、J2に昇格できなかったことによる温情措置とする見方もある。
2007年には2位のロッソ熊本と、拡大されたことで3位にFC岐阜が入りJ2昇格を果たした。2008年には2位の栃木SC、3位のカターレ富山、4位のファジアーノ岡山の3チームがJ2加盟。2009年にはニューウェーブ北九州が4位となりJ2昇格を果たしている。
2010年には1位になったガイナーレ鳥取がJ2昇格。その一方、FC町田ゼルビアは3位となったのにスタジアムと財務の問題を解決できずJ2昇格が出来なかった。
2011年にその町田は3位となりJ2昇格。4位の松本山雅FCもJ2昇格となった。
地域リーグへの降格は年間順位17位と18位は自動降格、16位は地決3位とホーム&アウェイの入替戦を行うこととなった。ただし、J2昇格により枠の空きがある場合は入替対象の一部チームは残留となる。それ故か、上位へ進出出来る実力がなかったチームは、降格しそうになると残留のために雨乞してでもJ2昇格チームと解散するチームが出ることを願っていた・・・かどうかまでは定かではない。(ぉぃ)
この間は2008年から佐川の件に続くように富山県の2チーム(アローズ北陸とYKK AP FC)がJリーグ入りを目指し合併して新チームで活動することになったり、リーマン・ショックの影響により2009年を以って三菱自動車水島FCが自主退会したり、2011年を以ってジェフ・リザーブズとアルテ高崎が解散したりと、以前よりも事の流れが激しいものとなった。
アルテ高崎は親会社である学校法人堀越学園の不祥事もあって、支払期限後に年会費を支払うことになるなど、やりくりが厳しい状況であった。
一方、規約改正により2010年から大学チームの二重登録が出来なくなったり、さらに移籍が夏と冬の2回だけになったりした。結果、流通経済大学FCは弱体化し自動降格、移籍制限だけに関してはジェフリザーブズの解散の要因の一つとなった。
そして、2008年7月、JリーグとJFLの話し合いの結果、「J2の所属チーム数は22まで」と決定され、J2が22チームになった年から、J2・JFLの入替制度が開始することに・・・。で、2011年の町田と松本山雅FCの昇格により、2012年から施行されたのだった。ここからが本当の地獄だ・・・。
2012年~2013年
2012年からは前期・後期制度は廃止されたが、結局のところ年間成績で決まることに変わりはなく、天皇杯のJFLシード権が17節終了時点での首位チームに与えられていたことにも変わりはない。
・・・さて、九州新幹線よろしく、ついにリーグピラミッドが全線開通となる。JFLとJリーグの間に下りも設けられたからだ。全線開通に伴い昇降格の内容も変更される。まず対象となるのはJ2の21位と22位、JFLのJ1及びJ2のJリーグクラブライセンスを手にした(←重要)1位と2位だ。そして・・・
- JFLの1位がJ1・J2ライセンスを交付されている場合はJ2の22位と自動入替
- JFLの2位のみがJ1・J2ライセンスを交付されている場合はJ2の22位と入替戦
- JFLの1位と2位の両方がJ1・J2ライセンスを交付されている場合
となる。J2にとっては降格対象枠が2枠までであることは安堵だろうが、結局のところ最下位になるとああいう待遇(?)となるので、J2側も全チーム最後まで必死になった。そして2012年、J2ライセンスを交付されたV・ファーレン長崎がJFLで優勝(2位はJ2ライセンスを交付されていないAC長野パルセイロ)、結果早くもJ2側から最初の犠牲者が・・・。奇しくも長崎とJ2側の犠牲者はJFL昇格時の同期であった。(ボトムズの次回予告を思い出す・・・。)
