クリスティアーノ・ロナウド単語

クリスティアーノロナウド
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クリスティアーノ・ロナウド(Cristiano Ronaldo dos Santos Aveiro、1985年2月5日 - )とはポルトガルサッカー選手である。イタリアセリエAユヴェントスFC所属。

ポジションはFWまたはMF189cm85kg。称はクリロナ、CR7。

概要

大西洋に位置するポルトガル領マデイラ諸の最大の都市フンシャル出身。ロナウドという名前父親が大ファンだった俳優ロナルド・レーガンアメリカ大統領にちなんでいる。

リオネル・メッシと並んで世界最高のフットボールプレイヤーと称されるスーパースター。5度のUEFAチャンピオンズリーグCL優勝経験があり、これまで所属した4つのクラブ全てでタイトルを獲得している。個人としても、メッシに次ぐ史上2位となる5度のバロンドールを受賞。CLの得点王にも7度き、甘いマスク体美から女性ファンも多い。

に左ウイングや左サイドハーフでの起用が多いが、右ウイング、右サイドハーフ、1トップセンターフォワードや2トップの一プレーすることもあり、どこで起用されても圧倒的なゴールマシーンであることに変わりはない。

経歴

生い立ち

6歳の頃からサッカーを始め、サッカーを始めた当初はセンターバックだった。少年時代から才恵まれていたが、チームが負けると悔し泣きをしていたため「泣き」というあだ名をつけられていた。地元のクラブCDナシオナルのユースに所属した後、1997年母親と共にリスボンへ移住し、スポルディング・リスボン(スポルディングCP)の下部組織に入団。ちなみに本人はSLベンフィカファンだったが、スポルディングファンの母親に説得されての入団となった。

ポルディングに入団後は、驚くべき急成長を見せていき、2001年から2002年にかけてわずか1年でU-16からトップチームまでの階段をかけ昇ってしまい、17歳プロ選手としてデビュー2002年10月17日のモレイレンセ戦で初スタメンを飾ると、この試合でクラブ史上最年少ゴールを含む2ゴールを奪ってみせる。このの存在を各ビッグクラブが見逃すはずもなく、獲得のために動いていた。

マンチェスター・ユナイテッド時代

2003年8月10日イングランドプレミアリーグの名門マンチェスター・ユナイテッドに移籍。移籍は当時の10代の選手に支払われた額としては史上最高額となる1124万ポンドだった。さらに、元北アイルランド代表MFジョージベスト、元フランス代表FWエリックカントナ、元イングランド代表MFデイヴィッド・ベッカムから継承されてきた特別な番号である背番号「7」をサー・アレックス・ファーガソン監督から直々に名される。

当時アシスタントコーチを務めていたカルロス・ケイロスが同じポルトガル人ということもあり、くからロナウドの獲得をファーガソンに進言していた。そして、スポルディングとの親善試合でロナウドプレーを実際ににしたファーガソンが才に惚れ込み、当時所属していた選手たちの意見も聞いたうえですぐさま獲得に動いたという経緯があった。

2003-04シーズン開幕戦のボルトン戦でベンチ入りし、途中出場でプレミアリーグデビューを果たす。1年から出場機会を与えられたロナウドだったが、ファーガソンはスタメン出場と途中出場を繰り返すような起用法をし、うまく振り分けることで成長を促そうとしていた。ファーガソンの期待に応えて、シーズンごとにゴール数は増えていき、徐々に左サイドハーフポジションを手中に収めていく。

2006-07シーズンでは、リーグ17得点14アシストという結果を残し、およそ30年ぶりとなるPFA年間最優秀選手とFWA年間最優秀選手のダブル受賞を果たす。さらに、自身のキャリア初となるビッグタイトルであるプレミアリーグ優勝も果たし、いよいよスーパースター仲間入りを果たしたシーズンとなった。

2007-08シーズン怪物覚醒する。ウェイン・ルーニーカルロス・テベスと共に攻撃を形成すると、開幕から驚異的なペースゴールを量産。最終的にリーグ戦で31得点(リーグ最多得点タイ)をマークし、得点王にくと共にPFA&FWA年間最優秀選手を2年連続でダブル受賞。さらに、CLでもその勢いはとどまらず、決勝のチェルシー戦でも先制ゴールを決めるなどユナテッドの9シーズンぶり3回ビッグイヤー獲得の立役者となる。EFLカップ優勝も含めた3冠をもたらした功績が認められ、この年初のバロンドールに選ばれ、23歳にして世界の頂点に立つ。

