宮崎駿(みやざき はやお)とは、日本のアニメーション・映画監督である。
正式な表記は「宮﨑駿」であるが、「﨑」が環境依存文字であることから「崎」が使われることが多い。
通称「パヤオ」「宮さん」。息子にアニメ監督の宮崎吾朗がいる。
曖昧さ回避
概要
1941年1月5日生まれ。東京都出身。学習院大学政経学部卒。アニメ映画監督であり、日本を代表するアニメーターでもある。
幼少期から手塚治虫や福島鉄次の漫画に親しんでおり、高校生時代までは漫画家志望であった。大学の受験勉強中、アニメーション映画「白蛇伝」(1958年、東映動画制作)に感銘を受け、アニメーションにも興味を持ち始めた。
大学生時代は出版社に漫画の原稿を持ち込むも採用されず、漫画とアニメの道のどちらに進むか迷った末、大学卒業後に東映動画(現:東映アニメーション)に入社。
東映動画入社後、ロシア(旧ソ連)制作のアニメ映画「雪の女王」(1957年)を見て感動し、アニメーションを一生の仕事にしようと決意したという。24歳で同僚のアニメーターと結婚し、2子をもうける。
その後、新人ながらたちまちメインスタッフに登りつめ、同社で高畑勲らと共に『太陽の王子ホルスの大冒険』(1968年)などを製作する傍ら、労働組合運動を熱心に繰り広げた。
1971年に東映動画を退社し、Aプロダクション(現:シンエイ動画)に移籍。視聴率低迷でテコ入れのために『ルパン三世』(1971年)の演出に参加する。1972年には子供向けアニメ映画「パンダコパンダ」を高畑らと共に制作した。
その後、1973年にズイヨー映像(現:日本アニメーション)に移籍し、『アルプスの少女ハイジ』(1974年)にメインスタッフとして参加。『未来少年コナン』(1978年)では初監督を務める。キャラクターデザイン、メカニックデザイン、場面設定なども兼務し、膨大な仕事量をこなした。
1979年頃にテレコム・アニメーションフィルムへ移籍し、『ルパン三世 カリオストロの城』(1979年)で初の映画作品の監督を務める。当時の配給収入はふるわなかったが、後に名作として語られることとなった。この時、当時アニメージュの副編集長で、後にスタジオジブリのプロデューサーとなる鈴木敏夫と出会う。
この時期、かねて構想のあったオリジナルアニメーションの構想を徳間書店に打診するも、「原作のないものは作れない」と却下される。「原作がないなら作ればいい」という2人の提案で、1982年、「風の谷のナウシカ」の漫画をアニメージュに連載開始する。その後1984年にアニメ映画が劇場公開された。(漫画が完結したのは1994年であった。)
1985年、月刊アニメージュを発刊している徳間書店の資本参加を受け、東京都武蔵野市にスタジオジブリを設立して独立。以後、スタジオジブリ第1作の「天空の城ラピュタ」(1986年)を皮切りに「となりのトトロ」(1988年)、「魔女の宅急便」(1989年)、「紅の豚」(1992年)の監督を務める。1992年、小金井市に新社屋が完成。
1997年、「もののけ姫」が劇場公開。当時の日本の歴代興行収入を大きく塗り替える193億円の大ヒットを記録する。2001年の「千と千尋の神隠し」はそれをさらに上回る興行収入304億円(再上映含めると316億円)を記録。2020年まで歴代1位の記録を保持した。この映画は海外でも高く評価され、2003年には米国アカデミー賞長編アニメ賞を受賞した。
2004年に「ハウルの動く城」、2008年に「崖の上のポニョ」を公開。2作品とも150億円を超える大ヒットとなった。
2013年「風立ちぬ」公開後、長編アニメからの引退を発表。
しかし2017年には引退を撤回。新作長編アニメ『君たちはどう生きるか』の製作に取り掛かっていると発表された。2020年の5月時点で、「3年後には映画を完成させたい」と鈴木敏夫プロデューサーが発言している。そしてその通り、2023年に「君たちはどう生きるか」を公開した。
興行収入・評価
アニメ映画監督としての宮崎駿の知名度は高く、日本の映画興行に与えた影響も大きい。2021年1月時点で、日本の歴代映画興行収入トップ10のうち、3作品が宮崎作品で占められている(1997年公開の『もののけ姫』、2001年公開の『千と千尋の神隠し』、2004年公開の『ハウルの動く城』)。前述の通り、『千と千尋の神隠し』は2020年まで、約20年の長きにわたって興行収入歴代1位の記録を保持した。
『ルパン三世 カリオストロの城』や『となりのトトロ』など昔の作品においては、興行面ではふるわない物が多く、興行面で大きな成功を収めるようになったのは1989年の『魔女の宅急便』以降である。日本テレビとの協力体制を築くことで、作品が「金曜ロードショー」で繰り返し放映され、スタジオジブリのブランドを確立していったことも大きい。のちに宮崎駿の名声があがるにつれ、作品の知名度も上がりDVDやVHSビデオなどが大ヒットした。