しかし、その犠牲者が決定する前に、とあるビックニュースが飛び込んできた。『Jリーグ3部(J3)創設』である。J2・JFL入替制度開始から1年経ってもいないのにこんなニュースが流れたため、関係者やファンは当然混乱したが、その後は何だかんだで無事(?)J3創設が決定したのであった。
J3創設以外のビックニュースといえば、2012年シーズンを最後にしてのSAGAWA SHIGA FCの解散である。合併しての6年間、優勝3回・2位1回・3位1回・12位1回と「JFL最強」と言われるに相応しいチームだったが、突然の親会社の都合に振り回されてしまった。それ故か、Yahoo! JAPANでもトップニュースとして扱われた。
2013年度JFL第25節、「Honda vs 町田」での掲揚旗。このシーズンでは「Jリーグ入りを目指さない強豪アマチュアチーム vs 元Jリーグチーム」がリーグ戦で実現した。 |
JFL降格第一号となった元Jリーグチームの町田を筆頭に、「町田に代わって俺達が・・・!」とJ3ではなくあくまでJ2昇格を目指すJリーグ準加盟チーム、そして、純粋にJFL優勝を狙うことでJリーグを目指さなくても強いんだと示しにかかるその他のチーム。
結果は・・・長野の優勝、カマタマーレ讃岐が準優勝、そして、町田は4位。(S.C.相模原「3位の俺らは!?」)
この結果、讃岐のみがJ2参入への挑戦権を獲得、J2最下位だったガイナーレ鳥取との入替戦を制し、3部時代最後のJ2昇格チームとなった。
時代は変化し、JFLは4部リーグとなっていく・・・。
4部時代
J3創設によりカテゴリランクが「4部」となったJFLだが、表面上は何故かJ3と同じ3部となっている。2部に上がれない3部ってなんなの・・・。これはBSスカパー!の『フットボールクラッキSP討論会』(2013年2月10日放送)におけるJリーグの中西理事の発言(※「JFLはJ3の横です」と発言)を始め、Jリーグ自らそう表現している。が、時が経つに連れいつの間にかJリーグ公式で「JFLからJ3への昇格」と公表していたので(※要PDF閲覧ソフト・6ページ目参照のこと)、「やっぱりJFL以下は4部以下なんじゃないか!(困惑)」である。
どうしてそんな「パッと見ややこしいわ!」ということになったのかというと、元を辿ると全ての元凶実はJFAやJリーグに対するJFLの働きかけによるものであった。
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/ _ノ ヽ、_ \
/ o゚((●)) ((●))゚o \ ホントはピラミッド1つでいいんだお・・・
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/ _ノ ヽ、_ \
/ o゚⌒ ⌒゚o \ でもJFLに残ったチームを逆撫でしたくないお・・・
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/ :::::⌒(__人__)⌒:::::\ だから建前としてJ3と同じ扱いでピラミッド2つにしてもらったお!
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[ソース元]
サッカー系サイト『ココジェイ!』掲載
東京偉蹴『J3リーグ誕生の傍らで~JFL事務局長インタビュー第1回』5ページ目 より
(※ていうか詳しくはソースを読め!!)