2008年レアル・マドリードが正式なオファーを出さないまま獲得を発表したことでユナテッド側が猛反発。法的手段も辞さない騒動となるが、マドリー移籍に心が揺れていたロナウドが、ファーガソンとの話し合いの末に残留を決意したことで一旦騒動は収まる。2009年ユナテッドがマドリーとの交渉を認めたことで、リーグ戦3連覇を置き土産チームを離れることになる。

レアル・マドリード時代

2009年6月11日に当時の史上最高額の移籍8000万ポンド(およそ130億円)で子供の頃からの憧れであるスペインラ・リーガレアル・マドリードに移籍。1年背番号は「9」。当時黄金期を迎えていたFCバルセロナ打倒の切り札として大きく期待され、サンチャゴ・ベルナベウでの入団発表には10万人ものファンが訪れる大盛況となった。1年となった2009-10シーズンは、怪で出遅れたものの最終的にはリーグ3位となる26得点を記録。

2010年チーム徴だったラウール・ゴンザレスが退団したことにより、2010-11シーズンからは、ユナテッド時代から着のあった背番号「7」を譲り受けることになる。マヌエル・ペジェグリー監督が率いた初年度はに2トップの一プレーしていたが、この年にジョゼ・モウリーニョ監督が就任してからは左サイドハーフまたはウイングポジション戦場となる。すると、ロナウドは前年を上回るハイペースゴールを量産。モウリーニョの挑発的な言動もあってバルセロナとのライバル関係がしくなり、同時にメッシとの異次元ピチーチ争いにも注が集まった。最終的にシーズン6回のハットトリックを含む40ゴールを挙げて初のピチーチを獲得し、リーガ歴代1シーズン最多ゴール記録保持者となる。

2011年9月14日CLのディナモ・ザグレブ戦での観客の執拗なブーイングに対して、試合後に「自分が男前で持ちで、偉大な選手だからだろう。皆が嫉妬している。それ以外説明のしようがない」と、金子達仁もびっくりのどこかで聞いた事があるようなセリフを吐き捨てた。2011-12シーズンも化け物じみた得点を遺憾なく発揮。3月24日レアルソシエダ戦では、史上最速となる98試合の出場にしてリーガ通算100得点を達成。このシーズンは、対戦した全てのクラブからゴールを奪うという偉業を成し遂げ、前年を上回る46得点を記録。マドリーの勝ち点100でのリーガ優勝に大きく貢献する。

2012年9月2日のグラナダ戦では、2ゴールを決めてチーム勝利に貢献するも、ゴールを決めた直後に祝福をせず、試合後「悲しみを感じている」という意味深な発言をし、様々な憶測を呼んでいる。この背景には、自身を商品として見ているフローリアンペレス会長との確執があるという見方が多い。それでも、ロナウドは相変わらずのパフォーマンスを続け、2012-13シーズンCLではチームベスト4で敗れたにものの、12得点で得点王にいている。2013年クラブと代表の公式戦で69得点を挙げ、自身2度バロンドールを受賞。受賞のスピーチでは歓喜のを流している。

2013-14シーズンは、イタリアの名将カルロアンチロッテ監督が就任し、ガレス・ベイルカリム・ベンゼマとのBBCトリオを結成。リーガでは31得点を挙げて2度ピチーチを獲得。CLでは、グループリーグだけで9得点を量産する新記録を立すれば、決勝トーナメントでもゴールを量産。17得点を記録して大会得点記録を更新し、マドリーの史上初となる「ラ・デシマ」(CL通算10度優勝)に貢献。2年連続でバロンドールを受賞。翌シーズンチーム冠に終わったものの、自身はリーガ48得点というキャリアハイゴール数を稼ぎ、2年連続でピチーチとCL得点王をダブルで獲得する。