近年の作品は娯楽作品としての要素よりも、哲学・思想的なテーマを含んだ作風が多いため、評価は賛否両論であり、昔の方が好きだったというファンも少なくはない。
ただし、どのアニメを見て育ったかなど世代による評価の違いもあるため、一概には言えないかもしれない。
2014年には、卓越した業績を残した世界の映画人に贈られるハリウッドの「アカデミー名誉賞」を受賞。日本人では故黒澤明監督に続き2人目の栄誉となった。
同じく日本アニメ界の巨匠、押井守とは度々比較され、当人同士の対談や互いの作品に対する意見などでも衝突することがしばしばある。しかし、宮崎駿にそのような歯に衣着せぬ言い方が出来るのは彼ぐらいのものであり(逆もまた然り)、互いに認め合っている様子。
両方ともいい年したジジイの癖して相手の作品はどうにも気になるのはクリエイター、ライバルとしての性か・・・
「風立ちぬ」の制作と現在
「俺は72歳で死ぬことに決めた。だからあと1本しか作れない」
『崖の上のポニョ』の公開後、鈴木プロデューサーに宮崎はこう冗談めかして話したという。
宮崎は、体力的にもう限界であると『もののけ姫』以降度々発言しており、『ポニョ』については「最後の長編だろうね」とすら話していた。
2013年で72歳を迎えた宮崎は、実際その製作能力の低下がかなり深刻になっているらしく、老化に伴って筆圧が急激に落ちてしまい、これまでHBで書いていたイメージボードや絵コンテも『ポニョ』製作時には5Bまで下げないと書けなくなっていたという。
そして宮﨑駿最後の長編アニメ『風立ちぬ』が2013年7月20日に公開された。
本人が模型雑誌『月刊モデルグラフィックス』で連載していた漫画を原作としている。
映画公開後、長編映画の制作からの引退を発表した。
本人は「僕は何度も今まで辞めると言って騒ぎを起こしてきた人間なので、当然まただろうと思われているんですけど、今回は本気です。」と語った。
しかし、2017年2月、鈴木プロデューサーから、2019年の公開を目指して再び長編アニメの製作に取り掛かっていることが発表された。
鈴木によれば、宮崎は2013年に引退宣言をした後、「やっぱり復帰したい」と言い出すまで、実は1年もかからなかったとのこと。
そしてとうとう2016年7月、宮崎は20分のストーリーボードを用意し、鈴木に「面白いかな?」と訊いてきた。鈴木は「確かにすごく面白いが、そう答えたら、また引退を撤回して本格的に制作にとりかかるだろう。となると、自分の穏やかな老後がパアになる……」と少し逡巡した後、結局「面白い」と答えたとのことだった。
映画製作は当初の予定よりもゆっくりとしたペースで進んでおり、新作映画『君たちはどう生きるか』の公開時期は未定となっている。
私人としての宮崎駿
アニメ映画監督としては今や世界に名だたる宮崎駿だが、私人としては若干考えさせられる人物である。とりわけ有名なのは息子・吾朗が「ゲド戦記」の監督に就任した際に、氏を徹底的に扱き下ろし、原作者に了解を取り付ける為吾朗氏と鈴木Pが出向く時にも「監督が原作者に了承を取り付けるなんて聞いたことがない(これには理由があり、監督は1枚でも多くのコンテを描くべきだという理に適った発言をしている)」と反発し、結果鈴木Pの「じゃあミヤさんお願いしますよ」との声に同行し、ここでも原作者に息子の書いたイメージボードの批判をしている。
主な監督作品
監督以外の作品
- 太陽の王子ホルスの大冒険(1968年、原画)
- 長靴をはいた猫(1969年、原画)
- 空飛ぶゆうれい船(1969年、原画)
- どうぶつ宝島(1971年、原画)
- ルパン三世 TV第1シリーズ(1971年、演出)
- ルパン三世 TV第2シリーズ 第145話、最終話(1980年、脚本、絵コンテ、演出)
- パンダコパンダ(1972年、原案・脚本)
- パンダコパンダ 雨ふりサーカスの巻(1973年、脚本)
- アルプスの少女ハイジ(1974年、場面設定、画面構成)
- 母をたずねて三千里(1976年、場面設定、画面構成)
- 赤毛のアン(1979年、場面設定、画面構成)
- 耳をすませば(1995年、脚本・絵コンテ・制作プロデューサー)
- 借りぐらしのアリエッティ(2010年、企画、脚本)
- コクリコ坂から(2013年、企画、脚本)
漫画作品他
「風の谷のナウシカ」のように普通の漫画だけではなく、カラー挿絵メインで絵物語に分類される「シュナの旅」、イラスト+エッセイ+マンガの「宮崎駿の雑想ノート」シリーズのような形態の作品がある。また、「宮崎駿の雑想ノート」は各話ごとにラジオドラマ化もされている。
関連動画
関連生放送
関連記事 - 「神回だああああああああ」 宮崎駿&鈴木敏夫がニコ生にサプライズ出演(ニコニコニュース/2011.07.23)
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