やる夫AAで表現すると「ふざけてんのか?!」と思われるかもしれないが、コレでだいたい合ってる。
なお、詰まるところ「カテゴリ再編で所属チームを悪く刺激させたくない」というリーグ運営側の気持ち、日本サッカー界の歴史を辿ると、実はJリーグ誕生前後にもあった。プロリーグ設立の準備をすすめる際は、特に日本代表選手を抱える実業団チームの存続問題にまで発展しかねないよう配慮したり、Jリーグ開始直後から数年間はクラブ名及びチーム名に企業名を付けてもいいというルールを立てたりした。急激な変化に対する緩和措置みたいなものだと考えていただきたい。
こういう点は日本サッカー界において、Jリーグ誕生から20年以上経ってもあまり変わっていないのがよく分かる。やっぱりカテゴリを再編させられると当事者は「仕方ねぇか」と直ぐには思わないのである。人間そんなもんだ。
でも結局のところ『ファンからしたら観ててややこしいし分かりづらい』という事実に変わりはない。
一方、4部時代から3部時代におけるJリーグ準加盟チームは「Jリーグ百年構想チーム」という名前に変更している。これは当初、Jリーグ3部ことJ3リーグに所属するチームは全てJリーグ準加盟にする予定だったが、後にこっそりとJ3リーグ所属チームもJリーグ正会員となった(※要PDF閲覧ソフト・3ページ目~12ページ目を参照のこと)。
・・・さて、4部時代の初年度の参加チームは、
|
の14チームである。
ところで、[☆]のチームは新規参入チームである。当時のJFL事務局長は、新規参入チームがこれらのチームに決まった経緯を次のように語っている。
プレスリリースでも『5つの評価基準(1:経営状況(運営費用)、2:地域のチーム状況、3:チーム運営体制、4:競技場の状況、5:今季の成績)』というポイントを出していますが、総合力という事を考えた場合、やはり我々が一番重きを置いた部分に関しては、やはりお金(経営力)ということでした。(中略)まあやっぱり総合力という点で考えれば、お金という話になってしまいましが、過去にちゃんと運営出来ていないチームがあったことで、リーグ全体に迷惑がかかってしまったこともあるから、やはりその点は一番の審査基準としました。
ちなみに「過去にちゃんと運営できていないチーム」とはプロフェソール宮崎とアルテ高崎のことである・・・言われても仕方ない(ノA`)。しかも、両チーム共にJリーグ入りを目指すチームであった。やはりスポーツは「プロ・アマ関係なしにお金がかかるもの」であることを改めて思い知らされる説明であろう。
また、地決でJFL昇格枠に入れなかったチームの成績については考慮しなかったとのことだが、当然加盟希望チームの中でもJFL昇格枠に入った3チームの加盟審査が最優先となるのでそこは勘違いしないように。
「たかがアマチュアのリーグなのに・・・」と思われるかもしれないが、健全な運営を心掛けてこそ、サッカーチームとして、サッカークラブとして、社会に認められる第一歩ではなかろうか?そこにプロだからとかアマチュアだからとかは関係ない(大事なことなので二回言いました)。Jリーグチームだけを見渡したって、実力でJリーグに昇格したことは良かったものの、そのJリーグという修羅場で、運営法人であるクラブの経営が苦しいことになっているチームが存在してしまっているのもまた現実である。今でこそクラブ経営が問題無い状態で、J1で戦えているチームになっているヴァンフォーレ甲府やサガン鳥栖も、Jリーグ参入初期はクラブが経営難に陥った経験がある。そしてとうとう、粉飾決算をやったJリーグクラブが出てしまった・・・。
誰が最初に言い出したかは知らないが、(あくまで一部の)サポーターやファンからも、念仏の如く「Jリーグに上がればクラブ経営もどうにかなる」と未だに唱え続けられているが、こういう歴史が繰り返されるのを観ると、結局それは幻想であると言わざるをえない・・・(??「その幻想をぶち殺す!」)。あと、「JFLはJリーグと比較して稼げない罰ゲームだから早くJリーグに上がったほうがいい」と言われることもあるが、Jリーグでの粉飾決算の件を考えると、Jリーグで稼げるというのはクラブ経営が上手く行えている場合のみである。
JリーグやJFLのリーグ自体にも問題を抱えているのは確かだ。しかし、リーグがどうにかなれば所属の各クラブも自然とどうにかなるわけでもないのである。なので、Jリーグ目指す・目指さずは関係無しに、全国各地のサッカークラブ及びチーム、そしてその関係者やサポーター及びファンは、これらのことを肝に銘じてほしい。大切且つ応援しているクラブ及びチームを失いたくないのならば・・・。
2014年~2018年
「何考えてんだ運営は!?」と怒り狂う者も居たが、中には「もしかして今年から本気でメディア露出を増やそうとしている・・・!?」と冷静に考えてみた者も居た・・・が、そんなことはない模様。
このレギュレーション変更で、果たして最初から全力で取りに行く百年構想チームが現れるのか、それともその他のチームがそれを阻止するのか・・・?