2015年9月12日エスパニョール戦で5得点という荒稼ぎをし、リーガでの通算得点数を231得点まで伸ばし、ラウール・ゴンザレスの持っていたクラブ記録を更新する。2015-16シーズン途中にクラブレジェンドであるジネディーヌ・ジダン監督に就任し、ジダン導によってより9番に近いスタイルへと変貌していくが、得点に衰えはく、リーガでは史上初となる6年連続30得点を記録。CLでもグループステージで11得点を記録し、自身の持つグループステージ最多得点記録を更新。準々決勝2nd legヴォルフスブルク戦では史上初となる1大会3度ハットトリックを達成。チームを2シーズンぶり11度CL優勝へ導き、自身3度となるバロンドールを受賞。

2016ー17シーズンは、負傷のもあって例年とべて出場試合数と得点数は減るが、それでも得点率の高さに陰りはなかった。2016年12月には開催されたFIFAクラブワールドカップ出場のために来日。鹿島アントラーズと対戦した決勝ではハットトリックを達成し、ゴールデンボール賞を受賞。2017年4月12日CL準々決勝バイエルン・ミュンヘン戦では、2nd legでハットトリックを記録し、CL通算得点数を100に乗せる。さらに、ユヴェントスとの対戦となったCL決勝では、キャリア通算600得点を含む2得点の活躍を見せ、マドリーのCL連覇に貢献。このシーズンリーガ優勝と合わせて2冠を達成。そして、この年メッシと並ぶ史上最多タイとなる4度バロンドロールを2年連続で受賞する。

2017-18シーズンは、開幕前のスーペルコパ・デ・エスパーニャでの退場処分によってリーグ戦4試合の出場停止処分を受け、出遅れる。そのためリーガではスロースタートとなったが、CLではいつも通りゴールを量産。前年度の決勝と合わせて10試合連続ゴールを記録する。ユヴェントスとの準々決勝1st legでは、自身が「これまでのキャリアでもっとも美しい」と称賛するオーバーヘッドキックによるシュートを決める。このゴラッソには、世界メディアが称賛しただけでなく、対戦したユーヴェのサポーターまでもがスタンディング・オベレーションで称えた。この年のCLでは、15得点を挙げ、自身7度CL得点王を獲得し、史上初のCL3連覇という偉業を成し遂げる。決勝戦の終了後、かねてから噂にあがっていたマドリーからの退団を表明する。

前人未到の3連覇を含む4度のCL優勝公式戦通算450得点という偉業をもたらしたマドリーを離れた相は、「自分をビジネスための存在としか見ていない」ペレス会長との長年に渡る確執が原因であると後にインタビューっている。

ユヴェントス時代

2018年7月10日イタリアセリエAの王者ユヴェントスへの移籍が発表される。移籍セリエA史上最高額となる1億ユーロで、33歳の選手としては破格の額となった。ユーヴェを選んだ理由としては、CLゴールを決めたにもかかわらず拍手をしてくれ、自分を必要としてくれたことを挙げている。背番号トレードマークである「7」であり、これまで7番を付けていたフアン・クアドラードも快く番号を譲っている。ロナウドがユーヴェにもたらす経済効果は、移籍の3~4倍が見込めるとも言われている。

大きな期待を集めてのセリエA挑戦となったが、守備大であるイタリアにおいてもその得点に変わりはなく、11月24日のSPAL戦でくも二桁ゴール数を記録。2019年3月12日CL準々決勝アトレティコ・マドリード戦では、1st legで0-2とビハインドを許し、3点以上が必要とされた2nd legでハットトリックの活躍を見せ、大逆転での準決勝進出を演出。リーグ戦でも21得点を挙げ、ユーヴェの8連覇に貢献。自身にとって3つのリーグ優勝を経験したこととなる。

2019-20シーズンは、怪もあってコンディションが整わず、シーズン序盤は調子が上がらずにいた。だが、2020年1月6日のカリアリ戦でハットトリックを達成し、徐々にギアが上がっていくと、2月22日エラス・ヴェローナ戦までで11試合連続ゴールを達成し、ガブリエル・バティストゥータの持つセリエA最多連続試合得点記録に並ぶ。新型コロナウィルスの感染拡大によりリーグ戦が3か間中断されて再開された後も、圧倒的な決定チームを牽引。7月20日の第34ラツィオ戦で2ゴールを決め、プレミアリーグ、ラ・リーグセリエAの3つの各リーグで通算50ゴール以上を決めた史上初の選手となる。けっしてチーム完成度が高いわけではなかったが、ロナウドの決定で勝ち点を拾う試合が少なくないシーズンとなった。最終的に33試合に出場して前年を大きく上回る31ゴールを記録し、ユヴェントスセリエA・9連覇をもたらした。CLでは、8月7日に開催されたラウンド16・2nd legで2ゴールを決めるも、アウェイゴールの差でオリンピック・リヨンに敗れる。

ポルトガル代表

ポルトガル代表としてデビューしたのは2003年8月20日カザフスタン戦。ユナテッド移籍が決定した直後のタイミングルイス・フィーゴとの交代でピッチに入り、18歳で初出場を果たしている。その後、地元ポルトガルで開催されたUEFA EURO2004にも出場。グループリーグ初戦のギリシャ戦でフィーゴのCKからヘディンシュートを決め、代表初ゴールを奪う。この初戦に敗れたことで若手が多く起用されたチームにおいて存在感を見せ、準決勝のオランダ戦でもゴールを決める。しかし、決勝でまたもギリシャに敗れてチームは準優勝に終わり、自身は大会ベストイレブンに選出されたが、決勝の後悔しさから人をはばからず大粒のを流している。直後に開催されたアテネオリンピックにもU-23代表として出場したが、1勝2敗でグループリーグ敗退に終わっている。

ドイツで開催された2006 FIFAワールドカップに出場。若手とベテランが混生されたチームとして注を集める中、準々決勝のイングランド戦では当時ユナテッドチームメイトだったルーニーを退場に追い込んだうえ、ベンチに向かってウイングしたことが問題視され、(イングランド)メディアから猛なバッシングを浴びる。この騒動は大会後も続き、一時はユナテッドからの移籍をめかす発言までし、ファーガソンが説得することとなった。チーム40年ぶりとなるベスト4進出を果たしたが、イングランド戦での振る舞いが問題視され、ベストヤングプレイヤー賞はルーカス・ポドルスキが受賞する。

ドイツワールドカップ後、フィーゴが代表を引退したため所属チームと同じ背番号「7」を背負うこととなる。2007年2月7日ブラジルとの親善試合で初めてキャプテンマークを巻く。UEFA EURO2008に出場するが、このときは1得点しか挙げることができず、準々決勝でドイツに敗れる。大会後、ルイスフェリペ・スコラーリ監督が退任し、カルロス・ケイロスが監督に就任すると23歳の若さで正式なポルトガル代表のキャプテンに任命される。

初めてキャプテンとして挑んだ2010 FIFAワールドカップだが、大会前までおよそ1年以上代表戦でのゴールい状態が続いていた。初戦のコートジボワール戦はゴールを奪うことができずスコレスドローに終わる。第2戦では北朝鮮を相手に大量7得点を奪った7点を試合終了間際に決め、1年4カぶりに代表での得点を記録したことでようやく呪縛から解き放たれる。第3戦ブラジル戦も0-0に終わったが、グループリーグは突破。自身は3試合連続でMOMに選出されている。しかし、ベスト16のスペイン戦では、マッチアップしたセルヒオ・ラモス完封されてしまい、チームも0-1で敗れ、不完全燃焼のまま大会から姿を消すこととなった。

3度の正直でタイトル獲得をしたUEFA EURO2012では、強った死のグループに位置する中、第2戦のデンマーク戦で決定機をことごとく外してしまい、批判を受ける。しかし、グループリーグ突破のかかったオランダ戦では、2得点の活躍を見せグループリーグ突破に貢献。準々決勝のチェコ戦は0-0の着状態が続く中、後半34分に決勝ゴールとなるヘディンシュートを決める。準決勝では、先のワールドカップで敗れたスペインとの対戦となるが、またしてもスペインの牙を崩せずにPK戦の末に敗戦。