結局、HondaFCが優勝。年間勝点1位だった佐川印刷京都は2位に終わり、J2入りを目指していた山口がJ3へと移籍していった。
2015年シーズンはソニー仙台が優勝。同じくJ3に鹿児島が移籍した。このシーズンを持って、SP京都FC(佐川印刷京都)が解散となった。
2016年シーズンをもってファジアーノ岡山ネクストがJFL退会、解散となることが発表された。将来的にJ3にセカンドチームを送り込むための下準備に入ることが予想されていたが、J3のU-23チームが活動終了となる2020年までに加盟することはなかった。
2016年シーズンは流経大ドラゴンズ龍ケ崎が1stステージ優勝と大学チームとして最高の成績を残す。なお、年間優勝は2ndステージを優勝したHondaFCだった。沼津がJ3に移籍。
2017年、2018年シーズンは2年連続でHondaFCが2ステージで優勝し、チャンピオンシップなしで年間優勝となった。2017年はJ3発足以来初のJ3移籍チームなしとなり、2018年に八戸がJ3に移籍。
2019年~2022年
再び1ステージ制に戻った。2019年はHondaFCが優勝しついに4連覇を達成した。J3に今治が移籍。
2020年は新型コロナウイルスの影響で1回戦総当たりとなり、また地域リーグへの降格なしのレギュレーションで開催されることとなった。
2021年は前年降格なしだったため、例年より多い17チームでの開催となった。いわきFCが優勝し、J3に移籍した。
2022年は奈良クラブが優勝、2位のFC大阪とともにJ3に移籍した。
2023年~
2022年の結果によりJ3の所属クラブが20に到達し、Jリーグクラブの総数が60となったことにより、J3とJFLの間での入れ替えが行われるようになった。これにより名実ともにJFLが4部扱いとなった。
これまで4位以内ならJ3移籍できていたのが、優勝で自動昇格、2位で入れ替え戦と枠が縮小された。一方でJリーグ百年構想クラブであることが必要条件ではなくなったため、離脱が相次いだ。
2023年の参加チーム確定後にFC神楽しまねが資金的な問題でJFLから脱退することとなったため、1チーム少ない15チームで開催されることとなった。
大会結果
メディア中継について
3部時代
リーグ開始当初は有料スポーツ専門テレビ局である「J SPORTS」による全国放送があった。これはJ SPORTSが横浜FCのスポンサーだったためだが、同チームがJ2へ昇格したため2000年シーズンを以って終了した。
その後は、一部クラブが本拠地とする都道府県あるいは市区町村を放送対象地域とする地方局やケーブルテレビ局、コミュニティFMを含むラジオ局がローカル放送を行っている。
そんな中、2008年11月23日の「ニコニコ生放送」にて『ひろゆき記念』と題し、FC琉球のホームゲームが生中継された。コレがきっかけであったかは不明だが、翌年からドワンゴがFC琉球のユニフォームスポンサーになって以降は、「ニコニコ生放送」にて(琉球放送の中継映像を借りる形ではあるが)FC琉球のホームゲームが生中継されるようになる。放映しているメディアは一応テレビではないものの、JFLの全国放送が事実上復活した形であると捉えても差し支えないだろう。しかし、FC琉球のホーム戦中継は2012年を以って自然的に終了してしまっている(※FC琉球とドワンゴのスポンサード契約は翌2013年までだったが、2013年はネット中継されなかった)。なお、ネット中継については、AC長野パルセイロが別会社と契約して、有料と無料、両方のパターンでネット中継していたことがあった。
一方、コミュニティFM局のほとんどがインターネット上でもサイマル放送されるため、ラジオ局による全国放送も事実上実現することになった。
4部時代
2014年は3部時代に確立したメディア中継に加えて、JFAの公式YouTubeチャンネルである『JFATV』にて、年間王者決定戦「JFLチャンピオンシップ」が生中継された。2年ぶりとなるネット配信による生中継ではあるが、翌2015年以降も継続され続けている。