ブラジルワールドカップ予選期間中の2012年10月16日アイルランド戦で代表通算100試合出場を達成。2013年9月6日の北アイルランド戦では、ハットトリックを達成。代表での通算ゴール数を43とし、エウゼビオが持っていたポルトガル代表の最多得点記録を塗り替える。ポルトガルは今予選で2位となり、スウェーデンとのプレーオフに回ることとなる。11月15日と19日の2試合おこなわれたプレーオフでは、2試合で全4得点を挙げる大活躍を見せ、ポルトガルの4大会連続となるワールドカップ出場権獲得をもたらす。2014 FIFAワールドカップ本大会では、大会前に左膝の故障を抱え不安の中で迎えることとなる。強行出場した初戦のドイツ戦は0-4で大敗。第2戦のアメリカ戦では、試合終了直前にヴァレラの同点ゴールアシストし、敗色濃厚だったチームを救う。しかし、第3戦のガーナ戦では自らの決勝ゴールで今大会初勝利を挙げたものの、グループ3位が確定し、グループリーグ敗退となる。

2016年6月に開催されたUEFA EURO2016では、グループリーグ第2戦のオーストリア戦で代表通算128試合出場を果たし、フィーゴの持つ最多記録を更新。しかし、この試合ではPKのチャンスで失敗してしまい、2試合連続ドローという苦しいスタートとなる。後がくなった第3戦のハンガリー戦では、3度リードを許してしまう厳しい試合展開となるが、2ゴール1アシストという大車輪の活躍で引き分けに持ち込む。グループリーグ3戦とも引き分けとなるが、3位で決勝トーナメントへ進出。準決勝のウェールズ戦では、後半5分に先制ゴールを決め、今大会初の90分での勝利をもたらす。地元フランスとの対戦となった決勝では、前半25分に膝の負傷によってピッチを後にするアクシデントに襲われる。だが、ロナウドベンチに残り、タッチライン際まで出てきてチーム示を与え、鼓舞し、サポートする。延長戦では、自らが「お前が決めるだろう」とをかけたエデルが決勝ゴールを決め、ポルトガルが初のビッグタイトル獲得となるEURO優勝を飾る。自身にとってもようやく手にした悲願の代表でのタイトルとなった。

EURO後のロシアワールドカップヨーロッパ予選では、9試合に出場して11得点を記録し、本大会出場に貢献。4度ワールドカップとなる2018 FIFAワールドカップでは、初戦のスペイン戦で史上最年長でのハットトリックという大暴れを見せると、第2戦のモロッコ戦で決勝点を挙げ、過去べて大会序盤から絶好調なスタートを切る。しかし、ベスト16のウルグアイ戦では老獪な守備の前に完封されてしまい、チームも敗れて大会から姿を消すこととなる。この試合で脚を負傷したエディソン・カバーニに肩を貸した姿がスポーツマンシップとして称えられ、話題となる。

ロシアワールドカップ後、代表での活動を休止していたが、2019年3月に9カぶりに代表に復帰。ちなみに、永遠のライバルであるメッシワールドカップ後これと同じ行動をしている。6月5日UEFAネーションズリーグ準決勝スイス戦では、ハットトリックを決め、9日の決勝オランダ戦にも勝利。自身2つとなるヨーロッパ公式な代表タイトルを獲得。

2020年9月8日おこなわれたUEFAネーションズリーググループリーグスウェーデン戦では、直接FKとミドルシュートで2ゴールを決め、欧州の選手としては初めて代表通算得点数を100ゴールの大台に乗せる。

プレースタイル

スピードに乗ったドリブル、パンチの効いたシュートゴール前での決定世界最高峰。脅威の跳躍から繰り出される打点の高いヘディングも持ち味(とある試合でヘディンゴールを決めたときの跳躍が3メートル近かったことはあまりにも有名)。高速シザースフェイントからの突破やミドルシュートも得意としている。好調時はゴールから遠く離れた位置からでも容赦なく決めてしまうため、GKにとっては理不尽というしかない。

美しいまでに鍛え上げられた体は高いフィジカルライン裏に抜け出せばまず追いつかれる事はく、DFに体をぶつけられながらも強引にシュートまで持っていく事が出来る。回転シュートを得意としており、彼の放つ不規則且つ高速のブレ球はGK正面でもキャッチングする事はほぼ不可能コースに炸裂した場合は棒立ちで見送るしかない。背筋を伸ばしたドリブルが非常に特徴的。この回転シュートによるFKからの直接ゴールも得意としており、蹴る直前まで仁王立ちする姿を世界中のサッカー少年真似ている。ただし、FIFA公式球が変更になった2010年以降、回転シュートが決まりづらくなってしまい、そのでFKからのゴール数が減っている。

30歳を過ぎたあたりからスピードさすがに失われ、ドリブルのキレを失うが、それと共にドリブルで仕掛けて行くスタイルから質の高いオフ・ザ・ボールの動きでDFラインの裏を取り、ゴールを狙う、ストライカー的なスタイルへとシフトチェンジするようになる。フィジカルと決定は衰えることはかったため、爆発的な得点はそのまま維持することができ、世界最高のスコアラーとして君臨し続けている。

個人成績

シーズン クラブ リーグ 試合 得点
2002-03 ポルディン プリメーラ 25 3
2003ー04 マンチェスター・ユナイテッド プレミアリーグ 29 4
2004ー05 マンチェスター・ユナイテッド プレミアリーグ 33 5
2005ー06 マンチェスター・ユナイテッド プレミアリーグ 33 9
2006ー07 マンチェスター・ユナイテッド プレミアリーグ 34 17
2007ー08 マンチェスター・ユナイテッド プレミアリーグ 34 31
2008ー09 マンチェスター・ユナイテッド プレミアリーグ 33 18
2009-10 レアル・マドリード プリメーラ 29 26
2010-11 レアル・マドリード プリメーラ 34 40
2011-12 レアル・マドリード プリメーラ 38 46
2012-13 レアル・マドリード プリメーラ 34 34
2013-14 レアル・マドリード プリメーラ 30 31
2014-15 レアル・マドリード プリメーラ 38 48
2015-16 レアル・マドリード プリメーラ 36 35
2016-17 レアル・マドリード プリメーラ 29 25
2017-18 レアル・マドリード プリメーラ 27 26
2018-19 ユヴェントス セリエA 31 21
2019-20 ユヴェントス セリエA 33 31
2020-21 ユヴェントス セリエA

人物・エピソード

ポルディングの下部組織に所属していた頃から「練習」として知られ、ストイックに自分を追い込んでトレーニングに打ちこみ、これはスーパスターとなった後も変わりはなく、居残り練習を積極的におこなっている。よく較対にされるメッシ賦の才によって成功した選手と評されるのに対し、ロナウドは努を積み重ねて成功した選手と言われている。

端正なルックスの持ちのため、ゴシップ記事の標的にされることが多く、若い頃は婦を招いてのパーティーおこなったことで騒がれた。2010年ワールドカップ後に息子が誕生したことを明らかにしたが、結婚はしておらず、1人子供母親なのかは明らかにされていない。過去31人もの女性との色恋沙汰が報道されているプレイボーイであり、独身であるにも関わらず4人の子供を授かっている。

日本を訪れた際、「とんねるずのみなさんのおかげした。」の名物コーナー「食わず嫌い王決定戦」に出演。フジテレビアナウンサー加藤綾子対決し敗れ、罰ゲームとしてご自慢の体美を披露している。また、本番終了後、収録時に木梨憲武が履いていたスニーカーが気に入ったようで、自分の靴を後から送るという案を出し交換。しかし、実際にロナウド側から靴が渡されたのは一年後再び同番組に出演したときであった。
また、日本少年が自ら調べたポルトガル語で質問した際、言葉に詰まる様子に記者から笑いが起きると、「なぜ笑うんだい?彼のポルトガル語は上手じゃないか。」と少年をフォローする神対応を見せている。

2020年にはサッカー選手として初めて生涯収入が10億ドルえており、現役アスリートとしては、タイガー・ウッズフロイド・メイウェザーに次ぐ史上3年となる。

関係者による評価

「彼は私の現役時代よりも優れている。」

ジネディーヌ・ジダン

「今まで見てきた中でもっともプロ意識が高い選手の一人であり、リーダーである。」

ラウール・ゴンザレス

「長年第2のジョージベストと言われた選手を見てきたが、私にとってそれが褒め言葉だと感じた人物は彼が初めてだ。」

ジョージベスト

「彼はマンチェスター・ユナイテッド史上最高の選手だ。」

~ボビー・チャールトン

「彼は生センターフォワードとしてプレーしていながら10番でもある。」

アレッサンドロ・デル・ピエロ

コービーとの共演

これはNikeのCM未来を描き変えろ」の1部のシーンでの夢の共演である。

ピンポーン♪

ガチャ

コービー「ハッ ロナーウドッ」

パスッ

コービー「ゴーールッ!