なお、放映権は各クラブが個別に交渉することのみとなっており、リーグ自体が全節の放映を交渉することはしていない。
・・・今後ニコニコ生放送でJFLが中継されるかどうかは不明であるが、ニコ厨としては運営の方々に是非、JFLの全試合中継を実現させていただきたいものである。
NHK及び民放局による所属チーム応援番組
テレビ番組及びラジオ番組のみを掲載(※ケーブルテレビ局及びコミュニティFMラジオ局の番組も含む)
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一般社団法人 日本フットボールリーグ
それまでJFAの管轄の一つに過ぎなかった当リーグの管轄が、2010年3月1日から当法人となった。そのため、リーグの開催はJリーグよろしく、JFAと当法人との共催という形となる。
一般社団法人化の理由を当時のJFL評議理事会理事長の桑原勝義曰く「アマチュアのトップリーグとしての位置付けをして、リーグ運営の安定と活性化を目指す」とのことだが(ソース)、その理由に沿ったビジョンの発表は未だ無い。
・・・とりあえず、ニコニコ動画と提携して毎節の試合中継をだな・・・イヤ、ホントにお願いします。(切実)
なお、2011年には、日本女子サッカーリーグと同じように、日本トップリーグ連携機構に加盟している。
ジャパンフットボールリーグ(旧JFL)
略称及び呼称は日本フットボールリーグと同じJFLであり、現在は区別をつける為に旧JFLと呼称される。
1992年に、Jリーグと共にJSLの改組により発足した。旧Jリーグ直下の2部リーグであり、また、Jリーグよりも1年先駆けて開始され、当時のアマチュア最高峰の全国リーグでもあった。
発足されてからの最初の2年間は1部と2部に分かれたディビジョン制で、それぞれの略称はJ1(旧JFL1部)とJ2(旧JFL2部)だったが、その後ディビジョン制が廃止となって統合される。
旧JFL初年度の参加チームは
の20チームであった。
ちなみに、1部・2部の統合後である1994年度の参加チームは
の16チームであった。
旧JFLは新JFLよりも発足当時からJリーグ参入意思のあるチームの比率が高く、歴代の優勝チーム及び準優勝チームのほとんどが、その後Jリーグに参戦していった。
なお、現在の新JFLにて、旧JFLから参戦し続けているのはHonda FCとソニー仙台FCのみで、その内Honda FCは1993年の旧JFL2部と、統合後の1996年の旧JFLで優勝を果たしている。
そして旧JFLは、Jリーグ2部と日本フットボールリーグに改組すべく、1998年シーズンをもって終了した。
関連動画
この他に、先述した通り、日本サッカー協会公式YouTubeチャンネル『JFATV』にて公式配信されていたり、ニコニコ動画だけでなくYouTubeにも有志による動画がアップされているので要チェック。
・・・というか有志による動画のアップは大抵YouTubeで行われているのgうわ何をするやめ(ry
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- サッカーおくのほそ道
- JFL以下のチームを取材した宇都宮徹壱によるルポルタージュ作品。この作品の取材対象であった2017年シーズンに在籍中のJFLチームは、Honda FC・ホンダロックSC・奈良クラブ・ブリオベッカ浦安・ヴァンラーレ八戸FC・ラインメール青森FC・東京武蔵野シティFCの7チームである。
- ヘダップ!
- サッカー小説としては珍しいJFLを舞台としたフィクション作品。東海地区B県武山市をホームタウンにするJ3昇格を目指すチーム『武山FC』。そこに新卒として入団した主人公とチームメイト達、監督やコーチ、さらにクラブを取り巻く武山市の人々との奮闘を描いた作品となっている。
関連コミュニティ
関連項目
関連リンク
脚注
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