キラ―ン

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クリスティアーノ・ロナウド

70 ななしのよっしん
2019/08/16(金) 15:50:50 ID: TiGUIt4Zj5
韓国との親善試合欠場のせいでストーカーに遭ったみたいね

ロナウド欠場に怒りの韓国ファンスウェーデンまで追いかけ直接抗議
https://www.afpbb.com/articles/-/3239992exit
71 ななしのよっしん
2019/08/19(月) 18:15:43 ID: WAbJaSX+yi
>>68
色々観たけど誘致した韓国運営会社が相当アレクリロナはむしろ被害者っぽいね

ブチ切れ韓国人クリロナインスタグラム荒らしまくる
関係のファンから「荒らさないで」と咎められる
・「私は日本人です」的なコメ日本のせいにし始める
韓国人ユーチューバー、わざわざスウェーデンまで出向きクリロナ、も視(バズったので成果は上々)
こんな感じらしい
72 ななしのよっしん
2020/01/30(木) 08:06:14 ID: uqVgaEgh2H
ロナウドへの粘着振り見ると日本関係なくやっぱおかしななのかなと思えてくる
73 ななしのよっしん
2020/03/11(水) 17:01:00 ID: nmQPzLUriG
ロナウド2007年には韓国fcソウルとの親善試合に長時間出てる。日本だって2007年f1日本グランプリで訴訟が発生したよ。
74 ななしのよっしん
2020/03/16(月) 16:30:12 ID: gthxMxoyoX
ネトウヨ連呼する病的利敵義者の正体が日本飛びこして一気に世界中に広まりつつあるのはバカじゃねーのざまぁだけど
こんな素晴らしい人に迷惑かかってるのは普通に許せんな
75 ななしのよっしん
2020/03/16(月) 16:31:47 ID: gthxMxoyoX
あ、在鮮人はただの利己なだけの基地外侵略者だな…
76 ななしのよっしん
2020/03/16(月) 16:42:56 ID: uqVgaEgh2H
>>73
そのF1のはレースを見れなかったり体調崩したりした人が出たわけでしょ
ロナウドが出なかっただけで試合自体は普通に行われた今回の件とは話が違うと思うけど
でもそれよりが言ってるのはロナウドSNSにしつこく粘着コメントするのが大勢いたり、わざわざスウェーデンまで行って抗議したり、民事だけならまだしもイタリア警察に捜の依頼までしたりとかそういうことだよ

>ロナウド2007年には韓国fcソウルとの親善試合に長時間出てる

これについては何が言いたいのかわからん
77 ななしのよっしん
2020/04/09(木) 19:29:01 ID: TiGUIt4Zj5
クリロナを破った女

ロックダウンの中、自宅でクリスティアーノ・ロナウドの記録を破った女性アスリート(南ア)<動画あり>
https://gg-talk.jp/articles/11247/exit
78 ななしのよっしん
2020/05/22(金) 13:06:56 ID: hoDMrJFHbF
>>73
マジモンの韓国人かな?
わけわからん擁護は逆効果だってそれ一番言われてるから。
79 ななしのよっしん
2020/09/22(火) 14:16:41 ID: 76OfC/9UoR
・死んだをさせてタオルを振らせらテレビ生放送する
ポルトガル語を勉強してロナウドに話しかけた日本人子供をその場で大の社会人がよってたかって嘲笑する
・↑ののちロナウドなぜ笑うんだい?発言
それを「ロナウド少年を煽った」「俺らと一緒に恥ずかしいガキバカにした」と解釈して発言を定煽り文句にする
こんながあるらしい

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2020/10/22(木)14時00分 現在

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